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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

読書日記20230707-0709(『吸血鬼の仮面』【★★★★☆】)

■20230707

 お目当ての洋書が入荷していないものかと新宿南口のBooks Kinokuniya Tokyoをぶらつくがまだなかった。夏の洋書セールということで、新刊本のディスカウントをしていたので無目的に見てしまう。ウィリアム・トレヴァーのペンギン版の綺麗な本が入っていたので、二冊購入。帰宅後、洋書が届いているのを確認。5月~6月に注文した本はこれで大体届いたかな。

■20230708

 戸川安宣さんからランチのお誘いをいただき、西荻窪へ。通りから一本入った閑静な住宅地の中のお店で、美味な和食をいただきつつ貴重なお話を伺う。瀬戸川猛資・松坂健のお二人とのエピソードや、お父様に連れられ東京六大学野球を見に行った時のお話(長嶋がホームランを「打たなかった」試合だったらしい)など、次から次へと鮮やかな記憶が流れだした。『ぼくのミステリ・クロニクル』も大変面白かったが、戸川さんの思い出はしっかり記録しておくベきだなとつくづく感じる。お別れ後、高円寺の古本市を覗いて帰宅。

■20230709

 某古書店宛てに段ボール箱八箱を発送。Kプロジェクトもこれで一段落。午後はSRの会の例会に参加……する前に大崎の六厘舎でつけ麺をいただく。これはベネ。例会では新刊書についての情報交換が主に行われた。今年はまだ全然読めていないが、買ってある分で今日紹介された本くらいは読んでおきたいところ。

 

・届いた本

 Bruce Graeme, And a Bottle of Rum (Moonstone Press)

・買った本

 石上三登志キング・コングは死んだ』(フィルムアート社)
 上野昂志『紙上で夢見る』(蝸牛社)
 海野弘『流行の神話』光文社文庫
 長山靖生モダニズム・ミステリの時代』河出書房新社
 宮内悠介『かくして彼女は宴で語る』幻冬舎
 マイケル・オンダーチェ『家族を駆け抜けて』彩流社
 William Trevor, The Love Department (Penguin)
 William Trevor, Mrs Eckdorf in O'Neill's Hotel (Penguin)

 

・読んだ本

 ポール・アルテ『吸血鬼の仮面』(行舟文化)

 イギリスの寒村を舞台に巻き起こる「吸血鬼騒動」……まるでベストセラー小説であるブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』をなぞるかのように連発される珍事、そして不可能犯罪。果たして犯人の、そして作者の企みは那辺にあるのか。

 初期の代表作『狂人の部屋』(1990)を私は今でも作者のベスト作品だと思っているが、それは「小技を利かせた不可能犯罪の乱れ打ち」と「読者の酩酊を誘う構図の大転回」とが文字通り正面衝突した結果、「トンデモなく奇妙な、まるでホラ話としか思えないプロット」が成立してしまった……という作品爆誕の経緯の面白さを買ってのことである。アルテはこの後もいくつかの作品でこのメソッドを試みて失敗したり成功したりしている。その成功例(ただし一般的に傑作と評価されているとは言っていない)が異形作『殺人七不思議』(1997)である。

 本作(2014)はその最新の挑戦(翻訳で確認できる限り)であり、非常に力の入った作品だ。ある種の「見立てもの」である本作のポイントは、「「なぜ」犯人は「ドラキュラ」のイメージにここまで執着するのか」という動機の部分にある……と言いたいところだが、アルテはそこの説明にあまり頓着しない。異様な執着心を燃やしながら、次から次へと見立てを作り上げる犯人の動機がほとんど描かれないことで、それは言わば「見立てのための見立て」になってしまっている。こういった点から、本作を「本格ミステリとして物足りない」と見る向きもあるかもしれない。しかし取り留めのないもののように思えた物語が全体の絵図面へと回収される中で、それらすべてが壮大な復讐劇の構成要素であり、同時に芸術家たる犯人の「美学」すらも感じさせるものだと判明する。これには震えますよ。

 ポール・アルテの熱心なファンであれば必読の傑作と断言しよう。

 ところで本作には『吸血鬼ドラキュラ』と同じく、いやそれ以上に『三つの棺』へのオマージュが、ファンであればニヤニヤしてしまうほど濃密に捧げられている。アルテの魂まで染み込んだカーへの熱いリスペクトの思いは、不変なのだ。