パトリック・クェンティン中短編クエスト(その1)
国会図書館でコピーしてきた作品を早速読んでみようかと思ったのですが、何と!(何と?)2010年に「翻訳道楽」(by米丸氏)で購入したクェンティンの短編集が出てきてしまったので、そちらを先に読んでみました。『ティモシー・トラントの殺人捜査』は、その名の通りトラント警部補シリーズの作品を10作集めた短編集です。ほとんどが5,000字程度の小品ですが、10,000字以上の短編も何編か含まれています。
短編作品におけるトラント警部補は、「美女大好きな伊達物、でも殺人事件の捜査はもっと好きなワーカホリック」というキャラクター付け。それもあって、毎回美女と一緒に難事件に巻き込まれてしまいます。小さな証拠から論理的に犯人を看破する頭脳と良く回る舌、そして直接証拠が足りない場合にはハッタリで犯人をひっかけるのも辞さない勝負度胸を兼ね備えた優秀な名探偵です。
以下各編を見て行きますが、良かった作品は特にタイトルに○を附します。
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・「都会のブロンド、田舎のブロンド」"Town Blonde, Country Blonde"(1949)
大富豪の愛人である二人のブロンド美女のいずれが彼を殺したかという謎を扱う最少人数フーダニット。二人とトラントの会話の中で散りばめられたヒントから犯人の特徴に当てはまる方を指摘するというオーソドックスな犯人当てです。トラントが容疑者にいきなりキスをして頬っぺたを殴り飛ばされるシーンが印象的(もちろん謎解きに関係あり)。なお、後にハヤカワミステリマガジン2013年12月号に転載されたため、比較的簡単に読むことができます。
・「これは殺しだ」"This Looks Like Murder"(1950)
警察署の大部屋でトラントは「彼に撃たれた!」という緊急電話を受けた。大急ぎで現場のアパートに急行した警官隊は、電話のそばで倒れ伏す女性を発見する。彼女に掛けられた多額の保険金を受け取る予定の若い恋人が疑われるが……トラントが電話越しに聞きとったシュトラウス・ワルツの音色が真実を明かすトリッキーな作品です。
○「リビエラの死」"Death on Riviera"(1950)
リビエラのカジノで美女に声を掛けられたトラント。嫉妬に怒り狂う老いた夫から逃れるために手を貸してほしいと言われた彼は、ほいほいとクルーザーまで付いて行ってしまうが……まさかの展開で窮地に追い込まれかけたトラントが鋭い機知でそれを察知、嵌めてきた相手を嵌め返します。一瞬の静止からのどんでん返しという演出が見事な佳品。
・「氷の女」“Woman of Ice”(1949)
休暇でベニスにやってきたトラントは、滞在最終日に友人の邸宅で出会った介添役の美女の姿に既視感を覚えながらも彼女のことを思い出せない。近日美術品を処分しようと考えているという話の途中、友人の専制的な妻がストリキニーネの過剰摂取で急死する……犯人の正体は分かりやすいですが、その策謀の恐るべき深さに震えてしまいます。
○「素晴らしい初日」"The Glamarous Opening"(1951)
まばゆいブロンド美女ドードーと一緒に新鋭劇作家によるブロードウェイ作品の初日を見にやって来たトラントは、その作家に妻を寝取られた有名劇評家と同席する。風邪気味の評論家がジュースで薬を流し込んだ瞬間、彼は毒で急死した。果たして犯人は誰か……微妙な言葉の綾から犯人の正体をつかんだトラントが、相手をいかに自白させるかという知略を尽くした闘争が見どころ。
○「死とカナスタ」“Death and Canasta”(1950)
別荘地にやってきたトラントは隣宅の美女からトランプゲームに誘われる。ところが、ゲーム中突然停電が発生。さらに、トラントと代わってゲームを抜け風呂に入った女性が、ラジオを湯船に落として感電死しているのが発見され……全員にアリバイがある中でトラントが導き出す解答は一見平凡ですが、それゆえに細かい伏線の妙とプレゼンテーションの上手さが光る。
・「ローズ・ショーの日」"On the Day of the Rose Show”(1952)
休暇でトラントが姉の家に遊びに行った時のこと。彼女が電話越しに口述筆記をしている途中、銃声が轟く。電話の向こうで起こった殺人事件解決のため、トラントはすぐさま現場に駆け付ける……強い動機を持ちながら唯一犯行が不可能だった人物のアリバイを如何に崩すかがポイントの作品。アイディア自体は単純ですが、小ネタを詰め込んで飽きさせません。
