深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【構想中】アントニイ・バークリーの書評について

私は以前(2014年~2017年)アントニイ・バークリー書評集』という同人誌を刊行した。これは、1956年から1970年にかけて Manchester Guardian(のち紙名が変わって The Guardian)に、バークリーがフランシス・アイルズ名義で連載した犯罪小説書評欄 ”Crime Library”(のち ”Criminal Records”)から、ある程度日本人読者にも馴染みがあるだろう作家の書評を抜粋して紹介したもので、各巻は分厚くはないが七巻に及ぶ。大変ありがたいことに初期の巻については品切れとなって久しい。

いずれはすべての翻訳を見直し、巻ごとに設定したテーマ別に分かれた書評の並び順を元通りにし、また未訳の部分を増補した本を出したいと考えている(同人誌として刊行された部分は全体の60%ほどでしかなく、分量は倍増するだろう)が、今のところ構想レベルの話である。

閑話休題。『アントニイ・バークリー書評集』で取り扱った文章は、バークリー/アイルズにとっては人生の後半、作家として筆を折って以降の期間のものである。では、より早い時期の書評はどのようなものなのか。どのような作家のどのような作品をどのように評しているかといった点は、以前から気になっていた。とはいえ、新聞のバックナンバーを調査するのは容易ではない。いや、ラグランジュ大学(オーストラリア)のアーサー・ロビンソン教授がネットで公表しているバークリー/アイルズの書誌情報を参考にすれば何年何月何日号に載っているかまでは分かるが、そもそもアクセスする術がない(ちなみにこのロビンソン教授は数年前に退官されたらしく、大学のホームページに掲載されていた書誌情報のページは現在閲覧できない、無念)。The Guardian を調査した際は某氏の協力を得て、大学のデータベースからダウンロードしてもらったのだが、今はその手は使えない。そう思っていた。

ところがここ数年で、インターネット上からアクセスできる新聞アーカイブが大きく発展した(大抵は有償だが)。これも膨大な量の新聞を、根気強くスキャンしてくださったリサーチャーや図書館司書の皆さんのおかげである。ともあれその結果として、バークリー/アイルズの初期の新聞書評を調査することができるようになったわけだ。

バークリー/アイルズの書評は、大きく分けて以下の五紙に掲載された。すなわち、Time and Tide(1932-33), Daily Telegraph(1933-1937), Sunday Times(1936-1956), John O'London's Weekly(1938), Manchester Guardian / The Guardian(1956-1970)である。このうち、私が今回新聞アーカイブで確認したのは、Daily Telegraph に掲載されたものだ。連載が途切れる時期もあるため実質約三年と期間は短いが、原則月一回の掲載であった The Guardian 系の書評に対して週一回程度掲載されていたため、掲載回数は15年の連載に伍するほど(Daily Telegraph: 168回、The Guardian: 170回)。作品ごとの書評の分量は前者の方がやや多いが、紙面のスペースの関係で一回ごとの掲載本数は3~4本と控えめである。

では内容はどうかというのが次に気になるところだが、これはあまり単純には割り切れない。というのも、Daily Telegraph で「フランシス・アイルズ」が担当しているのは主に ”New Fiction” という欄だからだ。これは要するに「新作の小説」全般を取り扱う欄であり、必ずしもジャンル小説を意識したものではない。なお、1935年からは探偵小説を扱う欄にも「A・B」名義で別途寄稿するようになった。また、1937年には、歴史書や紀行文などノンフィクションの欄に寄稿しており、上記の "New Fiction" の欄は別の評者に譲っている(この別の評者というのが、セシル・デイ・ルイス(=ニコラス・ブレイク)だから面白い)。「Daily Telegraph における書評家」としてのバークリー/アイルズを正当に評価するためには、これら三つの要素を総合的に調査していく必要があるというわけだ。

また、バークリー/アイルズの寄稿のみを見ればいいというものではない、かもしれない。上に述べたように、同紙にはニコラス・ブレイクが寄稿していたし、また「A・B」以前にはE・C・ベントリーやジェイムズ・ヒルトンといった文人が探偵小説を扱う欄への寄稿を行っていた。Sunday Times の探偵小説の書評欄にドロシー・L・セイヤーズやミルワード・ケネディ、E・R・パンションらが寄稿していたように、綺羅星のごとき作家たちが、同時に評論家として活動を行っていた(そして評者同士お互いに/あるいは小説・書評間で影響を与えあっていた)のは注目に値する。

……とこのように、とりわけ1930年代の探偵小説書評の調査は、様々な要素が絡み合ってなかなか難しい。さはさりながら、すべての条件が揃わないまでもとりあえずの足がかりを作っておくのも悪くないだろう。ということで、Daily Telegraph におけるバークリー/アイルズの書評をすべてダウンロードし、それを元に取り上げた作品リストを作成してみることにした……

その後の調査によって、ロビンソン教授のリストにはかなりの漏れがあることが判明した。その原因はおそらく……フランシス・アイルズの書評は基本的に毎週金曜日に掲載されているため、教授はその曜日の新聞を中心にチェックしていたと推定される。ところが、「A・B」名義の探偵小説書評の多くは、実は火曜日に掲載されていたのだ(たまに金曜日に掲載されることもあるのが紛らわしい)。調査の結果、「A・B」名義の探偵小説書評がリストにあった13本に加え更に21本発見された。アイルズ名義の見落とし5本と併せて26本の書評が新発見となる。

とはいえ、この調査も完璧なものとは言い難い。何しろ署名が「A・B」で、全文検索ではまず引っかからない代物なので、とにかく全部見るしかないのだ。一応目を通したつもりだが、駆け足でチェックしたので見落としがあるかもしれない。掲載の可能性がある火金の探偵小説の欄の、しかも1930年代の分を全部チェックする、くらいの気持ちでやらないと絶対安心、ではない(今のところ、そこまでやる気はないが)……

ともあれ、今回の調査で確認あるいは新たに発見された書評の掲載日付、「A・B」名義の書評で取り上げられた作品(+「フランシス・アイルズ」名義の書評のうち、明らかにジャンル作家による作品)のリスト、並びにいくつかの書評のサンプルについて、以上の文章と併せてRe-ClaMの次号で発表したく考えている。

---

これらの書評を冊子の形にまとめるかどうかは今のところ未定である。だが、基礎の情報はすべてRe-ClaMの紙面の上でオープンにしておくので、やりたい人がいればどうぞご自由に。有償のサブスクに登録して、新聞データベースから記事を探してダウンロードして、それを翻訳して、なおかつ同人誌の形にまとめる。それをこなすだけのコストを払う気持ちと、バークリー/アイルズおよび英国探偵小説黄金時代への熱情があればきっとできるだろう。

懐かしのバークリー書評集表紙

読書日記20230707-0709(『吸血鬼の仮面』【★★★★☆】)

■20230707

 お目当ての洋書が入荷していないものかと新宿南口のBooks Kinokuniya Tokyoをぶらつくがまだなかった。夏の洋書セールということで、新刊本のディスカウントをしていたので無目的に見てしまう。ウィリアム・トレヴァーのペンギン版の綺麗な本が入っていたので、二冊購入。帰宅後、洋書が届いているのを確認。5月~6月に注文した本はこれで大体届いたかな。

