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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

カミングズ「バナー上院議員シリーズ傑作選」収録作短評

昨夜アップロードした「バナー上院議員シリーズ傑作選」収録作品についての短評を以下掲載します。詳細なレビューをお読みになりたい方は本年11月刊行予定のRe-ClaM 第7号をお買い求めください。メイン特集の「愛書狂森英俊の生活と意見」も非常に充実した内容になる予定ですので、オススメです。

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■ジョセフ・カミングズ『アーバン・B・バナー上院議員の事件簿』(仮題)収録作品紹介

★★★☆☆ガラスの部屋の殺人」"Murder Under Glass", 1947, B, 20p
四方と上面がガラス張りになっていて、ガラスの家具が置かれた部屋で起こった密室殺人。外連味の利いた謎を、丁寧に積み重ねた事実と力業にもほどがあるトリックで一気に解体し、そこからロジカルなフーダニットに持ち込んでいく。シリーズの第一作だが、既に特長が良く出ている佳品。

★★★☆☆「指紋の幽霊」"Fingerprint Ghost", 1947, B, 20p
交霊会の出席者全員が拘束服で上半身を縛られ、かつ靴を触れ合わせて互いの所在を確認している状況で、縛られて戸棚に入った奇術師が殺される。凶器のナイフに残った指紋は密室である現場にいた誰のものでもなかった。トリックはトンチキだが、それらと併せて伏線が回収され、ただ一人の犯人が指摘される。

★★★☆☆「黒い修道僧の殺人」"The Black Friar Murders", 1948, B, 32p
指名手配の殺人者を追ってロングアイランド北部を訪れたバナー上院議員は知人の誘いで岬の先の僧院を訪れるが、そこで殺人事件に遭遇する。少し長めの作品だが、僧院を探検するシーンなど非常に雰囲気が出ている。トリックだけを取り出すと子供だましもいいところだが、事件全体の構図の隠し方が上手い。

★★★★☆「黒魔術の殺人」"Death by Black Magic", 1948, B, 22p
ミステリマガジン78年6月号に掲載。15年前に殺人事件が起こった因縁の舞台の上で、消失トリックを試みた奇術師が殺される。犯人の行動の全容を掴ませないように全編に渡って仕掛けられたミスディレクションが素晴らしい。事件全体の「宿命的」とさえ見える構図も美しく、翻訳されているのも納得の良作。

★★★★☆「見えない手がかり」"The Invisible Clue", 1950, 19p
風紀取締のため、ニューヨークのとあるバーレスク劇場を閉鎖させようとする元判事が三重密室の中で射殺され、さらに犯人は銃とともに姿を消す。「困難を分割し問題を解決する」メソッドの完成形。トリック自体は陳腐化しているものだが、終盤犯人を炙り出すためにバナーがそれを逆用した作戦を考案するのが興味深い。

★★★☆☆「殺人者へのセレナーデ」"Serenade to a Killer", 1957, 24p
屋敷の離れの音楽室で音楽家が殺される。自分が犯人だと信じ込んでいる夢遊病の女性を救い真犯人を捕らえるために、バナーが一肌脱ぐ。そんな馬鹿なというトリックが乱れ撃ちされる珍作。実現性はともかくこの作品の中におけるロジックの線引きは明確で、意外な犯人の指摘まで息つく間も与えない。

★★★★★「死者のバルコニー」"The Bewitched Terrace", 1958, 36p
マンションの12階のバルコニーから転落死した女性の霊を呼び出し、夫を苦しめる女霊媒師を退治するべくバナー上院議員が出馬する。隠れる場所がない高層階のバルコニーに幽霊を呼び出すトリック自体はありきたりのものだが、ミスディレクションからの構図の転換が抜群に上手い。未収録なのが意外な傑作。

★★★☆☆「殺人者は前進する」"Murderer’s Progress", 1960, B, 19p
スフィンクス・クラブ」の知恵者五人が、それぞれ不可能状況を考案してバナー上院議員に挑戦する。ところがそのデモンストレーションをしているうちに、殺人事件が発生してしまう。消失トリックは噴き出してしまいそうな代物だが、それを取り込んで自らの不可能犯罪を演出する犯人の冷徹さにはゾッとさせられる。

★★★☆☆「Xストリートの殺人」"The X Street Murders", 1962, B, 23p
ミステリマガジン88年12月号に掲載。Xストリートにある公使館に駐在するニュージーランド公使を射殺するのに使われた拳銃は、事前に届けられた封筒に厳封されていた。凶器発見シーンのインパクトは集中随一。不可能状況をトリックとミスディレクションの組み合わせで「可能に見える」ようにしてしまう剛腕は流石だ。

★★★☆☆「首吊り屋敷の怪」"Hangman’s House", 1962, B, 19p
大雨で道が分断され、バナー上院議員は近くの屋敷に避難する。どうやら一緒に避難した誰かが屋敷の主人と過去に因縁があるらしい。その夜、主人はシャンデリアから吊るされ、殺されてしまう。作者の語りの上手さが発揮されているが、解決編で笑わせてくる。犯人の執念とひねくれ加減、そして作者の生真面目さがいい感じに作用した良作。

