深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

Re-ClaM 第4号 を予定通り刊行します

昨今のコロナ禍の影響で、GWのコミケや文フリがキャンセルになってしまいましたが、Re-ClaMは予定通り新刊の第4号を刊行いたします。
今回はイベント頒布はなしで、書肆盛林堂での通販が初出です。
通販開始は4/25(土)17:00予定。販売価格は1,200円(+送料)
前回、前々回の瞬殺具合(わずか2時間ほどで通販完売)を鑑み、刷り部数は多めに設定しておりますが、購入を検討している場合はお早めに。

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Re-ClaM 第4号の目次は以下の通りです。

【特集】F・W・クロフツの"Humdrum" な冒険
[レビュー]F・W・クロフツ全長編解題
F・W・クロフツ長編リスト
[特別寄稿]『樽』のミスを確認する(真田啓介)
[特別寄稿]短篇集『殺人者はへまをする』をじっくりと読む(小山正)
[論考]英米から見たF・W・クロフツ(三門優祐)
[翻訳]F・W・クロフツ「暗い川面」(倉田徹 訳)
[翻訳]F・W・クロフツ「指紋の罠」(三門優祐 訳)
◆連載&寄稿
Queen’s Quorum Quest(第39回)(林克郎)
A Letter from M.K.(第3回)(M.K.)
海外ミステリ最新事情(第5回)(小林晋) 
『ギャルトン事件』を読む(第1回)(若島正
[翻訳]アルジャナン・ブラックウッド「鍵をかけろ」(渦巻栗 訳)
[翻訳]エドワード・D・ホック「ゴーストタウン」(宇佐見崇之 訳)
[レビュー]「原書レビューコーナー」(小林晋)
[ニュース]真田啓介ミステリ論集 刊行に当たって(荒蝦夷 土方正志)

 

特集では、今年(2020年)がデビュー作『樽』(1920)刊行100周年となるF・W・クロフツを取り上げました。同じく100周年である作家にはクリスティーとH・C・ベイリーがいますが、後者はぜひどこかで取り上げたいものですね(未定)。クロフツは日本では全長編が翻訳されており、また年に一度の創元推理文庫復刊フェアに毎回のように取り上げられていますが、その割に『樽』『クロイドン発12時30分』止まりという人が多いような気がします。今回収録した全長編レビューや、真田啓介氏小山正氏のコラムから、いわゆる代表作以外にも手を伸ばす人が少しでも増えれば、と考えています。翻訳短編のうち「暗い川面」は本邦初訳、「指紋の罠」は60年ぶりの新訳となります。クロフツには他にも未収録・未紹介短編がいくつか存在するらしいので、今後機会があれば紹介したいところです。
連載は林克郎氏MK氏小林晋氏と安定感のある布陣になりました。また今回の目玉は若島正連載「『ギャルトン事件』を読む」。以前ミステリマガジン 2018年8月号 で書かれたロス・マクドナルド『ギャルトン事件』を読む」を増補改稿したものになるそうですが、最終枚数は先生にも分からないっぽいです……とりあえず第一回は50枚になりました。内容は、ロス・マクドナルドの作風のターニングポイントになった傑作『ギャルトン事件』を読むためのツールを用意するために、まず後期の傑作『一瞬の敵』を読んでみようというもの。ロス・マクドナルドの一見過剰に思える「比喩」から引き出される「イメジャリー」、それらをつなぎ合わせることで浮かび上がる全体の「構造」。これまでの「ハードボイルド/パズラー」の二元論に縛られない、新たなロスマク論の始まりをぜひご堪能ください(本編を読む前には必ず『一瞬の敵』を一読、ないし再読することをおすすめします)。他、英国正調怪談の名手ブラックウッドのラジオ怪談、また言わずと知れた短編の名手、エドワード・D・ホックの初期作品など注目の内容を多く取り揃え、全160ページとなっています。

どうぞよろしくお願いいたします。

ダミアン・ラッド『世界でいちばん虚無な場所』(柏書房)

ここまで完璧に売り方を間違った本というのもあまりないと思う。

世界でいちばん虚無な場所 旅行に幻滅した人のためのガイドブック

世界でいちばん虚無な場所 旅行に幻滅した人のためのガイドブック

 

本書は、オーストラリア人の著者ダミアン・ラッドがインスタグラムにアップしている「@sadtopographies」というある種悪趣味な、しかし興味深い記事が元になっている。これは世界中に存在する憂鬱な気分になる地名(例えばカナダの悲哀諸島(The Sad Islands)や、ロシアの孤独島(Ensomheden)など。著者のバックグラウンドに合わせてか、オセアニアの地名も多い)をGoogle Mapの切り抜きとともに紹介するというもので、他には何の説明もない。恐ろしく素っ気ない記事群だ(が、なんと10万人以上のフォロワーが存在する)。

ダミアン・ラッドはこれらの記事を書籍化するに当たって、これらの地名についての様々なエピソードを書き連ねた。ただし、彼自身ほとんどの場所には行かないままに(少なくとも序文ではそのように書いている)。旅行書や地図、ブログやおそらくはウィキペディアなどの内容を巧みに組み合わせた、完全なる「安楽椅子旅行」の案内書である本書は、その地名が形成されるに至った歴史的経緯や事件について掘り下げていく中で、濃密な憂鬱さと、しかしそれでも匂いたつユーモア感覚に満ちたものとなった。著者の基本的なスタンスは「地名命名者はストーリーテラーである」というものだが、それを再話することで、彼は新たな物語を紡ぎ出した。

