深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

2017年新刊回顧②

2017年新刊回顧第2回です。詳細は以下の第1回の冒頭をご覧ください。

今回は、15位から11位までを見ていきます。

 

15位:ラグナル・ヨナソン雪盲』(小学館文庫)

雪盲?SNOW BLIND?

雪盲?SNOW BLIND?

 

北欧ミステリの変わり種。アイスランドの片田舎の警察に就職してしまった主人公アリ=ソウルが出会う様々な事件、そして人々を描く作品です。

雪の中で倒れた女、強盗に襲われた老女、そして劇場で殺された嫌われ者の男。描かれる三つの事件を一つに結びつけるヒントは一冊の本に。細かに配された伏線をしっかりと回収しつつ、まるでクリスティーのように「見えない、あからさまな手がかり」で読者を驚かせる謎解きミステリの佳品。次の翻訳はシリーズ第5作だそうですが、大切に育ててほしいシリーズです。

 

14位:オマル・エル=アッカドアメリカン・ウォー』(新潮文庫

アメリカン・ウォー(上) (新潮文庫)

アメリカン・ウォー(上) (新潮文庫)

 
アメリカン・ウォー(下) (新潮文庫)

アメリカン・ウォー(下) (新潮文庫)

 

22世紀の歴史家が、21世紀末にアメリカ合衆国で起こった「第二次南北戦争」を、ある人物に焦点を当てて辿って行くという架空歴史ものです。

この「第二次南北戦争」は決して絵空事ではなく、現在のアメリカの状況に照らしても「十分にありうべき未来の一つ」として捉えることが出来るifとなっています。その意味で本書は現実に対する警世の書ですが、同時に人間がありのまま生き、そして何の意味もなく死んでいく世界を見つめた、生命賛歌の書でもあります。大変面白い。

 

13位:アーナルデュル・インドリダソン湖の男』(東京創元社

湖の男

湖の男

 

アイスランドを代表するミステリ作家のシリーズ第六作(翻訳は四冊目)。地殻変動により湖の底から発見された骸骨と、謎の「盗聴器」を巡る物語です。

本書で描かれるのは、冷戦下のヨーロッパにおけるアイスランドの立ち位置と、若者たちの踏み躙られた人生です。社会主義の理念に情熱を傾ける彼らが突きつけられる失望と怒りは、何十年経とうが風化し消え去ることはないという事実を否応なく思い出させてくれる。圧倒的なリアリティで迫る本書は、傑作『』(東京創元社)と比べても遜色のない、稠密に「思い」描いた作品です。

 

12位:ロバート・クレイス約束』(創元推理文庫

約束 (創元推理文庫)

約束 (創元推理文庫)

 

本作は、『サンセット大通りの疑惑』(扶桑社ミステリー)から実に17年ぶり、パイクメインのスピンアウト作品『天使の護衛』(RHブックス・プラス)から見ても6年ぶりに刊行された、エルヴィス・コール&ジョー・パイクシリーズの第16作です。

コールとパイクの掛け合いは20年越しでもぶれず歪まず。本書ではそこに、パイクの傭兵時代の仲間で、情に厚いがそれを恥じている「含羞の男」男ストーンが絡み、実に安心して読めるエンタメに仕上がっています。『容疑者』(創元推理文庫)でメインを張った警察犬マギーと相棒スコットのコンビ(と愛すべき教官殿)もサブキャラとして登場し、ファンを楽しませてくれます。是非、シリーズ過去作も紹介してほしい!

 

11位:ボストン・テランその犬の歩むところ』(文春文庫)

その犬の歩むところ (文春文庫)

その犬の歩むところ (文春文庫)

 

本書についてはこちらでも言及しました。端的に言って本書は、(既訳の『神は銃弾』など以上に)まったく好みが割れる作品だと思います。ごく普通の犬であるはずのギヴが辿った数奇な運命と奇蹟としか言いようのない出会いとを、イラクの帰還兵である青年が「語り継ぐ」という本書の形式は、イエスの生涯や言行を「新約聖書」という形で残していったのにも近似する、「アメリカの神話」であるからです。

イラク戦争911テロ、カタリーナ台風。21世紀に入ってからアメリカ合衆国の人々は大きな喪失をいくつも味わいました。この物語を通じて作者が優しく触れていくのはそういった疵の数々です。決して忘れてはならない、しかしいずれ癒されるべき痛みをギヴが受けた苦しみに重ね、そして感動へと昇華する物語は、どうしようもなく陳腐で、ある意味では傲慢です。しかし、作者の手筋はあくまでも真摯であり、私にとっては乾いた喉を潤す清水のように滲みるものでした。読まれてほしい、でも受け入れられないのも理解できる。そんな一作。