■20230708

 戸川安宣さんからランチのお誘いをいただき、西荻窪へ。通りから一本入った閑静な住宅地の中のお店で、美味な和食をいただきつつ貴重なお話を伺う。瀬戸川猛資・松坂健のお二人とのエピソードや、お父様に連れられ東京六大学野球を見に行った時のお話(長嶋がホームランを「打たなかった」試合だったらしい)など、次から次へと鮮やかな記憶が流れだした。『ぼくのミステリ・クロニクル』も大変面白かったが、戸川さんの思い出はしっかり記録しておくベきだなとつくづく感じる。お別れ後、高円寺の古本市を覗いて帰宅。

■20230709

 某古書店宛てに段ボール箱八箱を発送。Kプロジェクトもこれで一段落。午後はSRの会の例会に参加……する前に大崎の六厘舎でつけ麺をいただく。これはベネ。例会では新刊書についての情報交換が主に行われた。今年はまだ全然読めていないが、買ってある分で今日紹介された本くらいは読んでおきたいところ。

 

・届いた本

 Bruce Graeme, And a Bottle of Rum (Moonstone Press)

・買った本

 石上三登志キング・コングは死んだ』(フィルムアート社)
 上野昂志『紙上で夢見る』(蝸牛社)
 海野弘『流行の神話』光文社文庫
 長山靖生モダニズム・ミステリの時代』河出書房新社
 宮内悠介『かくして彼女は宴で語る』幻冬舎
 マイケル・オンダーチェ『家族を駆け抜けて』彩流社
 William Trevor, The Love Department (Penguin)
 William Trevor, Mrs Eckdorf in O'Neill's Hotel (Penguin)

 

・読んだ本

 ポール・アルテ『吸血鬼の仮面』(行舟文化)

 イギリスの寒村を舞台に巻き起こる「吸血鬼騒動」……まるでベストセラー小説であるブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』をなぞるかのように連発される珍事、そして不可能犯罪。果たして犯人の、そして作者の企みは那辺にあるのか。

 初期の代表作『狂人の部屋』(1990)を私は今でも作者のベスト作品だと思っているが、それは「小技を利かせた不可能犯罪の乱れ打ち」と「読者の酩酊を誘う構図の大転回」とが文字通り正面衝突した結果、「トンデモなく奇妙な、まるでホラ話としか思えないプロット」が成立してしまった……という作品爆誕の経緯の面白さを買ってのことである。アルテはこの後もいくつかの作品でこのメソッドを試みて失敗したり成功したりしている。その成功例(ただし一般的に傑作と評価されているとは言っていない)が異形作『殺人七不思議』(1997)である。

 本作(2014)はその最新の挑戦(翻訳で確認できる限り)であり、非常に力の入った作品だ。ある種の「見立てもの」である本作のポイントは、「「なぜ」犯人は「ドラキュラ」のイメージにここまで執着するのか」という動機の部分にある……と言いたいところだが、アルテはそこの説明にあまり頓着しない。異様な執着心を燃やしながら、次から次へと見立てを作り上げる犯人の動機がほとんど描かれないことで、それは言わば「見立てのための見立て」になってしまっている。こういった点から、本作を「本格ミステリとして物足りない」と見る向きもあるかもしれない。しかし取り留めのないもののように思えた物語が全体の絵図面へと回収される中で、それらすべてが壮大な復讐劇の構成要素であり、同時に芸術家たる犯人の「美学」すらも感じさせるものだと判明する。これには震えますよ。

 ポール・アルテの熱心なファンであれば必読の傑作と断言しよう。

 ところで本作には『吸血鬼ドラキュラ』と同じく、いやそれ以上に『三つの棺』へのオマージュが、ファンであればニヤニヤしてしまうほど濃密に捧げられている。アルテの魂まで染み込んだカーへの熱いリスペクトの思いは、不変なのだ。

読書日記20230704-0706(『ガラスの橋』【★★★☆☆】)

■20230704

 郵便局で洋書を回収。表紙に木工用ボンド?の乾いたものがベットリついていて萎える。梱包前の段階でやらかしたのだろうなとは分かるが、気づかず送ってくる無神経。amazonで「英国の代理店」という名前で販売している業者です。到着の遅れも含め、BookDepositoryの対応・精度がいかに素晴らしいものだったかしみじみ実感。

■20230705

 郵便局で書類を回収。古書店に郵送で本を買い取りしてもらう予定なのだが、そのための書類のやり取りが滅法面倒。書類が郵便局に到着、留置→自宅に「書類を取りに来い」との速達が送られてくる→郵便局に取りに行くの手順が発生する方式。まあ、お金やら古物取り扱いの法律やらが絡むから仕方がない。

■20230706

 午前中にクロネコヤマトからポスト投函の連絡あり。まったく心当たりがなかったのだが、帰宅して開けてみたら、早川書房編集部からの、マーティン・エドワーズ『処刑台広場の女』のプルーフであった。ありがとうございます。Re-ClaM 第1号の原書レビューで「出してくれ」踊りをやって以来かれこれ四年半。ついに出るのは嬉しい限り。N氏、I氏、お疲れさまでした。

・届いた本

 Bruce Graeme, Ten Trails to Tyburn (Moonstone Press)
 Bruce Graeme, A Case of Books (Moonstone Press) 
 Richard Hull, Left-Handed Death (Agora Books)

→Agora Books撤退によって、電子書籍がダウンロードできなくなってしまう事態が発生したため、慌ててハルの物理テキスト確保に努める。それもあって、途中まで買って止まっていたブルース・グレイムのセオドア・ターヒューンものもまとめて買っておくことにした。あと一冊は多分今週中に届く。

・買った本

 シェリダン『悪口学校』岩波文庫
 Thomas Berger, Killing Time (Delta Books)
 Rebecca Brown, The Terrible Girl (Picador)
 Benjamin Weissman, Dear Dead Person (High Risk)

シェリダンは原書読みの参考書。でも単体として面白そうな。中野の「古本案内処」で、これまでまったく見たことがなかった原書の棚を漁ってみたら、割とコンテンポラリな作家の作品が100円で投げ売りされていたのでうっかり買ってしまった。トマス・バーガーって、若島正『殺しの時間』で取り上げられていた作品だったよね。

・いただいた本

 マーティン・エドワーズ『処刑台広場の女』早川書房プルーフ

 

・読んだ本

 ロバート・アーサー『ガラスの橋』(扶桑社ミステリー)

 結論から書くと、「過大な期待をしなければそれなり以上に楽しめる、職人作家による粒選り(小粒だけど粒の形は綺麗)の作品集」。ロバート・アーサーは、ジャック・リッチーやスタンリイ・エリンのような、一本立ちできる「アメリカの犯罪小説短編作家のハイエンド」と比較するとあくまでも中堅どころではあるが、プロフェッショナルに徹しつつも、おそらく作者自身もマニアであることも相まってだろう、マニア読者へのサービスの入れ方が上手いのが面白い。以下一言コメント、よかったものは「*」を付す。