★★★★☆「最後のサムライ」"The Last Samurai", 1963, 26p
極東軍事裁判での審判を待つ日本人将校オオハラ大佐が巣鴨の収容所から姿を消し、バナー上院議員憲兵隊のセブン大佐とその行方を追う。日本が舞台で、相撲や歌舞伎に関するカミングズの該博な知識が披歴されるが、それを前提としてバナーが語る「ある違和感」を軸に構図が転換、衝撃的な結末が導き出される。かなりの力作でオススメ。

★★★★☆キューバのブロンド娘」"The Cuban Blonde", 1964, 41p
キューバで投獄された夫トムを救うため、ペギー・ハーリーはニューヨークを訪れた好色な独裁者フィデル・カストロにその身を捧げるが、願いは叶わず夫は処刑された。カストロへの復讐を決意するペギーをバナーとセブンは止められるのか。不可能犯罪要素がないどころか狭義のミステリですらないスリラー小説だが、物語としての面白さは無類でパルプ出身作家の面目躍如の雄編といえる。これはぜひ紹介したい。

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ということで収録予定の十二編を紹介しました。私は、後年の作品で女房役として活躍する女好きのセブン大佐とバナーの掛け合いが結構好きなのですが、残念ながら彼の登場する作品は単行本未収録で日本でも翻訳されていませんので、これを機にいくつか見繕って収録してみました。初期のオカルト・怪奇路線からは外れますが、媒体に合わせて作風を変えていくカミングズの柔軟な姿勢を示すには適当かと思います。どうぞお楽しみいただければ幸いです。

カミングズ「バナー上院議員シリーズ傑作選」目次検討

ブログの更新はお久しぶりです。

現在私は Re-ClaM 第7号の作家小特集で取り上げるジョセフ・カミングズの「バナー上院議員シリーズ」の短編を、単行本未収録のものも含めて読み終えたところです。せっかくですから、殊能センセーがかつてアヴラム・デヴィッドスンの短編を読み、傑作選の目次を検討されたように、私なりの「カミングズ傑作選」の目次を検討してみたいと考えるようになりました。給料泥棒の暇潰しにもってこいの面白い遊びですので、最近時間を持て余しているという人はぜひトライしてみてください。

目次案発表の前にまず作家カミングズについての基礎知識を共有しておきます。ジョセフ・カミングズ(Joseph Commings, 1913-1992)は、パルプ雑誌を中心に短編ミステリを発表した作家です。何度かの長い休止期間を挟みながら、1940年代から1980年代まで多くの作品を発表し続けています。彼の作品のうち、不可能犯罪マニアに根強い人気を誇る「バナー上院議員シリーズ」は、ロバート・エイディーが編集した傑作選 Banner Dealines(2004、クリッペン&ランドリュ)が出ています。しかし、シリーズ33編のうちこの本で読めるのは約半分の14編であり、残り19編は埋もれたままです(なお、クリッペン&ランドリュの編集者、ジェフリー・マークスと最近Facebookでやりとりした際には、第二短編集刊行を検討しているという話を聞きました)。

この度、中国のコレクターの方から未収録短編が載った雑誌のコピーをご提供いただいたことで、Banner Deadlines と併せて全短編を読むことができました。極めて貴重な情報のご提供、ありがとうございます(中国では既に『バナー上院議員短編全集』が出ているのですが、その際に資料を提供したのがコレクター氏なのだとか)。

さて、全作読んで改めて思ったことですが、この「バナー上院議員シリーズ」は、例えばジョン・ディクスン・カーが書く不可能犯罪ミステリとは性質を異にしています。極めて抽象的な話になりますが、カーが描く不可能犯罪、例えば「密室」は物語全体の基調、あるいは雰囲気を形作る「テーマ」そのものになっています。そしてカー作品ではその「謎と解決」の構造が「物語としてのカタルシス」と不離一体のものになっているため、成功している作品では特に鮮やかな読後感を与えることに成功しています(「鍵のかかった扉」が「主人公の恋愛の障害そのもの」であると読みかえても可)。

対してカミングズ作品における不可能犯罪、あるいはそのトリックは物語を構成するパーツの一つでしかない。独創性が薄く陳腐な(すなわち属人性が薄く特殊な条件を必要としない)トリックを恬淡とした議論の中で暴き、むしろそれを綿密に構築された謎解きのための具として活用する辺りからも、実はカミングズはクイーンの系統に近い作家と考えるべきなのではないか……というお話を先月飯城勇三氏とさせていただき、ようやく頭の中でもやもやしていたものが晴れた気がしたものでした。

ということで、今回私が考えた傑作選目次案では「ハウダニットとしての面白さ」以上に「物語の中でトリックを生かす工夫が優れていること」を基準にセレクトしました。さらにこの本一冊を読むことでカミングズの作家歴の全体像や作風の変遷を掴めるように、様々なタイプの作品を発表年代順に収録しています。また、あくまでも架空の目次案ではありますが、デヴィッドスン傑作選目次作成に当たって殊能センセーが「単行本で刊行した時の分量を勘案する」「翻訳権取得不要の1970年以前の作品のみ」という縛りを設けていた点を尊重し、これらの条件を踏まえています。

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■ジョセフ・カミングズ『アーバン・B・バナー上院議員の事件簿』(仮題)目次