 

思い入れのせいか、段々文章が長くなってきますね。無理からぬことですが。次回は10位から6位までを掲出します。来週のどこかで投稿出来ればと思いますので、少々お待ちください。

2017年新刊回顧①

いよいよ2017年も終わってしまいましたね。正直なところ主にスマホゲーの影響で、今年は全然新刊が読めておらず、なんとなく心苦しい気持ちです。翻訳ミステリは50冊前後ですね。これほど読まなかったのは十年ぶりくらいかも。

そんな少ない冊数でも、「このミステリーがすごい!」他のランキングに投票する本は選ばなければなりません。そして選んだら選んだで、「これしか選べなかった」「しかもコメントがこれしか書けなくて何一つ表現できない」と苦悩することしきり。

ということで、「このミステリーがすごい!」基準(=面白かったかどうかの一点)で20位まで選び、ちょいちょいコメントを補足することにしました。と言っても、下位から埋めていくので、自分が投票したところまで辿りつくのはまだまだ先になりますが。なお、本ブログ内で触れた内容と重複する可能性もありますが、お許しください!

 

20位:サビーン・ダラント『嘘つきポールの夏休み』(ハーパーBOOKS)

嘘つきポールの夏休み (ハーパーBOOKS)

嘘つきポールの夏休み (ハーパーBOOKS)

 

夏の大当たり本です。新幹線出張でお世話になりました。それにしても、このレベルのお気に入り本でも20位なのか。今年の新刊のレベルの高さが分かりますね。

主人公のポールが獄中で書いている手記、という体裁で物語が進んでいきます。自らのクズぶりをひけらかす異常者の語りにつられて読み切った時には、実にゲンナリした表情になること間違いなし。変な期待をあっさりと裏切る、軽妙な良作。

 

19位:エーネ・リール『樹脂』(ハヤカワ・ミステリ)

樹脂 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

樹脂 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

2016年にガラスの鍵賞を受賞した、今時びっくりするほど薄手な北欧ミステリの秀作。今年はその前年に受賞したトマス・リュダール『楽園の世捨て人』も出ましたね。

大切なものを何一つ失いたくない、という考えに取りつかれてしまった男の物語です。琥珀に閉じ込められた虫のように、読者もまた彼の脳内に閉じ込められてしまうかのような独特の読中感が凄絶です。これしかないという結末にピタリと収まるのも高得点。

 

18位:エリス・ピーターズ『雪と毒杯』創元推理文庫

雪と毒杯 (創元推理文庫)

雪と毒杯 (創元推理文庫)

 

歴史ミステリの名手、エリス・ピーターズの初期作にして、謎解きミステリの文法に忠実な良作。雪に閉じ込められたホテルといういかにもな状況を上手く使っています。

本書の特徴はむしろ、その香気高いロマンス小説要素の「ねじれ」にあります。自分が好きになった男のためにどこまでも身を張れるヒロインは、むしろ主人公気質のようにも。大団円で明らかにされる謎解きそのものは緩めですが、楽しく読める作品です。

 

17位:デイヴィッド・ドゥカヴニー『くそったれバッキー・デント』小学館文庫)

くそったれバッキー・デント (小学館文庫)

くそったれバッキー・デント (小学館文庫)

 

「新刊を読む」ことを自らに課していなければ絶対に巡りあえない本が例年何冊かありますが、これもその一つでした。作者は「Xファイル」のモルダー捜査官役の人です。

弱小球団ボストン・レッドソックスの大ファンである父親と、そのダメ息子の物語。肺ガンで死期間近の父にレッドソックスの勝利を捧げたい息子が奔走する物語と脇筋が見事に照応し合い、圧倒的なリーダビリティとして昇華されています。必読の一冊。

 

16位:ローリー・ロイ『地中の記憶』(ハヤカワ・ミステリ)

地中の記憶 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

地中の記憶 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

2016年エドガー賞受賞作。前二作の時点で分かっていましたが、やはりこの作家は地力が違います。地に足のついた物語を書いてここまで読ませる作家はなかなかいません。

「地下に埋められたものにまつわる想念が、地上に対して影響を与える」という考え方に貫かれた本作は、16年の年月を挟んで「何が起こったのか」「何が起ころうとしているのか」という謎が極点に向かって緩やかに崩壊していきます。一見地味ですが、読者の脳裏に取りついて離れなくなる傑作だと思います。ただし、今年基準だと16位。

 