「マニング氏の金の木」:オチは早い段階から分かるが、その後のメッセージのやり取りがしみじみと心に来る。
「極悪と老嬢」:暴力も辞さぬ結構な悪人を目の前にキャッキャとミステリ談義に耽るおばちゃんたちがカワイイ。
「真夜中の訪問者」*:いったいどういう話かと思ったら……誘導の巧みさに思わず膝を打った。
「天からの一撃」:まったく同じトリックの作品を最近読んだのでつい比較してしまうが、使い方自体はこっちのほうが上手いね。
「ガラスの橋」:アンソロジーにも取られている有名作。極端に抽象化されたイメージがあまりに鮮やかでむしろ笑える。
「住所変更」:これもオチはすぐ読めてしまうが、一ひねりしてあって面白い。そりゃ同じようなことを考えますよね。
「消えた乗客」:香水という手がかりは面白いが、読者はただ頷くしかないのが難しいところ。
「非情な男」*:振り返ればあからさまな伏線、HowもWhyも驚かせる意外性、心情的にも納得しかない結末。素晴らしい。
「一つの足跡の冒険」*:ホームズパロディとしての完成度が異様に高い。EQMMの短編賞を受賞したのも納得。
「三匹の盲ネズミの謎」:ダイイングメッセージ、不可能犯罪トリック、暗号とマニア好みの要素がギッチリ詰め込まれた作品だが、完成度は今一つ。

読書日記20230702-0703(『幽霊屋敷 新訳版』【★★★☆☆】)

■20230702

 ダラダラしながら、本を読んだり、文字起こしの仕事をしたりする。この文字起こしは全部終わったら50万字くらいになる想定。

■20230703

 労。日曜日に届くはずだった本が送られてくるが、マンションの宅配ボックスが埋まっていて入れられないとのこと。明日取りに行く。なお、土曜日に届くはずだった本は結局届かずじまい。プリコネのガチャはノー課金ながら天井。フェスでもないのに200連で9枚も星3がすり抜けた。哀しいねえ。

・読んだ本

 ジョン・ディクスン・カー『幽霊屋敷』創元推理文庫、新訳)

#以下、そう思って読むとネタバレに見えるかもしれないのでご注意ください#

 旧創元推理文庫版は所持しているが初読。
 トリックは机上の空論レベル。最後に明かされる「驚愕の真相」(笑)から言って、弾丸が被害者に当たって命を奪う結末になったのは完全に「偶然」の産物だろう。というかそもそもあんな現象は本当に発生するのかいな。化学に絶望的に弱かったカーが物理をきちんと理解しているとは到底思えない。そういえばカーって、別の作品でも拳銃を○○○に○○して不可能犯罪をやっていたなあ……
 と、小馬鹿にして終わっていませんか? いやあ、それはまったくカーの意図を読めていない。大間違いです。本作のミステリとしてのキモは「馬鹿っぽい物理トリック」にはありません。本作のポイントは「神秘(カワイイ)は作れる」ということ。カーはこれまで【黒死荘】だの【赤後家の間】だの【妖女の隠れ家】だのと、「何か奇妙で恐ろしいことが起きる『伝承』を持つ場所」を作品上に量産してきた。それに対して、本作の「お屋敷」は、色々な人たちが様々な意図をもって建物に『怪異』を紐づけようとしたことにより「今しも【幽霊屋敷】として定義されんとしている場所」である。言うなれば「これから本物になろうとしている偽物」なのだ。それがジョン・ディクスン・カーの作品の中に置かれ、後押しされることでブーストが掛かる。まるで本物であるかのように見えてくる……おお、偉大なるカーは、自分の作風そのものをネタに使って読者を騙しにかかっているのだ。なんという思い切りのよさだろう。
 そう考えると、本作にて導入された超即物的トリックは(別にそれしか思いつかなかったわけではなく)「割と最近作られた【都市伝説的神秘】」を完膚なきまでに解体するために投下された「笑っちゃうほど安いネタ」なのだと気づかされる(上等な料理にはちみつをぶちまけるがごとき思想!! しかしその崩壊こそエクスタシー……)。物語の終盤、フェル博士がやらかす大惨事(とんでもない犯罪だよ)も、40年に出た本書の二年前、38年に出たダフネ・デュ・モーリアレベッカ終盤の印象的なシーンを踏まえた「ゴシック屋敷よさようなら」的高踏ギャグなのだと思う(作中の時代が37年なのがまた巧妙)。
 以上をまとめると、本作はとにかくギャグ、ジョーク、ナンセンスなのだということ、これに尽きる。そもそもからし「あ、踏んじゃった~テヘペロ」がお笑いでないわけがないのだ。ただ、初見ではそれが分からない。二度読んで初めて、ありとあらゆるものが究極のジョークに奉仕するために組み立てられていたことが分かる。これが重要である。
 二度読み必至!とは舌が割けても言うまいが、「ひどいトリックだったな」と投げ捨てて終わりにしては、本書の真価は見えてこない。まあ、そのジョークが面白いか、笑えるかはまた別の話なんですけどね。

読書日記20230630-0701(『すり替えられた誘拐』【★★★★☆】)

 twitterがどうもあやふやになりかけているので、ブログで記録を書くことにした。概ね買った本、読んだ本の報告くらいだと思います。
【追記】紹介本タイトル、五段階評価を追加しました。

 

■20230630-20230701

 実家に帰る。理髪店に行く。蕎麦屋で食事。たまには親に外食をおごるのも悪くはないだろう。

・買った本

 石川喬司・結城信孝編『黄金の腕』光文社文庫
 高島俊夫『本が好き、悪口言うのはもっと好き』ちくま文庫

・いただいた本

 ロバート・アーサー『ガラスの橋』(扶桑社ミステリー)

 新刊を編集部から謹呈でいただく。ありがとうございます。

 

・読んだ本

 D・M・ディヴァイン『すり替えられた誘拐』創元推理文庫

 最近新刊(どころか本自体)をまったく読めていないので、とりあえず安定した作家の作品からリハビリを開始。twitterで読んだと書いている人は皆微妙な口ぶりをしていたのでどのようなものかと思ったが、なるほどこういう作品ですか。
 物語の前半では、①大学内で窃盗を行ったという容疑で逮捕された青年の地位回復を求める運動をめぐるいざこざ、②結婚寸前だった女に浮気されて別れたばかりのブライアン(主人公、ギリシャ語講師)の周囲で展開されるストーリー、の大きく二つが並行的に描かれていく。それらを結ぶのが、学内きってのアバズレ(これも死語ですな)女生徒バーバラ。彼女の父親が大学へ莫大な寄付金を出していることから、色々な問題の焦点になっている。彼女を誘拐したと見せかけて大学当局を揺さぶってやろうという学生運動サイドの浅薄な計画が失敗に終わった、と見えて実は……。
 ひとつ死体が転がってからは一応探偵小説風な展開を見せる。警察サイドの話は時たま出てくるだけでしかも何の役にも立たないが、それに対して素人探偵たちが独自の立場からあれこれ論理を展開してみせる、といういつものディヴァイン・メソッド……なわけだが、本作ではそれ以前の問題としてヤレヤレ系ムッツリのブライアンに対して、何とか弟の無罪を証明してほしいと媚び媚びで頼み込む、バーバラの愛人マイケル(人間のクズ)の姉のローナがとにかく痛々しい。本当に何考えてんだろ、この女。
 謎解きの糸口になるのがイギリスの大学の入試システムであり、内部の人間ゆえの違和感であるというのはちょっと面白い。ディヴァイン自身、大学の事務員であったという前歴がありますからその辺りはお手の物だったのでしょう。
 そこで疑惑を持たれた男こそがマイケルを陥れた真犯人だった……という訳で、謎解き自体はここで終了。以降は、真犯人がなぜマイケルを憎悪するに至ったかという人間研究になっていく。本格ミステリを求める読者にとってはがっかりだったかもしれんが、個人的にはここから大フィーバー。「全能感に溢れているが、実態としては有能と言えない勘違い男」と「世の中辛いことばかりだけどきっと誰かが助けてくれる……と信じて努力しない甘え男(自分がすべての元凶なのに何勘違いしているんだ! でもそれを許してしまうダメンズ育ての女たちもクソだよね~)」のダメンズバトルでめちゃめちゃ笑わせていただきました。ブライアンの母親もまた浮気の末に離婚、父親に引き取られたブライアンが母親のことを許せずにいる……というサイドストーリーもあり、この作品が「浮気」(とそれに伴って生じる人々の感情の軋轢)を重要なファクターとして描いているのが分かる。うんうん、イギリス人作家はやっぱりこういうブラックユーモア小説を書いてナンボやねん。個人的には本作を「’60年代の『大転落』」だと評価しています。
このミステリーがすごい!」や「本格ミステリベスト10」で上位に食い込むことはないだろうが、この作者が好きだという人なら必読の作品だと思う。