この記事群の間に、さらに三編のエッセイが書き下ろされている。地図の版権を守るために、二人の地図作成者によって書き加えられたが、数年後に本当に実在の地名となってしまったアグローという町の話。些細な事故により地中の石炭が今も燃え続けているため、誰も住めなくなった合衆国中部の町セントラリアの話。刑務所の中で十数年間にわたって架空の徒歩旅行を行い、克明な旅行記を付け続けたアルベルト・シュペーアの話。これらを読んでいくと、読者の中で本書の受け取り方が少しずつ変わっていく。地図には書かれている、歴史的経緯も存在する。だが、本当にこれらの地名は存在するのだろうか? 本書に混ぜ込まれた架空地名が「インスタグラムの記事投稿後、ないし本書の刊行以降に生まれたのではない」と誰に確信しうるだろう。かくして本書は、プリースト『夢幻諸島から』カルヴィーノ『見えない都市』にも似た、「架空地名」のガイドブックとして読みうる素地を手に入れたのだ。

だが……日本語版を刊行するに当たり、編集部(と翻訳者)は何を考えたか、原書では意図的に取り除かれていたと思しい、緯度経度や現地を訪れる場合にかかる時間(東京発)、必要経費、ルート、現地の写真などをご親切にも追加してくれている。【原書にも「緯度経度」は記載されており、批判の一部は当たっていなかった(追記参照)。この点については関係者に陳謝したい。なお、以下の文面は一切否定しない。】 それはそれで、不思議なリアリティの揺らぎを補完してくれているともいえるが、邦題や帯のセンスのなさを見るに、本当に何もわかっていないのではなかろうか。「いざ、人類の闇へ。」ってなんだよ。まったくそういう本じゃないだろ。「世界で話題の旅インスタ」「# こんな「虚無場所」に行ってきます」っていう帯文句もまったくの嘘。話題性を高めるための仕掛けだと思うが、事実と異なる内容を載せるのはお寒い。

このように表面上はインスタに上げた写真をまとめただけのお手軽ムックのように見える本書は、その実、幻想小説のファンであれば必読と言っていい掌編集である。微妙な手に取りにくさは認めるが、ぜひご一読いただきたい所存である。

 

(追記)後日、原書を購入したが、こちらは背幅が2cm以上もあるB5判のハードカバーで、さながら地図帳のような趣の贅沢な本であった。島や街を示した見開きページの地図(Kateryna Didyk というイラストレーターによる)にはごく慎ましやかに緯度経度が添えられていた(探さないと分からないレベルだが)。とはいえ原書の体裁を見る限りでは旅行ガイドブックらしい雰囲気はまったくない。

Sad Topographies

Sad Topographies

  • 作者:Rudd, Damien
  • 発売日: 2017/11/09
  • メディア: ハードカバー
 

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夢幻諸島から

夢幻諸島から

 
見えない都市 (河出文庫)

見えない都市 (河出文庫)

 

【告知】別冊Re-ClaM Vol.2 刊行のお知らせ

昨年8月に刊行するや、好評のうちに即日完売した『死の隠れ鬼 J・T・ロジャース作品集』に続く「別冊Re-ClaM」の第二弾を、2020年4月、リリースいたします!

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フォルチュネ・デュ・ボアゴ乗合馬車の犯罪』

訳者:小林晋

ページ数:320

価格:2,500円(税込)

刊行日:2020/4/4【刊行日が変更となりました】

あらすじ:
夜更けのパリを走る乗合馬車の終点で、年若い娘の死体が発見される。馬車に乗り合わせた画家のポールは、その死因が毒の塗られたヘアピンで刺されたことだと偶然突き止めてしまう。イタリア人のモデル・ピアや友人のビノとともに、少女の死の周辺に立ち込める陰謀の霧へと巻き込まれていくポールの運命やいかに。
スピーディでユーモラス、時にグルーサムな「噛み合わない追いかけっこ」を描く、十九世紀パリの人々を熱狂させた物語巧者ボアゴベの真骨頂、本邦初完訳。

・著者紹介:
フォルチュネ・デュ・ボアゴベ(Fortuné du Boisgobey)、本名フォルチュネ・イポリテ・オーギュスト・アブラム=デュボアは1821年生まれ。デュ・ボアゴベ名義で長編小説を書き始めたのは1868年発表の Les Deux Comèdiens から。1871年に発表した Le Forçat colonel 以降、亡くなる1891年までの二十年間で、新聞連載小説(ロマン・フィユトン)を中心に60編近い小説を執筆し、大衆の支持を得た。
黒岩涙香の翻案(『鉄仮面』、『死美人』など)他、多数の翻訳が発表され、日本でも人気を博したが、現行流通している版は、長島良三による『鉄仮面』完訳版など一部に限られている。

今では忘れられた作家の、しかし決して忘れられるべきでない軽妙洒脱な犯罪小説。お楽しみいただければ幸いです。

 

洋書読書:Henrietta Hamilton "Answer in the Negative" (1959)

Henrietta Hamilton Answer in the Negative (1959) を読んだ。

Answer in the Negative (English Edition)

Answer in the Negative (English Edition)

 

 

Agora Books が始めた "Uncrowned Queens of Crime" というシリーズの二作目で、この2月に発売されたばかりである(一作目はヒルダ・ローレンス『雪の上の血』 Blood Upon the Snow, 1944)。

本作は、ジョニーとサリーのヘルダー夫妻が探偵役を務めるシリーズの第三作である(全四作)。
フリート街にある「国立新聞文書館」 (The National Press Archive) で、モーニングサイドという館員をターゲットにひどく幼稚な悪戯や冷やかしの手紙が繰り返される事態が発生する。その犯人を突き止めるように友人のトビーから依頼された夫妻は早速張り込み調査に乗り出すが、調査の翌朝、写真のネガが入った重たい箱で脳天を直撃されたモーニングサイドの死体が発見される。誰が、なぜ、いかにして、モーニングサイドを殺害したのだろうか。