★★★☆☆「ガラスの部屋の殺人」"Murder Under Glass", 1947, B, 20p
★★★☆☆「指紋の幽霊」"Fingerprint Ghost", 1947, B, 20p 
★★★☆☆「黒い修道僧の殺人」"The Black Friar Murders", 1948, B, 32p
★★★★☆「黒魔術の殺人」"Death by Black Magic", 1948, B, 22p
★★★★☆「見えない手がかり」"The Invisible Clue", 1950, 19p
★★★☆☆「殺人者へのセレナーデ」"Serenade to a Killer", 1957,  24p
★★★★★「死者のバルコニー」"The Bewitched Terrace", 1958, 36p 
★★★☆☆「殺人者は前進する」"Murderer’s Progress", 1960, B, 19p
★★★☆☆「Xストリートの殺人」"The X Street Murders", 1962, B, 23p
★★★☆☆「首吊り屋敷の怪」"Hangman’s House", 1962, B, 19p
★★★★☆「最後のサムライ」"The Last Samurai", 1963, 26p
★★★★☆「キューバのブロンド娘」"The Cuban Blonde", 1964,  41p

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仮邦題の前の星印は、全作に附した極主観的な5段階評価の名残です。主に下位作品のふるい落としのために記録していたもので、上位作のみを残したこのリストではあまり役に立たない指標ですね。とはいえ、★4以上の5編については読んで損をさせることはないと断言できます。

仮邦題に下線を附した作品は既に翻訳されています。全編未訳作品で統一することも考えましたが、「黒魔術の殺人」「Xストリートの殺人」の2編はシリーズの中でも優れた作品であり、かつ翻訳がミステリマガジンに掲載されたまま30、40年が経過していることから収録することにしました。表記統一も含め、新訳を起こすのがベターでしょう。

Bを附した作品は、Banner Deadlines に収録されている作品です。

最後に附したページ数は、単行本サイズということで某叢書の版組みを参考に算出しました。12編300ページにすっきり収まっています。もちろん実際に本の形にするのであれば、目次や扉、またあとがきや解説のページを加える必要があるので、全体で320ページ前後になるでしょう。なお文庫サイズにする場合はページ数を1.25倍にするくらいでちょうどいいはずです(つまり400ページ前後)。ざっくりとしたサイズ感が伝わればと思います。

個々の作品について短評を付けようかと思いましたが、本記事も既に長くなってしまっていますので稿を改めます。それではまた次回。

2020年洋書購入記録(年年歳歳編)

Re-ClaMとして活動するようになってから洋書の購入量が格段に増えている自覚はあるのですが、今年は結構買ったなと。そこで実際に何をどのくらい買ったか、まとめてみたいと思います。もしかすると、ここから色々な企画のネタを読み取れるかもしれません。

 

〇新刊ないしそれに近い本

・Bill Pronzini, Gun in Cheek
・Bill Pronzini, Son of Gun in Cheek

ビル・プロンジーニは面白本紹介者として「1001 Midnight」シリーズなどでも知られていますがそのガイドブックの一つ。いわゆる「傑作・秀作」のカテゴリに入らない、しかし印象的な作品を紹介しています。比較的近年PBとして刊行されたものですが、出ているのに気が付いたのは今年に入ってからでした。

・Francis Duncan, Murder Has a Motive
・Francis Duncan, Murder for Christmas
・Francis Duncan, So Pretty a Problem
・Francis Duncan, In at the Death
・Francis Duncan, Behold a Fair Woman

フランシス・ダンカンはMK氏推奨作家のひとりで、別冊Re-ClaMで取り上げる可能性が非常に高いもの。ペンギンからモルデカイ・トレメインシリーズ全7作のうち5作が復刊されたので購入しました。

・John Bude, Death in White Pyjamas

British Library Crime Classics の新刊。正直割と勢いで購入。電書で良かった説もあります。

・Brian Flynn, The Padded Door
・Brian Flynn, The Edge of Terror
・Brian Flynn, The Spiked Lion
・Brian Flynn, The League of Matthias
・Brian Flynn, The Horn
・Brian Flynn, The Case of the Purple Calf
・Brian Flynn, The Sussex Cuckoo
・Brian Flynn, The Fortescue Candle
・Brian Flynn, Fear and Trembling
・Brian Flynn, Tread Softly

ブライアン・フリン復刊作戦第二弾。これで20作。果たしていつ読むんですかね、自分……激烈にスペースを取るのですが、応援案件なのであくまでも紙版を買わなければいけません。

・Frederick Irving Anderson, Book of Murder
・Frederick Irving Anderson, The Purple Flame

フレデリック・アーヴィング・アンダーソンは別冊Re-ClaMで出すつもりの作家のひとり。後述の第二短編集と合わせて傑作選集を編む予定です。

・Bruce Graeme, The Undetective

ブルース・グレイムは未だ実力を測りかねる作家のひとり。来年2月には初期シリーズものが二冊復刊される予定で、そちらも購入するつもりです。

・Clyde B. Clason, Poison Jasmine

別冊Re-ClaM Vol.5で出す予定の作品で、むしろまだ買ってなかったの?という本。実は既に解説者も決まっています。お楽しみに。

 

〇古書

・Lord Gorell, Red Lilac

ディテクションクラブの最初期メンバーの一人でありながら、あまりにも地味な作風、穏やかな人格でてネタにされることもないゴレル卿の中期作。MKさんのレビューを見る限り、かなり出来が良いようです。

・William Sansom, Something Terrible, Something Lovely
・William Sansom, The Passionate North

ウィリアム・サンソムは知る人ぞ知る短編作家。何とか本が手に入らない物かと探していたら、日本の古本屋で買うことが出来ました。ビックリ。本の送り間違い等があり、7月の休店間近の小川図書さんに直接伺ったのはいい思い出です。