<幻のポケミス>から考える「クラシックミステリ叢書」企画

「クラシックミステリの叢書のラインナップを作ってみたい」
「オールタイムベストを作ってみたい」に並んで、マニアであれば一度は思い浮かべるこの夢。かく言う私も過去、本ブログを含めて幾度か作成を試みてきたが、誰も知らない作家の誰も知らない作品を混ぜ込みたい、というかできればそういうものばかりにしてみたいという歪んだ自意識のせいで、反応に困る代物をおったてては、読者の皆様にどう反応すればいいんだよと思わせてきた。

 今回、ここに提示するものは、いわゆる<幻のポケミス>をネタ元とするラインナップである。なお、<幻のポケミス>とは、「本棚の中の骸骨」の「読み物と資料のページ」に掲載されたもので、「No.194パット・マガー『被害者を探せ』(1955年7月刊)の巻末に、今後の刊行予定として掲載されたもの(中略)(のうち)ハヤカワ・ミステリでは実現しなかった〈幻の作品〉を抜き出してリストにしてみた」と説明されている。この約160冊のリストのうち、2023年現在をもって未訳の作品が40冊。この40冊を叩き台に、比較的現実的と思える10冊をラインナップしてみた。並びは原著刊行順。作品は基本的に<幻のポケミス>ママとするが、※については作品を変更している。

www.green.dti.ne.jp

①ブライアン・フリン『孔雀の眼の秘密』The Mystery of the Peacock’s Eye(1928)
②J・J・コニントン『二枚の切符の謎』The Two Tickets Puzzle(1930)
③デイヴィッド・フロムスコットランドヤードから来た男』The Man from Scotland Yard(1932)
④ヴァン・ウィック・メイスン『七つの海の殺人』The Seven Seas Murders(1936)※
⑤スチュアート・パーマー『青い小旗の謎』The Puzzle of the Blue Banderilla(1937)
レスリー・チャータリス『輝かしき悪漢たち』The Bright Buccaneers(1938)※
⑦フランシス・ボナミイ『牧場主の死』Death of a Dude Ranch(1939)※
アニタ・ブーテル『死神は過去から来る』Death Has a Past(1939)
⑨レイモンド・ポストゲイト『扉の前に誰かいる』Somebody at the Door(1943)
⑩ローレンス・トリート『警察(ポリス)のP』P as in Police(1970)※

 

①は英国のスリラー作家の初期作。風変わりな冒険小説のような書き出しで始まるが、スコットランドヤードの警部と私立探偵がそれぞれに出会った事件を捜査するうちに、巨大な陰謀が浮かび上がってくるというプロット。どんでん返しの連発で最後まで飽きさせない。『ミステリリーグ傑作選』所収の長編「角のあるライオン」以外、これまで無視されてきた作家の面目躍如たる傑作である。

②は英国の本格もので「ハンドラム」派の驍将の中期作。『或る豪邸主の死』(長崎出版)、『レイナムパーヴァの災厄』『九つの解決』『キャッスルフォード』(論創海外ミステリ)と、一見渋めながら読者に予想外の衝撃を与え続けてきた作家のシリーズ第七作で、飛び道具多めのラインナップの中ではホッと一息な休憩ポイント。

③はアメリカの女流作家の初期作。複数名義で多くの作品を発表した多作家だが、日本では短編が一本紹介されたきりである。本作はエヴァン・ピンカートンシリーズの第三作で、イギリスを舞台に手堅い警察小説が展開されている。レスリー・フォード名義の作品は現在のコージー派の先駆けとされるが、本作は、80年代以降にアメリカの女流作家が競うように、イギリスを舞台に「理想的な田舎警察小説」を書いたことを思い出させる。

④は日本ではほぼ未紹介(戦前にいくつか翻訳がある)だが、1930年代~40年代のアメリカで絶大な人気を誇った海洋冒険小説作家。その作品のうち、冒険小説と探偵小説をミックスしたのがヒュー・ノース大尉を主人公とするシリーズである。特に初期作は謎解きミステリとしての要素が色濃いとされる。<幻のポケミス>では「作品未定」とされていたため、四つの中編を詰め込んだ本書をセレクトした。

⑤は『ペンギンは知っていた』やクレイグ・ライスとの合作『被告人、ウィザーズ&マローン』で知られる作家の中期作だが、正直この作品にこだわりはない。ガードナー、ライス、スタウト(あるいはラティマー、グルーバー)といった、陽性のアメリカ作家たちが紹介された時に乗り遅れてしまったのがこの作家の不幸だが、今後積極的な紹介者の手で、年に一、二作でも翻訳が進められて欲しいものだ。

⑥は青年義賊「セイント」シリーズの第一短編集で、「クイーンの定員」にも選ばれている傑作集。15作のうち8作が紹介済みではあるが古い媒体のものが多く、続く作品集Boodle(こちらは全作未訳)と併せて新訳刊行する価値は十分にある。本書が好評を博するようであれば、更に「セイント」ものの長編、また中編集がまとめて翻訳されるよう期待する。

⑦はアメリカの女流作家で、犯罪学者のピーター・シェーンが、作者と同名のワトスン役フランシス・ボナミイとともに難事件に挑むシリーズを展開した。<幻のポケミス>では中期以降の、探偵役抜きでワトスン役が事件に関わるというスピンオフ作品が挙げられているが、こういう作品の前にまず作者の普通の筋運びの作品を読みたい、ということで今回は初期作を選定した。

⑧は英国から米国に移住した寡作な女流作家の第三作。同時代には高く評価されていたが次第に忘れられたという作家で、本作などはパット・マガー『七人のおば』や『四人の女』の趣向を先取りしている点などミステリ史的にも見逃しがたいものがある。マーティン・エドワーズLife of the Crimeで高く評価されたこともあり、現在英米でも見直しが進んでいる。

⑨は現在では『十二人の評決』のみで知られる作家の第二作。夕方にユーストン駅で電車から降りた後で奇妙な死を遂げた議員の人生の謎を、同じ列車に乗り合わせた人々をホリー警部が追う中で浮き彫りにしていくという、新聞記者である著者の面目躍如的作品。渋め・重めな内容ではあるが、一読の価値はあると思う。

⑩は『被害者のV』(1945)という作品で警察小説の始祖とされる作者の短編集で、エラリー・クイーン選というところが面白い。16編のうち10編が翻訳あり(ただしほとんどが60年代に翻訳されたきり)ということで検討のハードルは低め。未収録の作品(のうち70年以前のもの)も七作ほどあり、傑作選ということで再編集するのでも良い。

