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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

カミングズ「バナー上院議員シリーズ傑作選」収録作短評

昨夜アップロードした「バナー上院議員シリーズ傑作選」収録作品についての短評を以下掲載します。詳細なレビューをお読みになりたい方は本年11月刊行予定のRe-ClaM 第7号をお買い求めください。メイン特集の「愛書狂森英俊の生活と意見」も非常に充実した内容になる予定ですので、オススメです。

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■ジョセフ・カミングズ『アーバン・B・バナー上院議員の事件簿』(仮題)収録作品紹介

★★★☆☆ガラスの部屋の殺人」"Murder Under Glass", 1947, B, 20p
四方と上面がガラス張りになっていて、ガラスの家具が置かれた部屋で起こった密室殺人。外連味の利いた謎を、丁寧に積み重ねた事実と力業にもほどがあるトリックで一気に解体し、そこからロジカルなフーダニットに持ち込んでいく。シリーズの第一作だが、既に特長が良く出ている佳品。

★★★☆☆「指紋の幽霊」"Fingerprint Ghost", 1947, B, 20p
交霊会の出席者全員が拘束服で上半身を縛られ、かつ靴を触れ合わせて互いの所在を確認している状況で、縛られて戸棚に入った奇術師が殺される。凶器のナイフに残った指紋は密室である現場にいた誰のものでもなかった。トリックはトンチキだが、それらと併せて伏線が回収され、ただ一人の犯人が指摘される。

★★★☆☆「黒い修道僧の殺人」"The Black Friar Murders", 1948, B, 32p
指名手配の殺人者を追ってロングアイランド北部を訪れたバナー上院議員は知人の誘いで岬の先の僧院を訪れるが、そこで殺人事件に遭遇する。少し長めの作品だが、僧院を探検するシーンなど非常に雰囲気が出ている。トリックだけを取り出すと子供だましもいいところだが、事件全体の構図の隠し方が上手い。

★★★★☆「黒魔術の殺人」"Death by Black Magic", 1948, B, 22p
ミステリマガジン78年6月号に掲載。15年前に殺人事件が起こった因縁の舞台の上で、消失トリックを試みた奇術師が殺される。犯人の行動の全容を掴ませないように全編に渡って仕掛けられたミスディレクションが素晴らしい。事件全体の「宿命的」とさえ見える構図も美しく、翻訳されているのも納得の良作。

★★★★☆「見えない手がかり」"The Invisible Clue", 1950, 19p
風紀取締のため、ニューヨークのとあるバーレスク劇場を閉鎖させようとする元判事が三重密室の中で射殺され、さらに犯人は銃とともに姿を消す。「困難を分割し問題を解決する」メソッドの完成形。トリック自体は陳腐化しているものだが、終盤犯人を炙り出すためにバナーがそれを逆用した作戦を考案するのが興味深い。

★★★☆☆「殺人者へのセレナーデ」"Serenade to a Killer", 1957, 24p
屋敷の離れの音楽室で音楽家が殺される。自分が犯人だと信じ込んでいる夢遊病の女性を救い真犯人を捕らえるために、バナーが一肌脱ぐ。そんな馬鹿なというトリックが乱れ撃ちされる珍作。実現性はともかくこの作品の中におけるロジックの線引きは明確で、意外な犯人の指摘まで息つく間も与えない。

★★★★★「死者のバルコニー」"The Bewitched Terrace", 1958, 36p
マンションの12階のバルコニーから転落死した女性の霊を呼び出し、夫を苦しめる女霊媒師を退治するべくバナー上院議員が出馬する。隠れる場所がない高層階のバルコニーに幽霊を呼び出すトリック自体はありきたりのものだが、ミスディレクションからの構図の転換が抜群に上手い。未収録なのが意外な傑作。

★★★☆☆「殺人者は前進する」"Murderer’s Progress", 1960, B, 19p
スフィンクス・クラブ」の知恵者五人が、それぞれ不可能状況を考案してバナー上院議員に挑戦する。ところがそのデモンストレーションをしているうちに、殺人事件が発生してしまう。消失トリックは噴き出してしまいそうな代物だが、それを取り込んで自らの不可能犯罪を演出する犯人の冷徹さにはゾッとさせられる。

★★★☆☆「Xストリートの殺人」"The X Street Murders", 1962, B, 23p
ミステリマガジン88年12月号に掲載。Xストリートにある公使館に駐在するニュージーランド公使を射殺するのに使われた拳銃は、事前に届けられた封筒に厳封されていた。凶器発見シーンのインパクトは集中随一。不可能状況をトリックとミスディレクションの組み合わせで「可能に見える」ようにしてしまう剛腕は流石だ。

★★★☆☆「首吊り屋敷の怪」"Hangman’s House", 1962, B, 19p
大雨で道が分断され、バナー上院議員は近くの屋敷に避難する。どうやら一緒に避難した誰かが屋敷の主人と過去に因縁があるらしい。その夜、主人はシャンデリアから吊るされ、殺されてしまう。作者の語りの上手さが発揮されているが、解決編で笑わせてくる。犯人の執念とひねくれ加減、そして作者の生真面目さがいい感じに作用した良作。

★★★★☆「最後のサムライ」"The Last Samurai", 1963, 26p
極東軍事裁判での審判を待つ日本人将校オオハラ大佐が巣鴨の収容所から姿を消し、バナー上院議員憲兵隊のセブン大佐とその行方を追う。日本が舞台で、相撲や歌舞伎に関するカミングズの該博な知識が披歴されるが、それを前提としてバナーが語る「ある違和感」を軸に構図が転換、衝撃的な結末が導き出される。かなりの力作でオススメ。

★★★★☆キューバのブロンド娘」"The Cuban Blonde", 1964, 41p
キューバで投獄された夫トムを救うため、ペギー・ハーリーはニューヨークを訪れた好色な独裁者フィデル・カストロにその身を捧げるが、願いは叶わず夫は処刑された。カストロへの復讐を決意するペギーをバナーとセブンは止められるのか。不可能犯罪要素がないどころか狭義のミステリですらないスリラー小説だが、物語としての面白さは無類でパルプ出身作家の面目躍如の雄編といえる。これはぜひ紹介したい。

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ということで収録予定の十二編を紹介しました。私は、後年の作品で女房役として活躍する女好きのセブン大佐とバナーの掛け合いが結構好きなのですが、残念ながら彼の登場する作品は単行本未収録で日本でも翻訳されていませんので、これを機にいくつか見繕って収録してみました。初期のオカルト・怪奇路線からは外れますが、媒体に合わせて作風を変えていくカミングズの柔軟な姿勢を示すには適当かと思います。どうぞお楽しみいただければ幸いです。