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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

「現代ミステリー・スタンダードNext」を検討する②

前回掲載したリストを元に、作品・作家の選定理由を含めていくつかの作品についてもう少し踏み込んだコメントを書いていく。ただし思い出を語りだすとキリがないので、あくまで大まかな内容であることはご容赦いただきたい。

最初に個人的なお話をさせていただくと、私は「このミステリーがすごい!」海外編に2009年度(2007年11月~2008年10月刊行の新刊が対象)から毎年個人で投票させていただいている。意識的に新刊を読むようになったのはその前年度に「ワセダミステリクラブ」名義の投票の作品検討に参加したところから。そのため、2006年11月前後からコンテンポラリな海外ミステリーに対する解像度が変わってきたと自覚している(逆にそれ以前の作品は、重要作でも見落としている場合が多いと思う)。要するに、原著刊行年も重要だが、翻訳刊行年も同様に重要という話だ。ということで、ここからは翻訳刊行年/このミス年度ベースでリストを見ていく。

翻訳書刊行順にリストを並び替えて、2006年10月以前を見ていくと、2『コフィン・ダンサー』、5『夜の記憶』、15『アメリカン・デス・トリップ』のようなオールタイムベスト級の重要作と、4『死んだふり』、13『拳銃猿』、20『馬鹿★テキサス』のようなボンクラ作品が混じっているのが、あまりにも自分勝手すぎて笑ってしまう。後者はいずれも読捨御免のペラペラ二流作だが、エンタメ小説としては無駄なく完成していて、いずれも我が偏愛の書である。この時期の作品で今読まれるべき作家としては、ガラスの鍵賞受賞作8『喪失』のカーリン・アルヴテーゲンが上がる。シリーズを作らず単発作を積み上げた作家だが、小学館文庫で全六作が翻訳されている。再評価されるのを願うばかりだ。

2008年度は、リストに入っている作品では31『デス・コレクターズ』が印象深い。誰彼構わず『百番目の男』を読ませていた某先輩は今でもお元気だろうか。28『血と暴力の国』も悪くはないが、マッカーシーは正直『ブラッド・メリディアン』を入れたかった……(1985年刊で規定外)。他、偏愛作品としてはジャン=クロード・イゾ『失われた夜の夜』(1995年刊で規定外)、レジナルド・ヒル異人館(扶桑社版に『骨と沈黙』収録)などがある。

2009年度は初めて個人で投票した年だが、それゆえにこの時期に読んだ新刊のせいで自分の趣味嗜好が捻じ曲げられてしまったような気がしている。19『曲芸師のハンドブック』、44『最高の銀行強盗のための47ヶ条』は、事前情報なしで読んで思い切りハマった。どうしようもなくナイーヴで感傷的な前者にここまでやられるとは……後者についてはその後似たような作品をいくつも読んだ気がするが、自分のなかではこれ以上のものはもう出ないと思っている。

2010年度は「このミス」的には34『ミレニアム』と35『犬の力』が四つに組むお祭りイヤーだったが、40『メアリー‐ケイト』、45『ユダヤ警官同盟』、46『バッド・モンキーズ』、49『レポメン』などボンクラ作品が多数出揃う当たり年。24『二度死んだ少女』のウィリアム・K・クルーガーは個人的に大好きな作家だが、同じく講談社文庫出身で、創元推理文庫に移籍したアメリカ片田舎ミステリもう一方の雄、C・J・ボックスに大きく水を開けられてしまった。こちらも復権を!

2011年度は50『卵をめぐる祖父の戦争』に尽きる。新装ポケミスの中ではsugataさんが上げられた『湖は飢えて煙る』なども印象深い。ボストン・テランは正直どれをリストに入れるか非常に迷った。宣伝も碌になく読まれる機会を逸した傑作『暴力の教義』(2012/8)もいいが、銃をカメラに持ち替えた静かなる戦いを描く87『音もなく少女は』を推したい。57『心から愛するただひとりの人』は最後まで迷走し続けたシリーズ「現代短篇の名手たち」の中では随一の短編集。