本当に何度でも書きますが、今年は中堅どころのレベルが高すぎる。上位五冊はあっという間に決まりましたが、それ以下が完全に団子状態です。嬉しい悲鳴! 次回もできるだけ早めにアップする予定です。少々お待ちください。(5位以上はさすがにこのミス発売後にしておくかな……)

CADS76号到着

ここもとtwitterの知り合いが次々にブログを立ち上げては真面目な書評を掲出しまくっている(毎日更新は偉い)ので、私もふと更新を考えました。しかし最近は新刊すらまともに読めておらず(仕事が忙しいのではないですが)、諦めかけていたところで、面白いものが到着しましたので、ご報告も兼ねて更新することにしました。

CADS(Crime and Detective Stories)とは英国の伝統あるミステリファンジン、ようするに同人誌です。EQFCとか、SRの会とか、ROMとか、日本にも恐ろしく濃い衆が集まって同人誌を刊行しているサークルがありますが、それらと同列、いやあるいはそれ以上のハイパークオリティで不定期刊行を続けているとのこと。

中の人(ジェフ・ブラッドレイさん)が相当アナクロな人であるらしく、CADSにはホームページすらありません。お申込方法は「ジェフさんに直接メールを書く」の一手のみ。英語自信ないニキの上コミュ障の私に、ゼロ面識の人にいきなりメール書けってか……と、これまでは腰が引けていましたが、ふとtwitterで「CADSってどうやって申し込んだらいいんすかね」とガバガバにもほどがあるツイートをしたところ、親切な方が「注文用の例文付けてあげるから、これだけ送ればOK」と教えてくださり、ヒョウ、優しい人もいるもんだ!と即注文いたしました。

で、大体1週間くらいで到着。航空便で11ポンドということは、大体2000円くらい。まあこんなもんでしょう。同人誌だからね。

で、肝心の内容について。

巻頭を飾るのは、トニー・メダウォー(バークリーのThe Avenging Chance~とか、最近コリンズ社が刊行し始めたクライム・クラブ・クラシックの序文書いてる人)の、セイヤーズの手稿を調査した結果報告。これを読みたくて買ったようなもんです。完成作品と言えそうなものは "The Locked Room" という一編のみ(しかし、ピーター卿が密室ミステリに挑戦する作品なら読んでみたいかも)。他は、既存の作品の下書きが多かったようですが、こういう調査するのって楽しそうだよね。英国人に生まれたかったかも、と思う瞬間です。注釈もかなり細かく付けられており、完全に論文の体でした。

他、ピート・ジョンソンによるアンドリュウ・ガーヴ紹介(『落ちた仮面』、『モスコー殺人事件』と、後期の未訳作を中心に紹介。それにしても、日本では代表作とされる『ヒルダよ眠れ』がまったく出てこなかったのは興味深いですね)、B・A・パイク(この人も色々なクラシック・ミステリの序文で見かけます)による、H・C・ベイリーの短編集紹介(これはシリーズものらしく、今回は第11回で、This Is Mr. Fortune という1938年の作品集を紹介しています。残念ながら全編未訳)、1990年代の割と新しい作家を紹介する記事が二本、短命に終わったミステリ小説雑誌を紹介する記事、ヒラリー・ウォーをシリーズキャラクターを軸に紹介する記事、などなどなど読みどころ満載でした。私もパラパラ見ただけで全然精読してませんが、皆さん熱気に満ちていていいことだ。

それにしても、「CADS会員が関わった評論本レビュー」のコーナーが熱い。マーティン・エドワーズの二冊(『100冊で振り返る古典ミステリの世界(仮)』と『探偵小説を真剣に―ドロシー・L・セイヤーズ書評集(仮)』)には、「こいつはすげえぜ全員買おうぜ!」と燃えるような筆致で書かれておりました。私も早く読まんとな。

ちょっと面白かったのが、新刊レビューコーナーに大阪圭吉 The Ginza Ghost の長文書評が載っていたこと。我らが圭吉さんを現代のエゲレスの人はどう評するんだ、と眺めたところ、「「灯台鬼」はお気に入りの一作」とか「「寒の夜晴れ」は不可能犯罪ものの秀作」とか「「坑鬼」は集中最も長く、また優れた作品」とか、洋の東西を超えたシンパシーを禁じ得ませんでした。最後のワンパラグラフをざっと紹介しますと、「総合的に見て本書は優れた短編集であり、ぜひ読むべきだ。大阪はいくつかの作品で同様のトリックやテーマを使いまわしているけれど、読み終わるまでそのことに気がつかないほど熱中させられた。いくつかの解決は、優れて想像力に富んでおり、この時代の日本でこれほど西洋的な考え方が受け入れられていたことには驚きを覚える。また、伝統的な英米のミステリとはまったく異なる「他者性」をいくつかの作品で感じた。大阪が若くして亡くなったのは大変残念なことだ。いずれ彼の「HONKAKU」作品が翻訳紹介されるだろうが、その時を首を長くして待っている」……おお、ニック・キンバーさん。顔も知らなければ名前も今日初めて知ったほどだけど、あんた僕らの仲間だよ。