・Max Afford, Mischief in the Air

オーストラリアの本格派、マックス・アフォードのラジオドラマ集を……というRe-ClaM最初期からのお約束を果たすべく購入。必ずしもミステリ仕立てばかりではないようなので、セレクトして一編ご紹介になるかな、という考えで進めてます。

・E. and M. A. Radford, Death and the Professor
・Paul McGuire, Daylight Murder
・Robert Gore Browne, By Way of Confession

今年もやってきました神保町の「洋書まつり」で購入した三冊。羊頭書房さんは店頭でも洋書をガッツリおいてくれればいいのになあ。

・Peter Godfrey, Death Under the Table

ペンズラーオークション第三弾での購入品。私をオークション沼に叩き落としたピー万円本。今となってはなぜこの本にここまで必死になったか良く分からないのですが、事後多くの人外コレクターの皆さんからお褒めの言葉をいただいたので勝利です。

・Basil Thomson, Mr. Pepper, Investigator

これもRe-ClaMの用事で購入した本。どう使うかはまだ内緒です。

・Stuart Palmer, The Riddles of the Hildegarde Withers
・Stuart Palmer, The Monkey Murder
・Frederick Irving Anderson, The Notorious Sophie Lang

某氏からのオファー品。お願いですからヤフオクに適当な値付けで放流するのは止めてください。

・E. M. Curtiss, Dead Dogs Bite
・Elizabeth Curtiss, Nine Doctors and a Madman
・Marcus Magill, I Like a Good Murder
・Marcus Magill, Murder Out Of Tune

ペンズラー・オークション第四弾(最終回)での購入品。この四冊を古本市場で買おうと思ったらピー円、でも落札価格はピー円よ、ウッハッハ……とまあそこまで下心アリアリで競ったわけではありませんがね。特にNine Doctors and a Madmanは、信頼できるレビュアーが「クオリティの高い、しかも読者を手痛く裏切る逸品」と紹介しているので楽しみにしています。

 

総評は「下半期の自分、洋書に投資しすぎぃ!」ですかね(リアルに二十数万円突っ込んでる)。一応読む予定のある本しか買ってないし、安いからゲットしとくか!的投機はないはず、多分。来年は流石にオークション的なイベントはないと思うのでもう少し穏やかに生きられるでしょうが、果たして……

同人誌レビュー:『原子間諜 ―原子の城〔アトムスク〕―』

これから出るよその同人誌を勝手に宣伝します。

 

『原子間諜 —原子の城〔アトムスク〕—』
著者:嘉密斉・史密斯(カーマイケル・スミス)
翻訳:森井勝利
刊行:綺想社
価格:6,000円

 

 本作は「人類補完機構」シリーズで知られるコードウェイナー・スミス(=ポール・M・A・ラインバーガー)が「スキャナーに生きがいはない」(1950年)でSF作家としてデビューする以前、カーマイケル・スミスの名で1949年に刊行した「プロの諜報機関員」を主人公とする著者唯一のスパイ小説である。

 冷戦下で書かれた最初期のスパイ小説として歴史に名を残している本作は、エリック・アンブラーに代表される「素人が国際的な陰謀に巻き込まれる小説」(『スパイへの墓碑銘』(1938)、『ディミトリオスの棺』(1939)など)とも、またイアン・フレミングのような「娯楽的な要素の強いヒーロー小説」(『カジノ・ロワイヤル』(1953)など)とも一線を画する。後述するが、むしろ先日亡くなったばかりのジョン・ル・カレの作品を十数年先取りしたような部分が見られる。

 主人公のマイケル・A・デュガン少佐は米陸軍に所属する伝説的スパイである。彼は第二次世界大戦中、大日本帝国陸軍の中枢部に潜入しその内情や計画を本国に送り続けていたというキャリアを持つ。本書は彼がGHQの本部に呼び出され、新たな任務を与えられる場面から始まる。ソビエト連邦中華人民共和国の国境線である沿海地方の森の中に隠された原子力研究施設、通称「アトムスク」に潜入し、さらに痕跡を残しながら脱出することで、アメリカ合衆国に情報をもたらしつつソ連上層部に疑心暗鬼を生じせしめよ、という極めて困難な任務を彼がいかにして成し遂げるか。その苦闘を描くのが本書の大要である。

 本書の特長の一つはその描写のリアリティにある。スミス=ラインバーガーは戦前はデューク大学で極東情勢の研究を行っていたが、その関係で米陸軍に少尉相当で所属し戦争情報局の立ち上げに携わった。「心理戦」(Psychological Warfare)の専門家としても知られ、後に戦中の経験を踏まえてPsychological Warfare(1948、『心理戦争』として邦訳あり)を著している。この本は現在でも該当分野における古典として高く評価されており、入手も容易である。そして、父が中華民国時代の政治家たちと繋がりを持っていたこと(ラインバーガーの漢名「林白樂※」の名付け親は、なんと孫文だという)、また軍務で中国に滞在した経験も含めて当時の極東を肌で知っていた。このようなラインバーガーの背景が本書には色濃く反映されている。

