深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

クラシックミステリ未訳短編夜話② D・L・セイヤーズ ”The Locked Room”

第一回のご好評に気をよくして第二回(2022/3/28)も無事放送できました。曜日がずれているのは、当初予定日の29日に用事が入ったため。急遽の変更でしたが、それでも聞きに来てくださった方、ありがとうございます。

前回同様、スペースでお話した内容を簡単にまとめましたので、当日来られなかったという方も、お楽しみいただければ幸いです。なお、前回同様のため放送内では触れていませんが、今回の短編もアンソロジー Bodies from the Library 2 (2019) 収録の「未発表短編」です。

ドロシー・L・セイヤーズについては、特段の前説も必要ないかもしれないが念のため。
1893年生まれ。オックスフォード大学のサマヴィル・カレッジ(1879年、オックスフォード大学に初めて設置された二つの女性用カレッジの一つ)を1915年に卒業した後、教師や広告会社のコピーライター(~1931)として働く。
・1923年、『誰の死体?』で探偵小説作家としてデビュー。貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿を主人公に、11の長編を著す。
・初期は、ユーモア作家P・Gウッドハウスの「ご主人様バーティと執事ジーヴス」シリーズの設定を援用したお気楽で朗らか(ただし時折不気味)な探偵小説を発表していたが、その作風を徐々に重厚なものへ変化させていった。第五作『毒を食らわば』から登場する女性探偵小説家ハリエット・ヴェインとピーター卿の恋愛関係がその変化の軸の一つであったのは間違いない。
・日本では戦前からいくつかの作品が紹介されていたが、より多くの読者に知られるようになったのは、1993年から創元推理文庫浅羽莢子訳でシリーズが系統的に収録されたことによる。浅羽が早逝したことで、最終作『大忙しの蜜月旅行』の翻訳は遅れたが、2020年、創元推理文庫の一冊としてついに刊行された。

次に、セイヤーズの短編について。

日本で刊行されたセイヤーズの短編集は、日本オリジナル編集の『ピーター卿の事件簿』『ピーター卿の事件簿Ⅱ』の二冊が主でした(正確には日本出版協同から出た『アリ・ババの呪文』(異色探偵小説選集、1954)があるが、入手困難ということもあり、放送時は触れませんでした)。2020年に論創社から単行本未収録短編を軸にした『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』が、翌2021年には第一短編集 Lord Peter Views the Body を完訳した(ただし「アリババの呪文」は『モンタギュー・エッグ氏~』収録)『ピーター卿の遺体検分記』が刊行されたことで、ようやく全体像が見えてきた感があります。論創社では、短編集第三弾も企画検討しているとのことですので、楽しみに待ちましょう。

セイヤーズの(特にピーター卿物の)短編は、謎とその論理的解決を軸にした、いわゆる本格ミステリには該当しないことが多いです(というよりセイヤーズの作品のほとんどが実はそうかもしれない)。殊に短編については、「クラブ奇譚」(社交クラブで語られるホラ話すれすれの奇譚)的な不思議なお話に名探偵が登場し、ズバリ解決!という話がよく見られます。「クラブ奇譚」の例としては、ウッドハウス、またR・L・スティーヴンスン『新アラビア夜話』を参照のこと。特に『新アラビア夜話』のフロリゼル王子はピーター卿の祖型に当たるのかもしれません。スティーヴンスンの短編は、論創海外ミステリから出た『眺海の館』、あるいは光文社古典新訳文庫で出た『新アラビア夜話』『臨海楼綺譚』を参考にしてください。
・謎解きものということでは、セールスマン探偵モンタギュー・エッグ氏が登場する作品の方が面白いので、『事件簿』は一読の価値ありです(kindle版あり)。

最後に今回の本題、"The Locked Room"についてです。既に述べたように本編は未発表作品で、タイプ原稿がアメリカのアーカイヴにあることはかなり前から分かっていました。単行本に収録されたのは今回が初めてです。創元推理文庫『ピーター卿の事件簿Ⅲ』が企画された時に収録が検討されたことがあった(もしされていれば世界初!)が、結局出なかったという話を聞いたことがあります。

田舎のお屋敷の図書室の本の鑑定にやってきたピーター卿が、その図書室で起こった謎めいた自殺事件の謎に挑む、という作品です。窓もドアも内側から掛け金が掛かっている明快な密室なので、その解体が端的なものになるのは必然かもしれません。拍子抜けするほど単純で捻りのないトリックで逆に驚かされました。

この作品のキモは「屋敷に住む一族の人々がそれぞれの"superstition"に殉じている」という構造的設定。「狂った信念」とでも呼ぶべきこの言葉が被害者の、そして犯人の行動を縛っています。そんな犯人に対してピーター卿が取った行動は……

未発表作ゆえか、全体の完成度は低いです。最大の弱点はピーター卿が説明する犯人と被害者の行動が、実際の現場の状況と合わないこと。被害者が本当にそんなことをしていたら、そんな風にはなりません。「ピーター卿は、とある理由でとある行動を取った」という結末から作った作品だと思われますが、詰めが甘いのは残念(とはいえ、完成原稿ではあったようです)。あと田舎の警察が無能すぎます。

翻訳されることはないと思うが、ピーター卿が屋敷のお嬢さんと軽い恋の鞘当てをするシーン(彼女には婚約者がいるけれど)があって、シリーズファンには楽しめるかもしれません。ハリエット・ヴェイン登場前、『遺体検分記』収録作品と同時期に執筆されたとみるのが妥当でしょうか。

 

綺想社刊行のクラシックミステリの「解説」について

本邦未紹介の作家の本(しかもミステリ作家としては一発屋)の解説で作家の紹介を一切しない(ブリストウ&マニング『姿なき祭主』)、作者の既に翻訳された本について「この名義の作品は一冊も翻訳されていない」と誤った紹介を行う(Q・パトリック『危険な隣人』)といった感じで、ここ半年ほど立て続けに刊行された綺想社のクラシックミステリ路線書籍の「解説」の品質の低さは目に余る。いっそなしにすればいいと思うのだが、つけることを止めるつもりはないらしい。

シリーズ最新作、トッド・ダウニング『黑兀鷹は飛んでいる』の「解説」は、この二例から鑑みると飛躍的に品質が向上しているように一見「思える」。一部の文章は異様に生硬だが、作者についての情報、作者の他作品についての情報はしっかり盛り込まれている。今回はやる気を見せたのだろうかと思ったが、どうも生硬さが気になったので、いくつか単語を拾って検索してみたところ、とある事実が判明した。すなわち、この「解説」のほとんどは実にいい加減に行われたパクリだということである。

 

gadetection」というクラシックミステリに関する情報を集めたwiki形式のページをご存じだろうか。このwikiには当然と言うべきか、トッド・ダウニングについての項目が存在するのだが、大網鐵太郎氏はその内容をまるっと翻訳して一部を削り、そこに一言付け加えたものを「記名解説」として本書に掲載した(しかも文章はどう見ても機械翻訳に流し込んだだろうそのままを切り貼りしたものだ)。いわば、大学生がレポートの締切に迫られて、ウィキペディアを丸写ししたものを先生に提出したようなものである。※1gadetection.pbworks.com

もちろん、他人が過去に書いてきた文章に一切頼らず「解説」や作家紹介文を書くことが難しい、いや、ほとんど不可能であることはよく分かっている。だからこそ、過去の文章や資料を活用し、それを説得力のある自分なりの文章に落とし込みながら新たな観点を提示していくことが、プロの評論家の技と評価されるのである。