 ということで10作をピックアップしてみた。商業でも無理のない、とはいえ文庫では厳しいかという線で作ってみたがどうだろうか。これを参考にどこかの出版社が本を出し始めたりしたら面白いですね。利用料は取りませんので、どうぞご自由にご使用ください。

【過去の実績】

deep-place.hatenablog.com

 

2022年に購入した洋書について(古書編)

 

新刊書に続いて古書編も。こちらは個々の本についてもう少し詳しく書いておく。

購入冊数:11冊

・John Dollond    A Gentleman Hangs

色々な意味で、今年最大の当たり。M・Kさんが『ある中毒患者の告白』で読みやすさ・総合点ともに高く評価しているにもかかわらず、作品・作者とも情報が一切ネットに出てこない謎の本(バーザン&テイラーが高評価しているらしいと後で知った)。森英俊さんの書庫で見かけて「持っている人は持っているものだなあ」と感心していたが、長年の探索が実りついに発見しました。いかにも知られざる珍本らしく、送料込み10ドルで入手できたのが面白いでしょう。英米のマニアたちを出し抜き、やったやった!と欣喜雀躍してfacebookで自慢しても全く反応がなかったのがいい思い出w

・Jonathan Stagge    The Scarlet Circle【ペーパーバック版】

今年の神保町の洋書まつりでは正直得るものがなかったのだが、その二週間ほど前に羊頭のペーパーバック棚でこれを抜いたために歯車がずれたのではないかと思っている。電子書籍でも買ったが、再三ツイッターで書いたようにこの電子書籍版は極めて質が悪い(誤字脱字が多数)ので、紙版を確保する意義は大きい。

・Henry Wade    Lonely Magdalen【ペーパーバック版】
・Curtis Evans    The Spectrum of English Murder

ヘンリー・ウェイド作品はそのほとんどが電子書籍化されていて入手容易な状況だが、マーティン・エドワーズが絶賛するこの中期作だけはなぜか電子書籍版が存在しない。元版の、特に「改訂前」の戦前版は超入手困難(オークションで三桁後半ポンドで落札されたのを見たことがある)だが、10年ほど前に出たペーパーバック版は、奥付的には戦前版のテキストを使用しているとのこと。真偽を確かめるべくエヴァンズのウェイドについての評論書を購入したのだが……後に小林晋さんが本人に確認したところ、戦前版は未読・改訂内容はノーチェック、という事実が明らかになった。

・W. F. Harvey    The Beast with Five Fingers

British Library Crime Classicsの新刊で出たThe Mysterious Mr. Badmanの解説でエドワーズが、「ハーヴェイの没後に出た短編集The Arm of Mrs. Eganはミステリ作品集として秀逸」と書いていたのを見て読みたくなって購入。この、10数年前にでた新しい傑作選は今出ているハーヴェイの本の中ではおそらく最も充実した内容で、上の短編集の収録作もすべて採録。面白い作品があればRe-ClaMなどで紹介したいと考えている。

・Anita Boutell    Death Has a Past
・Anita Boutell    Death Has a Storke/Cradle in Fear
・J. de N. Kennedy    Crime in Reverse
・Leonard O. Mosley    So I Killed Her

マーティン・エドワーズThe Life of Crimeに登場、その紹介があまりにも面白そうだったので買ってしまった本たち。このうちでは特にアニータ・バウテルが興味深々な作家で、Death Has a Pastはパット・マガーに先行する「誰が誰を殺したか分からない」ままプロットが進んでいく話らしい。ケネディやモズリーといった作家は、バークリーの後から出てきてシニカルな作品をいくつか書いた「性格悪の悪童たち」とのこと。

・Donald Henderson    Mr. Bowling Buys a Newspaper
・Ellen Nehr    Doubleday Crime Club Compendium 1928-1991

自分への誕生日プレゼントのつもりで買った本。ヘンダーソンは翻訳希望の作品で、電子書籍も再発された紙版の本も確保済みだが、あくまで原テキストを求めて購入。エレン・ネールはアメリカの「ダブルデイ・クライム・クラブ」の情報を集約した極太本。去年買ったThe Hooded Gunman(「コリンズ・クライム・クラブ」の極太本)と対になる本で、買えてよかった。値段的には今年買った本で一番高い本(送料込み120ドルくらい)。超円安になる前に買ってしまってよかった~。

2022年に購入した洋書について(新刊書編)

まとめを書いておかないとうっかり年を越すので早め早めに。

購入冊数:31冊(うち、実本は12冊)

kindleで買ったもの(著者名順)

Margot Bennett    The Widow of Bath (kindle)
Dorothy Bowers    Fear for Miss Betony (kindle)
Dorothy Bowers    The Bells of Old Bailey (kindle)
Joan Cockin    Villany at Vespers (kindle)
Martin Edwards    The Edinburgh Mystery (kindle)
Martin Edwards    The Life of Crime (kindle)
Bernard J. Farmer    Death of a Bookseller (kindle)
W. F. Harvey    The Mysterious Mr. Badman (kindle)
ed by Tony Medawar    Bodies from the Library 5 (kindle)
ed by Tony Medawar    Ghosts from the Library (kindle)
James Quince    The Tin Tree (kindle)
James Quince    Casual Slaughter (kindle)
John Rhode    The Venner Crime (kindle)
Harriet Rutland    Knock, Murderer, Knock! (kindle)
Harriet Rutland    Bleeding Hook (kindle)
Harriet Rutland    Blue Murder (kindle)
Jonathan Stagge    Murder by Prescription (kindle)
Jonathan Stagge    Turn of the Table (kindle)
Jonathan Stagge    The Scarlet Circle (kindle)

英米電子書籍は値段が抑えめで積むのに心理的な障害が少なく、良くないと思います(他責志向)。ボワーズは論創の解説の資料として買ったが拾い読み止まり。小説系で全部読んだのはジョン・ロードThe Venner Crime(Re-ClaM8にレビューあり)と、ジョナサン・スタッジのMurder by PrescriptionThe Scarlet Circle(Re-ClaM10にレビュー掲載予定)くらい。メダウォー本も面白そうなところだけ拾っただけ。来年はもう少し読みたいところ。

完全新刊では、マーティン・エドワーズThe Life of Crime(Re-ClaM9にレビューあり)を読み切ったのは我ながら偉い! クラシックミステリ好きには堪らぬ小噺が満載の関連書で、「ミステリ史」としては弱い部分もあるが邦訳希望。ただ分量がとんでもないことになっているので、まずは出してくれる版元を探すところからですね。

 

・実本で買ったもの(著者名順)

Christianna Brand    Green for Danger
Christianna Brand    Death of Jezebel
Martin Edwards    This Deadly Isle
Martin Edwards    The Life of Crime
Bryan Flynn    The Case of Elymas the Sorcerer
Bryan Flynn    Conspiracy at Angel
Bryan Flynn    The Sharp Quillet
Bryan Flynn    Exit Sir John
Bryan Flynn    The Swinging Death
Colin Larkin    Cover Me
E. C. R. Lorac    Post After Post-Mortem
Patrick Quentin    Death Freight and Other Murderous Excursions

ブランドはせっかくなので紙で買いたかったんですよ(声を大にして)。来年は『自宅にて急逝』の元本も予定されているので購入予定。本邦でも評価が高い割りに50年代末から60年代初頭の「初期ポケミス」の訳が生き続けてしまっているのがブランドの残念なところ(これは文庫化時に新訳しなかった早川の罪、『疑惑の霧』の残念さを見ろよ見ろよ)。創元はクリスティーを出し続けるならブランドを早川から奪ってくれんかね(クリスティーの方が安定して売れるのは分かるけど)。