 例えばデュガンは日本を振り出しに満州、中ソ国境地帯、そしてソ連へと潜入していくが、その中で描かれる町や村、人々の風俗は極めて緻密に、見てきたように描かれている。また、「人間兵器」と呼ばれるデュガンは「国と国の心理戦」の尖兵としての役割を果たすと同時に、行く先々で出くわす危機を乗り越えるために心理戦の技術を利用して人々の心理を読み取り感情や行動を巧みに操る。怪力無双でも精力絶倫でもなく、荒唐無稽なスパイアイテムも持たない「ただの男」の物語として、本書は地に足が付いていると言えよう。

 しかし、単にデュガンの活躍を描くというだけに終わっていないのが本書の興味深い点である。デュガンは通称「ミスター・エニバディ」、特別な化粧も扮装もなくありとあらゆる人間を演じることができる人間だ。しかしそれは同時に、彼が「何者でもない(ノーバディ)」存在であることをも意味する。常に誰かを演じているがゆえに、自分の心さえもはや分からなくなった、任務に生きるほかに生きる道を失ってしまったスパイ。極めて矮小な、しかし圧倒的にリアルなスパイ像を描き出したという点で、本書は現代的なスパイ小説の嚆矢と言える。コードウェイナー・スミスのファンのみならず、スパイ小説愛好家、またその歴史や成り立ちに興味を持つ読者の手にも、この翻訳が届くことを期待して已まない。

※デュガンが大日本帝国陸軍に潜入していた時の仮名が「林中尉」である点は、本書の自己言及的な性質を鑑みて興味深い事実と言える。

 

 本書は2020/12/19(土)より書肆盛林堂にて一般販売が開始となります。購入希望の方は、以下のURLからアクセスしてください。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca4/703/p-r4-s/

Re-ClaM 第5号の目次を公開いたします

来たる11月刊行予定のRe-ClaM第5号の目次が確定しましたので、ここに公開いたします。

 

◆【特集】ロス・マクドナルドの新たな巡礼
フェアプレイの向こう側 ~ The Far Side of Fair Play ~(法月綸太郎
ある夫婦の物語――ロス・マクドナルドマーガレット・ミラーをめぐって(柿沼瑛子
『ギャルトン事件』を読む(第2回)(若島正
ロス・マクドナルド作品リスト(三門優祐)
初読者のためのロス・マクドナルド読書案内(三門優祐)

◆連載&寄稿
Queen’s Quorum Quest(第40回)(林克郎)
A Letter from M.K.(第4回)(M.K.)
海外ミステリ最新事情(第6回)(小林晋)
ROMから始める古典道(第1回)
Revisit Old Mysteries 総目次(第1回)(三門優祐)
オン・ザ・ロード・ウィズ・マンフレッド・B・リー(第1回)(ジョセフ・グッドリッチ)(三門優祐 訳)
第3回オットー・ペンズラー旧蔵書オークション参戦記(三門優祐)
「原書レビューコーナー」(小林晋)

 

今回の作家特集は「ロス・マクドナルド」。その巻頭に掲げるのは法月綸太郎氏の評論「フェアプレイの向こう側」です。2000年、「ユリイカ」に発表されるや「ロス・マクドナルドをいかに読むか」という問題意識にたちまちパラダイムシフトを巻き起こした傑作評論「複雑な殺人芸術」から20年、本編では『一瞬の敵』から後期ロス・マクドナルドの向かう先を占います。質量とも「複雑な殺人芸術」と双璧を成す、今の法月氏だからこそ書き得た最新作です。
各地の読書会に頻繁に参加され、マクドナルド/ミラー夫妻を愛することに掛けては人後に落ちぬ柿沼瑛子氏のエッセイ「ある夫婦の物語」を挟んで、次は若島正氏の連載「『ギャルトン事件』を読む」第2回。第1回で『一瞬の敵』をテーマに解説した「若島式・ロスマク読解法」を『ギャルトン事件』に適用するための、今回はいわば準備回。課題本をきちんと読み込めているかどうかの答え合わせになっています。本編を最大限楽しむためにも、『ギャルトン事件』を読む、また再読することを強くオススメいたします。
連載&寄稿は林氏、M.K.氏、小林氏の三氏に加えて新連載を開始。「ROMから始める古典道」第1回は、ROM誌の編集に携わられていた須川毅氏へのインタビューとなりました。今後、様々な方へのインタビューやエッセイご寄稿を通じて、ROM誌を始めとする「クラシックミステリ評論同人誌文化」が80年代にいかに作られていったか、また同時にクラシックミステリがいかに読まれていったかを示す貴重な資料を積み重ねてまいりますので、どうぞご声援を。併せて「ROM総目次」を全5回の予定で掲載していきます。
オン・ザ・ロード・ウィズ・マンフレッド・B・リー」は、近刊のクイーン書簡集の編者ジョセフ・グッドリッチがEQMMに連載したコラムの翻訳。クイーンの評伝やインタビューというとフレデリック・ダネイを中心にしたものが多い中で、「もう一人のクイーン」であるリーに焦点を当てた興味深い企画です。ご本人の許可をいただき、この度翻訳を掲載することになりました。こちらは全3回の予定です。

こちらは2020年11月22日(日)に開催される文学フリマ東京にて頒布いたします。120ページ、会場頒布価格1,000円の予定です。同時に、盛林堂書房での通販委託も行いますので、会場に来れないという方はぜひこちらをご利用ください。
また文学フリマ東京では、同時に翻訳作品集Re-ClaM eX Vol.2を頒布予定です。クリスティークロフツ同様、『フォーチュン氏を呼べ』でミステリ作家としてデビューして100年となるH・C・ベイリーの「家具付きコテージ」「雪玉泥棒」二編に加えて、エドワード・D・ホック「楽園の蛇」を収録。いずれも分量は30ページ近い、読み応え十分の作品となっています。こちらは100ページ、会場頒布価格500円の予定です(こちらも委託あり)。ぜひ二冊併せてお買い求めください。