個人的に、大網氏にそこまでやってほしいとは思っていない。しかし今回の立ち回りはあまりにも無様だ。「未紹介作家を紹介したいところだが、手元に情報がないので、海外のwikiの情報を翻訳してそれに代えよう」という風にワンクッション入れる(海外の書評を紹介して紹介に替える、いわゆる植草甚一方式の劣化版)などやり方はいくらでもあるはずなのに、「出典のある文章であること」を一切明記せず、まるでそれを自分の意見や自分の調査結果であるように書くのでは、『何とか国紀』と大差ない。一応書いておくと、大網氏の「解説」のうち271ページ十一行目から十四行目の四行分が、wikiからのパクリではなく彼が自分で書いたと言える原稿である。

一私家本編集者としては、次回からこのシリーズには「解説」をつけないようにするのが妥当なのではないかと改めて感じた。あるいは誰かに執筆を依頼するべきだろう。

 

※1:ちなみに、このwikiの記事は十年以上前に更新されたものである。もし今、森英俊『世界ミステリ作家事典 本格派編』を敢えて無視して、海外の資料を参考にしようというのであれば、カーティス・エヴァンズによるトッド・ダウニングの評伝、あるいは最近この本がAmerican Mystery Classicsの一冊として復刊された際に付された、ジェイムズ・サリスによる前文の方がよほど適当だと思う。

クラシックミステリ未訳短編夜話① C・ブランド ”No Face”

先日から、ツイッタースペースにてクラシックミステリ未訳短編のお話を細々とさせていただいております。生声配信がそもそもどうなのか、またネタバレ有り無しなど色々と試行錯誤しておりますが、第二・第四火曜日の夜九時から実施していく予定です。こちらのブログでは連動企画として、スペースでお話した内容を簡単にまとめていきたいと考えています。以下、お付き合いいただければ幸いです。

第1回(2022/3/15)は、クリスチアナ・ブランドの”No Face”という短編についてお話いたしました。この短編は、Bodies from the Library 2 (2019) というアンソロジーに収められた「未発表作品」です。このアンソロジーシリーズについては、本ブログでも過去に第1巻の全レビューを書いたことがありますし、ご存じの方も少なくないと思いますが、念のため。イギリス最大の、同名のミステリイベントに合わせて刊行される「単著未収録/未発表」の作品を集めたレアもの満載のアンソロジーで、2018年から年一冊刊行され、2022年8月には第五巻が発売される予定です。

 

作者のクリスチアナ・ブランドについて簡単にまとめますと、以下の通りです。

・1907年生まれのイギリスの女性作家。
・1941年に『ハイヒールの死』でデビュー。映画化した『緑は危険』(1944)、また日本では『ジェゼベルの死』(1948)が高評価。1957年の『ゆがんだ光輪』(1957)まで十作ほどを発表したが、家庭の事情により長編ミステリの執筆を止め、以降は色々な名義でロマンス長編を中心に執筆した。
・短編ミステリ作家としては、1950年代末からアメリカのミステリ雑誌「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」への寄稿を始め、編集者クイーンから絶賛された。「婚姻飛翔」「カップの中の毒」「ジェミニイ・クリケット事件」といった中短編の代表作は、邦訳された傑作集『招かれざる客たちのビュッフェ』で読むことができる。
・1970年代後半から作風をミステリに戻して、『薔薇の輪』(1977)と『暗闇の薔薇』(1979)、またゴシックロマンス×ミステリの『領主館の花嫁たち』(1982)といった作品を執筆、1988年に80歳で亡くなった。

さて、クリスチアナ・ブランドには四冊の短編集があります(うち一冊は傑作選)。傑作選『招かれざる客たちのビュッフェ』の巻末には「全作品リスト」が付されていますが、近年、ここに含まれていない作品が次々に発掘されていることをご存じでしょうか。これらは、「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」以外のイギリスの雑誌に寄稿されたもの、また発表される機会がなかったものです。未発表作品の執筆年代は不明ですが、上で上げた代表作に勝るとも劣らない良作がいくつもあります。これらをまとめた新短編集が2020年に刊行される予定でした。コロナの関係もあって作業が遅れているようですが、刊行が待ち遠しい一冊ですね。

前説が長くなりましたが、いよいよ"No Face"の内容に踏み込んでいきます。
先ほども書いた通り、この作品も未発表作です。仔細な執筆年代は不明ですが、恐らく50年代末以降でしょう。理由は後述します。
本編の主たる登場人物はインチキ霊媒師のジョセフ・ホーク、その助手のデルフィーネ、そして地元警察のトム本部長の三名。物語は、ホークがトム本部長に電話を掛けるシーンからはじまります。ホークは、水晶玉を見ている時に、自分は最近街で次々に人を刺し殺している連続殺人鬼の正体を目撃したと主張するのでした。中背のサラリーマン、膝丈のコートを纏っていて、しかし顔の部分は塗りつぶされたように見えない……本部長はホークが並べた「誰にでもあてはまる特徴」を一笑に付し、もう電話してくるなと言って電話を切ります。しかし、ホークが仕入れてくる「顔のない殺人者」についての情報は不思議と、現場に残された警察しか知らないはずの証拠と合致するため、警察は彼への疑いを深めていくのでした。その頃にはデルフィーネの助けもあってメディアの寵児となっていたホークは、デルフィーネが「顔なし」に襲われるという夢を見て警察に助けを求めようとするも、上手く信じてもらうことができず……

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敢えてカテゴライズすれば、「信頼できない語り手」ものの短編です。ホーク自身の言葉をまともに信じる人間はどこにもおらず、読者も話の前提をどこに求めていいのか分からなくなる……という仕掛けで意外な真犯人を隠しています。容疑者の数自体は極小なので、「こいつじゃなければこいつだろう」と消去法で犯人を当てること非常に容易ですが、ブランド短編で頻出する「豹変した真犯人」の述懐の不気味さ、怖さは本編でも楽しめます。冒頭で提示される「意味不明な叫び」が腑に落ちる最終段のツイスト、また読者の顔に自然と皮肉な笑みを浮かべさせる展開の妙は、読者がブランドに期待する短編巧者ぶりを裏切りません。良作と言っていいでしょう。

なお、本文中にサイコパスという言葉が登場するのですが、この言葉が「人を殺すことをなんとも思っていない狂人」という意味で使われるのが一般化するのは、どうもロバート・ブロックの『サイコ』(1957)、そしてその映画(1958)以降のようです。ブランドもこのヒッチコックの映画を見て、この犯人像を思いついたのかも……しれません。それこそ、本編が50年代後半、あるいは60年代初頭に書かれたのではないかと考える理由でした。また、ホークの「猟奇殺人鬼以上にサイコパス」的な、ありとあらゆるものを自分を宣伝するために利用しようとする感覚は非常に現代的で、古びないキャラクター像となっていると思います。

「現代ミステリー・スタンダードNext」を検討する②

前回掲載したリストを元に、作品・作家の選定理由を含めていくつかの作品についてもう少し踏み込んだコメントを書いていく。ただし思い出を語りだすとキリがないので、あくまで大まかな内容であることはご容赦いただきたい。

最初に個人的なお話をさせていただくと、私は「このミステリーがすごい!」海外編に2009年度(2007年11月~2008年10月刊行の新刊が対象)から毎年個人で投票させていただいている。意識的に新刊を読むようになったのはその前年度に「ワセダミステリクラブ」名義の投票の作品検討に参加したところから。そのため、2006年11月前後からコンテンポラリな海外ミステリーに対する解像度が変わってきたと自覚している(逆にそれ以前の作品は、重要作でも見落としている場合が多いと思う)。要するに、原著刊行年も重要だが、翻訳刊行年も同様に重要という話だ。ということで、ここからは翻訳刊行年/このミス年度ベースでリストを見ていく。

