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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

カミングズ「バナー上院議員シリーズ傑作選」目次検討

ブログの更新はお久しぶりです。

現在私は Re-ClaM 第7号の作家小特集で取り上げるジョセフ・カミングズの「バナー上院議員シリーズ」の短編を、単行本未収録のものも含めて読み終えたところです。せっかくですから、殊能センセーがかつてアヴラム・デヴィッドスンの短編を読み、傑作選の目次を検討されたように、私なりの「カミングズ傑作選」の目次を検討してみたいと考えるようになりました。給料泥棒の暇潰しにもってこいの面白い遊びですので、最近時間を持て余しているという人はぜひトライしてみてください。

目次案発表の前にまず作家カミングズについての基礎知識を共有しておきます。ジョセフ・カミングズ(Joseph Commings, 1913-1992)は、パルプ雑誌を中心に短編ミステリを発表した作家です。何度かの長い休止期間を挟みながら、1940年代から1980年代まで多くの作品を発表し続けています。彼の作品のうち、不可能犯罪マニアに根強い人気を誇る「バナー上院議員シリーズ」は、ロバート・エイディーが編集した傑作選 Banner Dealines(2004、クリッペン&ランドリュ)が出ています。しかし、シリーズ33編のうちこの本で読めるのは約半分の14編であり、残り19編は埋もれたままです(なお、クリッペン&ランドリュの編集者、ジェフリー・マークスと最近Facebookでやりとりした際には、第二短編集刊行を検討しているという話を聞きました)。

この度、中国のコレクターの方から未収録短編が載った雑誌のコピーをご提供いただいたことで、Banner Deadlines と併せて全短編を読むことができました。極めて貴重な情報のご提供、ありがとうございます(中国では既に『バナー上院議員短編全集』が出ているのですが、その際に資料を提供したのがコレクター氏なのだとか)。

さて、全作読んで改めて思ったことですが、この「バナー上院議員シリーズ」は、例えばジョン・ディクスン・カーが書く不可能犯罪ミステリとは性質を異にしています。極めて抽象的な話になりますが、カーが描く不可能犯罪、例えば「密室」は物語全体の基調、あるいは雰囲気を形作る「テーマ」そのものになっています。そしてカー作品ではその「謎と解決」の構造が「物語としてのカタルシス」と不離一体のものになっているため、成功している作品では特に鮮やかな読後感を与えることに成功しています(「鍵のかかった扉」が「主人公の恋愛の障害そのもの」であると読みかえても可)。

対してカミングズ作品における不可能犯罪、あるいはそのトリックは物語を構成するパーツの一つでしかない。独創性が薄く陳腐な(すなわち属人性が薄く特殊な条件を必要としない)トリックを恬淡とした議論の中で暴き、むしろそれを綿密に構築された謎解きのための具として活用する辺りからも、実はカミングズはクイーンの系統に近い作家と考えるべきなのではないか……というお話を先月飯城勇三氏とさせていただき、ようやく頭の中でもやもやしていたものが晴れた気がしたものでした。

ということで、今回私が考えた傑作選目次案では「ハウダニットとしての面白さ」以上に「物語の中でトリックを生かす工夫が優れていること」を基準にセレクトしました。さらにこの本一冊を読むことでカミングズの作家歴の全体像や作風の変遷を掴めるように、様々なタイプの作品を発表年代順に収録しています。また、あくまでも架空の目次案ではありますが、デヴィッドスン傑作選目次作成に当たって殊能センセーが「単行本で刊行した時の分量を勘案する」「翻訳権取得不要の1970年以前の作品のみ」という縛りを設けていた点を尊重し、これらの条件を踏まえています。

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■ジョセフ・カミングズ『アーバン・B・バナー上院議員の事件簿』(仮題)目次

★★★☆☆「ガラスの部屋の殺人」"Murder Under Glass", 1947, B, 20p
★★★☆☆「指紋の幽霊」"Fingerprint Ghost", 1947, B, 20p 
★★★☆☆「黒い修道僧の殺人」"The Black Friar Murders", 1948, B, 32p
★★★★☆「黒魔術の殺人」"Death by Black Magic", 1948, B, 22p
★★★★☆「見えない手がかり」"The Invisible Clue", 1950, 19p
★★★☆☆「殺人者へのセレナーデ」"Serenade to a Killer", 1957,  24p
★★★★★「死者のバルコニー」"The Bewitched Terrace", 1958, 36p 
★★★☆☆「殺人者は前進する」"Murderer’s Progress", 1960, B, 19p
★★★☆☆「Xストリートの殺人」"The X Street Murders", 1962, B, 23p
★★★☆☆「首吊り屋敷の怪」"Hangman’s House", 1962, B, 19p
★★★★☆「最後のサムライ」"The Last Samurai", 1963, 26p
★★★★☆「キューバのブロンド娘」"The Cuban Blonde", 1964,  41p

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仮邦題の前の星印は、全作に附した極主観的な5段階評価の名残です。主に下位作品のふるい落としのために記録していたもので、上位作のみを残したこのリストではあまり役に立たない指標ですね。とはいえ、★4以上の5編については読んで損をさせることはないと断言できます。

仮邦題に下線を附した作品は既に翻訳されています。全編未訳作品で統一することも考えましたが、「黒魔術の殺人」「Xストリートの殺人」の2編はシリーズの中でも優れた作品であり、かつ翻訳がミステリマガジンに掲載されたまま30、40年が経過していることから収録することにしました。表記統一も含め、新訳を起こすのがベターでしょう。

Bを附した作品は、Banner Deadlines に収録されている作品です。

最後に附したページ数は、単行本サイズということで某叢書の版組みを参考に算出しました。12編300ページにすっきり収まっています。もちろん実際に本の形にするのであれば、目次や扉、またあとがきや解説のページを加える必要があるので、全体で320ページ前後になるでしょう。なお文庫サイズにする場合はページ数を1.25倍にするくらいでちょうどいいはずです(つまり400ページ前後)。ざっくりとしたサイズ感が伝わればと思います。

個々の作品について短評を付けようかと思いましたが、本記事も既に長くなってしまっていますので稿を改めます。それではまた次回。