 次はもうちょっと早く更新します。

 

The Ginza Ghost (English Edition)

The Ginza Ghost (English Edition)

 
銀座幽霊 (創元推理文庫)

銀座幽霊 (創元推理文庫)

 
The Story of Classic Crime in 100 Books

The Story of Classic Crime in 100 Books

 

皆川博子『U』を読む

皆川博子が「オール讀物」で連載していた作品『U』が、先月発売号で完結したので読んでみました。

2016年10月号から2017年8月号までということで、全11回の連載になります。一回当たり平均して16ページ程度の分量で、一ページの文字数は1200文字くらいですから、単行本にすると300ページ弱となります(ここから大幅な加筆が入る可能性はもちろんありますが)。近年の皆川博子の長編の平均からすると、かなりコンパクトにまとまった作品と言えるでしょう。

前置きはさておき、あらすじ紹介に移りたいと思います。この作品では、大きく二つの物語が絡み合うように進行していきます。

U-Boot」という章では、1915年、英国海軍に鹵獲されてしまったUボート(U13)を、機密保持のために自沈させるという決死の作戦に志願した兵士、ハンス・シャイデマンを回収するために英国領海内に侵入したUボート(U19)に乗り込んだ男、ヨハン・フリードホフを中心に物語が描かれます。海軍大臣ティルピッツの記憶が正しければ、50年前からほとんど姿形が変わっていない王立図書館の司書ヨハンは、その出立の前にティルピッツにひと束の手稿と鍵を手渡します。自分が死んで戻らなかった場合は、この原稿を私家版として出版し、王立図書館に一冊納めてほしい……自分は書物であり、書物から生命を分け与えられた人間は老いることがない、と称するヨハンの謎めいた依頼を、ティルピッツは受け入れます。

続く「Untergrund」という章で、しかし物語はがらりと様相を変えます。舞台は1613年、オスマン=トルコに支配されたハンガリーの地。強制徴募(デウシルメ)によって、白人奴隷(イェニチェリ)となるべく運ばれていく少年たちの中にいた、マジャール人で零細貴族の息子ヤーノシュ・ファルカーシュザクセン人で商人の息子のシュテファン・ヘルク、そしてルーマニア人の孤児ミヒャエル・ローエの三人は、歴史の暴風雨へと否応なしに巻き込まれていくことになります。皇帝アフメト一世にその才と美貌を見出され、宮廷内で働く高級奴隷へと育て上げられるヤーノシュと、彼とは対照的に戦士としての鍛錬を続けるシュテファンとミヒャエル。イスラム教徒へと改宗させられながらも自国への帰還を夢見る彼らの運命は如何に。

さて、この「Untergrund」の物語は、ヨハンがティルピッツに託した手稿に書かれたものです(つまり作中作)。この手稿は、ヨハンとハンスの二人で書き継いだものであり、彼らは自らこそヤーノシュであり、またシュテファンであると名乗ります。300年以上の年月を経てなお生きている(と自称する)彼らの希望と絶望とが、現在と過去が交差するこの物語では主旋律となって描かれていく訳です。

 

この作品の大きな美点は間違いなく、17世紀初頭の絢爛豪華にして退廃的なオスマン=トルコの宮廷生活と、戦士たちの生活とを描いている点にあります。入念な調査の跡が垣間見える細かな描写を重ねながら、悉く初めて尽くしとなる異教徒の少年たちの驚きや悲しみ、そして芽生えた虚無を描きつくそうとする、作者のまるで変わらぬ意気込みが感じ取れる点はファンとして大変嬉しいところです。なお、主人公たちの主君に当たるアフメト一世、またその後継者であるオスマン二世は史上重要な業績を残した皇帝ではありませんが、その資料の少なさという間隙を突いて架空の登場人物群を滑り込ませていく手際は流石というほかありません。

なお、1915年のパートでは、ヨハンのほかにもう一人、語り手となる人物が登場します。ハンスの友人で19歳の青年兵ミヒャエル・ローエは、陰鬱と抑制の色が濃いヨハン=ヤーノシュの語りを吹き飛ばす若さと熱が籠った語りを繰り広げ、物語が崖下へと転がり落ちないようにバランスを維持してくれています。この青年もまた、数奇な運命に囚われた物語の奴隷なのですが、その詳細はいまのところは黙することにしておきましょう。