小説の中ではロラックのPost After Post-Mortemを読んでいる。森英俊さんの思い出の一冊(インタビューはRe-ClaM7に掲載)で、原著は間違いなく超レア。ただ、お話としては超ゆったりペースで読み切るのは結構辛かったです。つまらなくはないけど。毎年恒例のブライアン・フリン祭りは中期から後期序盤へ。正直もうどれが面白いのか分からない。来年こそは初期10作から何作かは読みたいところです。パトリック・クェンティンの中編集は、米丸さんがやる気満々なのでそちらに期待。あとは、編者のエヴァンズがクェンティンの評伝を出してくれたら最高なんだけど、来年あたりどうですか。

ちなみにエドワーズ本は、The Life of Crimeは紙で買い直し。This Deadly Isleは本というよりは「地図一枚」。日本だと雑誌の付録で付いてきそうな代物で、1800円だかはボリ過ぎじゃないかしらん。エドワーズマニアなので買うけどね。

 

→古書編に続きます。

【古典探偵小説架空叢書】クラシックカルトコレクション 第Ⅱ期について

「エディション・プヒプヒ」の垂野創一郎さんがこのような面白い記事を書いていたので、乗っからせていただこう。

puhipuhi.hatenablog.com

 

以前、私はアントニイ・バークリー書評集第6巻の会場限定おまけとして「クラシックカルトコレクション第Ⅰ期 内容見本」というものを作ったことがあった(2017/5)。そこに載っていたのが以下の五作品。

1. George Bellairs, The Dead Shall Be Raised, 1942 『やがて死者は語りだす』

2. J. Jefferson Farjeon, Mystery in White, 1937 『白雪の殺人』

3. Roger East, 25 Sanitary Inspectors, 1935 『二十五人の衛生検査官たち』

4. Alexander Williams, The Hex Murder, 1935 『黒魔術殺人事件』

5. Ianthe Jerrold, The Studio Crime, 1929 『スタジオの犯罪』

今見ると、当時の復刊作品を並べたのが丸分かりでいささか安直だ。とはいえH・R・F・キーティング推薦のロジャー・イースや、ブリティッシュ・ライブラリー叢書が軌道に乗るのを助けたジェファソン・ファージョンのスリラー小説などは今でもやってみたいと思っている。アレクサンダー・ウィリアムズのオカルトミステリも面白そうなんだけどな(未だに読んでいない)。

今回はその第Ⅱ期内容見本ということで、出してみたいなあ、自分自身翻訳で読んでみたいなあという本を12冊並べてみた。森英俊M.K.氏、また海外マニア兄貴たちの影響を受けていることがバレバレのちと気恥ずかしいリストである。基本的に「持っている本」から作っているので、Twitterなどで名前を挙げたことがある本も多いかも。ご照覧あれい!

1. Donald Henderson, Mr. Bowling Buys a Newspaper, 1943 『ボウリング氏、新聞を買う』

2. Elizabeth Curtiss, Nine Doctors and a Madman, 1937 『研究病棟の殺人者』

3. Jonathan Stagge, The Scarlet Circle, 1943 『死の紅輪』

4. Theodore Roscoe, I'll Grind Theire Bones, 1936 『巨人の碾き臼』

5. Anita Boutell, Death Has a Past, 1939 『殺意の因果』

6. John Dollond, A Gentleman Hangs, 1940 『首吊り紳士』

7. Marcus Magill, I Like a Good Murder, 1930 『世にも楽しい殺人』

8. Virginia Perdue, Alarum and Excursion, 1940 『軍靴の音が聞こえたら』

9. Libbie Block, Bedeviled, 1947 『悪夢に憑かれて』

10. Richard Hull, Murder Isn't Easy, 1936 『殺人は容易じゃない』

11. James Quince, Casual Slaughters, 1935 『思いがけない大虐殺』

12. 『クリスチアナ・ブランド単行本未収録短編傑作選』(オリジナル編集)

番外:Virginia Cowles, Looking for Trouble, 1941 『トラブルを求めて~特派員欧州を駆ける』

以下、簡単に補足をば。

1. はチャンドラーの「簡単な殺人法」で絶賛された作品。女を殺してしまった男が、警察の捜査状況を確認しようと毎日似合わぬ安新聞を買うが、死体は一向発見されない。折しもロンドンは大空襲の真っただ中で、警察も余裕がないのだ。安全圏にいるはずの男の心は、しかし少しずつ追い詰められていく……ヘンダーソンは、類まれなセンスを持ちながらそれを開花させる前に亡くなった夭折の犯罪小説作家。

2. はクェンティン『迷走パズル』と同時期に刊行された「病院ミステリ」。あちらが精神病院なら、こちらは研究病棟である。精神薄弱者を思うように操るという悍ましい研究に従事していた医師が特殊なナイフで殺されるが、捜査が進むうちに殺人者は病棟に務める医師たちの中にいることが判明して……ある海外マニア兄貴のブログの記事には「謎解きミステリの暗黙のルールを破った」とあるが、果たして?

3. はパトリック・クェンティンの別名義、ジョナサン・スタッジの代表作の一つ。被害者の首に口紅でぐるりと赤い輪を描く連続殺人鬼の凶行に挑むウェストレイク医師の活躍が描かれる。シリーズの中では比較的早い時期に連載されたが、当時コピーキャット殺人(と疑われる事件)が起こったためにお蔵入りとなり、数年後にようやく単行本化されたという経緯がある。スタッジはもっと翻訳されていいと思う。

4. は『死の相続』でご存じセオドア・ロスコーの長編。新聞記者の主人公たちが見守る前で、仏独(を思わせる架空の国)の両首脳が二人きりで会談していた室内で同時に射殺されるという密室殺人事件が発生。この事件をきっかけに欧州情勢は急激に悪化していき、遂には二度目の世界大戦の幕が開く寸前に……不可能犯罪ものであると同時に「近未来シミュレーション小説」としても面白いパルプ小説の傑作。

5. は最近Twitterでも取り上げた「誰が誰を殺した?」ミステリの先駆的作品で、マーティン・エドワーズが評論書 The Life of Crime で取り上げているのを読んだことから興味を持ちました。憎み合う女六人がイングランドの片田舎の屋敷に集まって始まるのはもちろん殺人事件。作者は友人から聞いた話と、彼女から提供された「告白書」の内容を基に殺人ミステリを仕立て上げていく。

6. はM.K.『ある中毒患者の告白~ミステリ中毒編』で大絶賛されたことで記憶に残る作品。ネタ元を手繰っていくとバーザン&テイラーらも褒めているらしい。殺人事件の法廷を見学して帰ってきた主人公たちは、自宅で見知らぬ男の首吊り死体を発見し……というショッキングな幕開けから、軽やかなテンポで物語が展開されていく。一冊きりで消えた作家の超レア本だが、先日10ドル程度でゲットした。ヤッタネ。

7. はこれまた『ある中毒患者の告白』案件。恥ずかしげもなくつぎ込んでいくねえ。主人公と若い友人たちがレストランで殺人ミステリ談義をしていたところ、近くの席で実際に殺人事件が起こってしまうという話。主人公たちはもちろん素人探偵団を結成し、警察に負けじと事件の捜査を始めるが……ユーモラスな掛け合いが楽しい作品だが、中盤以降予想外の方向へと突っ走り始めるのが楽しい。