さらにさらに、12月には別冊Re-ClaM Vol.3の刊行も予定しています。これまでM.K.氏のブックレビューを通じてのみ知られていたサスペンスミステリ作家、サミュエル・ロジャースの第二作『血文字の警告』(You'll Be Sorry!)については、発売日が確定次第改めてご紹介させていただきます。

それでは、文学フリマ会場でお目にかかりましょう。

Re-ClaM 第4号 を予定通り刊行します

昨今のコロナ禍の影響で、GWのコミケや文フリがキャンセルになってしまいましたが、Re-ClaMは予定通り新刊の第4号を刊行いたします。
今回はイベント頒布はなしで、書肆盛林堂での通販が初出です。
通販開始は4/25(土)17:00予定。販売価格は1,200円(+送料)
前回、前々回の瞬殺具合(わずか2時間ほどで通販完売)を鑑み、刷り部数は多めに設定しておりますが、購入を検討している場合はお早めに。

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Re-ClaM 第4号の目次は以下の通りです。

【特集】F・W・クロフツの"Humdrum" な冒険
[レビュー]F・W・クロフツ全長編解題
F・W・クロフツ長編リスト
[特別寄稿]『樽』のミスを確認する(真田啓介)
[特別寄稿]短篇集『殺人者はへまをする』をじっくりと読む(小山正)
[論考]英米から見たF・W・クロフツ(三門優祐)
[翻訳]F・W・クロフツ「暗い川面」(倉田徹 訳)
[翻訳]F・W・クロフツ「指紋の罠」(三門優祐 訳)
◆連載&寄稿
Queen’s Quorum Quest(第39回)(林克郎)
A Letter from M.K.(第3回)(M.K.)
海外ミステリ最新事情(第5回)(小林晋) 
『ギャルトン事件』を読む(第1回)(若島正
[翻訳]アルジャナン・ブラックウッド「鍵をかけろ」(渦巻栗 訳)
[翻訳]エドワード・D・ホック「ゴーストタウン」(宇佐見崇之 訳)
[レビュー]「原書レビューコーナー」(小林晋)
[ニュース]真田啓介ミステリ論集 刊行に当たって(荒蝦夷 土方正志)

 

特集では、今年(2020年)がデビュー作『樽』(1920)刊行100周年となるF・W・クロフツを取り上げました。同じく100周年である作家にはクリスティーとH・C・ベイリーがいますが、後者はぜひどこかで取り上げたいものですね(未定)。クロフツは日本では全長編が翻訳されており、また年に一度の創元推理文庫復刊フェアに毎回のように取り上げられていますが、その割に『樽』『クロイドン発12時30分』止まりという人が多いような気がします。今回収録した全長編レビューや、真田啓介氏小山正氏のコラムから、いわゆる代表作以外にも手を伸ばす人が少しでも増えれば、と考えています。翻訳短編のうち「暗い川面」は本邦初訳、「指紋の罠」は60年ぶりの新訳となります。クロフツには他にも未収録・未紹介短編がいくつか存在するらしいので、今後機会があれば紹介したいところです。
連載は林克郎氏MK氏小林晋氏と安定感のある布陣になりました。また今回の目玉は若島正連載「『ギャルトン事件』を読む」。以前ミステリマガジン 2018年8月号 で書かれたロス・マクドナルド『ギャルトン事件』を読む」を増補改稿したものになるそうですが、最終枚数は先生にも分からないっぽいです……とりあえず第一回は50枚になりました。内容は、ロス・マクドナルドの作風のターニングポイントになった傑作『ギャルトン事件』を読むためのツールを用意するために、まず後期の傑作『一瞬の敵』を読んでみようというもの。ロス・マクドナルドの一見過剰に思える「比喩」から引き出される「イメジャリー」、それらをつなぎ合わせることで浮かび上がる全体の「構造」。これまでの「ハードボイルド/パズラー」の二元論に縛られない、新たなロスマク論の始まりをぜひご堪能ください(本編を読む前には必ず『一瞬の敵』を一読、ないし再読することをおすすめします)。他、英国正調怪談の名手ブラックウッドのラジオ怪談、また言わずと知れた短編の名手、エドワード・D・ホックの初期作品など注目の内容を多く取り揃え、全160ページとなっています。

どうぞよろしくお願いいたします。

ダミアン・ラッド『世界でいちばん虚無な場所』(柏書房)

ここまで完璧に売り方を間違った本というのもあまりないと思う。

世界でいちばん虚無な場所 旅行に幻滅した人のためのガイドブック

世界でいちばん虚無な場所 旅行に幻滅した人のためのガイドブック

 

本書は、オーストラリア人の著者ダミアン・ラッドがインスタグラムにアップしている「@sadtopographies」というある種悪趣味な、しかし興味深い記事が元になっている。これは世界中に存在する憂鬱な気分になる地名(例えばカナダの悲哀諸島(The Sad Islands)や、ロシアの孤独島(Ensomheden)など。著者のバックグラウンドに合わせてか、オセアニアの地名も多い)をGoogle Mapの切り抜きとともに紹介するというもので、他には何の説明もない。恐ろしく素っ気ない記事群だ(が、なんと10万人以上のフォロワーが存在する)。