そしてこの奇妙な物語は、ある結末へと辿りつきます。それは不老者たちが彷徨する、岩塩鉱の闇という終わりのない絶望か、あるいは彼らが世界に残した一抹の光か。読んだ人同士できっと話をしたくなる、巧みな演出をお楽しみください。

 

なお、最終回の末尾に付けられたコメントによれば、本作は2017年11月文藝春秋より刊行予定とのことです。乞うご期待。

社畜読書日録20170624(西千葉猟書編)

久々に古本ツアーなるものをやってみたくなったのである。
しかしながら、中央線沿線や神保町はありふれすぎてつまらない(実際行けば買うものもいくらも見つかるでしょうが)。
滅多なことでは行かない東東京・西千葉を攻めてみることにした。
土地勘(というか古本屋勘)がまるでないので、エリアの主たる猟奇の鉄人さんに夜10時過ぎに助けを乞う(という外道ぶりを発揮)と、翌朝長文のDMでお返事が! 優しい! 同じく東を目指す小野家氏とともに、「猟奇の鉄人街道」を行く旅が始まったのであった。以下購入物件。

片岡義男狙撃者がいる』(角川文庫)¥108
松本清張張込み』(新潮文庫)¥108
杉本苑子開化乗合馬車』(文春文庫)¥108
山田風太郎厨子家の悪霊』(ハルキ文庫)¥108
仁木悦子石段の家』(ケイブンシャ文庫)¥330
陳舜臣幻の百花双瞳』(徳間文庫)¥100
結城昌治エリ子、十六歳の夏』(新潮文庫)¥100
小杉健治『犯人のいない犯罪』(光文社文庫)¥100
山村正夫卑弥呼暗殺』(ケイブンシャ文庫)¥100
dハワード・エンゲル『自殺の街』(ハヤカワ・ミステリ文庫)¥108
dハワード・エンゲル『身代金ゲーム』(ハヤカワ・ミステリ文庫)¥108
dマーガレット・ミラーマーメイド』(創元推理文庫)¥108
森雅裕さよならは2Bの鉛筆』(中公文庫)¥200
dロバート・クレイス『モンキーズ・レインコート』(新潮文庫)¥108
ジョン・バンヴィル海に帰る日』(クレスト・ブックス)¥200
dパトリシア・ハイスミスプードルの身代金』(扶桑社ミステリー)¥108
dロバート・クレイス『ララバイ・タウン』(扶桑社ミステリー)¥108
dイアン・マキューアンイノセント』(ハヤカワ・ノヴェルズ)¥200
dイアン・マキューアンセメント・ガーデン』(ハヤカワ・ノヴェルズ)¥200
d瀬戸川猛資夜明けの睡魔』(創元ライブラリ)¥108
シオドア・スタージョン時間のかかる彫刻』(創元SF文庫)¥108

いやー買いも買ったり21冊。楽しかった! 中盤やや購入ペースが落ち込むも、終盤の怒涛の追い上げでこの冊数。翻訳物はほとんどダブり掴みだが、これはいさ仕方なし。先日も『モンキーズ・レインコート』をゲットしたロバート・クレイスは布教セット用として見つけ次第常に確保するようにしているもの。新刊の『約束』で「ようやく」シリーズ人気に火が付いたか、amazonマケプレ価がいささか残念なことになっているが、俺も転売屋に身をやつしてみようかね(冗談)。

 

陳舜臣『割れる』(角川文庫)を読んだ。
この作品は古くは大学サークルにいた頃から薦められていたのになぜか読まなかった本。それにしても、俺にこの本を薦めた人は、俺がお返しに薦めた本を読んでくれただろうか。謎。
神戸で中華料理店を経営する華僑、陶展文が探偵役を務める本書は、トリックそのものはごくシンプルだし、伏線の丁寧な配置も含めて「何が起こっていたか」を読者も見破りやすい作品である。しかし、丁寧な回収によって一切の過不足なく、綺麗に事態を解き明かして見せる手際はずば抜けて素晴らしい。結末において、作中出てきた「真っ二つに割れる」という言葉の意味を理解した瞬間、「あっあー」と一瞬言葉を失うことは疑いなし。ケレンもハッタリも不要、ただ推理小説を読む喜びを思い出させてくれる一作。 

割れる―陶展文の推理 (1978年) (角川文庫)

割れる―陶展文の推理 (1978年) (角川文庫)

 

社畜読書日録20170618(弘前旅情編②)