翻訳書刊行順にリストを並び替えて、2006年10月以前を見ていくと、2『コフィン・ダンサー』、5『夜の記憶』、15『アメリカン・デス・トリップ』のようなオールタイムベスト級の重要作と、4『死んだふり』、13『拳銃猿』、20『馬鹿★テキサス』のようなボンクラ作品が混じっているのが、あまりにも自分勝手すぎて笑ってしまう。後者はいずれも読捨御免のペラペラ二流作だが、エンタメ小説としては無駄なく完成していて、いずれも我が偏愛の書である。この時期の作品で今読まれるべき作家としては、ガラスの鍵賞受賞作8『喪失』のカーリン・アルヴテーゲンが上がる。シリーズを作らず単発作を積み上げた作家だが、小学館文庫で全六作が翻訳されている。再評価されるのを願うばかりだ。

2008年度は、リストに入っている作品では31『デス・コレクターズ』が印象深い。誰彼構わず『百番目の男』を読ませていた某先輩は今でもお元気だろうか。28『血と暴力の国』も悪くはないが、マッカーシーは正直『ブラッド・メリディアン』を入れたかった……(1985年刊で規定外)。他、偏愛作品としてはジャン=クロード・イゾ『失われた夜の夜』(1995年刊で規定外)、レジナルド・ヒル異人館(扶桑社版に『骨と沈黙』収録)などがある。

2009年度は初めて個人で投票した年だが、それゆえにこの時期に読んだ新刊のせいで自分の趣味嗜好が捻じ曲げられてしまったような気がしている。19『曲芸師のハンドブック』、44『最高の銀行強盗のための47ヶ条』は、事前情報なしで読んで思い切りハマった。どうしようもなくナイーヴで感傷的な前者にここまでやられるとは……後者についてはその後似たような作品をいくつも読んだ気がするが、自分のなかではこれ以上のものはもう出ないと思っている。

2010年度は「このミス」的には34『ミレニアム』と35『犬の力』が四つに組むお祭りイヤーだったが、40『メアリー‐ケイト』、45『ユダヤ警官同盟』、46『バッド・モンキーズ』、49『レポメン』などボンクラ作品が多数出揃う当たり年。24『二度死んだ少女』のウィリアム・K・クルーガーは個人的に大好きな作家だが、同じく講談社文庫出身で、創元推理文庫に移籍したアメリカ片田舎ミステリもう一方の雄、C・J・ボックスに大きく水を開けられてしまった。こちらも復権を!

2011年度は50『卵をめぐる祖父の戦争』に尽きる。新装ポケミスの中ではsugataさんが上げられた『湖は飢えて煙る』なども印象深い。ボストン・テランは正直どれをリストに入れるか非常に迷った。宣伝も碌になく読まれる機会を逸した傑作『暴力の教義』(2012/8)もいいが、銃をカメラに持ち替えた静かなる戦いを描く87『音もなく少女は』を推したい。57『心から愛するただひとりの人』は最後まで迷走し続けたシリーズ「現代短篇の名手たち」の中では随一の短編集。

2012年度は「歴史捏造小説」の大傑作、41『夜の真義を』が絶対的ベスト1。同年平凡社ライブラリーに入った由良公美『椿説泰西浪漫派文学講義』との併読を強く推奨する。後に『ブルーバード、ブルーバード』で圧倒的な筆力を見せつけたアッティカ・ロックの58『黒き水のうねり』も好き。ルイーズ・ペニーは出版社の事情で翻訳が途切れた気の毒な作家だが、第三作の56『スリー・パインズ村の無慈悲な春』は既刊の集大成的な傑作でオススメ。

2013年度は63『占領都市』がすべて。『TOKYO YEAR ZERO』の時はすごいとは思ってもすばらしいとは思わなかったのだが、ここから一つ次元が変わった。ドイツ作家の先行例の一つ、53『濡れた魚』は、暗黒のベルリン・クロニクルを描くシリーズの第一作。警察小説/ノワール陰謀論歴史群像劇のバランスが優れた良作だったが、翻訳は第三作で途切れた。21『フランクを始末するには』も忘れがたい好短編集で、先日復刊されたのは嬉しかった。

2014年度は、キングにもウィングフィールドにも興味がない自分としては83『ゴーン・ガール』の年。シュールな笑いで適宜ガス抜きしながら終始サスペンスを維持できるバランス感覚は天才的だと思う。フィンチャーの映画で一生分稼いだかもしれないが、長編第四作をいついつまでもお待ちしております。他、何度もオススメしている奇跡的な完成度の犯罪小説短編集、27『君と歩く世界』は平山夢明の短編群と軌を同じくするので、その線が好きな人はぜひ。

2015年度は79『その女アレックス』がシーンを席巻したが、個人的には30『逆さの骨』のインパクトが大きい。翻訳最新作『凍った夏』が出たのが2017年、そこから5年経つがその後の音沙汰がないのは寂しい。翻訳が途切れたといえばミック・ヘロンも。新人作家の発掘も大事だが、中堅作家の翻訳継続を切に望む。単発作品では、70『最後の紙面』が抜群。ラックマンも続けて紹介されてほしいところだが、ジャンル区分けしにくい作家で、ピッタリのレーベルが見当たらないのが難しいところ。

2016年度は最後に出た100『ガール・オン・ザ・トレイン』が持って行った。各要素にはなにもかも既視感しかない作品ながら、それらを突き詰めて独自の境地に至っているのがすごい。89『その罪のゆくえ』は心に来る鮮やかなリーガルスリラー。同じくリーガルでもディーヴァーばりのどんでん返しを狙う佳品『弁護士の血』の作者スティーヴ・キャヴァナーは何冊も続編を書いているらしく、これはぜひ翻訳されてほしい。

2017年度は、64『死者は語らずとも』を見逃さないでほしい。ベルリンオリンピックに絡む利権騒動に関わったグンターが、20数年後、革命前夜のキューバで黒幕と対峙する歴史ハードボイルドミステリのこれ以上ない完成形。PHPにこのシリーズが好きで数年に一度ラインナップに滑り込ませている凄腕編集者がいると見ているのだが、どうなのだろう。他、81『深い森の灯台』における南部不思議物語の語りの妙、禁じられた恋愛関係が展開される近代的な平屋がまるでゴシック屋敷のように物語を蝕む95『黄昏の彼女たち』の超絶技巧、など近年まれに見る当たり年だったと思う。ホロヴィッツの日本での出世作94『モリアーティ』も忘れずに。

2018年度以降は緩やかに割愛するが、その後頭角を現したラグナル・ヨナソンの処女作67『雪盲』、華文ミステリの時代の始まりを告げる96『13・67』、また一作家一作品の縛りで外したが、ジョー・ネスボの現段階での最高傑作『悪魔の星』など、記憶に残る作品がいくつも。82『黒い睡蓮』は、あまりの読まれていなさにツイッターで毎日のように布教活動を行ったのが思いだされる。新本格ミステリファンにもオススメの作品ですよ。

ということで、約12年分の思い出を書きつらねてみた。無論書かなかったこと、書ききれなかったことも沢山あるが、なによりこの10数年間毎月のように新刊を送り出してくれた各出版社に感謝を。また、このリストを機にクラシックミステリや往年の名作ばかりではなく、今書かれ、訳されている翻訳ミステリに興味を持つ人が増えれば、何よりである。

 

 

 

 

 

 

 

「現代ミステリー・スタンダードNext」を検討する①

1997年に扶桑社から発売された『現代ミステリー・スタンダード』は、1970年代後半から約20年間の間に翻訳刊行された同時代の主に英米のミステリーについて、一作家一作品、計百項目を紹介したブックガイドである。一項目を見開き二ページで構成する贅沢な版面、新進気鋭の評者・翻訳者が多数ラインナップされた、フレッシュかつ力量十分のライター陣、一流作家の一流作品を押さえた選書と、正直この時代についてこれ以上のものは作りようがない傑作ブックガイドである。翻訳ミステリファンは必携だろう。