ダミアン・ラッドはこれらの記事を書籍化するに当たって、これらの地名についての様々なエピソードを書き連ねた。ただし、彼自身ほとんどの場所には行かないままに(少なくとも序文ではそのように書いている)。旅行書や地図、ブログやおそらくはウィキペディアなどの内容を巧みに組み合わせた、完全なる「安楽椅子旅行」の案内書である本書は、その地名が形成されるに至った歴史的経緯や事件について掘り下げていく中で、濃密な憂鬱さと、しかしそれでも匂いたつユーモア感覚に満ちたものとなった。著者の基本的なスタンスは「地名命名者はストーリーテラーである」というものだが、それを再話することで、彼は新たな物語を紡ぎ出した。

この記事群の間に、さらに三編のエッセイが書き下ろされている。地図の版権を守るために、二人の地図作成者によって書き加えられたが、数年後に本当に実在の地名となってしまったアグローという町の話。些細な事故により地中の石炭が今も燃え続けているため、誰も住めなくなった合衆国中部の町セントラリアの話。刑務所の中で十数年間にわたって架空の徒歩旅行を行い、克明な旅行記を付け続けたアルベルト・シュペーアの話。これらを読んでいくと、読者の中で本書の受け取り方が少しずつ変わっていく。地図には書かれている、歴史的経緯も存在する。だが、本当にこれらの地名は存在するのだろうか? 本書に混ぜ込まれた架空地名が「インスタグラムの記事投稿後、ないし本書の刊行以降に生まれたのではない」と誰に確信しうるだろう。かくして本書は、プリースト『夢幻諸島から』カルヴィーノ『見えない都市』にも似た、「架空地名」のガイドブックとして読みうる素地を手に入れたのだ。

だが……日本語版を刊行するに当たり、編集部(と翻訳者)は何を考えたか、原書では意図的に取り除かれていたと思しい、緯度経度や現地を訪れる場合にかかる時間(東京発)、必要経費、ルート、現地の写真などをご親切にも追加してくれている。【原書にも「緯度経度」は記載されており、批判の一部は当たっていなかった(追記参照)。この点については関係者に陳謝したい。なお、以下の文面は一切否定しない。】 それはそれで、不思議なリアリティの揺らぎを補完してくれているともいえるが、邦題や帯のセンスのなさを見るに、本当に何もわかっていないのではなかろうか。「いざ、人類の闇へ。」ってなんだよ。まったくそういう本じゃないだろ。「世界で話題の旅インスタ」「# こんな「虚無場所」に行ってきます」っていう帯文句もまったくの嘘。話題性を高めるための仕掛けだと思うが、事実と異なる内容を載せるのはお寒い。

このように表面上はインスタに上げた写真をまとめただけのお手軽ムックのように見える本書は、その実、幻想小説のファンであれば必読と言っていい掌編集である。微妙な手に取りにくさは認めるが、ぜひご一読いただきたい所存である。

 

(追記)後日、原書を購入したが、こちらは背幅が2cm以上もあるB5判のハードカバーで、さながら地図帳のような趣の贅沢な本であった。島や街を示した見開きページの地図(Kateryna Didyk というイラストレーターによる)にはごく慎ましやかに緯度経度が添えられていた(探さないと分からないレベルだが)。とはいえ原書の体裁を見る限りでは旅行ガイドブックらしい雰囲気はまったくない。

Sad Topographies

Sad Topographies

  • 作者:Rudd, Damien
  • 発売日: 2017/11/09
  • メディア: ハードカバー
 

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夢幻諸島から

夢幻諸島から

 
見えない都市 (河出文庫)

見えない都市 (河出文庫)

 

【告知】別冊Re-ClaM Vol.2 刊行のお知らせ

昨年8月に刊行するや、好評のうちに即日完売した『死の隠れ鬼 J・T・ロジャース作品集』に続く「別冊Re-ClaM」の第二弾を、2020年4月、リリースいたします!

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フォルチュネ・デュ・ボアゴ乗合馬車の犯罪』

訳者:小林晋

ページ数:320

価格:2,500円(税込)

刊行日:2020/4/4【刊行日が変更となりました】

あらすじ:
夜更けのパリを走る乗合馬車の終点で、年若い娘の死体が発見される。馬車に乗り合わせた画家のポールは、その死因が毒の塗られたヘアピンで刺されたことだと偶然突き止めてしまう。イタリア人のモデル・ピアや友人のビノとともに、少女の死の周辺に立ち込める陰謀の霧へと巻き込まれていくポールの運命やいかに。
スピーディでユーモラス、時にグルーサムな「噛み合わない追いかけっこ」を描く、十九世紀パリの人々を熱狂させた物語巧者ボアゴベの真骨頂、本邦初完訳。

・著者紹介:
フォルチュネ・デュ・ボアゴベ(Fortuné du Boisgobey)、本名フォルチュネ・イポリテ・オーギュスト・アブラム=デュボアは1821年生まれ。デュ・ボアゴベ名義で長編小説を書き始めたのは1868年発表の Les Deux Comèdiens から。1871年に発表した Le Forçat colonel 以降、亡くなる1891年までの二十年間で、新聞連載小説(ロマン・フィユトン)を中心に60編近い小説を執筆し、大衆の支持を得た。
黒岩涙香の翻案(『鉄仮面』、『死美人』など)他、多数の翻訳が発表され、日本でも人気を博したが、現行流通している版は、長島良三による『鉄仮面』完訳版など一部に限られている。