飲んで運動(徒歩)して疲れて寝て、起きたらもう朝ごはんの時間だったのでさっさと詰め込む。リンゴジュースが美味しかった(小並感)。
越前先生の講演会という選択肢もあったが、前日の古本屋チェックの際に、弘前駅の東側にブックオフが二軒あるのを見おぼえていた私は、無意識のうちに歩きだしていた。
正直なところ、レンタカーを借りてぐるっとブックオフを回り、然る後に青森駅まで車を転がすというルートが色々な意味で楽だった(弘前駅での電車待ちがない、とか)だろうと後知恵は出てくるが、その時は歩くことしか思いつかなかったのだった。アホですね~。結局いい天気の弘前駅の周りを、汗を流しながら7~8kmは歩いたのではないかと思う。成果としては、以下の通り。クレイスはマケプレ価がとんでもないことになっているシリーズ第一作。後輩に約束しているクレイスセットに追加できてよかった。

ロバート・クレイス『モンキーズ・レインコート』(新潮文庫)¥108
井沢元彦五つの首』(講談社文庫)¥108
佐野洋平凡な人の平凡な犯罪』(文春文庫)¥108

その後青森駅近くの謎のピラミッド「アスパム」でお土産を買いつつ、林語堂というなかなか大きな古書店にも入ってみたが、特に買うものはなし。

お土産を買うために時間を変えた帰りの新幹線の席が、越前先生の斜め前だったのには正直今回の旅行での一番の驚きでした。

 

帰りの新幹線ではマーガレット・ミラー『これよりさき怪物領域』(ハヤカワ・ミステリ)を読んだ。絶対に間違いのない本を読みたかったのだ。今となってはマケプレ価が高い高い。あらすじ感想は以下。

カリフォルニアのオズボーン農場から若き主ロバートの行方が知れなくなってからもう7か月が経つ。残された血痕や血の付いたナイフから、彼は死んでいるのではないかと考えられていたが、死体は見つからない。妻のデヴォンは、彼の死亡認定を受けるため裁判所に訴えを起こす。ロバートの人となりを、いなくなったあの日の出来事を口々に証言する人々。しかしその証言の中であぶり出されたロバートの姿は、事件の意味を少しずつ書き変えていき……

もはやここにはいない人」についての謎を描いた作品である。これはマーガレット・ミラーの描く物語としては特別目新しいものはない。しかし、淡々と証言が積み重ねられ、アクションもなければ探偵が皆を集めての大団円も行なわれない、ハヤカワ・ミステリの判型でわずかに200ページにも満たないこの作品は、人がある瞬間に「怪物領域」に入ってしまってもはや戻れないこと、その恐怖を/絶望を/そしてある意味での救済を読者にしっかりと刻み込んでしまう、一片の贅肉も持たない傑作である。

「ブルボンウィスキー(バーボン)」「手袋入れ(グラヴボックス)」など、今となっては古めかしい表現がかなりの頻度で登場するのにはいささか閉口した。改訳の上復刊文庫化(短編を追加してページ数を整えてもいい)といった機会を、どこかの出版社が掴んでくれないものか、と一応希望のみ述べておく。

社畜読書日録20170617(弘前旅情編①)

エラリー・クイーン『中途の家』読書会のために弘前に行った。
お前どんだけクイーン好きなんだという話だが、まあ理由は色々。

一つには主催の本木さんに返したい本(評論系同人誌)があったからだ。知る人ぞ知る硬派な未訳古典ミステリ研究誌『ROM』の「ユーモア・ミステリ号(ウッドハウスブランディングス城を襲う無法の嵐」の本邦初訳が載った号)」と、知っている人しか知らないレオ・ブルース専門研究誌『AUNT AULORA』の第三号(『ミンコット荘の死』の本邦初訳が載った号)の二冊だが、もはや入手不能というか、約10年前に貸してもらった時点で超レアな本だったので、延滞の詫びも兼ねて直接お返ししたかったんです。
あとは……まあ特に理由はないんだけど、これまでの人生で青森って上陸したことがなかったので、興味本位です。日程もちょうど空いてたんで、ライトな気持ちで参加しました。

朝8時過ぎ出発の新幹線に乗って、新青森の駅に到着したのが12時過ぎ。ここでいきなりオリジナルチャートを発動(お土産の下見)し、新青森エキナカをブラついていたら、接続待ちしていた奥羽本線に乗り遅れて30分休み。まさか昼日中に40分に一本しか来ないとか予想もしてねえよ……いえ、私が悪うございますがね……