8. はまたまた『ある中毒患者の告白』案件。石油製品の研究所で起こった爆発事故の結果、記憶を失い病院に入院させられた主人公。果たして彼が失った記憶とは一体何だったのか? 記憶喪失者が、時折フラッシュバックする謎めいた記憶の断片を基に己の記憶を復元していく話が政府筋の陰謀と絡み、読み始めた時にはまったく想像していなかったところに連れていかれる。ニューロサスペンスの秀作。

9. はうだつの上がらない夫を殺して愛人と新たな生活を始めようかと考えていた女が、何者かに先に夫を殺されてしまう……という話が、「信頼できない語り手」の「信頼できない記憶」によって引っ掻き回されていく。果たして私は探偵役? それとも殺人者? 8. もそうだが、50年代にミラーやアームストロングがジャンルを完成させる以前に連発された評価の定まらない作品をもっと読みたい。

10. はご存じリチャード・ハルの第四作。殺人を目論む三人の男たち。ところがなんと、ターゲットは全員同じだった。彼らは互いに互いの殺意を知らないまま、じくじくと憎悪を滾らせ机上の計画を転がし続けるが、全員にとって思いもよらない事態が起こり……ハルの初期作はもっと紹介されるべきだと思うなあと考えつつ、でも日本のミステリシーンでは受けないのかなあと悶々しております。

11. はエドワーズやエヴァンズ大兄など尊敬するレビュアーが褒めているので注目していたら、なぜか電子専売の1ドル本として出てしまった。イギリスの片田舎で起こった連続殺人事件の謎を聖職者作家が描いたという楽しげな作品で、地味ながらユーモアたっぷりなのが嬉しい。

12. は「何をやってもいい」ならこれをやるしかない!という企画。本ブログの読者であれば、ブランドの未発表短編が近年次々に紹介されていることをご存じでしょう。読んでみると、意外やいずれも水準を超えている(どころか傑作もある)。さらに、発表済みでも単行本に入っていない作品も多数。出版社各位、これらをまとめないのは愛読者たちに不誠実ですぞ。仮目次はこんなところでいかが?

・邦訳単行本に未収録の作品

「拝啓、編集長様」/「ダブル・クロス」/「幽霊伯爵」/「大空の王者」/「至上の幸福」/「未亡人に乾杯」

・単行本に未収録の作品・未発表の作品

"Bank Holiday Murder" / "Cyanide in the Sun" / "The Rum Punch" / "The Face" / "The Shadowed Sunlight"

最後に番外として、非小説作品を。ヴァージニア・カウルズは、特派員として1930年代末から40年代前半に熾火燻るヨーロッパを、スペイン動乱、ナチスドイツによるポーランド侵攻、急速に左傾化するフランス、空襲下のロンドンと駆け巡り、「トラブルの最前線」を張り続けたアメリカ人の新聞記者。本書は彼女が帰国直後に刊行した回想録で、その迫力は現在読んでもまったく古びることがない。

この辺の本については、今後別冊Re-ClaMに入ってくるかもしれません。その折はご愛顧のほど、何とぞよろしく。あ、企画重複は大歓迎ですが、そのときはぜひ解説書かせてください、オナシャス!

I'll Grind Their Bones

I'll Grind Their Bones

Amazon

「奇想天外の本棚」(国書刊行会)刊行予定情報まとめ(2022/9/18時点)

これまでもtwitterfacebookにて度々「刊行予告」を出してきた編者氏が、先日「第一回配本間近なので、二期以降順不同で発表します。」ということで、大量の刊行予定情報をtwitterにて投稿された。

以下、現状国書刊行会HPにて「第一期」として発表されているものを除いた分の情報を整理する。なお、明らかな誤り(作者名の綴り間違いなど)は修正している。またナンバーについては、氏のツイートのものには重複や脱落が多く見られたため、単純に登場順に振り直していることをお断りしておく。

※タイトルの後ろに付した■は新訳(50-60年代に旧訳あり)を、★は「10年留保の対象外」を示す。

---

13:Philip MacDonald, The Polferry Mystery, 1931 『ポルフェリーの難問』

14:Francis Bonnamy, The King Is Dead on Queen Street, 1945 『王、女王街に死す』
→「幻のポケミス」の一冊(http://www.green.dti.ne.jp/ed-fuji/column-pocket.html

15:Harry Stephen Keeler, Sing Sing Night, 1928 『歌う歌う夜』

16:Harry Stephen Keeler, The Amazing Web, 1930 『驚愕の蜘蛛の巣』

17:Miles Burton, Three Corpse Trick, 1944 『三つの死体のトリック』

18:Philip MacDonald, The Link, 1930 『輪』   

19:John Dickson Carr, The Island of Coffins, 2021 『棺桶島』→カーのラジオドラマシリーズ『B-13号船室』のシナリオ全訳、Crippen & Landru刊。

20:John Dickson Carr, Poison in Jest, 1932 『毒の戯れ』■

21:John Dickson Carr, The New Canterbury Tales, 未刊行 『新カンタベリー物語』→カーが学生時代に書いた連作短篇、単著収録は2022年にCrippen & Landru刊予定の The Kindling Spark が初。

22:Philip Jose Farmer, The Adventure of the Peerless Peer, 1975 『シャーロック・ホームズ/ザッハクラウトの冒険』★→以前も「H・P・ファーマー」と表記して間違いを指摘されている、『ドタバタSF大全集-別冊奇想天外3-』からの再録+αを想定?

23:J. F. Suter, Old Land, Dark Land, Strange Land, 1996 『古い土地、暗い土地、奇妙な土地』★→上記短篇集ではなく、1970年以前の短編のみのオリジナル編集版か?

24:Robert Bloch, Nightmares, 1961 『悪夢』→ロバート・ブロックの短篇書誌はかなり複雑だが以下整理してみよう。
Nightmares は、Arkham Houseから出た二冊の短篇集を再編集した短篇集の上巻にあたる(下巻は翌年に出た More Nightmares)。
②収録作から見て Nightmares Pleasant Dreams -- Nightmares (1960) の抜粋版と言える。
③その Pleasant Dreams -- Nightmares は『楽しい悪夢』としてハヤカワ文庫NVから刊行されている。
Pleasant Dreams -- Nightmares 収録作のうち一部の作品(「影にあたえし唇は」「灯台」「地獄行き列車」)は『楽しい悪夢』に収録されていないが、後のオリジナル編集の短篇集に別途収録されている。(『ポオ収集家』『ハリウッドの恐怖』)
結論:中途半端な Nightmares を新訳刊行するくらいならその元版である Pleasant Dreams -- Nightmares を翻訳する(=並び順をArkham House版準拠とし、更に Nightmares に収録された序文も併せて収録する)方が意義がありそうに思える。(追記)

25:James Gould Cozzens, Castaway, 1934 『デパート漂流』

26:Hilda Lawrence, Death of a Doll, 1947 『人形の死』→『墜ちた人形』として2000年に小学館文庫から刊行されている。

27:Mabel Seeley, Listening House, 1938 『耳すます家』■

28:Christopher Fowler, The Victoria Vanishes, 2008 『ヴィクトリア消失』★→内容は不明だが、本邦未紹介シリーズの第六作をいきなり出すのは冒険的。

29:Hilary St. George Sanders, The Sleeping Bucchus, 1951 『眠れる酒神』→ピエール・ボアローの初期長編『三つの消失』(『大密室』(晶文社)収録)を著者の許可の上で翻案したものらしい。

30:Jackson Gillis, The Killers of Starfish, 1977 『ヒトデの殺人者たち』★→テレビドラマ『刑事コロンボ』などで脚本を提供している作家。

31:Leo Bruce, Case with 4 Clowns, 1939 『四人の道化師の事件』

32:Daniel F. Galouye, Dark Universe, 1961 『暗闇世界』

33:H. H. Holmes, Rocket to the Morgue, 1942 『死体置き場行きロケット』■

34:Anthony Boucher, The Case of the Seven Sneezes, 1942 『七つのくしゃみ事件』

35:Anthony Boucher, The Case of the Seven of Calvary, 1937 『ゴルゴタの七』■

36:Joyce Porter, Dover: The Collected Short Stories, 1996 『ドーヴァー警部捜査せず』★→上記短篇集ではなく、1970年以前の短篇のみのオリジナル編集版か?

