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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

[レビュー]Bodies from the Library, edited by Tony Medawar (2018)

未完成のまま完全に忘れていた原稿が発掘されたので、完成させて投稿しておく。どのくらい前に書いていたかというと多分今年の春、Bodies from the Library 2 が出る前のことなので、まあ数か月以上前であろう。

一応総括しておくと、このアンソロジーは作品の質よりも「珍しさ」に特化して作品を集めている。その「珍しい」の定義も色々で、実は日本では比較的容易に読めるパターンも多々ある(バークリー『シシリーは消えた』などは、あちらでもまだ復刊されていない)。唯一光るものがある、と感じたのはやはりクリスチアナ・ブランド(未収録どころか未発表作品にこのレベルのものがあるのはいかがなものか?恐るべし)。

 

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驚くべきことに、英国ではここ数年立て続けに有名作家の「単行本未収録作品」や「未発表作品」が発見されている。雑誌に発表されたままで、書誌にも載らずに埋もれていた作品を再発見する。また作者の書類ケースを調査し、未発表の作品を掘り当てる。研究者たちの熱意ある活動には大いに敬意を表したい。(日本でも同様の事例が続いているのは面白い)

さて本書は、そういった活動の一つの到達点と言えるアンソロジーである。編者のトニー・メダウォー曰く「単行本未収録の入手困難な16編を収録した」とのことだが、正直なところ編集には粗がある(詳細は個別作品の項目で詳述)。しかし、英米におけるクラシックミステリ「再発見」の流れの中で、コリンズという大手出版社からこのような本が出る、そして売れているという事実をまずは素直に喜びたい。以下、個別の作品について簡単にコメントしていく。

 

1. J・J・コニントン "Before Insulin" (1936)

小児糖尿病で先の長くない、療養所で暮らす金持ちの若者が急死。亡くなる直前に20歳の誕生日を迎え法定年齢に達した彼は、付き添いの看護師の女性と結婚。その莫大な財産のすべてを彼女に残すという遺言書を作成し、弁護士宛で郵便ポストに投函していた。この手早すぎる手続きに疑惑を抱いたウェンドーヴァーはサー・クリントンに再調査を依頼する。

1936年8月から9月に掛けて、ドロシー・L・セイヤーズは London Evening Standard 紙に30の短編を掲載し、疑似的なアンソロジー企画 Detective Cavalcade を展開した(収録作は再録・書き下ろしともあり)。そのトリを飾ったのが本編である。二つの「騙し」を組み合わせて不可能を可能にしたトリッキーな作品で、"How"を追求したところがいかにもセイヤーズ好みといった感じ。

【邦訳:「投函された遺言状」(EQ 1996/5、久坂恭訳)】

 

2. レオ・ブルース "The Inverness Cape" (1952)

「これは私が見た中で最も暴力的な犯罪だった」 車椅子で自由に身動きが取れない老婆を殴り殺した犯人は、インヴァネスのケープに鳥打帽という時代錯誤の奇天烈な服装をしていた。犯人と目された彼女の甥は、確かにそういったコスチュームを持っていると認めたが……

The Sketch という雑誌に掲載されたごく短い作品。ビーフ巡査部長が少しだけ登場する。実際に謎を解くのは、事件の目撃者となった「私」である。二つの解釈の可能性のうちどちらが正しいかが最後まで分からない辺りの気配りは作者の腕前が発揮されているが、あまりにも短すぎて話を展開するどころではないのが残念。

 

3. F・W・クロフツ "Dark Waters" (1953)

雇い主に任されていた株式の資金に手を付けてしまった主人公は、すべてが暴露されてしまう前に彼を殺してしまおうと決意。友人とブリッジを楽しむために、テムズ川を手漕ぎボートで行き来する上司の習慣を利用して、溺死に見せかけようとするが……

London Evening Standard 初出の未収録作品でフレンチ警部が登場する。犯人の見落とした証拠を指摘して逮捕に持ち込む「クロフツの短編」のスタイルだが、あまりにも直球すぎて読者を驚かせる余地がない。さすがにもう少しページ数が必要か。

 

4. ジョージェット・ヘイヤー "Linckes' Great Case" (1923)

ヒストリカル・ロマンスの巨匠ヘイヤーがミステリを書いていたことは、日本の読者にも既に知られている(『紳士と月夜の晒し台』、『マシューズ家の毒』他)。本編は The Detective Magazine 初出の忘れられた中編で、まさかのスパイスリラー。重要書類を盗み出した「国家の裏切り者」を、犯人に疑われることなく探し出そうとする……と書くとちょっとル・カレを思わせるが、話の展開は緩慢で犯人の指摘も唐突。ヘイヤーは、2016年に Snowdrift という短編集が出ている(1960年刊の短編集 Pistols for Two に新発見作品3編を増補したもの)ので、いまさらミステリ系と言われても正直出し殻感が否めない。