今では忘れられた作家の、しかし決して忘れられるべきでない軽妙洒脱な犯罪小説。お楽しみいただければ幸いです。

 

洋書読書:Henrietta Hamilton "Answer in the Negative" (1959)

Henrietta Hamilton Answer in the Negative (1959) を読んだ。

Answer in the Negative (English Edition)

Answer in the Negative (English Edition)

 

 

Agora Books が始めた "Uncrowned Queens of Crime" というシリーズの二作目で、この2月に発売されたばかりである(一作目はヒルダ・ローレンス『雪の上の血』 Blood Upon the Snow, 1944)。

本作は、ジョニーとサリーのヘルダー夫妻が探偵役を務めるシリーズの第三作である(全四作)。
フリート街にある「国立新聞文書館」 (The National Press Archive) で、モーニングサイドという館員をターゲットにひどく幼稚な悪戯や冷やかしの手紙が繰り返される事態が発生する。その犯人を突き止めるように友人のトビーから依頼された夫妻は早速張り込み調査に乗り出すが、調査の翌朝、写真のネガが入った重たい箱で脳天を直撃されたモーニングサイドの死体が発見される。誰が、なぜ、いかにして、モーニングサイドを殺害したのだろうか。

かなり丁寧に作られた捜査小説である。容疑者候補一人一人の動きを聴取し、タイムテーブルを拵え、アリバイを確認していく。そしてその過程で、容疑者たちの奇妙な「事情」を明らかにして、物語を膨らませていく。全体的に淡々とした展開が続くが、時折、例えばサリー一人での追跡シーンを差し込んだりして山場を作っている※。
タイトルにある「ネガに隠された答え」が明らかになるのは物語が終盤に差し掛かってから。おぞましい本性が明らかにされてなお、犯人は最後までその正体を掴ませない……がその意外性は「そこに至る手掛かりがない」という点にかかっている(主人公たちもクライマックス直前まで気づけず、「偶然」手掛かりを手に入れるほど)ので、本格ミステリとしては買えない。
抜群に優秀な記者だったが上司と折り合いがつかず辞職、再就職先の文書館では暇を持て余しているモーニングサイドをはじめ、秘密を抱え脛に傷持つ奇矯な者たちが集うちょっと変わった業界を描こうという作者の意図は達成されているが、全体的に地味で、読む手が頻繁に止まってしまったことは付言しておくべきだろう。

なお、ジョニーは古書店を経営しているという設定だが、残念ながらこの作品ではその要素は生かされていない。巻末には第二作 Death at One Blow (1957) のプロローグが収録されているが、あるいはこの作品も復刊する予定があるのかもしれない。期待したいところである。

なお今回は Net Galley の先行無料購読を利用した。

※この「追跡」をはじめとしてサリーが単独行動をするシーンはいくつかあるが、ジョニーは毎回危険に遭わぬかと心配し、もう二度とこんなことをしないように注意する。コマンド部隊出身という前歴に納得する部分もあるが、ジョニーが妻を「庇護する」という感覚を持ち続けているというのは、80年代の3F小説を通過した読者には何とも古臭く映る。

Re-ClaM編集部BOOTHにて、バークリー書評集の通販を開始します

これまで、文学フリマ等イベントで頒布後、盛林堂書房様/書肆盛林堂様にて販売を委託しておりました「アントニイ・バークリー書評集」ですが、この度、Re-ClaM編集部のBOOTHにて販売を行うことに致しました(そのため、盛林堂書房様での委託は終了となります)。

今回販売を行うのは以下の四種類です。各600円(税込、送料込み)

・第4巻「イギリス男性ミステリ作家編(上)」(完売しました)

ttps://re-clam.booth.pm/items/1867835

・第5巻「イギリス男性ミステリ作家編(下)」

https://re-clam.booth.pm/items/1866534

・第6巻「アメリカミステリ作家編」

https://re-clam.booth.pm/items/1867761

・第7巻「冒険・スパイ小説作家・その他編」

 https://re-clam.booth.pm/items/1867783

 

なお、BOOTH経由で購入していただいた方向けの特典として、過去に三門がイベント限定で頒布したクラシックミステリ中短編を簡易製本したものをお送りさせていただきます。一冊購入するごとに1編、四冊一括購入していただいた豪儀な方には何と4編をお送りします。お送りする冊子は以下のようになる予定です。

1冊目:クリスチアナ・ブランド「白昼の毒殺者」 Cyanide in the Sun

2冊目:クリスチアナ・ブランド「バンクホリデーの殺人」 Bank Holiday Murder

3冊目:クリスチアナ・ブランド「不吉なラム・パンチ」 The Rum Punch

4冊目:アントニイ・バークリー「直接証拠」 Direct Evidence

「*冊買う予定だけど、■冊目の奴が欲しいんだけどなあ」といったご希望がおありの方は、三門優祐のツイッターアカウントにDMして相談してください(BOOTHの注文番号*******の者ですが~のような感じで)。可能な範囲で対応いたします。書評集は持ってるから買わないけど、短編だけ欲しい? いや~、そいつは承っていないでござるなあ……

どうぞよろしくお願いします。