かなり丁寧に作られた捜査小説である。容疑者候補一人一人の動きを聴取し、タイムテーブルを拵え、アリバイを確認していく。そしてその過程で、容疑者たちの奇妙な「事情」を明らかにして、物語を膨らませていく。全体的に淡々とした展開が続くが、時折、例えばサリー一人での追跡シーンを差し込んだりして山場を作っている※。
タイトルにある「ネガに隠された答え」が明らかになるのは物語が終盤に差し掛かってから。おぞましい本性が明らかにされてなお、犯人は最後までその正体を掴ませない……がその意外性は「そこに至る手掛かりがない」という点にかかっている(主人公たちもクライマックス直前まで気づけず、「偶然」手掛かりを手に入れるほど)ので、本格ミステリとしては買えない。
抜群に優秀な記者だったが上司と折り合いがつかず辞職、再就職先の文書館では暇を持て余しているモーニングサイドをはじめ、秘密を抱え脛に傷持つ奇矯な者たちが集うちょっと変わった業界を描こうという作者の意図は達成されているが、全体的に地味で、読む手が頻繁に止まってしまったことは付言しておくべきだろう。

なお、ジョニーは古書店を経営しているという設定だが、残念ながらこの作品ではその要素は生かされていない。巻末には第二作 Death at One Blow (1957) のプロローグが収録されているが、あるいはこの作品も復刊する予定があるのかもしれない。期待したいところである。

なお今回は Net Galley の先行無料購読を利用した。

※この「追跡」をはじめとしてサリーが単独行動をするシーンはいくつかあるが、ジョニーは毎回危険に遭わぬかと心配し、もう二度とこんなことをしないように注意する。コマンド部隊出身という前歴に納得する部分もあるが、ジョニーが妻を「庇護する」という感覚を持ち続けているというのは、80年代の3F小説を通過した読者には何とも古臭く映る。

Re-ClaM編集部BOOTHにて、バークリー書評集の通販を開始します

これまで、文学フリマ等イベントで頒布後、盛林堂書房様/書肆盛林堂様にて販売を委託しておりました「アントニイ・バークリー書評集」ですが、この度、Re-ClaM編集部のBOOTHにて販売を行うことに致しました(そのため、盛林堂書房様での委託は終了となります)。

今回販売を行うのは以下の四種類です。各600円(税込、送料込み)

・第4巻「イギリス男性ミステリ作家編(上)」(完売しました)

ttps://re-clam.booth.pm/items/1867835

・第5巻「イギリス男性ミステリ作家編(下)」

https://re-clam.booth.pm/items/1866534

・第6巻「アメリカミステリ作家編」

https://re-clam.booth.pm/items/1867761

・第7巻「冒険・スパイ小説作家・その他編」

 https://re-clam.booth.pm/items/1867783

 

なお、BOOTH経由で購入していただいた方向けの特典として、過去に三門がイベント限定で頒布したクラシックミステリ中短編を簡易製本したものをお送りさせていただきます。一冊購入するごとに1編、四冊一括購入していただいた豪儀な方には何と4編をお送りします。お送りする冊子は以下のようになる予定です。

1冊目:クリスチアナ・ブランド「白昼の毒殺者」 Cyanide in the Sun

2冊目:クリスチアナ・ブランド「バンクホリデーの殺人」 Bank Holiday Murder

3冊目:クリスチアナ・ブランド「不吉なラム・パンチ」 The Rum Punch

4冊目:アントニイ・バークリー「直接証拠」 Direct Evidence

「*冊買う予定だけど、■冊目の奴が欲しいんだけどなあ」といったご希望がおありの方は、三門優祐のツイッターアカウントにDMして相談してください(BOOTHの注文番号*******の者ですが~のような感じで)。可能な範囲で対応いたします。書評集は持ってるから買わないけど、短編だけ欲しい? いや~、そいつは承っていないでござるなあ……

どうぞよろしくお願いします。

紺野天龍『錬金術師の密室』について我々が語るべきこと

このブログで国内ミステリの最新刊について書くことはほとんどなかったが、こと本件については、いくらか言葉を費やす価値があると考えた次第である。

本記事において『錬金術師の密室』の細かいネタバレを行うつもりはないが、これを読むことによりトリック/プロットの意外性などを損なう恐れがある。今後本作品を読むつもりのある向きはそのままブラウザバックすることをお勧めする。

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

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錬金術師の密室』はおそらく、この十五年ほどの間に無数に書かれてきただろう(そして出版されることなく消えてきただろう)類型作の一つであるが、その中でも決して特上の作品という訳ではない。出版されたこと(しかも早川書房から)は正直に言って驚きである。そう判断するのには軽い物、普通の物、そして重い物、三つの理由が存在する。以下、順を追って説明していこう。

 

理由1プロット(の一部)について、他作品のそれをほぼそのまま流用している。

具体的には、久住四季※1トリックスターズL』(以下『L』)である。久住の第二作に当たる『L』は2005年11月に電撃文庫より刊行された(後に、改訂版が2016年にメディアワークス文庫より刊行された。現行流通版はこちら)。同時に、森博嗣すべてがFになる(以下『F』)の中心トリックが変形された上で利用されている。ある意味で『錬金術師の密室』は、この二つの作品を継ぎ合わせたうえで、錬金術というオリジナルの要素を組み込んだような構成になっている。

この手の変形・流用はよくあることだ。衝撃のトリックや意外なプロット展開にそこまでのバリエーションがあるわけではない。それをいえば『L』だって『F』の要素を取り込んでいる。こういった積み重ね、切磋琢磨によってジャンルが磨き上げられるというのは重要である。とはいえ、「「早川書房」というジャンル読者を多く抱える老舗出版社が「気鋭の新人」として今後育てていくつもりの作家の「ミステリ第一作」」という多くの看板を背負った作品として、あまりにあからさまなのはいかがなものだろうか。(二作の読者であればすぐに把握できるレベル。「あれ」と同じにはなるなよ、と考えながら読んでいたら何の捻りもなかったので失望は大きかった)

 

