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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

買った本・読んだ本(1/7-1/13)

これまで月曜日から日曜日の週録を書いていたのだが、前回土曜日(1/6)までで切ってしまっていたので、今回から暫定的に「日~土」スタイルにしてみたいと思う。正直あまり変わらないと思うけど。

 

■買った本
カトリーヌ・アルレー大いなる幻影 死者の入江』『黄金の檻 泣くなメルフィー』
・ノーマン・スピンラッド『鉄の夢』
バルザック『知られざる傑作』
ジョン・ファウルズフランス軍中尉の女』
・小田雅久仁『残月記』
三津田信三『厭魅の如き憑くもの』
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ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』
・キャサリンライアン・ハワード『ナッシング・マン』
・メアリ・ノリス『カンマの女王のギリシャ語をめぐる向こう見ずで知的な冒険』
・池央耿『翻訳万華鏡』
・Arthur Porges, The Curious Cases of Cyriack Skinner Grey

バルザック『知られざる傑作』は昨年からの流れ。文庫で安く買えたらのつもり。藤原書店の選集とか揃えて見たくはあるのだが、値段は別として(というか版元から新刊で買えるから)13巻+別巻2巻計15巻のぶっとい本を置いておく場所があるはずがない。専用の書庫が持てる身分になってから考えるか。

ファウルズフランス軍中尉の女』は割と珍しい。本来均一500円で買える本ではない(5000円でも驚かない)が、本文までは食い込まないものの地の表面に水濡れがあったり、全体的に日焼けしていたりするので~それでもこの値段は破格。『コレクター』しか読んでいない作家なので、今度実家から『魔術師』も出してみるかな。

新刊は話題書を。ノリス『カンマの女王の~』は、前作のような英文法や雑誌の話ではないようだが、今の時代にギリシャエッセイを?という面白さから手を出す。X他ではまったく情報を見なかったが、そんなものでしょうか。池央耿の翻訳エッセイ本は文庫落ち。元本の評判は結構よかったと思うのだが。 

■読んだ本
・ルーシー・ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』
・エリザベス・フェラーズ『灯火が消える前に』

ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』は新刊『アガサ・クリスティー とらえどころのないミステリの女王』が今熱い(?)評論家の翻訳前作。
19世紀前半、人々は絞首刑に処せされた死刑囚に群がり、死刑囚の蝋人形を引っ提げてフランスからイギリスに移住したタッソー夫人の「死の博物館」の前に列をなした。それから100年間、イギリスにおいて「殺人事件」は様々な形のエンターテインメントとして大衆に受容されてきたというストーリーを軸に語る「探偵小説」前史の物語。
死刑囚の来歴や動機を綴り、処刑台に集う下層階級の人々が手にした「ニューゲイト・ノベル」、ゴシック小説の趣が強まり、中流階級の主に女性が手にした「センセーショナル・ノベル」、そして世紀転換期に登場した「ディテクティブ・ノベル」……という風にジャンルの移り変わりを説明しつつ、現実に起こった殺人事件がどのように「愉しまれ」、小説に取り込まれていったかを描いている。概ね、第一章:19世紀前半、第二章:19世紀後半、第三章:20世紀前半(探偵小説黄金時代)をテーマとしていて、特に第一章・第二章は非常に啓発的と言える。第三章は取り上げるべき作家・作品の数が爆増して必然内容が多く・濃くなるだろうところを、ページ数の関係か?駆け足になってしまった嫌いがあり、そこはもったいないと感じた。扱われているのは女性作家が中心のため、バークリー他男性作家はやや肩身が狭い。なお当然のことだが、クリスティーについては最近出た評伝『とらえどころのないミステリの女王』を読む方がいい。
ちなみに:今年翻訳が予定されている(?)マーティン・エドワーズ The Life of Crime でも当然19世紀の「揺籃期」を扱っているが、この本ほど深く・広くは扱っていないので、併読すると更に理解が深まるかもしれない。今のうちに買っておこう!

エリザベス・フェラーズ『灯火が消える前に』は、『私は見たと蠅はいう』に続くノンシリーズ路線の第二作。前作に引き続き戦間期を舞台としていて、「灯火管制」が物語において重要な要素となる。
仲間内のパーティに招かれた実質的に「外部の人間」である主人公の女性が、「なぜ被害者は殺されたのか」「本当に被告人は殺したのか」という「人格の謎」を解き明かすべく、関係者たちの間を経めぐって「仲間たち」がそれぞれ、本当はどういう人物だったのか明らかにしていくというストーリーは前作と似通っているし、またクリスティー『五匹の子豚』や戦後の私立探偵小説にも一脈通じるものがある。表面上はこのように見えたが実はこの人物は……というエピソードを積み重ねながら真犯人の心理に迫っていくという構成はよくあるものだが、戦争前と戦時中という対比と併せて興味深いものがある。
ただ、このトリック(というか犯人が対応した「状況」によって生じた欺瞞)は、正直どうなんだろうな。凄絶な行き当たりばったり感からして、自分のことしか考えていない、他人を何とも思わない「真犯人の心理に完璧に寄り添ったもの」であり、その点はお見事だし、「なぜ殺人事件の後から灯火管制の監視官の注意が入るようになり、後にはそれがなくなったのか」という謎自体を手がかりとしてトリックを解き明かす手筋は鮮やかなのだが、何だか釈然としない。トリックが完全に短編ネタなのはさておくとして(むしろそれを違和感なく成立させるために色々工夫している節まである)、何なんだろうな、この「作品全体の構成」にまつわるもやもやとした疑問は。