私はもうかれこれ10年ほど、この『現代ミステリー・スタンダード』の続編が作られることを待ち望んできた。対象は上記で扱われた作品に連なる、1990年代後半からの約20年間、特に2000年以降に刊行された現代ミステリー。ジャンルの広がり、レーベルの増加、その中で膨大な数に膨れ上がった出版点数、そこに指針を示すブックガイドの決定版をどこかの出版社が手掛けないものか、と。しかし、その気配は一切なく、平成は令和になり、2010年代は2020年代になってしまった。やはり難しいのだろうか。

そういうときに「うーむ、誰もやらないなら、俺がやるか」とうっかり勘違いしてしまうのが私という人間だ。そこで、以下の条件で百作家の百作品を選びリストを作った。すなわち、こんなリストである。
・「原書が1996年~2015年の期間で刊行された
・「翻訳物の、広義のミステリーで
・「文庫本/または文庫化された作品を中心に
・「このミス上位作品など話題作を押さえつつ
・「かつ、独断と偏見に基づく、独自性溢れる
(=「必ずしも作家の/時代のベスト作品ではないが、私は偏愛している」)

なお、当初は1997年版に収録されている作家はすべて外していた。しかし、彼らの中には2000年以降大きく作風が変わった、あるいは新たな代表作といえる作品を書いた者もいる(例えばトマス・H・クックは『鹿の死んだ夜』(1980)が紹介されているが、読書シーンに彼の名を刻みつけた「記憶」シリーズの紹介は、原書96年、翻訳98年の『緋色の記憶』を嚆矢とする)。そのため、主に私の好みに従い、これらの作家についても数名改めて加えたことをご了承いただきたい。

ところで、特に現代の翻訳ミステリーを多く読んでいる識者の中には、「俺の好きなあの作家/作品が入っていないではないか」というご不満を覚える方も現れよう。その問題については、「私が知らない、読んでいない、読んでいても好みでない」といった点に理由が帰せられる。どうか平にご容赦願いたい。そして出来れば、あなたの「100冊」、あるいは「10冊」なり「20冊」なりを、教えていただければ幸いである。

 

01. マイケル・スレイド暗黒大陸の悪霊』(Evil Eye、1996)
02. ジェフリー・ディーヴァーコフィン・ダンサー』(The Coffin Dancer、1998)
03. ジェレミー・ドロンフィールド『飛蝗の農場』(The Locust Farm、1998)
04. トマス・H・クック夜の記憶』(Instruments of Night、1998)
05. ダン・ゴードン『死んだふり』(Just Play Dead、1998)
06. アーナルデュル・インドリダソン『』(Röddin、1999)
07. トム・フランクリン『密猟者たち』(Porchers、1999)
08. カーリン・アルヴテーゲン『喪失』(Saknad、2000)
09. キャロル・オコンネル『魔術師の夜』(Shell Game、2000)
10. ジョー・ネスボコマドリの賭け』(Rødstrupe、2000)

 

11. ヘニング・マンケル『タンゴステップ』(Danslärarens återkomst、2000)
12. ミネット・ウォルターズ蛇の形』(The Shape of Snakes、2000)
13. ヴィクター・ギシュラー『拳銃猿』(Gun Monkeys、2001)
14. カルロス・ルイス・サフォン風の影』(La sombra del viento、2001)
15. ジェイムズ・エルロイアメリカン・デス・トリップ』(The Cold Six Thousand、2001)
16. ジャスパー・フォード文学刑事サーズデイ・ネクスト<1>』(The Eyre Affair、2001)
17. ローリー・リン・ドラモンドあなたに不利な証拠として』(Anything You Say Can and Will Be Used Against You、2001)
18. S・J・ローザン『冬そして夜』(Winter and Night、2002)
19. クレイグ・クレヴェンジャー『曲芸師のハンドブック』(The Contortionist's Handbook、2002)
20. ベン・レーダー『馬鹿★テキサス』(Buck Fever、2002)

 

21. ロノ・ウェイウェイオール『鎮魂歌は歌わない』(Wiley's Lament、2003)
22. アントニイ・マン『フランクを始末するには』(Milo and I、2003)
23. ジェイムズ・カルロス・ブレイク『荒ぶる血』(Under the Skin、2003)
24. ウィリアム・K・クルーガー『二度死んだ少女』(Blood Hollow、2004)
25. デオン・マイヤー『デビルズ・ピーク』(Infanta、2004)
26. リー・チャイルド『前夜』(The Enemy、2004)
27. ポール・ルバイン『マイアミ弁護士 ソロモン&ロード』(Solomon vs. Lord、2005)
28. ジェフリー・フォードガラスのなかの少女』(The Girl in the Glass、2005)
29. クレイグ・ディヴィッドソン『君と歩く世界』(Rust and Bone、2005)
30. コーマック・マッカーシー血と暴力の国』(No Country for Old Men、2005)

 

31. ジム・ケリー逆さの骨』(The Moon Tunnel、2005)
32. ジャック・カーリイ『デス・コレクターズ』(The Death Collectors、2005)
33. ジョー・ヒル20世紀の幽霊たち』(20th Century Ghosts、2005)
34. スコット・ウォルヴン『北東の大地、逃亡の西』(Controlled Burn、2005)
35. スティーグ・ラーソンミレニアム1 ドラゴンタトゥーの女』(Män som hatar kvinnor、2005)
36. ドン・ウィンズロウ犬の力』(The Power of the Dog、2005)
37. ドウェイン・スウィアジンスキー『メアリー‐ケイト』(The Blonde、2006)
38. アン・クリーヴス『大鴉の啼く冬』(Raven Black、2006)
39. ジェイソン・グッドウィンイスタンブールの群狼』(The Janissary Tree、2006)
40. ジョー・ウォルトン英雄たちの朝 ファージング1』(Farthing、2006)

 

41. マイケル・コックス『夜の真義を』(The Meaning of Night、2006)
42. ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死』(The Pale Blue Eye、2006)
43. ルースルンド&ヘルストレム『死刑囚』(Edward Finnigans upprättelse、2006)
44. トロイ・クック『最高の銀行強盗のための47ヶ条』(47 Rules of Highly Effective Bank Robbers、2007)
45. マイケル・シェイボンユダヤ警官同盟』(The Yiddish Policemen's Union、2007)
46. マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(Bad Monkeys、2007)
47. ユッシ・エーズラ・オールセン『特捜部Q―檻の中の女―』(Kvinden i buret、2007)
48. ロバート・クレイス『天使の護衛』(The Watchman、2007)
49. マーティン・ウォーカー『緋色の十字章』(Death in the Dordogne、2008)
50. エリック・ガルシアレポメン』(The Repossession Mambo、2008)

 

51. デイヴィッド・ベニオフ卵をめぐる祖父の戦争』(City of Thieves、2008)
52. デニス・ルヘイン運命の日』(The Given Day、2008)
53. トム・ロブ・スミスチャイルド44』(Child 44、2008
54. フォルカー・クッチャー『濡れた魚』(Der nasse Fisch、2008)
55. ヨハン・テオリン『冬の灯台が語るとき』(Nattfåk、2008)
56. ルイーズ・ペニー『スリー・パインズ村の無慈悲な春』(The Cruelest Month、2008)
57. ローラ・リップマン『心から愛するただひとりの人』(Hardly Knew Her、2008)
58. サイモン・ベケット骨と翅』(Whispers of the Dead、2009)
59. アッティカ・ロック『黒き水のうねり』(Black Water Rising、2009)
60. オレン・スタインハウアー『ツーリスト』(The Tourist、2009)