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このようにその書きぶりにやや不明快な点が残る本作だが、いかに作りが安直であろうが完成度が高ければ何の問題もないというのもまた現実である。先に書いたように、本作はその物語の中心に組み込まれたプロット/トリックの過半を借り物で構成しており、その点についてほぼ不安はない(という褒め方もいかがなものか……)。しかし著者は、「ツギハギの怪物」である本作を綺麗に仕上げることよりも、「書きたい、読ませたい内容」を書くことを優先してしまった。

先に述べたように、本作は『L』の構造を流用しているが、この作品自体は第一作であるために、主人公たちのバックグラウンドを書き込む必要が出てくる。同時に結末となる『F』の方向に向かって話を進める必要があるため、そちらのトリックの伏線も張っておかなければならない。さらにオリジナル要素である「錬金術」のネタも重要だ。やることが多い。300ページ強で収めるには書くことが多すぎる。その結果……

 

理由2物語を構成する上で極めて重要な点、すなわち「動機」がほとんど書き込まれていない。

本作で最も重要な点は「密室トリック」ではなく(何しろ極まった錬金術師であれば無から有を生み出すことすら可能らしいので)、「殺された錬金術師」に関係する「動機」である。彼が死ななければならなかったのはなぜか、今死ななければならなかったのはなぜか、という「物語構造の根幹」となる「理由」を示す、彼についての描写を書き込む余地は、しかし本書にはほとんどない。なるほど、人間の行動の動機がすべて論理的に導かれる必要はないし、またそんなことを示すために筆を費やすのは有意義とは言えないかもしれない。だが、読者にそれが一切類推できず、理解もできないのならば、物語を構成する意味も消えてしまう。作中の表現を借りれば、完璧な人間であるホムンクルスを作り上げた後、魂を加工して吹き込もうとしたらそれに失敗したようなものである。あらら、第四神秘に到達できていないじゃありませんか。

なお、元ネタの二作品はそこを相当に工夫していた。また、著者が愛好するという西澤保彦作品などはそこに特化した作風であるといえる。それだけに残念である。

 

理由3錬金術」を含めた世界観設計の作りこみが甘すぎる。

そして最も重篤な欠陥がコレ。固有名詞がドイツ語と英語とラテン語と古代ペルシア語のちゃんぽんになっているのはもはや気にしたら負けにしても、車は走る、航空機は飛ぶという20世紀前半くらいと同等の文明発展度合いは描かれる(錬金術で生み出された「エーテライト」なる高純度のエネルギー資源は重要なようだが、それが世界経済や情勢にどのように影響を及ぼしているかはあまり描かれない)のに指紋確認など科学捜査は一切なし(無いなら無いでそのように説明すればいいのに、何故か警部など役職名は現実的なものを使用する)、また、錬金術師が世界に七人しかいない上にほぼ全員が国家の管理下、あるいは誰にも知られない場所にいるという設定により、具体的に錬金術で何ができるのかその上限は一切示されない。これで「特殊設定ミステリ」のシリーズを構成しようというのは大変に厳しいだろう。

 

以上。おそらく今後作者の作品を買うことはないだろうが……今後のご活躍をご祈念申し上げます。

 

※1:ただし本人のtwitterを見る限り、献本を読んだ上で堅実な謎解きものとして評価しているようなので、部外者が目くじらを立てる謂れはないだろう(と思って表現を大分緩和しました)

 

トリックスターズL (メディアワークス文庫)

トリックスターズL (メディアワークス文庫)

 
トリックスターズD (メディアワークス文庫)

トリックスターズD (メディアワークス文庫)

 

年末年始古本日記(0103-0106)

定期的に日記を書くために毎日古本を買うのはさすがに割に合わないのではなかろうか。ボブは訝しんだ。

 

■1/3(金):朝起きた時は、「ワシもそこまでしょっちゅうブックオフに行くわけではないぞ」と思っていたが、いつもの店でカレーを食べるついでに去年の新刊を売りに、上石神井ブックオフに行ってしまう。ボチボチの買取値が付いたので、CD数枚と一緒にそういえば買っていなかった本を、すいませんねと思いつつ購入。なお、カレーは仕込み量が少なかったとかで結局食べられなかった(´;ω;`)

小森収編『短編ミステリの二百年(1)』(創元推理文庫

 

■1/4(土):盛林堂書房とにわとり書房が年始の大売り出しをやると聞いたので西荻窪へ(にわとり書房は諸般の事情でお休みとなった)。「こういう催事は来ないんじゃなかったの~?」とまた煽られるが挫けない。以下すべて均一本。

井上ひさし編『ブラウン神父ブック』(春秋社)

・ブレンダン・ギル/常盤新平訳『「ニューヨーカー」物語』(新潮社)

・アントニイ・トルー『スーパータンカーの死』(ハヤカワ・ノヴェルス)

・『著名犯罪集 二輪馬車の謎』(東京創元社

オースチン・フリーマン『ソーンダイク博士』(東京創元社

松本清張編『完全犯罪を買う』『決定的瞬間』『黒い殺人者』『密輸品』『優しく殺して』『犯罪機械』(集英社

10冊前後しか買わない私を尻目に、均一で数十冊買っていく強者を何人も見ると頭がおかしくなりそう。

帰りがけに中野のまんだらけを見ていくが特に買うものはなし。流れで早稲田通り沿いのブックオフで均一本を何冊か。

ジョン・ヴァーリイバービーはなぜ殺される』(創元推理文庫

・バリー・ヒューガート『霊玉伝』(ハヤカワ文庫FT)

 

