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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【古典探偵小説架空叢書】クラシックカルトコレクション 第Ⅱ期について

「エディション・プヒプヒ」の垂野創一郎さんがこのような面白い記事を書いていたので、乗っからせていただこう。

puhipuhi.hatenablog.com

 

以前、私はアントニイ・バークリー書評集第6巻の会場限定おまけとして「クラシックカルトコレクション第Ⅰ期 内容見本」というものを作ったことがあった(2017/5)。そこに載っていたのが以下の五作品。

1. George Bellairs, The Dead Shall Be Raised, 1942 『やがて死者は語りだす』

2. J. Jefferson Farjeon, Mystery in White, 1937 『白雪の殺人』

3. Roger East, 25 Sanitary Inspectors, 1935 『二十五人の衛生検査官たち』

4. Alexander Williams, The Hex Murder, 1935 『黒魔術殺人事件』

5. Ianthe Jerrold, The Studio Crime, 1929 『スタジオの犯罪』

今見ると、当時の復刊作品を並べたのが丸分かりでいささか安直だ。とはいえH・R・F・キーティング推薦のロジャー・イースや、ブリティッシュ・ライブラリー叢書が軌道に乗るのを助けたジェファソン・ファージョンのスリラー小説などは今でもやってみたいと思っている。アレクサンダー・ウィリアムズのオカルトミステリも面白そうなんだけどな(未だに読んでいない)。

今回はその第Ⅱ期内容見本ということで、出してみたいなあ、自分自身翻訳で読んでみたいなあという本を12冊並べてみた。森英俊M.K.氏、また海外マニア兄貴たちの影響を受けていることがバレバレのちと気恥ずかしいリストである。基本的に「持っている本」から作っているので、Twitterなどで名前を挙げたことがある本も多いかも。ご照覧あれい!

1. Donald Henderson, Mr. Bowling Buys a Newspaper, 1943 『ボウリング氏、新聞を買う』

2. Elizabeth Curtiss, Nine Doctors and a Madman, 1937 『研究病棟の殺人者』

3. Jonathan Stagge, The Scarlet Circle, 1943 『死の紅輪』

4. Theodore Roscoe, I'll Grind Theire Bones, 1936 『巨人の碾き臼』

5. Anita Boutell, Death Has a Past, 1939 『殺意の因果』

6. John Dollond, A Gentleman Hangs, 1940 『首吊り紳士』

7. Marcus Magill, I Like a Good Murder, 1930 『世にも楽しい殺人』

8. Virginia Perdue, Alarum and Excursion, 1940 『軍靴の音が聞こえたら』

9. Libbie Block, Bedeviled, 1947 『悪夢に憑かれて』

10. Richard Hull, Murder Isn't Easy, 1936 『殺人は容易じゃない』

11. James Quince, Casual Slaughters, 1935 『思いがけない大虐殺』

12. 『クリスチアナ・ブランド単行本未収録短編傑作選』(オリジナル編集)

番外:Virginia Cowles, Looking for Trouble, 1941 『トラブルを求めて~特派員欧州を駆ける』

以下、簡単に補足をば。

1. はチャンドラーの「簡単な殺人法」で絶賛された作品。女を殺してしまった男が、警察の捜査状況を確認しようと毎日似合わぬ安新聞を買うが、死体は一向発見されない。折しもロンドンは大空襲の真っただ中で、警察も余裕がないのだ。安全圏にいるはずの男の心は、しかし少しずつ追い詰められていく……ヘンダーソンは、類まれなセンスを持ちながらそれを開花させる前に亡くなった夭折の犯罪小説作家。

2. はクェンティン『迷走パズル』と同時期に刊行された「病院ミステリ」。あちらが精神病院なら、こちらは研究病棟である。精神薄弱者を思うように操るという悍ましい研究に従事していた医師が特殊なナイフで殺されるが、捜査が進むうちに殺人者は病棟に務める医師たちの中にいることが判明して……ある海外マニア兄貴のブログの記事には「謎解きミステリの暗黙のルールを破った」とあるが、果たして?

3. はパトリック・クェンティンの別名義、ジョナサン・スタッジの代表作の一つ。被害者の首に口紅でぐるりと赤い輪を描く連続殺人鬼の凶行に挑むウェストレイク医師の活躍が描かれる。シリーズの中では比較的早い時期に連載されたが、当時コピーキャット殺人(と疑われる事件)が起こったためにお蔵入りとなり、数年後にようやく単行本化されたという経緯がある。スタッジはもっと翻訳されていいと思う。

4. は『死の相続』でご存じセオドア・ロスコーの長編。新聞記者の主人公たちが見守る前で、仏独(を思わせる架空の国)の両首脳が二人きりで会談していた室内で同時に射殺されるという密室殺人事件が発生。この事件をきっかけに欧州情勢は急激に悪化していき、遂には二度目の世界大戦の幕が開く寸前に……不可能犯罪ものであると同時に「近未来シミュレーション小説」としても面白いパルプ小説の傑作。