 

61. ジョン・ハートラスト・チャイルド』(The Last Child、2009)
62. チェルシー・ケイン『ビューティ・キラー3 悪心』(Evil at Heart、2009)
63. デイヴィッド・ピース占領都市』(Occupied City、2009)
64. フィリップ・カー『死者は語らずとも』(If The Dead Rise Not、2009)
65. フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(Verbrechen、2009)
66. マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』(Something Missing、2009)
67. ラグナル・ヨナソン『雪盲』(Snjóblinda、2009)
68. イアン・ランキン偽りの果実』(The Impossible Dead、2010)
69. ニック・ピゾラット『逃亡のガルヴェストン』(Galveston、2010)
70. ルー・バーニー『ガットショット・ストレート』(Gutshot Straight、2010)

 

71. スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(The Lock Artist、2010)
72. トム・ラックマン『最後の紙面』(The Imperfectionists、2010)
73. フランク・ティリエ『シンドロームE』(Le syndrome E、2010)
74. ベリンダ・バウアー『ブラックランズ』(Blacklands、2010)
75. ミック・ヘロン『窓際のスパイ』(Slow Horses、2010)
76. ロジャー・スミスはいつくばって慈悲を乞え』(Wake Up Dead、2010)
77. クリストファー・プリースト夢幻諸島から』(The Islanders、2011)
78. ジェイムズ・トンプソン『凍氷』(Lucifer's Tears、2011)
79. ピエール・ルメートルその女アレックス』(Alex、2011)
80. マイクル・コナリー転落の街』(The Drop、2011)

 

81. マイクル・コリータ『深い森の灯台』(The Ridge、2011)
82. ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』(Nymphéas noirs、2011)
83. ギリアン・フリン『ゴーン・ガール』(Gone Girl、2012)
84. ケイト・モートン秘密』(The Secret Keeper、2012)
85. デレク・B・ミラー『白夜の爺スナイパー』(Norwegian by Night、2012)
86. トニ・ヒルよき自殺』(Los buenos suicidas、2012)
87. ボストン・テラン『音もなく少女は』(Woman、2012)
88. ヨート&ローセンフェルト『犯罪心理捜査官セバスチャン 模倣犯』(Lärjungen、2012)
89. リサ・バランタインその罪のゆくえ』(Guilty One、2012)
90. ポール・クリーヴ『殺人鬼ジョー』(Joe Victim、2013)

 

91. E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』(Almost Criminal、2013)
92. ハラルト・ギルバース『ゲルマニア』(Germania、2013)
93. ロジャー・ホッブズゴーストマン 時限紙幣』(Ghostman、2013)
94. アンソニーホロヴィッツモリアーティ』(Moriarty、2014)
95. サラ・ウォーターズ黄昏の彼女たち』(The Paying Guests、2014)
96. 陳浩基『13・67』(13・67、2014)
97. レイ・セレスティン『アックスマンのジャズ』(The Axeman's Jazz、2014)
98. ローリー・ロイ『彼女が家に帰るまで』(Until She Comes Home、2014)
99. エーネ・リール『樹脂』(Harpiks、2015)
100.ポーラ・ホーキンズ『ガール・オン・ザ・トレイン』(The Girl on the Train、2015)

 

あなたの好きな作家は見つかっただろうか。また、読んだことがないという作品を見かけ人は、もしよければ手に取ってみてほしい。

次回、各作品(の一部)について、簡単な短評を付す予定である。

カミングズ「バナー上院議員シリーズ傑作選」収録作短評

昨夜アップロードした「バナー上院議員シリーズ傑作選」収録作品についての短評を以下掲載します。詳細なレビューをお読みになりたい方は本年11月刊行予定のRe-ClaM 第7号をお買い求めください。メイン特集の「愛書狂森英俊の生活と意見」も非常に充実した内容になる予定ですので、オススメです。

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■ジョセフ・カミングズ『アーバン・B・バナー上院議員の事件簿』(仮題)収録作品紹介

★★★☆☆ガラスの部屋の殺人」"Murder Under Glass", 1947, B, 20p
四方と上面がガラス張りになっていて、ガラスの家具が置かれた部屋で起こった密室殺人。外連味の利いた謎を、丁寧に積み重ねた事実と力業にもほどがあるトリックで一気に解体し、そこからロジカルなフーダニットに持ち込んでいく。シリーズの第一作だが、既に特長が良く出ている佳品。

★★★☆☆「指紋の幽霊」"Fingerprint Ghost", 1947, B, 20p
交霊会の出席者全員が拘束服で上半身を縛られ、かつ靴を触れ合わせて互いの所在を確認している状況で、縛られて戸棚に入った奇術師が殺される。凶器のナイフに残った指紋は密室である現場にいた誰のものでもなかった。トリックはトンチキだが、それらと併せて伏線が回収され、ただ一人の犯人が指摘される。

★★★☆☆「黒い修道僧の殺人」"The Black Friar Murders", 1948, B, 32p
指名手配の殺人者を追ってロングアイランド北部を訪れたバナー上院議員は知人の誘いで岬の先の僧院を訪れるが、そこで殺人事件に遭遇する。少し長めの作品だが、僧院を探検するシーンなど非常に雰囲気が出ている。トリックだけを取り出すと子供だましもいいところだが、事件全体の構図の隠し方が上手い。

★★★★☆「黒魔術の殺人」"Death by Black Magic", 1948, B, 22p
ミステリマガジン78年6月号に掲載。15年前に殺人事件が起こった因縁の舞台の上で、消失トリックを試みた奇術師が殺される。犯人の行動の全容を掴ませないように全編に渡って仕掛けられたミスディレクションが素晴らしい。事件全体の「宿命的」とさえ見える構図も美しく、翻訳されているのも納得の良作。

★★★★☆「見えない手がかり」"The Invisible Clue", 1950, 19p
風紀取締のため、ニューヨークのとあるバーレスク劇場を閉鎖させようとする元判事が三重密室の中で射殺され、さらに犯人は銃とともに姿を消す。「困難を分割し問題を解決する」メソッドの完成形。トリック自体は陳腐化しているものだが、終盤犯人を炙り出すためにバナーがそれを逆用した作戦を考案するのが興味深い。

★★★☆☆「殺人者へのセレナーデ」"Serenade to a Killer", 1957, 24p
屋敷の離れの音楽室で音楽家が殺される。自分が犯人だと信じ込んでいる夢遊病の女性を救い真犯人を捕らえるために、バナーが一肌脱ぐ。そんな馬鹿なというトリックが乱れ撃ちされる珍作。実現性はともかくこの作品の中におけるロジックの線引きは明確で、意外な犯人の指摘まで息つく間も与えない。

★★★★★「死者のバルコニー」"The Bewitched Terrace", 1958, 36p
マンションの12階のバルコニーから転落死した女性の霊を呼び出し、夫を苦しめる女霊媒師を退治するべくバナー上院議員が出馬する。隠れる場所がない高層階のバルコニーに幽霊を呼び出すトリック自体はありきたりのものだが、ミスディレクションからの構図の転換が抜群に上手い。未収録なのが意外な傑作。

★★★☆☆「殺人者は前進する」"Murderer’s Progress", 1960, B, 19p
スフィンクス・クラブ」の知恵者五人が、それぞれ不可能状況を考案してバナー上院議員に挑戦する。ところがそのデモンストレーションをしているうちに、殺人事件が発生してしまう。消失トリックは噴き出してしまいそうな代物だが、それを取り込んで自らの不可能犯罪を演出する犯人の冷徹さにはゾッとさせられる。