弘前まで各駅停車でゴトゴト揺られること40分ほど、13時過ぎに弘前着。15時に待ち合わせしていたので、2時間弱空いている。となればすること古本屋巡りしかない!と飯を食いながら検索を始める。駅の西側(読書会会場はそちら側)に三軒ヒットした(もう一軒は遠すぎて無理)ので、サクサク移動開始。

一軒目は小山古書店。「入ります」とツイッターで呟くや、本木さんから「杉江さんも第一回読書会の時に入られましたね」と返信があり、早速暗雲が垂れこめ始める。猛者巡回済みか……何もないかも、とぼやきながら全体的に日焼けして白っぽい均一箱をばっさばっさと捲り散らす。そしたら意外と(失礼!)買う本があるじゃねーの。というか復刊の見込みがほぼなくて値上がりしている『梅田地下オデッセイ』が100円はかなり嬉しいぞ! 店の中もいい感じに狭くて埃っぽくて黒っぽくてしかもエンタメ(翻訳小説含む、ただし今回は買わず)がかなりあった。ポケミスも良くある番号ばかりだったがその辺にめっちゃ積んであるのが愛しい。(『迷蝶の島』は見つける度に保護していて、うちに二冊くらいダブり本が転がっているので、欲しい人がいたら進呈したいです)

結城昌治『不良少年』(中公文庫)\70
d泡坂妻夫『迷蝶の島』(文春文庫)\70
堀晃『梅田地下オデッセイ』(ハヤカワ文庫JA)\100
藤原審爾赤い殺意』(集英社文庫)\50
夢野久作骸骨の黒穂』(角川文庫)\150

もう一軒、ないす堂というお店も行ったけど、特に買うものはなし。古本というよりはオタク向けショップという感じで、マンガ・プラモ・ゲーム(プレステ1、セガサターンメガドライヴなど懐かしのソフトが山盛りだった)・同人誌(東方が多かったけど、品ぞろえはなかなか。2008年~10年くらいのアイテムが多かったかな)が雑多に詰め込まれた環境で癒されました。

その後急いで待ち合わせの場所へ。本木さんと弘前在住のミステリファンの方三名ほどと読書会前のお茶会。このタイミングで本木さんに本を返して、さらに『アントニイ・バークリー書評集』の既刊をごっそり渡す。正直、第一巻はもう手元にも在庫極小なので、お渡しできたのは運が良かった。

読書会やその後の宴会の模様はきっとレポートが上がると思うので割愛。みなさん本当に熱心に読みこまれていて、『中途の家』の構成上緩いところをつつきまくり。「血が噴き出したならその血を使って字を書けばよかったのに」という指摘には蒙を開かれる思いでした。「ある理由により○○が使えず、また□□を見落としたから××を使わざるを得なかった。その行動が犯人を絞り込む根拠になる」というエラリーの論理的消し込みが、軽やかにぶっ飛ぶ瞬間よ。

散会後、ホテルに荷物を置いて一人「ギャレスのアジト」というビアバーを目指して歩き出す。東京でも出している店がある「BeEasyBrewing」の直営店である。しかしなんで飲み屋を国道沿いの、駅から20分の所につくるかね……住宅街って感じでもないし。薄暗めで木材をふんだんに使った内装がシック。土曜の夜ながら混み具合もいい感じで、飯酒ともに旨いし安い。弘前在住なら週三で通うんですけどねえ、と店の人に言いながら帰る。酒がしっかり入った状態で、ホテルまで20分の徒歩は結構キツイっす……で、即寝でした。

新幹線&電車移動がメチャ多いので、読書も捗る。今日は新刊の話題作、エリザベス・ウェイン『コードネーム・ヴェリティ』(創元推理文庫を読んだ。
第二次世界大戦下のイギリスで「戦争協力体制」とは言いつつも、本書が基にした、「女性が飛行機を飛ばしたり(戦闘機や爆撃機の移送任務)、他色々な軍事的任務についていた歴史的事実」に、まず驚かざるを得ない。その上で、あるイギリス人女性がナチスドイツに協力する(という建前)で書いていく「物語」の豊饒なこと、これは当然高く評価されるべき。無論、甘い部分はある。なんでこんなことを書いているんだ、この人は、と思う部分もある。だが……これ以降は自分で読んでください。可能な限り事前情報は排して読むほうがいいけど、ある程度の予断も呑みこんで一気に納得させてくる畳みの力強さがあるので、「信頼できない語り手ものなんでしょ?」と決め込んで読まない、というのは割に勿体ないですぞ。

コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)

コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)

 

 