 

5. ニコラス・ブレイク "'Calling James Braithwaite'" (1940/7放送)

1940年から41年にかけて、BBCではディテクション・クラブの作家に依頼してラジオドラマを8本放映した。バークリー、ロード、ミッチェルなど錚々たるメンツに並んでニコラス・ブレイクが書いたのは、大洋に浮かぶ客船という大きいようで小さな密室の中で起きたサスペンスドラマであった。

一際年長だが精力的な富豪、妊娠したその美しい妻、富豪の秘書で妻の浮気相手、その妹の四人が「見張り役」のナイジェル・ストレンジウェイズと乗り込んだ「ジェイムズ・ブレイスウェイト号」に、脱獄した殺人犯が忍び込んだ、という通報が入る。用心しつつ全員で男を探すうちにいつの間にか富豪が行方知れずになり……

トリックはラジオドラマゆえに成立するもので、そこはしっかりと考えられている。場面転換が多いため、文字で読むならまだしもラジオの聴取者にとっては一苦労だったと思われる。分量は本書では二番目に多いが、非常に読みやすく苦にならなかった。なお、スクリプト収録は本書が初である。

 

6. ジョン・ロード "The Elusive Bullet" (1931)

翻訳で読めるので多くは語らない。論理的に可能性を潰していくと、物理的にはあり得ない角度から撃ち込まれたとしか思えない弾丸がどこからやってきたかをプリーストリー博士が追跡していく話だが、いわゆる「物理的にはあり得る、しかし現実的にはあり得ない」(実際、起こってしまったんだから仕方がない)話でしかなくがっかりしてしまった。

【邦訳:「逃げる弾丸」(『名探偵登場4』(ハヤカワ・ミステリ)、村崎敏郎訳)】

 

7. シリル・ヘアー "The Euthanasia of Hilary's Aunt" (1950)

いずれ手に入るだろう遺産を目当てに世話してきた叔母さんから、「自分の財産はすべてチャリティーに寄付するという遺言を何十年も前に書いた」と言われてしまった甥が主人公。法の網の目をくぐりぬけて、何とか遺産をいただこうと企む彼だったが……法律の専門家である作者らしさがよく出ている。皮肉なオチまでみっちり詰まった充実のショートストーリー。

「Aga-Search」には、短編集収録済の連作「子供たち」の第六編の改題作品と記されているが、実際にはその内容はまったく異なるため注意が必要。

【邦訳:「メアリー叔母さんの安楽死」(HMM 1969/7、柿村敦訳)

 

8. ヴィンセント・コーニア "The Girdle of Dreams" (1933)

宝飾店を営むライオネル・ブレイン氏は、奇妙なお客さんを迎えていた。時代遅れのドレス、両目にはめた片眼鏡、異様な出っ歯。その女性は、16世紀イタリアで作られたと思しき美しい腰飾りをバッグから取り出し、値段を鑑定してもらいたいと言い出した。正体不明のお客が持ち込んだ来歴不詳のお宝。ブレイン氏は鑑定を開始するが……

日本では『これが密室だ!』収録の「メッキの百合」一編しか翻訳されていないが、実は極めて多作な作家の新発見作品。序盤の「お宝鑑定」までのシーンはずば抜けて素晴らしいが、お客の正体と目的が明かされて以降は大幅に落ちる。EQMMに掲載された作品もいくつかあるようなので、他にいい作品がないか調べてみたくなる作家ではある。

 

9. アーサー・アップフィールド "The Fool and the Perfect Murder" (1948執筆)

「1948執筆」と意味深な書き方をしたが、実はこの作品、EQMMのコンテスト用に書かれ編集部に送られた後、封筒ごと行方不明になってしまったという曰く付きの代物。著者の没後に原稿が発見され、改めて掲載の運びとなったそう(その際、”Wisp of Wool and Disk of Silver”と改題されている)。

「たとえ人を殺してもこのメソッドに従えば証拠隠滅して完全犯罪にできる」と流れ者の男から聞いた農場管理者が、実際にその方法を試すことで探偵役のボニーに挑戦するという話。この男が、機転が利かないというか要領が悪く言われたことをそのままやってしまうので、名探偵にはたちまち追い詰められてしまうのであった(笑)

【邦訳:「名探偵ボナパルト」(EQ 1980/7、高見浩訳)】

 

10. A・A・ミルン "Bread Upon the Waters" (1950)

ある男が「人を殺すのは割に合わない」という話をし始め、聞いている何人かの男女がその話に突っ込みを入れては切り返される。それ以上でも以下でもない話で、残念ながら特に語ることはない。London Evening Standard 初出。

 

11. アントニイ・バークリー "The Man with the Twisted Thumb" (1933)