★★★☆☆「Xストリートの殺人」"The X Street Murders", 1962, B, 23p
ミステリマガジン88年12月号に掲載。Xストリートにある公使館に駐在するニュージーランド公使を射殺するのに使われた拳銃は、事前に届けられた封筒に厳封されていた。凶器発見シーンのインパクトは集中随一。不可能状況をトリックとミスディレクションの組み合わせで「可能に見える」ようにしてしまう剛腕は流石だ。

★★★☆☆「首吊り屋敷の怪」"Hangman’s House", 1962, B, 19p
大雨で道が分断され、バナー上院議員は近くの屋敷に避難する。どうやら一緒に避難した誰かが屋敷の主人と過去に因縁があるらしい。その夜、主人はシャンデリアから吊るされ、殺されてしまう。作者の語りの上手さが発揮されているが、解決編で笑わせてくる。犯人の執念とひねくれ加減、そして作者の生真面目さがいい感じに作用した良作。

★★★★☆「最後のサムライ」"The Last Samurai", 1963, 26p
極東軍事裁判での審判を待つ日本人将校オオハラ大佐が巣鴨の収容所から姿を消し、バナー上院議員憲兵隊のセブン大佐とその行方を追う。日本が舞台で、相撲や歌舞伎に関するカミングズの該博な知識が披歴されるが、それを前提としてバナーが語る「ある違和感」を軸に構図が転換、衝撃的な結末が導き出される。かなりの力作でオススメ。

★★★★☆キューバのブロンド娘」"The Cuban Blonde", 1964, 41p
キューバで投獄された夫トムを救うため、ペギー・ハーリーはニューヨークを訪れた好色な独裁者フィデル・カストロにその身を捧げるが、願いは叶わず夫は処刑された。カストロへの復讐を決意するペギーをバナーとセブンは止められるのか。不可能犯罪要素がないどころか狭義のミステリですらないスリラー小説だが、物語としての面白さは無類でパルプ出身作家の面目躍如の雄編といえる。これはぜひ紹介したい。

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ということで収録予定の十二編を紹介しました。私は、後年の作品で女房役として活躍する女好きのセブン大佐とバナーの掛け合いが結構好きなのですが、残念ながら彼の登場する作品は単行本未収録で日本でも翻訳されていませんので、これを機にいくつか見繕って収録してみました。初期のオカルト・怪奇路線からは外れますが、媒体に合わせて作風を変えていくカミングズの柔軟な姿勢を示すには適当かと思います。どうぞお楽しみいただければ幸いです。

カミングズ「バナー上院議員シリーズ傑作選」目次検討

ブログの更新はお久しぶりです。

現在私は Re-ClaM 第7号の作家小特集で取り上げるジョセフ・カミングズの「バナー上院議員シリーズ」の短編を、単行本未収録のものも含めて読み終えたところです。せっかくですから、殊能センセーがかつてアヴラム・デヴィッドスンの短編を読み、傑作選の目次を検討されたように、私なりの「カミングズ傑作選」の目次を検討してみたいと考えるようになりました。給料泥棒の暇潰しにもってこいの面白い遊びですので、最近時間を持て余しているという人はぜひトライしてみてください。

目次案発表の前にまず作家カミングズについての基礎知識を共有しておきます。ジョセフ・カミングズ(Joseph Commings, 1913-1992)は、パルプ雑誌を中心に短編ミステリを発表した作家です。何度かの長い休止期間を挟みながら、1940年代から1980年代まで多くの作品を発表し続けています。彼の作品のうち、不可能犯罪マニアに根強い人気を誇る「バナー上院議員シリーズ」は、ロバート・エイディーが編集した傑作選 Banner Dealines(2004、クリッペン&ランドリュ)が出ています。しかし、シリーズ33編のうちこの本で読めるのは約半分の14編であり、残り19編は埋もれたままです(なお、クリッペン&ランドリュの編集者、ジェフリー・マークスと最近Facebookでやりとりした際には、第二短編集刊行を検討しているという話を聞きました)。

この度、中国のコレクターの方から未収録短編が載った雑誌のコピーをご提供いただいたことで、Banner Deadlines と併せて全短編を読むことができました。極めて貴重な情報のご提供、ありがとうございます(中国では既に『バナー上院議員短編全集』が出ているのですが、その際に資料を提供したのがコレクター氏なのだとか)。

さて、全作読んで改めて思ったことですが、この「バナー上院議員シリーズ」は、例えばジョン・ディクスン・カーが書く不可能犯罪ミステリとは性質を異にしています。極めて抽象的な話になりますが、カーが描く不可能犯罪、例えば「密室」は物語全体の基調、あるいは雰囲気を形作る「テーマ」そのものになっています。そしてカー作品ではその「謎と解決」の構造が「物語としてのカタルシス」と不離一体のものになっているため、成功している作品では特に鮮やかな読後感を与えることに成功しています(「鍵のかかった扉」が「主人公の恋愛の障害そのもの」であると読みかえても可)。

対してカミングズ作品における不可能犯罪、あるいはそのトリックは物語を構成するパーツの一つでしかない。独創性が薄く陳腐な(すなわち属人性が薄く特殊な条件を必要としない)トリックを恬淡とした議論の中で暴き、むしろそれを綿密に構築された謎解きのための具として活用する辺りからも、実はカミングズはクイーンの系統に近い作家と考えるべきなのではないか……というお話を先月飯城勇三氏とさせていただき、ようやく頭の中でもやもやしていたものが晴れた気がしたものでした。

ということで、今回私が考えた傑作選目次案では「ハウダニットとしての面白さ」以上に「物語の中でトリックを生かす工夫が優れていること」を基準にセレクトしました。さらにこの本一冊を読むことでカミングズの作家歴の全体像や作風の変遷を掴めるように、様々なタイプの作品を発表年代順に収録しています。また、あくまでも架空の目次案ではありますが、デヴィッドスン傑作選目次作成に当たって殊能センセーが「単行本で刊行した時の分量を勘案する」「翻訳権取得不要の1970年以前の作品のみ」という縛りを設けていた点を尊重し、これらの条件を踏まえています。

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■ジョセフ・カミングズ『アーバン・B・バナー上院議員の事件簿』(仮題)目次

★★★☆☆「ガラスの部屋の殺人」"Murder Under Glass", 1947, B, 20p
★★★☆☆「指紋の幽霊」"Fingerprint Ghost", 1947, B, 20p 
★★★☆☆「黒い修道僧の殺人」"The Black Friar Murders", 1948, B, 32p
★★★★☆「黒魔術の殺人」"Death by Black Magic", 1948, B, 22p
★★★★☆「見えない手がかり」"The Invisible Clue", 1950, 19p
★★★☆☆「殺人者へのセレナーデ」"Serenade to a Killer", 1957,  24p
★★★★★「死者のバルコニー」"The Bewitched Terrace", 1958, 36p 
★★★☆☆「殺人者は前進する」"Murderer’s Progress", 1960, B, 19p
★★★☆☆「Xストリートの殺人」"The X Street Murders", 1962, B, 23p
★★★☆☆「首吊り屋敷の怪」"Hangman’s House", 1962, B, 19p
★★★★☆「最後のサムライ」"The Last Samurai", 1963, 26p
★★★★☆「キューバのブロンド娘」"The Cuban Blonde", 1964,  41p

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仮邦題の前の星印は、全作に附した極主観的な5段階評価の名残です。主に下位作品のふるい落としのために記録していたもので、上位作のみを残したこのリストではあまり役に立たない指標ですね。とはいえ、★4以上の5編については読んで損をさせることはないと断言できます。

仮邦題に下線を附した作品は既に翻訳されています。全編未訳作品で統一することも考えましたが、「黒魔術の殺人」「Xストリートの殺人」の2編はシリーズの中でも優れた作品であり、かつ翻訳がミステリマガジンに掲載されたまま30、40年が経過していることから収録することにしました。表記統一も含め、新訳を起こすのがベターでしょう。

