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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

綺想社刊行のクラシックミステリの「解説」について

本邦未紹介の作家の本(しかもミステリ作家としては一発屋)の解説で作家の紹介を一切しない(ブリストウ&マニング『姿なき祭主』)、作者の既に翻訳された本について「この名義の作品は一冊も翻訳されていない」と誤った紹介を行う(Q・パトリック『危険な隣人』)といった感じで、ここ半年ほど立て続けに刊行された綺想社のクラシックミステリ路線書籍の「解説」の品質の低さは目に余る。いっそなしにすればいいと思うのだが、つけることを止めるつもりはないらしい。

シリーズ最新作、トッド・ダウニング『黑兀鷹は飛んでいる』の「解説」は、この二例から鑑みると飛躍的に品質が向上しているように一見「思える」。一部の文章は異様に生硬だが、作者についての情報、作者の他作品についての情報はしっかり盛り込まれている。今回はやる気を見せたのだろうかと思ったが、どうも生硬さが気になったので、いくつか単語を拾って検索してみたところ、とある事実が判明した。すなわち、この「解説」のほとんどは実にいい加減に行われたパクリだということである。

 

gadetection」というクラシックミステリに関する情報を集めたwiki形式のページをご存じだろうか。このwikiには当然と言うべきか、トッド・ダウニングについての項目が存在するのだが、大網鐵太郎氏はその内容をまるっと翻訳して一部を削り、そこに一言付け加えたものを「記名解説」として本書に掲載した(しかも文章はどう見ても機械翻訳に流し込んだだろうそのままを切り貼りしたものだ)。いわば、大学生がレポートの締切に迫られて、ウィキペディアを丸写ししたものを先生に提出したようなものである。※1gadetection.pbworks.com

もちろん、他人が過去に書いてきた文章に一切頼らず「解説」や作家紹介文を書くことが難しい、いや、ほとんど不可能であることはよく分かっている。だからこそ、過去の文章や資料を活用し、それを説得力のある自分なりの文章に落とし込みながら新たな観点を提示していくことが、プロの評論家の技と評価されるのである。

個人的に、大網氏にそこまでやってほしいとは思っていない。しかし今回の立ち回りはあまりにも無様だ。「未紹介作家を紹介したいところだが、手元に情報がないので、海外のwikiの情報を翻訳してそれに代えよう」という風にワンクッション入れる(海外の書評を紹介して紹介に替える、いわゆる植草甚一方式の劣化版)などやり方はいくらでもあるはずなのに、「出典のある文章であること」を一切明記せず、まるでそれを自分の意見や自分の調査結果であるように書くのでは、『何とか国紀』と大差ない。一応書いておくと、大網氏の「解説」のうち271ページ十一行目から十四行目の四行分が、wikiからのパクリではなく彼が自分で書いたと言える原稿である。

一私家本編集者としては、次回からこのシリーズには「解説」をつけないようにするのが妥当なのではないかと改めて感じた。あるいは誰かに執筆を依頼するべきだろう。

 

※1:ちなみに、このwikiの記事は十年以上前に更新されたものである。もし今、森英俊『世界ミステリ作家事典 本格派編』を敢えて無視して、海外の資料を参考にしようというのであれば、カーティス・エヴァンズによるトッド・ダウニングの評伝、あるいは最近この本がAmerican Mystery Classicsの一冊として復刊された際に付された、ジェイムズ・サリスによる前文の方がよほど適当だと思う。