社畜読書日録20170610-11

今日とて出社。ろくに生きていない。
退勤後、サクサクと池袋へ。ミステリとお酒大好きおじさん会に参加。
東口から北へ10分ほど歩いた先の「万事快調」はクラフトビールと日本酒のお店。

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13149877/

ビールを飲むには肉料理が少なく、クラフトビールを求めて訪れた我々には、たとえちゃんぽんになろうとも選択の余地は少なかった。
むしろ焼酎のロックでやりたいクジラの竜田揚げ(血の味すごい)、フグの白子天ぷら(口の中でツルリと消える)の他、燻製やらモツ煮込みやらいただきました。素晴らしい。
二次会ということですぐ近くの「稲水器 あまてらす」に来店。和食日本酒の正統派のお店。

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13131190/

先輩の紹介だが、何しろご飯が美味しい。日本酒パカパカ飲みながら食べるにはちょっともったいないか、似つかわしいかも段々分からなくなる酔った頭と舌で賞味。これは一軒目で行ってもよいかもですね。

そんなこんなで18時過ぎから23時近くまで旨い酒旨いご飯を頂いたので、財布は相応に軽くなり申した(空虚)

 

翌日は久々に「二日酔い」を体感。何にもする気が起きず、ダラダラと洋書を読むに努める。George Bellairs The Dead Shall Be Raised を2/5ほど。でも翻訳は……進んでないです……

社畜読書日録20170608

仕事上がりに渋谷のBunkamuraで「ソール・ライター展」を観覧。
色遣いがナビ派チックであるとか、構図がドガっぽい(浮世絵っぽいと言っても可)とか、どう考えても日本人に受けないはずのない展覧会だった。モノクロも大変クール。金曜夜ということでかなり混んでいたが、平日昼にもう一度見に行く機会を作るかどうかちと悩ましい。流れで図録(というか写真集)も購入。
『All About Saul Leiter ソール・ライターのすべて』(青幻舎)\2,700

その後、東急からちょい奥に入ったところの東京オルで北欧ビールを少し。

 

佐野洋『空翔ける娼婦』(文春文庫)を読んだ。

推理作家「佐野洋」が探偵役を務める短編小説6編を収めた短編集。見事名探偵役を果たすことはまずなく、どや顔で推理を披露しても恥を搔いたり、あるいはなんだか分からないうちに警察が事件を解決したり、とカッコ悪いところを晒してしまう。それが面白いということもなく、なんとなくグダグダな作品が多いのだが、表題作だけちょっと目が覚める出来。

スチュワーデス(この言い方も時代を感じる)がフライト先で乗客と寝るらしい、という噂話の真相を突き止めるべく、ちょっとワクワクしながら合図のスープを注文してみる佐野先生が可愛い(いや気持ち悪い)。ところが、同じく合図を送っていた男が札幌のホテルで殺されてしまった、というところで探偵出馬。事件の真相は……同じ短編集の中でネタ被りというのも残念だが、もうひとひねりあってそれが結構意外。ここで多重○○○○(文字数不問)をぶっこんでくるか~と感心してしまった。それだけです。 

All about Saul Leiter  ソール・ライターのすべて

All about Saul Leiter ソール・ライターのすべて

 

社畜読書日録20170607

祖母の葬式明けで忌引き扱いだが、社畜根性を発揮し午後の打ち合わせだけ出る。「一時間で終わる」はずが二時間半になるのはもはや様式美。長引いたというより当初の目算が甘すぎるのであった。
帰りに紀伊國屋に寄って新刊確保。

ボストン・テラン『その犬の歩むところ』(文春文庫)\886
スミス・ヘンダースン『われらの独立を記念し』(ハヤカワ・ミステリ)\2,484

 

で、ボストン・テラン『その犬の歩むところ』(文春文庫)を読了。

事故が、犯罪が、天災が、戦争が、憎しみが、理不尽な苦しみが愛を蝕む。そんな時、人間に寄り添って生きる一頭の犬がいた。ギヴ。彼が共に歩んだ、あるいはひと時道を同じくした人々のエピソードを、ある若者が受け継ぎ、語り継いでいく。これは犬の、そしてアメリカに生きる人々の物語。

とても繊細な、それでいて感動的な物語である。家族だ愛だとクサいことばかり言うんじゃねえ、という人もいるかもしれないが、ボストン・テランがそうでなかったことがあるだろうか。いやない。出てよかった、読んでよかった作品だが、個人的にはパンク兄弟の兄貴に救いがなさ過ぎて悲しい。悔恨の涙の一滴でも流させてやればいいのに。いや、そういう人格でもないか。

その犬の歩むところ (文春文庫)

その犬の歩むところ (文春文庫)