■1/5(日):松坂健氏の書庫で新年会に参加。先週も忘年会に行かなかったっけ? 歴戦の古本強者が集う会で、三門は隅っこで怯えていた。なんでみんな「あー、例の『通叢書』」「探偵小説はさておき、あの巻とあの巻がいいよね」「ねー」と意気投合できるのか。恐怖。食べて飲んで古本の話をした(必要な資料は大抵松坂氏の書棚から出てくる)後の夕刻、盛林堂書房の小野氏が合流。古本オークションが始まるが……序盤は盛り上がりに欠けた。何しろ「これはいい本ですよ!」と提示された本は「全員(三門以外)持っている」のである(ええ……)。しかし、後から小野氏が出してきた紙物の類(刊行見本や挟み込みの広告)の競りは異様に盛り上がった。なんなんだこれは。ということで落札したもの。

ジョルジュ・シムノンオランダの犯罪』(創元推理文庫、初版/白帯なし)

石上三登志SF映画の冒険』(新潮文庫

The Armchair Detective Book of List, revized second edition (Otto Penzler Books)

・「芳林文庫古書目録」(第5号~終刊号(第19号)/第11号欠け)

えー、色々言いたいことがある方もいらっしゃるかと思いますが……いずれ行くべきところに行くように手配しますので、許してください。ヘロヘロになって帰宅すると、年末に注文した本が届いていた。

・Christianna Brand Brand X (Michael Joseph)

英版のみで米版がない短編集。収録作品18作のうち『招かれざる客たちのビュッフェ』に再録されたものが4編、他媒体で翻訳されたものが4編、『ビュッフェ』巻末の書誌リストで「非ミステリ」扱いとなっているものが6編あり、純粋に「未訳」の「ミステリ」と呼べる作品は4編である。ただし、1974年に刊行された時に全作内容を改訂しているようなので、これを底本にしての翻訳はしません。悪しからず。

 

■1/6(月):本を買っていない。俺は自由だ。

年末年始古本日記(1229-0101)

購入した古本メモを手書きで作成する(圧倒的面倒)ことで己の古本購入欲を殺すという異様な脱古本術を実践している人の話を聞いた(もちろんそれでも買っているそうですが)ので、2020年は自分も軽く古本関連日記をしてみることにした。今回は年末からの継続情報アリです。

■12/29(日):松坂健氏の書庫で忘年会(翻訳ミステリ関連)。メンツが濃すぎる。その前にアキバのブックオフに寄るものの特に買うものはなし。均一より半額の棚、しかも歴史系や文学系の硬めの本にいいものがある店だが、一体どこから買い付けをしているのか、常に謎。忘年会ではダブり本ということで以下をいただく。

・ドロシー・L・セイヤーズ『アリ・ババの呪文』(日本出版協同)

■12/30(月):コミケ三日目。例年の通り書肆盛林堂ブースで売り子をする。売り子と言ってもメインの仕事は朝一に壁サークルの列に並ぶことなのだが。各種収穫についてはtwitterなどで書いた通り。イベント後、練馬の熟成肉の店で打ち上げ。合流前にしっかりブックオフに行っておくのが嗜みというものだが、収穫はいまひとつ。

笹沢左保『悪魔の湖畔』光文社文庫):均一

川端康成『水晶幻想|禽獣』講談社文芸文庫):均一

家に帰ったら数日前に日本の古本屋で頼んだ本が来ていた。こちらは資料用。

・エリザベス・ホールディング『レディ・キラー』(世界推理小説全集)

■12/31(火):実家に帰る。帰りがけに大宮のブックオフで一冊だけ。

モーリス・ルブラン『813』新潮文庫):均一

twitterでも書いたが、推理小説の文脈で、主人公と「悪女」の恋愛が物語の筋を歪めてしまう例としてよく挙がる『トレント最後の事件』の先行例として、ルブランが上がっていたため。ただ、『トレント最後の事件』はその物語を一人称で書いている点が新しく、後の世の作品にも大きく影響を与えている。そのあたりも含めて、再読を進めたいところ。

■1/1(水):特にすることもないので、実家近くの土呂ステラタウンブックオフへ。期待ゼロで行ったが(本2割引きということもあり)思わず買ってしまう。

・リズ・ジェンセン『ルイの九番目の命』(SB文庫):均一

蘭光生『肉刑』フランス書院文庫):均一

篠田節子『砂漠の船』双葉文庫):均一

稲葉義明『ルガルギガム 上』ファミ通文庫):均一

・高田博行ヒトラー演説』(中公文庫)

『ルイの九番目の命』は2018年に公開された同題映画の原作。ソフトバンク文庫と言えば、白と淡いオレンジ色の背というイメージがあるが、この本はわりに古い(2006年刊)のでデザイン変更前で白一色だった。これまで見つからなかったのはそういう理由かもしれない。『肉刑』は、コミケで購入した田中すけきよ氏の『よくわかる!グラフから読むフランス書院文庫』の悪影響w SM系は正直苦手だが、蘭光生式貴士ということもあり抑えてしまった。

[レビュー]Bodies from the Library, edited by Tony Medawar (2018)

未完成のまま完全に忘れていた原稿が発掘されたので、完成させて投稿しておく。どのくらい前に書いていたかというと多分今年の春、Bodies from the Library 2 が出る前のことなので、まあ数か月以上前であろう。

一応総括しておくと、このアンソロジーは作品の質よりも「珍しさ」に特化して作品を集めている。その「珍しい」の定義も色々で、実は日本では比較的容易に読めるパターンも多々ある(バークリー『シシリーは消えた』などは、あちらでもまだ復刊されていない)。唯一光るものがある、と感じたのはやはりクリスチアナ・ブランド(未収録どころか未発表作品にこのレベルのものがあるのはいかがなものか?恐るべし)。私訳を作ったので、どうしても読みたい方はtwitterなどでご連絡ください。

 

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驚くべきことに、英国ではここ数年立て続けに有名作家の「単行本未収録作品」や「未発表作品」が発見されている。雑誌に発表されたままで、書誌にも載らずに埋もれていた作品を再発見する。また作者の書類ケースを調査し、未発表の作品を掘り当てる。研究者たちの熱意ある活動には大いに敬意を表したい。(日本でも同様の事例が続いているのは面白い)