37:Stephen Barr 『スティーヴン・バー短篇集』→原書未刊行、雑誌掲載作を集めたオリジナル編集版を想定?

38:Hilda Lawrence, Blood upon the Snow, 1944 『雪の上の血』■

39:William Mole, Skin Trap, 1957 『皮膚の罠』

40:Thomas Sterling, The Silent Siren, 1958 『歌わない人魚』

41:Ed Lacy, Dead End, 1959 『行止まり』■→Dead End は『さらばその歩むところに心せよ』(Be Careful How You Live)の別題との由。確かに新刊で手に取れるに越したことはない作品だが……(追記)

42:Harry Kurnitz, Invasion of Privacy, 1955 『殺人シナリオ』■

43:Rob Reef, Tod eines Geistes, 2019 『幽霊の死』→FacebookのGADコミュニティでよく見かける投稿者で、1930年代のイギリスを舞台にクラシックな作風のミステリを書いている作家のシリーズ第五作。自分の本を読んで評価してくれる人がいないと嘆いているのがよく観測されるので、翻訳されたら喜びそう。(追記)

44:Christopher Bush, The Case of the April Fools, 1933 『四月の魚事件』→仮題と完全に該当する作品がないが、"April" 繋がりでこの作品ではないかと推測されている。(追記)

45:Thea von Harbou, Metropolis, 1927 『メトロポリス』→フリッツ・ラングの映画のシナリオ?

46:Louis Zangwill, A Nineteenth Century Miracle, 1897 『19世紀奇跡の怪事件』

47:Eric Frank Russell, And Then There Were None, 1951他 『そして誰もいなくなった』→表題作を含む中篇集。

48:Arthur Morrison, The Dorrington Deed-Box, 1897 『悪党探偵ドリントンの証文函』

49:S. A. Duse, Doktor Smirnos Dagbok, 1917 『スミルノ博士の日記』■

50:Peter Dickinson, The Yellow Room Conspiracy, 1994 『黄色い部屋の陰謀』★

51:Helen Eustis, The Holizontal Man, 1946 『水平線の男』■

52:Christopher Bush, Cut Throat, 1932 『喉切事件』■

53:James Hadley Chase, No Orchids for Miss Blandish, 1939 『ミス・ブランデッシュにやる蘭はない』→無削除初版を底本とするとのこと。

54:Algis Budrys, Rogue Moon, 1960 『無頼の月』→アトリエサードが随分前から刊行予定を挙げている。

55:Curt Siodmak, Gabriel's Body, 1991 『ガブリエルの身体』★

56:Christianna Brand, Cat and Mouse, 1950 『猫とねずみ』■

57:Christianna Brand, The Chinese Puzzle, 未刊行 『中国パズル』→名のみ聞くコックリルものの未刊行長編。

58:Michael Venning, Murder Through the Looking Glass, 1943 『鏡の国の殺人』→『もうひとりのぼくの殺人』として2000年に原書房から刊行されている。

59:Agatha Christie, The Hollow, 1951 『ホロー館の殺人(戯曲版)』→『ホロー荘の殺人』の戯曲版。日本公演の際には瀬戸川猛資が翻訳したと聞くがそれを採録するのか?

60:S. A. Steeman, Un dans trois, 1932 『三人の中の一人』■

---

私は個々の作品について出来不出来の観点から収録の是非を語る立場にないが、26や58のようなここ20年ほどで翻訳刊行された作品、また、57のようなテキスト自体が未刊行の「幻以前の作品」が含まれていることに企画自体の危うさを感じてしまう。チェック機能が働いていないのではないだろうか?

また、翻訳権取得の問題もある。1970年以降刊の作品は翻訳権取得が必須だが、編集部がそれを無条件に認めるかは分からない(第一期作品でも、エドワード・D・ホックの作品は要取得)。また「短篇集が出たのは近年でも、オリジナルテキストを初出誌から採っているから翻訳権取得の必要はない」というのは常套的な言い抜けだが、カーのラジオドラマシナリオや初期作品において、Crippen & Landru の書籍を底本とするのであれば(道義的には)翻訳権フリーにはならないだろう。

同じく翻訳権取得の問題でも、「海外の著作物の翻訳が10年出ていないときには、日本ではその作家の翻訳+印刷による複製の権利が切れる」の条文がネックになる場合もある。例えば56は「原著刊行1950年、翻訳刊行1957年」である。ブランドは88年に亡くなったので、再度の翻訳刊行に当たって翻訳権取得が必須なのではないだろうか(ただし、翻訳権の問題については個々の作品で状況が異なるため一概には言えない)。

上記のリストを公開する上で、編者氏がこういった事情も全て加味しているのか、あるいは思いつくままに並べただけなのかは分からない。本当にこれらの作品が新訳で書店に並ぶ未来が訪れるのであれば興味深いが、そもそも第一期12冊が出揃っていない(というか一冊も出ていない)現状を鑑みれば、あまり先々のことを考えると鬼が笑い死にするというものだろう。「幻のポケミス」じゃあるまいし。

 

(追記)2022/9/19 ご本人のツイートにて、クリストファー・ブッシュが重複していたので再検討し、以下の6冊を追加するとの由が発表された。

61:Anthony Boucher, The Case of the Solid Key, 1941 『硬い鍵の事件』

62:Philip MacDonald, Persons Unknown, 1931 『正体不明の人物/推理の演習』→『迷路』として2000年にハヤカワ・ミステリから刊行されている。ただし、挙げているのは先行する米版のタイトルで、英版を底本としているだろう早川版と内容が異なる可能性がある。

63:Ed. by Tony Medawar, Bodies from the Library, 2018 『図書館からの死体』→過去にレビューを書いたことがあるので貼り付けておく。未紹介の良作ももちろんあるが、既訳率が結構高いのが気になる。

deep-place.hatenablog.com

64:Noël Vindry, La Bête hurlante, 1933 『吠える獣』→中川潤氏訳による『獣の遠吠えの謎』が本年刊行された。書影は近年翻訳された英版のものだが、中川氏が翻訳を担当するのではないのか?

65:Nicholas Blake, There's Trouble Brewing, 1937 『悪意の醸造』■

66:John Dickson Carr & Val Gielgud, 13 to the Gallows, 2008 『13の絞首台』→カーの演劇台本。ギールグッドと共作した二篇+カー単独の二篇を収録。

 

(追記2)2022/9/20 初投稿時に「詳細不明」としていた41,43,44について、編者氏のFacebookの投稿を参考に、現状分かる限りの情報を追加した。