5. は最近Twitterでも取り上げた「誰が誰を殺した?」ミステリの先駆的作品で、マーティン・エドワーズが評論書 The Life of Crime で取り上げているのを読んだことから興味を持ちました。憎み合う女六人がイングランドの片田舎の屋敷に集まって始まるのはもちろん殺人事件。作者は友人から聞いた話と、彼女から提供された「告白書」の内容を基に殺人ミステリを仕立て上げていく。

6. はM.K.『ある中毒患者の告白~ミステリ中毒編』で大絶賛されたことで記憶に残る作品。ネタ元を手繰っていくとバーザン&テイラーらも褒めているらしい。殺人事件の法廷を見学して帰ってきた主人公たちは、自宅で見知らぬ男の首吊り死体を発見し……というショッキングな幕開けから、軽やかなテンポで物語が展開されていく。一冊きりで消えた作家の超レア本だが、先日10ドル程度でゲットした。ヤッタネ。

7. はこれまた『ある中毒患者の告白』案件。恥ずかしげもなくつぎ込んでいくねえ。主人公と若い友人たちがレストランで殺人ミステリ談義をしていたところ、近くの席で実際に殺人事件が起こってしまうという話。主人公たちはもちろん素人探偵団を結成し、警察に負けじと事件の捜査を始めるが……ユーモラスな掛け合いが楽しい作品だが、中盤以降予想外の方向へと突っ走り始めるのが楽しい。

8. はまたまた『ある中毒患者の告白』案件。石油製品の研究所で起こった爆発事故の結果、記憶を失い病院に入院させられた主人公。果たして彼が失った記憶とは一体何だったのか? 記憶喪失者が、時折フラッシュバックする謎めいた記憶の断片を基に己の記憶を復元していく話が政府筋の陰謀と絡み、読み始めた時にはまったく想像していなかったところに連れていかれる。ニューロサスペンスの秀作。

9. はうだつの上がらない夫を殺して愛人と新たな生活を始めようかと考えていた女が、何者かに先に夫を殺されてしまう……という話が、「信頼できない語り手」の「信頼できない記憶」によって引っ掻き回されていく。果たして私は探偵役? それとも殺人者? 8. もそうだが、50年代にミラーやアームストロングがジャンルを完成させる以前に連発された評価の定まらない作品をもっと読みたい。

10. はご存じリチャード・ハルの第四作。殺人を目論む三人の男たち。ところがなんと、ターゲットは全員同じだった。彼らは互いに互いの殺意を知らないまま、じくじくと憎悪を滾らせ机上の計画を転がし続けるが、全員にとって思いもよらない事態が起こり……ハルの初期作はもっと紹介されるべきだと思うなあと考えつつ、でも日本のミステリシーンでは受けないのかなあと悶々しております。

11. はエドワーズやエヴァンズ大兄など尊敬するレビュアーが褒めているので注目していたら、なぜか電子専売の1ドル本として出てしまった。イギリスの片田舎で起こった連続殺人事件の謎を聖職者作家が描いたという楽しげな作品で、地味ながらユーモアたっぷりなのが嬉しい。

12. は「何をやってもいい」ならこれをやるしかない!という企画。本ブログの読者であれば、ブランドの未発表短編が近年次々に紹介されていることをご存じでしょう。読んでみると、意外やいずれも水準を超えている(どころか傑作もある)。さらに、発表済みでも単行本に入っていない作品も多数。出版社各位、これらをまとめないのは愛読者たちに不誠実ですぞ。仮目次はこんなところでいかが?

・邦訳単行本に未収録の作品

「拝啓、編集長様」/「ダブル・クロス」/「幽霊伯爵」/「大空の王者」/「至上の幸福」/「未亡人に乾杯」

・単行本に未収録の作品・未発表の作品

"Bank Holiday Murder" / "Cyanide in the Sun" / "The Rum Punch" / "The Face" / "The Shadowed Sunlight"

最後に番外として、非小説作品を。ヴァージニア・カウルズは、特派員として1930年代末から40年代前半に熾火燻るヨーロッパを、スペイン動乱、ナチスドイツによるポーランド侵攻、急速に左傾化するフランス、空襲下のロンドンと駆け巡り、「トラブルの最前線」を張り続けたアメリカ人の新聞記者。本書は彼女が帰国直後に刊行した回想録で、その迫力は現在読んでもまったく古びることがない。

この辺の本については、今後別冊Re-ClaMに入ってくるかもしれません。その折はご愛顧のほど、何とぞよろしく。あ、企画重複は大歓迎ですが、そのときはぜひ解説書かせてください、オナシャス!

I'll Grind Their Bones

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