さて本書は、そういった活動の一つの到達点と言えるアンソロジーである。編者のトニー・メダウォー曰く「単行本未収録の入手困難な16編を収録した」とのことだが、正直なところ編集には粗がある(詳細は個別作品の項目で詳述)。しかし、英米におけるクラシックミステリ「再発見」の流れの中で、コリンズという大手出版社からこのような本が出る、そして売れているという事実をまずは素直に喜びたい。以下、個別の作品について簡単にコメントしていく。

 

1. J・J・コニントン "Before Insulin" (1936)

小児糖尿病で先の長くない、療養所で暮らす金持ちの若者が急死。亡くなる直前に20歳の誕生日を迎え法定年齢に達した彼は、付き添いの看護師の女性と結婚。その莫大な財産のすべてを彼女に残すという遺言書を作成し、弁護士宛で郵便ポストに投函していた。この手早すぎる手続きに疑惑を抱いたウェンドーヴァーはサー・クリントンに再調査を依頼する。

1936年8月から9月に掛けて、ドロシー・L・セイヤーズは London Evening Standard 紙に30の短編を掲載し、疑似的なアンソロジー企画 Detective Cavalcade を展開した(収録作は再録・書き下ろしともあり)。そのトリを飾ったのが本編である。二つの「騙し」を組み合わせて不可能を可能にしたトリッキーな作品で、"How"を追求したところがいかにもセイヤーズ好みといった感じ。

【邦訳:「投函された遺言状」(EQ 1996/5、久坂恭訳)】

 

2. レオ・ブルース "The Inverness Cape" (1952)

「これは私が見た中で最も暴力的な犯罪だった」 車椅子で自由に身動きが取れない老婆を殴り殺した犯人は、インヴァネスのケープに鳥打帽という時代錯誤の奇天烈な服装をしていた。犯人と目された彼女の甥は、確かにそういったコスチュームを持っていると認めたが……

The Sketch という雑誌に掲載されたごく短い作品。ビーフ巡査部長が少しだけ登場する。実際に謎を解くのは、事件の目撃者となった「私」である。二つの解釈の可能性のうちどちらが正しいかが最後まで分からない辺りの気配りは作者の腕前が発揮されているが、あまりにも短すぎて話を展開するどころではないのが残念。

 

3. F・W・クロフツ "Dark Waters" (1953)

雇い主に任されていた株式の資金に手を付けてしまった主人公は、すべてが暴露されてしまう前に彼を殺してしまおうと決意。友人とブリッジを楽しむために、テムズ川を手漕ぎボートで行き来する上司の習慣を利用して、溺死に見せかけようとするが……

London Evening Standard 初出の未収録作品でフレンチ警部が登場する。犯人の見落とした証拠を指摘して逮捕に持ち込む「クロフツの短編」のスタイルだが、あまりにも直球すぎて読者を驚かせる余地がない。さすがにもう少しページ数が必要か。

 

4. ジョージェット・ヘイヤー "Linckes' Great Case" (1923)

ヒストリカル・ロマンスの巨匠ヘイヤーがミステリを書いていたことは、日本の読者にも既に知られている(『紳士と月夜の晒し台』、『マシューズ家の毒』他)。本編は The Detective Magazine 初出の忘れられた中編で、まさかのスパイスリラー。重要書類を盗み出した「国家の裏切り者」を、犯人に疑われることなく探し出そうとする……と書くとちょっとル・カレを思わせるが、話の展開は緩慢で犯人の指摘も唐突。ヘイヤーは、2016年に Snowdrift という短編集が出ている(1960年刊の短編集 Pistols for Two に新発見作品3編を増補したもの)ので、いまさらミステリ系と言われても正直出し殻感が否めない。

 

5. ニコラス・ブレイク "'Calling James Braithwaite'" (1940/7放送)

1940年から41年にかけて、BBCではディテクション・クラブの作家に依頼してラジオドラマを8本放映した。バークリー、ロード、ミッチェルなど錚々たるメンツに並んでニコラス・ブレイクが書いたのは、大洋に浮かぶ客船という大きいようで小さな密室の中で起きたサスペンスドラマであった。

一際年長だが精力的な富豪、妊娠したその美しい妻、富豪の秘書で妻の浮気相手、その妹の四人が「見張り役」のナイジェル・ストレンジウェイズと乗り込んだ「ジェイムズ・ブレイスウェイト号」に、脱獄した殺人犯が忍び込んだ、という通報が入る。用心しつつ全員で男を探すうちにいつの間にか富豪が行方知れずになり……

トリックはラジオドラマゆえに成立するもので、そこはしっかりと考えられている。場面転換が多いため、文字で読むならまだしもラジオの聴取者にとっては一苦労だったと思われる。分量は本書では二番目に多いが、非常に読みやすく苦にならなかった。なお、スクリプト収録は本書が初である。

 

6. ジョン・ロード "The Elusive Bullet" (1931)

翻訳で読めるので多くは語らない。論理的に可能性を潰していくと、物理的にはあり得ない角度から撃ち込まれたとしか思えない弾丸がどこからやってきたかをプリーストリー博士が追跡していく話だが、いわゆる「物理的にはあり得る、しかし現実的にはあり得ない」(実際、起こってしまったんだから仕方がない)話でしかなくがっかりしてしまった。

【邦訳:「逃げる弾丸」(『名探偵登場4』(ハヤカワ・ミステリ)、村崎敏郎訳)】

 

7. シリル・ヘアー "The Euthanasia of Hilary's Aunt" (1950)

いずれ手に入るだろう遺産を目当てに世話してきた叔母さんから、「自分の財産はすべてチャリティーに寄付するという遺言を何十年も前に書いた」と言われてしまった甥が主人公。法の網の目をくぐりぬけて、何とか遺産をいただこうと企む彼だったが……法律の専門家である作者らしさがよく出ている。皮肉なオチまでみっちり詰まった充実のショートストーリー。