Bを附した作品は、Banner Deadlines に収録されている作品です。

最後に附したページ数は、単行本サイズということで某叢書の版組みを参考に算出しました。12編300ページにすっきり収まっています。もちろん実際に本の形にするのであれば、目次や扉、またあとがきや解説のページを加える必要があるので、全体で320ページ前後になるでしょう。なお文庫サイズにする場合はページ数を1.25倍にするくらいでちょうどいいはずです(つまり400ページ前後)。ざっくりとしたサイズ感が伝わればと思います。

個々の作品について短評を付けようかと思いましたが、本記事も既に長くなってしまっていますので稿を改めます。それではまた次回。

2020年洋書購入記録(年年歳歳編)

Re-ClaMとして活動するようになってから洋書の購入量が格段に増えている自覚はあるのですが、今年は結構買ったなと。そこで実際に何をどのくらい買ったか、まとめてみたいと思います。もしかすると、ここから色々な企画のネタを読み取れるかもしれません。

 

〇新刊ないしそれに近い本

・Bill Pronzini, Gun in Cheek
・Bill Pronzini, Son of Gun in Cheek

ビル・プロンジーニは面白本紹介者として「1001 Midnight」シリーズなどでも知られていますがそのガイドブックの一つ。いわゆる「傑作・秀作」のカテゴリに入らない、しかし印象的な作品を紹介しています。比較的近年PBとして刊行されたものですが、出ているのに気が付いたのは今年に入ってからでした。

・Francis Duncan, Murder Has a Motive
・Francis Duncan, Murder for Christmas
・Francis Duncan, So Pretty a Problem
・Francis Duncan, In at the Death
・Francis Duncan, Behold a Fair Woman

フランシス・ダンカンはMK氏推奨作家のひとりで、別冊Re-ClaMで取り上げる可能性が非常に高いもの。ペンギンからモルデカイ・トレメインシリーズ全7作のうち5作が復刊されたので購入しました。

・John Bude, Death in White Pyjamas

British Library Crime Classics の新刊。正直割と勢いで購入。電書で良かった説もあります。

・Brian Flynn, The Padded Door
・Brian Flynn, The Edge of Terror
・Brian Flynn, The Spiked Lion
・Brian Flynn, The League of Matthias
・Brian Flynn, The Horn
・Brian Flynn, The Case of the Purple Calf
・Brian Flynn, The Sussex Cuckoo
・Brian Flynn, The Fortescue Candle
・Brian Flynn, Fear and Trembling
・Brian Flynn, Tread Softly

ブライアン・フリン復刊作戦第二弾。これで20作。果たしていつ読むんですかね、自分……激烈にスペースを取るのですが、応援案件なのであくまでも紙版を買わなければいけません。

・Frederick Irving Anderson, Book of Murder
・Frederick Irving Anderson, The Purple Flame

フレデリック・アーヴィング・アンダーソンは別冊Re-ClaMで出すつもりの作家のひとり。後述の第二短編集と合わせて傑作選集を編む予定です。

・Bruce Graeme, The Undetective

ブルース・グレイムは未だ実力を測りかねる作家のひとり。来年2月には初期シリーズものが二冊復刊される予定で、そちらも購入するつもりです。

・Clyde B. Clason, Poison Jasmine

別冊Re-ClaM Vol.5で出す予定の作品で、むしろまだ買ってなかったの?という本。実は既に解説者も決まっています。お楽しみに。

 

〇古書

・Lord Gorell, Red Lilac

ディテクションクラブの最初期メンバーの一人でありながら、あまりにも地味な作風、穏やかな人格でてネタにされることもないゴレル卿の中期作。MKさんのレビューを見る限り、かなり出来が良いようです。

・William Sansom, Something Terrible, Something Lovely
・William Sansom, The Passionate North

ウィリアム・サンソムは知る人ぞ知る短編作家。何とか本が手に入らない物かと探していたら、日本の古本屋で買うことが出来ました。ビックリ。本の送り間違い等があり、7月の休店間近の小川図書さんに直接伺ったのはいい思い出です。

・Max Afford, Mischief in the Air

オーストラリアの本格派、マックス・アフォードのラジオドラマ集を……というRe-ClaM最初期からのお約束を果たすべく購入。必ずしもミステリ仕立てばかりではないようなので、セレクトして一編ご紹介になるかな、という考えで進めてます。

・E. and M. A. Radford, Death and the Professor
・Paul McGuire, Daylight Murder
・Robert Gore Browne, By Way of Confession

今年もやってきました神保町の「洋書まつり」で購入した三冊。羊頭書房さんは店頭でも洋書をガッツリおいてくれればいいのになあ。

・Peter Godfrey, Death Under the Table

ペンズラーオークション第三弾での購入品。私をオークション沼に叩き落としたピー万円本。今となってはなぜこの本にここまで必死になったか良く分からないのですが、事後多くの人外コレクターの皆さんからお褒めの言葉をいただいたので勝利です。

・Basil Thomson, Mr. Pepper, Investigator

これもRe-ClaMの用事で購入した本。どう使うかはまだ内緒です。

・Stuart Palmer, The Riddles of the Hildegarde Withers
・Stuart Palmer, The Monkey Murder
・Frederick Irving Anderson, The Notorious Sophie Lang

某氏からのオファー品。お願いですからヤフオクに適当な値付けで放流するのは止めてください。

・E. M. Curtiss, Dead Dogs Bite
・Elizabeth Curtiss, Nine Doctors and a Madman
・Marcus Magill, I Like a Good Murder
・Marcus Magill, Murder Out Of Tune

ペンズラー・オークション第四弾(最終回)での購入品。この四冊を古本市場で買おうと思ったらピー円、でも落札価格はピー円よ、ウッハッハ……とまあそこまで下心アリアリで競ったわけではありませんがね。特にNine Doctors and a Madmanは、信頼できるレビュアーが「クオリティの高い、しかも読者を手痛く裏切る逸品」と紹介しているので楽しみにしています。

 

総評は「下半期の自分、洋書に投資しすぎぃ!」ですかね(リアルに二十数万円突っ込んでる)。一応読む予定のある本しか買ってないし、安いからゲットしとくか!的投機はないはず、多分。来年は流石にオークション的なイベントはないと思うのでもう少し穏やかに生きられるでしょうが、果たして……

同人誌レビュー:『原子間諜 ―原子の城〔アトムスク〕―』

これから出るよその同人誌を勝手に宣伝します。

 

『原子間諜 —原子の城〔アトムスク〕—』
著者:嘉密斉・史密斯(カーマイケル・スミス)
翻訳:森井勝利
刊行:綺想社
価格:6,000円

 

 本作は「人類補完機構」シリーズで知られるコードウェイナー・スミス(=ポール・M・A・ラインバーガー)が「スキャナーに生きがいはない」(1950年)でSF作家としてデビューする以前、カーマイケル・スミスの名で1949年に刊行した「プロの諜報機関員」を主人公とする著者唯一のスパイ小説である。

 冷戦下で書かれた最初期のスパイ小説として歴史に名を残している本作は、エリック・アンブラーに代表される「素人が国際的な陰謀に巻き込まれる小説」(『スパイへの墓碑銘』(1938)、『ディミトリオスの棺』(1939)など)とも、またイアン・フレミングのような「娯楽的な要素の強いヒーロー小説」(『カジノ・ロワイヤル』(1953)など)とも一線を画する。後述するが、むしろ先日亡くなったばかりのジョン・ル・カレの作品を十数年先取りしたような部分が見られる。