本書に収録された中では最長となる作品。Home and Country という雑誌に12か月間連載したもので、全12章からなっている。各章ごとに引きがあり次回を期待させる作りはこなれているが、完成度という点ではかなり劣る。以下、詳しく説明したい。

家庭教師のヴェロニカ・スタイニングは、雇い主の頬を引っぱたいてクビになり、今はモンテ・カルロでの休暇を楽しんでいる。そこに現れたのは、同じく義憤から秘書業務を放り捨てたというグラント氏だった。急速に仲を深めていく二人。ところが、グラント氏が彼女と別の女性のバッグを取り違え、二人はスパイ謀略のただ中に放り込まれてしまう。

タイトルの「ねじれた指の男」(スパイの親玉)は最終章まで姿を見せず、二人とグラント氏の友人のアーチーがワイワイしているうちに話が終わってしまう。確かに読みやすいけど何も残らない作品だ。どうしてこうなった?と解説を読んでみると、どうやらこの作品、長編デビュー前の習作を書き直したものらしい。納得。

 

12. クリスチアナ・ブランド "Rum Punch" (未発表)

クリスチアナ・ブランドの未発表作品。不可能犯罪アンソロジー The Realm of the Impossible に収録された "Cyanide in the Sun" や、EQMM掲載の "Bank Holiday Murder"と舞台(スキャンプトン・オン・シー)を同じくする作品で、これらとともに2020年刊行予定の単行本未収録作品集に再録されることが決定している。

なお本編については別項で記事を掲載しているので、そちらもご覧ください。

 

13. アーネスト・ブラマ "Blind Man's Bluff" (1918初演)

盲目の探偵マックス・カラドスものの一編で、戯曲。1918年に演じられたものの、その台本は今回が書籍初収録とのこと。日本人のKATO KUROMI(加藤某かと思ったが、作中Mr. Kuromiと呼ばれている)が、アメリカ人のハリス君にJuu-Jitsu(柔術?)の技を掛けて「うわー、動けない!東洋の神秘だ!」となるシーンが異様に書き込まれている(体の動かし方までかなり細かく指定がある)のが可笑しい。終盤、ようやく犯罪計画が明らかになるが、全てを読み切ったカラドスが、無駄なく無理なくそれを瓦解させる。ヨッ、名探偵と称賛を送りたくなる。

 

14. H・C・ベイリー "Victoria Pumphrey" (1939)

没落貴族の令嬢で、法律事務所のお荷物であるヴィクトリア・パンフリイは、事務所を訪れた依頼人とふとしたことで親しくなり、彼の悩みを解決すべく行動を開始する。貧しい一家に入るはずだった大金持ちの遺産を横取りする「突然オーストラリアから帰ってきた親類」は一体何者なのか。

フォーチュン氏、クランク弁護士も続くベイリー第三の探偵役……になりそこなったらしいミス・パンフリイ第一の事件を描く作品。一見ぼんやりした人物に見える彼女が要所で機転を利かせるのが気持ちいい。クイーンのアンソロジーに取られたこともあり、おそらく邦訳はそこからだろう。

【邦訳:「ミス・パンフリイの推理」(HMM 1986/2、坂口玲子訳)】

 

15. ロイ・ヴィカーズ "The Starting-Handle Murder" (1934)

この事件の真相が明らかになったのは、犯人が「紳士」であったからだ。行動も信念も、決して己の階級に求められる規範から外れぬ、堅い男……ただ一点、殺人を犯したという点を除いて。

迷宮課シリーズの一編だが、単行本未収録のままの作品。なぜ一点の曇りもなく紳士である男が殺人を選ばなければならなかったか、そしてその姿勢ゆえに逮捕されるに至ったかを描いていく。ラストの衝撃的展開(なぜこんなことをしなければならないのか?)に向けて男の性格をきっちりと組み上げていく心理小説として悪くない出来の作品です。

【邦訳:「智の限界」(別冊宝石 1959/3/15(世界探偵小説全集34)、阿部主計訳)】

 

16. アガサ・クリスティー "The Wife of the Kenite" (1922)

アガサ・クリスティーの新発掘作品……といっても、この作品については「イタリア語訳版を英語に再度翻訳した」バージョンは既に単行本に収録されている。今回はその元になった英語版が発掘されたとのことだ。南アフリカを舞台に、暴力的な夫に抑圧される妻を描いたこの作品はむしろ普通小説に近い感触だが、読後感はむしろ怪奇小説のそれに近い。苦々しい現実とそこからの解放、そして……日本でさらに短編集が出る機会はないかもしれないが、『死の猟犬』などと同じラインで読まれてもいい作品だ。 

Bodies from the Library: Lost Tales of Mystery and Suspense by Agatha Christie and Other Masters of the Golden Age

Bodies from the Library: Lost Tales of Mystery and Suspense by Agatha Christie and Other Masters of the Golden Age

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: Collins
  • 発売日: 2019/01/15
  • メディア: ハードカバー