「Aga-Search」には、短編集収録済の連作「子供たち」の第六編の改題作品と記されているが、実際にはその内容はまったく異なるため注意が必要。

【邦訳:「メアリー叔母さんの安楽死」(HMM 1969/7、柿村敦訳)

 

8. ヴィンセント・コーニア "The Girdle of Dreams" (1933)

宝飾店を営むライオネル・ブレイン氏は、奇妙なお客さんを迎えていた。時代遅れのドレス、両目にはめた片眼鏡、異様な出っ歯。その女性は、16世紀イタリアで作られたと思しき美しい腰飾りをバッグから取り出し、値段を鑑定してもらいたいと言い出した。正体不明のお客が持ち込んだ来歴不詳のお宝。ブレイン氏は鑑定を開始するが……

日本では『これが密室だ!』収録の「メッキの百合」一編しか翻訳されていないが、実は極めて多作な作家の新発見作品。序盤の「お宝鑑定」までのシーンはずば抜けて素晴らしいが、お客の正体と目的が明かされて以降は大幅に落ちる。EQMMに掲載された作品もいくつかあるようなので、他にいい作品がないか調べてみたくなる作家ではある。

 

9. アーサー・アップフィールド "The Fool and the Perfect Murder" (1948執筆)

「1948執筆」と意味深な書き方をしたが、実はこの作品、EQMMのコンテスト用に書かれ編集部に送られた後、封筒ごと行方不明になってしまったという曰く付きの代物。著者の没後に原稿が発見され、改めて掲載の運びとなったそう(その際、”Wisp of Wool and Disk of Silver”と改題されている)。

「たとえ人を殺してもこのメソッドに従えば証拠隠滅して完全犯罪にできる」と流れ者の男から聞いた農場管理者が、実際にその方法を試すことで探偵役のボニーに挑戦するという話。この男が、機転が利かないというか要領が悪く言われたことをそのままやってしまうので、名探偵にはたちまち追い詰められてしまうのであった(笑)

【邦訳:「名探偵ボナパルト」(EQ 1980/7、高見浩訳)】

 

10. A・A・ミルン "Bread Upon the Waters" (1950)

ある男が「人を殺すのは割に合わない」という話をし始め、聞いている何人かの男女がその話に突っ込みを入れては切り返される。それ以上でも以下でもない話で、残念ながら特に語ることはない。London Evening Standard 初出。

 

11. アントニイ・バークリー "The Man with the Twisted Thumb" (1933)

本書に収録された中では最長となる作品。Home and Country という雑誌に12か月間連載したもので、全12章からなっている。各章ごとに引きがあり次回を期待させる作りはこなれているが、完成度という点ではかなり劣る。以下、詳しく説明したい。

家庭教師のヴェロニカ・スタイニングは、雇い主の頬を引っぱたいてクビになり、今はモンテ・カルロでの休暇を楽しんでいる。そこに現れたのは、同じく義憤から秘書業務を放り捨てたというグラント氏だった。急速に仲を深めていく二人。ところが、グラント氏が彼女と別の女性のバッグを取り違え、二人はスパイ謀略のただ中に放り込まれてしまう。

タイトルの「ねじれた指の男」(スパイの親玉)は最終章まで姿を見せず、二人とグラント氏の友人のアーチーがワイワイしているうちに話が終わってしまう。確かに読みやすいけど何も残らない作品だ。どうしてこうなった?と解説を読んでみると、どうやらこの作品、長編デビュー前の習作を書き直したものらしい。納得。

 

12. クリスチアナ・ブランド "Rum Punch" (未発表)

クリスチアナ・ブランドの未発表作品。不可能犯罪アンソロジー The Realm of the Impossible に収録された "Cyanide in the Sun" や、EQMM掲載の "Bank Holiday Murder"と舞台(スキャンプトン・オン・シー)を同じくする作品で、これらとともに2020年刊行予定の単行本未収録作品集に再録されることが決定している。

なお本編については別項で記事を掲載しているので、そちらもご覧ください。

 

13. アーネスト・ブラマ "Blind Man's Bluff" (1918初演)

盲目の探偵マックス・カラドスものの一編で、戯曲。1918年に演じられたものの、その台本は今回が書籍初収録とのこと。日本人のKATO KUROMI(加藤某かと思ったが、作中Mr. Kuromiと呼ばれている)が、アメリカ人のハリス君にJuu-Jitsu(柔術?)の技を掛けて「うわー、動けない!東洋の神秘だ!」となるシーンが異様に書き込まれている(体の動かし方までかなり細かく指定がある)のが可笑しい。終盤、ようやく犯罪計画が明らかになるが、全てを読み切ったカラドスが、無駄なく無理なくそれを瓦解させる。ヨッ、名探偵と称賛を送りたくなる。

 

14. H・C・ベイリー "Victoria Pumphrey" (1939)

没落貴族の令嬢で、法律事務所のお荷物であるヴィクトリア・パンフリイは、事務所を訪れた依頼人とふとしたことで親しくなり、彼の悩みを解決すべく行動を開始する。貧しい一家に入るはずだった大金持ちの遺産を横取りする「突然オーストラリアから帰ってきた親類」は一体何者なのか。

フォーチュン氏、クランク弁護士も続くベイリー第三の探偵役……になりそこなったらしいミス・パンフリイ第一の事件を描く作品。一見ぼんやりした人物に見える彼女が要所で機転を利かせるのが気持ちいい。クイーンのアンソロジーに取られたこともあり、おそらく邦訳はそこからだろう。

【邦訳:「ミス・パンフリイの推理」(HMM 1986/2、坂口玲子訳)】

 

15. ロイ・ヴィカーズ "The Starting-Handle Murder" (1934)