 主人公のマイケル・A・デュガン少佐は米陸軍に所属する伝説的スパイである。彼は第二次世界大戦中、大日本帝国陸軍の中枢部に潜入しその内情や計画を本国に送り続けていたというキャリアを持つ。本書は彼がGHQの本部に呼び出され、新たな任務を与えられる場面から始まる。ソビエト連邦中華人民共和国の国境線である沿海地方の森の中に隠された原子力研究施設、通称「アトムスク」に潜入し、さらに痕跡を残しながら脱出することで、アメリカ合衆国に情報をもたらしつつソ連上層部に疑心暗鬼を生じせしめよ、という極めて困難な任務を彼がいかにして成し遂げるか。その苦闘を描くのが本書の大要である。

 本書の特長の一つはその描写のリアリティにある。スミス=ラインバーガーは戦前はデューク大学で極東情勢の研究を行っていたが、その関係で米陸軍に少尉相当で所属し戦争情報局の立ち上げに携わった。「心理戦」(Psychological Warfare)の専門家としても知られ、後に戦中の経験を踏まえてPsychological Warfare(1948、『心理戦争』として邦訳あり)を著している。この本は現在でも該当分野における古典として高く評価されており、入手も容易である。そして、父が中華民国時代の政治家たちと繋がりを持っていたこと(ラインバーガーの漢名「林白樂※」の名付け親は、なんと孫文だという)、また軍務で中国に滞在した経験も含めて当時の極東を肌で知っていた。このようなラインバーガーの背景が本書には色濃く反映されている。

 例えばデュガンは日本を振り出しに満州、中ソ国境地帯、そしてソ連へと潜入していくが、その中で描かれる町や村、人々の風俗は極めて緻密に、見てきたように描かれている。また、「人間兵器」と呼ばれるデュガンは「国と国の心理戦」の尖兵としての役割を果たすと同時に、行く先々で出くわす危機を乗り越えるために心理戦の技術を利用して人々の心理を読み取り感情や行動を巧みに操る。怪力無双でも精力絶倫でもなく、荒唐無稽なスパイアイテムも持たない「ただの男」の物語として、本書は地に足が付いていると言えよう。

 しかし、単にデュガンの活躍を描くというだけに終わっていないのが本書の興味深い点である。デュガンは通称「ミスター・エニバディ」、特別な化粧も扮装もなくありとあらゆる人間を演じることができる人間だ。しかしそれは同時に、彼が「何者でもない(ノーバディ)」存在であることをも意味する。常に誰かを演じているがゆえに、自分の心さえもはや分からなくなった、任務に生きるほかに生きる道を失ってしまったスパイ。極めて矮小な、しかし圧倒的にリアルなスパイ像を描き出したという点で、本書は現代的なスパイ小説の嚆矢と言える。コードウェイナー・スミスのファンのみならず、スパイ小説愛好家、またその歴史や成り立ちに興味を持つ読者の手にも、この翻訳が届くことを期待して已まない。

※デュガンが大日本帝国陸軍に潜入していた時の仮名が「林中尉」である点は、本書の自己言及的な性質を鑑みて興味深い事実と言える。

 

 本書は2020/12/19(土)より書肆盛林堂にて一般販売が開始となります。購入希望の方は、以下のURLからアクセスしてください。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca4/703/p-r4-s/

Re-ClaM 第5号の目次を公開いたします

来たる11月刊行予定のRe-ClaM第5号の目次が確定しましたので、ここに公開いたします。

 

◆【特集】ロス・マクドナルドの新たな巡礼
フェアプレイの向こう側 ~ The Far Side of Fair Play ~(法月綸太郎
ある夫婦の物語――ロス・マクドナルドマーガレット・ミラーをめぐって(柿沼瑛子
『ギャルトン事件』を読む(第2回)(若島正
ロス・マクドナルド作品リスト(三門優祐)
初読者のためのロス・マクドナルド読書案内(三門優祐)

◆連載&寄稿
Queen’s Quorum Quest(第40回)(林克郎)
A Letter from M.K.(第4回)(M.K.)
海外ミステリ最新事情(第6回)(小林晋)
ROMから始める古典道(第1回)
Revisit Old Mysteries 総目次(第1回)(三門優祐)
オン・ザ・ロード・ウィズ・マンフレッド・B・リー(第1回)(ジョセフ・グッドリッチ)(三門優祐 訳)
第3回オットー・ペンズラー旧蔵書オークション参戦記(三門優祐)
「原書レビューコーナー」(小林晋)

 

今回の作家特集は「ロス・マクドナルド」。その巻頭に掲げるのは法月綸太郎氏の評論「フェアプレイの向こう側」です。2000年、「ユリイカ」に発表されるや「ロス・マクドナルドをいかに読むか」という問題意識にたちまちパラダイムシフトを巻き起こした傑作評論「複雑な殺人芸術」から20年、本編では『一瞬の敵』から後期ロス・マクドナルドの向かう先を占います。質量とも「複雑な殺人芸術」と双璧を成す、今の法月氏だからこそ書き得た最新作です。
各地の読書会に頻繁に参加され、マクドナルド/ミラー夫妻を愛することに掛けては人後に落ちぬ柿沼瑛子氏のエッセイ「ある夫婦の物語」を挟んで、次は若島正氏の連載「『ギャルトン事件』を読む」第2回。第1回で『一瞬の敵』をテーマに解説した「若島式・ロスマク読解法」を『ギャルトン事件』に適用するための、今回はいわば準備回。課題本をきちんと読み込めているかどうかの答え合わせになっています。本編を最大限楽しむためにも、『ギャルトン事件』を読む、また再読することを強くオススメいたします。
連載&寄稿は林氏、M.K.氏、小林氏の三氏に加えて新連載を開始。「ROMから始める古典道」第1回は、ROM誌の編集に携わられていた須川毅氏へのインタビューとなりました。今後、様々な方へのインタビューやエッセイご寄稿を通じて、ROM誌を始めとする「クラシックミステリ評論同人誌文化」が80年代にいかに作られていったか、また同時にクラシックミステリがいかに読まれていったかを示す貴重な資料を積み重ねてまいりますので、どうぞご声援を。併せて「ROM総目次」を全5回の予定で掲載していきます。
オン・ザ・ロード・ウィズ・マンフレッド・B・リー」は、近刊のクイーン書簡集の編者ジョセフ・グッドリッチがEQMMに連載したコラムの翻訳。クイーンの評伝やインタビューというとフレデリック・ダネイを中心にしたものが多い中で、「もう一人のクイーン」であるリーに焦点を当てた興味深い企画です。ご本人の許可をいただき、この度翻訳を掲載することになりました。こちらは全3回の予定です。

こちらは2020年11月22日(日)に開催される文学フリマ東京にて頒布いたします。120ページ、会場頒布価格1,000円の予定です。同時に、盛林堂書房での通販委託も行いますので、会場に来れないという方はぜひこちらをご利用ください。
また文学フリマ東京では、同時に翻訳作品集Re-ClaM eX Vol.2を頒布予定です。クリスティークロフツ同様、『フォーチュン氏を呼べ』でミステリ作家としてデビューして100年となるH・C・ベイリーの「家具付きコテージ」「雪玉泥棒」二編に加えて、エドワード・D・ホック「楽園の蛇」を収録。いずれも分量は30ページ近い、読み応え十分の作品となっています。こちらは100ページ、会場頒布価格500円の予定です(こちらも委託あり)。ぜひ二冊併せてお買い求めください。

さらにさらに、12月には別冊Re-ClaM Vol.3の刊行も予定しています。これまでM.K.氏のブックレビューを通じてのみ知られていたサスペンスミステリ作家、サミュエル・ロジャースの第二作『血文字の警告』(You'll Be Sorry!)については、発売日が確定次第改めてご紹介させていただきます。

それでは、文学フリマ会場でお目にかかりましょう。