2012年度は「歴史捏造小説」の大傑作、41『夜の真義を』が絶対的ベスト1。同年平凡社ライブラリーに入った由良公美『椿説泰西浪漫派文学講義』との併読を強く推奨する。後に『ブルーバード、ブルーバード』で圧倒的な筆力を見せつけたアッティカ・ロックの58『黒き水のうねり』も好き。ルイーズ・ペニーは出版社の事情で翻訳が途切れた気の毒な作家だが、第三作の56『スリー・パインズ村の無慈悲な春』は既刊の集大成的な傑作でオススメ。

2013年度は63『占領都市』がすべて。『TOKYO YEAR ZERO』の時はすごいとは思ってもすばらしいとは思わなかったのだが、ここから一つ次元が変わった。ドイツ作家の先行例の一つ、53『濡れた魚』は、暗黒のベルリン・クロニクルを描くシリーズの第一作。警察小説/ノワール陰謀論歴史群像劇のバランスが優れた良作だったが、翻訳は第三作で途切れた。21『フランクを始末するには』も忘れがたい好短編集で、先日復刊されたのは嬉しかった。

2014年度は、キングにもウィングフィールドにも興味がない自分としては83『ゴーン・ガール』の年。シュールな笑いで適宜ガス抜きしながら終始サスペンスを維持できるバランス感覚は天才的だと思う。フィンチャーの映画で一生分稼いだかもしれないが、長編第四作をいついつまでもお待ちしております。他、何度もオススメしている奇跡的な完成度の犯罪小説短編集、27『君と歩く世界』は平山夢明の短編群と軌を同じくするので、その線が好きな人はぜひ。

2015年度は79『その女アレックス』がシーンを席巻したが、個人的には30『逆さの骨』のインパクトが大きい。翻訳最新作『凍った夏』が出たのが2017年、そこから5年経つがその後の音沙汰がないのは寂しい。翻訳が途切れたといえばミック・ヘロンも。新人作家の発掘も大事だが、中堅作家の翻訳継続を切に望む。単発作品では、70『最後の紙面』が抜群。ラックマンも続けて紹介されてほしいところだが、ジャンル区分けしにくい作家で、ピッタリのレーベルが見当たらないのが難しいところ。

2016年度は最後に出た100『ガール・オン・ザ・トレイン』が持って行った。各要素にはなにもかも既視感しかない作品ながら、それらを突き詰めて独自の境地に至っているのがすごい。89『その罪のゆくえ』は心に来る鮮やかなリーガルスリラー。同じくリーガルでもディーヴァーばりのどんでん返しを狙う佳品『弁護士の血』の作者スティーヴ・キャヴァナーは何冊も続編を書いているらしく、これはぜひ翻訳されてほしい。

2017年度は、64『死者は語らずとも』を見逃さないでほしい。ベルリンオリンピックに絡む利権騒動に関わったグンターが、20数年後、革命前夜のキューバで黒幕と対峙する歴史ハードボイルドミステリのこれ以上ない完成形。PHPにこのシリーズが好きで数年に一度ラインナップに滑り込ませている凄腕編集者がいると見ているのだが、どうなのだろう。他、81『深い森の灯台』における南部不思議物語の語りの妙、禁じられた恋愛関係が展開される近代的な平屋がまるでゴシック屋敷のように物語を蝕む95『黄昏の彼女たち』の超絶技巧、など近年まれに見る当たり年だったと思う。ホロヴィッツの日本での出世作94『モリアーティ』も忘れずに。

2018年度以降は緩やかに割愛するが、その後頭角を現したラグナル・ヨナソンの処女作67『雪盲』、華文ミステリの時代の始まりを告げる96『13・67』、また一作家一作品の縛りで外したが、ジョー・ネスボの現段階での最高傑作『悪魔の星』など、記憶に残る作品がいくつも。82『黒い睡蓮』は、あまりの読まれていなさにツイッターで毎日のように布教活動を行ったのが思いだされる。新本格ミステリファンにもオススメの作品ですよ。

ということで、約12年分の思い出を書きつらねてみた。無論書かなかったこと、書ききれなかったことも沢山あるが、なによりこの10数年間毎月のように新刊を送り出してくれた各出版社に感謝を。また、このリストを機にクラシックミステリや往年の名作ばかりではなく、今書かれ、訳されている翻訳ミステリに興味を持つ人が増えれば、何よりである。