この事件の真相が明らかになったのは、犯人が「紳士」であったからだ。行動も信念も、決して己の階級に求められる規範から外れぬ、堅い男……ただ一点、殺人を犯したという点を除いて。

迷宮課シリーズの一編だが、単行本未収録のままの作品。なぜ一点の曇りもなく紳士である男が殺人を選ばなければならなかったか、そしてその姿勢ゆえに逮捕されるに至ったかを描いていく。ラストの衝撃的展開(なぜこんなことをしなければならないのか?)に向けて男の性格をきっちりと組み上げていく心理小説として悪くない出来の作品です。

【邦訳:「智の限界」(別冊宝石 1959/3/15(世界探偵小説全集34)、阿部主計訳)】

 

16. アガサ・クリスティー "The Wife of the Kenite" (1922)

アガサ・クリスティーの新発掘作品……といっても、この作品については「イタリア語訳版を英語に再度翻訳した」バージョンは既に単行本に収録されている。今回はその元になった英語版が発掘されたとのことだ。南アフリカを舞台に、暴力的な夫に抑圧される妻を描いたこの作品はむしろ普通小説に近い感触だが、読後感はむしろ怪奇小説のそれに近い。苦々しい現実とそこからの解放、そして……日本でさらに短編集が出る機会はないかもしれないが、『死の猟犬』などと同じラインで読まれてもいい作品だ。 

Bodies from the Library: Lost Tales of Mystery and Suspense by Agatha Christie and Other Masters of the Golden Age

Bodies from the Library: Lost Tales of Mystery and Suspense by Agatha Christie and Other Masters of the Golden Age

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: Collins
  • 発売日: 2019/01/15
  • メディア: ハードカバー
 

第29回文学フリマ東京に出展します

最近イベントの出展情報しか書いていないのはさすがにまずいかな……

閑話休題、今週末の11/24(日)、東京流通センターで行われる第29回文学フリマ東京に参加します。ブース番号はヌ-19です。また、今回の新刊はRe-ClaM 第3号「クラシックミステリ(再)入門」となります。

この「(再)入門」というタイトルは、「クラシックミステリ初心者の人のための「入門」の本」であると同時に「クラシックミステリマニアが初心に帰る本」でもある、ということを示しています。多くの方の手に取っていただけることを期待しております。なお、頒布価格は1000円となります。お隣の書肆盛林堂ともども、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、以下目次です。

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◆【特集】クラシックミステリ(再)入門

■独断と偏見で語る黄金時代作家紹介
紹介作家:アガサ・クリスティー/F・W・クロフツ/ドロシー・L・セイヤーズ/フィリップ・マクドナルド/アントニイ・バークリーダシール・ハメットエラリー・クイーン/ジョン・ディクスン・カージョルジュ・シムノン/E・S・ガードナー
執筆:井戸本也玄、小野家由佳、織戸久貴、紙月真魚、クラチ・スミテル、千葉集、野田有、三門優祐(五十音順、敬称略)

■文庫で読むクラシックミステリ(三門優祐)

■中華圏における英米ミステリ受容史(ellry・張舟 / 稲村文吾訳)

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◆連載&寄稿

Queen's Quorum Quest(第38 回)(林克郎)

A Letter from M.K.(第2回)(M.K.)

海外ミステリ最新事情(第4回)(小林晋)

こんな翻訳があったのか(第1回)(黒田明)

ピーター・ゴドフリー「第五の次元」(宇佐見崇之訳)

原書レビューコーナー(小林晋)
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「独断と偏見で語る黄金時代作家紹介」は、20代から30代までの生きのいい書き手が、10人の作家について各3冊のオススメ本を紹介するコーナーです。初心者の方には、ぜひ紹介本を手に取っていただきたいところですし、マニアの方にはその選書、あるいは編者による作家セレクトに「ちょい待ち」と茶々を入れていただきたいですね。twitterではぜひ「 #独断と偏見で語る黄金時代作家紹介」のタグをつけて議論してくださいw

「文庫で読むクラシックミステリ」は、編者の10年越しの気持ちだけはたっぷり籠った空回り企画。ハードカバーのクラシックミステリは語られる場が多いが、文庫は流されがちでかつ即品切れになることが多い、というところに端を発する一人語り(二人語りか?)です。

「中華圏における英米ミステリ受容史」は、本号の目玉。中国本土におけるクラシックミステリ・ハードコアマニアであるellry氏と福岡の地方出版・行舟文化でポール・アルテや中国現代ミステリを紹介している張舟氏にお願いし、清末のホームズ受容から現代の状況まで、約130年分の中国・英米ミステリ受容史を語り尽くしていただきました。各時代の政治・思想的背景を押さえた、一編の論文と言っても過言ではない特濃原稿。現代中国文化史に多少なりと興味をお持ちの方は必読です。

連載・寄稿も充実しています。J・T・ロジャーズ『死の隠れ鬼』の翻訳を担当した宇佐見崇之氏によるピーター・ゴドフリー「第五の次元」は、南アフリカを訪れた稀代の爆弾魔の悪意の所在を犯人の心理から暴き出す、チェスタトンの逆説を思わせる佳品。論創社編集部の黒田明氏からは、戦後間もない時期のカストリ雑誌に翻訳された英米仏のミステリに関する貴重な情報をご提供いただきました。

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なお、当日はこの新刊のほかに、先日文学フリマ福岡で頒布し、またその後書肆盛林堂通販で即日完売してしまった「Re-ClaM eX vol.1」を既刊として頒布します。こちらは頒布価格500円となります。まだ入手していないという方はこの機会にぜひどうぞ。詳細はこちらのnoteをご覧ください。

https://note.mu/reclamedit/n/nf853fb81e5b5

11月24日は、ヌ-19のブースにてお待ちしております。

(追伸)通販については、三門優祐のtwitterにて詳細情報をお流しいたしますので、当日会場に来ることができないという方はそちらをご覧ください。