深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【構想中】アントニイ・バークリーの書評について

私は以前(2014年~2017年)アントニイ・バークリー書評集』という同人誌を刊行した。これは、1956年から1970年にかけて Manchester Guardian(のち紙名が変わって The Guardian)に、バークリーがフランシス・アイルズ名義で連載した犯罪小説書評欄 ”Crime Library”(のち ”Criminal Records”)から、ある程度日本人読者にも馴染みがあるだろう作家の書評を抜粋して紹介したもので、各巻は分厚くはないが七巻に及ぶ。大変ありがたいことに初期の巻については品切れとなって久しい。

いずれはすべての翻訳を見直し、巻ごとに設定したテーマ別に分かれた書評の並び順を元通りにし、また未訳の部分を増補した本を出したいと考えている(同人誌として刊行された部分は全体の60%ほどでしかなく、分量は倍増するだろう)が、今のところ構想レベルの話である。

閑話休題。『アントニイ・バークリー書評集』で取り扱った文章は、バークリー/アイルズにとっては人生の後半、作家として筆を折って以降の期間のものである。では、より早い時期の書評はどのようなものなのか。どのような作家のどのような作品をどのように評しているかといった点は、以前から気になっていた。とはいえ、新聞のバックナンバーを調査するのは容易ではない。いや、ラグランジュ大学(オーストラリア)のアーサー・ロビンソン教授がネットで公表しているバークリー/アイルズの書誌情報を参考にすれば何年何月何日号に載っているかまでは分かるが、そもそもアクセスする術がない(ちなみにこのロビンソン教授は数年前に退官されたらしく、大学のホームページに掲載されていた書誌情報のページは現在閲覧できない、無念)。The Guardian を調査した際は某氏の協力を得て、大学のデータベースからダウンロードしてもらったのだが、今はその手は使えない。そう思っていた。

ところがここ数年で、インターネット上からアクセスできる新聞アーカイブが大きく発展した(大抵は有償だが)。これも膨大な量の新聞を、根気強くスキャンしてくださったリサーチャーや図書館司書の皆さんのおかげである。ともあれその結果として、バークリー/アイルズの初期の新聞書評を調査することができるようになったわけだ。

バークリー/アイルズの書評は、大きく分けて以下の五紙に掲載された。すなわち、Time and Tide(1932-33), Daily Telegraph(1933-1937), Sunday Times(1936-1956), John O'London's Weekly(1938), Manchester Guardian / The Guardian(1956-1970)である。このうち、私が今回新聞アーカイブで確認したのは、Daily Telegraph に掲載されたものだ。連載が途切れる時期もあるため実質約三年と期間は短いが、原則月一回の掲載であった The Guardian 系の書評に対して週一回程度掲載されていたため、掲載回数は15年の連載に伍するほど(Daily Telegraph: 168回、The Guardian: 170回)。作品ごとの書評の分量は前者の方がやや多いが、紙面のスペースの関係で一回ごとの掲載本数は3~4本と控えめである。

では内容はどうかというのが次に気になるところだが、これはあまり単純には割り切れない。というのも、Daily Telegraph で「フランシス・アイルズ」が担当しているのは主に ”New Fiction” という欄だからだ。これは要するに「新作の小説」全般を取り扱う欄であり、必ずしもジャンル小説を意識したものではない。なお、1935年からは探偵小説を扱う欄にも「A・B」名義で別途寄稿するようになった。また、1937年には、歴史書や紀行文などノンフィクションの欄に寄稿しており、上記の "New Fiction" の欄は別の評者に譲っている(この別の評者というのが、セシル・デイ・ルイス(=ニコラス・ブレイク)だから面白い)。「Daily Telegraph における書評家」としてのバークリー/アイルズを正当に評価するためには、これら三つの要素を総合的に調査していく必要があるというわけだ。

また、バークリー/アイルズの寄稿のみを見ればいいというものではない、かもしれない。上に述べたように、同紙にはニコラス・ブレイクが寄稿していたし、また「A・B」以前にはE・C・ベントリーやジェイムズ・ヒルトンといった文人が探偵小説を扱う欄への寄稿を行っていた。Sunday Times の探偵小説の書評欄にドロシー・L・セイヤーズやミルワード・ケネディ、E・R・パンションらが寄稿していたように、綺羅星のごとき作家たちが、同時に評論家として活動を行っていた(そして評者同士お互いに/あるいは小説・書評間で影響を与えあっていた)のは注目に値する。

……とこのように、とりわけ1930年代の探偵小説書評の調査は、様々な要素が絡み合ってなかなか難しい。さはさりながら、すべての条件が揃わないまでもとりあえずの足がかりを作っておくのも悪くないだろう。ということで、Daily Telegraph におけるバークリー/アイルズの書評をすべてダウンロードし、それを元に取り上げた作品リストを作成してみることにした……

その後の調査によって、ロビンソン教授のリストにはかなりの漏れがあることが判明した。その原因はおそらく……フランシス・アイルズの書評は基本的に毎週金曜日に掲載されているため、教授はその曜日の新聞を中心にチェックしていたと推定される。ところが、「A・B」名義の探偵小説書評の多くは、実は火曜日に掲載されていたのだ(たまに金曜日に掲載されることもあるのが紛らわしい)。調査の結果、「A・B」名義の探偵小説書評がリストにあった13本に加え更に21本発見された。アイルズ名義の見落とし5本と併せて26本の書評が新発見となる。

とはいえ、この調査も完璧なものとは言い難い。何しろ署名が「A・B」で、全文検索ではまず引っかからない代物なので、とにかく全部見るしかないのだ。一応目を通したつもりだが、駆け足でチェックしたので見落としがあるかもしれない。掲載の可能性がある火金の探偵小説の欄の、しかも1930年代の分を全部チェックする、くらいの気持ちでやらないと絶対安心、ではない(今のところ、そこまでやる気はないが)……

ともあれ、今回の調査で確認あるいは新たに発見された書評の掲載日付、「A・B」名義の書評で取り上げられた作品(+「フランシス・アイルズ」名義の書評のうち、明らかにジャンル作家による作品)のリスト、並びにいくつかの書評のサンプルについて、以上の文章と併せてRe-ClaMの次号で発表したく考えている。

---

これらの書評を冊子の形にまとめるかどうかは今のところ未定である。だが、基礎の情報はすべてRe-ClaMの紙面の上でオープンにしておくので、やりたい人がいればどうぞご自由に。有償のサブスクに登録して、新聞データベースから記事を探してダウンロードして、それを翻訳して、なおかつ同人誌の形にまとめる。それをこなすだけのコストを払う気持ちと、バークリー/アイルズおよび英国探偵小説黄金時代への熱情があればきっとできるだろう。

懐かしのバークリー書評集表紙