・「ゴーイング、ゴーイング、ゴーン!」"Going...Going...Gone!"(1953)
魅力的な美女と一緒にお屋敷オークションに参加したトラント。有名な美術評論家が欲しがるフランス製の文鎮に皆の注目が集まる中、その美術評論家が毒殺されてしまう……タイトルはオークションのお決まりの掛け声から。一見誰にも恨まれていない被害者を殺した犯人の目的は何か、という謎を扱っています。登場人物の隠された意図の連鎖を示す解決編は鮮やかです。
・「アルプスの殺人」"Murder in the Alps"(1949)
休暇でアルプスにやってきたトラントは、しかし暇に飽き飽きして早く人殺しが起きないものかと妄想していた。果たしてスキー場のお騒がせ美女、レディ・メイヴィスの窒息死体が発見されるに至り、トラントは生き生きと捜査を開始する……さすがに九作続けて読むと隠し方のパターンが読めてきてしまうのですが、犯人の意外な、しかし切実な動機は面白い。
◎「雌ライオンと女豹」"Lioness vs Panther"(1955)
姉に連れられ流行りのブロードウェイ作品を見に来たトラントは、その作中でグラスを飲み干した男が毒死した現場に居合わせる。本来の台本では別の人物がその酒を飲むはずだったのに……収録作中最も後に書かれた作品ということもあってか、各要素に既視感のあるものが多いですが、作者たちが知悉していただろう演劇界の表と裏を活写しながらそれらを巧みに繋いでいるところは素晴らしい。ブラックなオチまで間然とするところのない秀作です。
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これだけ読ませてくれて450円というのは大変お得。9年間なぜ一度もデータを開かなかったのかというのがむしろ最大の謎と言えましょう。
ただし、現在は米丸氏は活動休止中であり、今から買って読みたいという人がいても入手出来ない状況にあります。「翻訳道楽」のいずれの復活に期待したいところです。
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次回は、今度こそ国会図書館コピーからいくつか、あるいは同じく「翻訳道楽」所収の中編「ミス・ヴァン・ホーテンの秘密の仕事」を読みたいと考えています。
パトリック・クェンティン中短編クエスト(準備体操編)
Crippen & Landru が The Cases of Lt. Timothy Trant を出すというので※1、最近クェンティンの書誌情報を調査しています。英米の雑誌の情報は The FictionMags でおおまかに調べられるし、邦訳情報はaga-search(とその元になっている森事典)やameqlistを見ればいいから楽勝~と思ったのですが、国会図書館での実物調査の結果、aga-searchの記載に間違いが見つかりました※2。自分用のメモとしてとりあえずまとめておきます。
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①ピーターとアイリスのダルース夫妻が登場する(Crippen & Landru の The Puzzles of Peter Duluth に収録されている)中短編は4つです。
"Death Ride the Ski-Tow"(1941、邦訳「死はスキーにのって」、田中潤司訳、別冊宝石63年11月特別号臨時増刊)
"Murder with Flowers"(1941、未訳)
"Puzzle for Poppy"(1946、邦訳「ポピイの謎」、岩下吾郎訳、日本版EQMM64年9月号)
"Death and the Rising Star"(1957、邦訳「ニュー・フェイス殺人事件」、大門一男訳、日本版EQMM61年4月号)
aga-searchでは、"Death on Saturday Night"(1950、邦訳「土曜の夜の殺人」、豊原実訳、日本版EQMM59年12月号)もダルース夫妻物とされていますが、正しくはトラント警部補物です。この作品は『ミニ・ミステリ傑作選』(創元推理文庫)にも収録されています。
なお、”Puzzle for Poppy”は、『犬はミステリー』(新潮文庫)でも読むことができます(「ポピイにまつわる謎」)。また、aga-searchでは詳細不明とされている「ビフテキとハンバーガー」(『四つ辻にて』(芸術社)収録)もこの作品の翻訳です。
(6/7補足:「翻訳道楽」の米丸氏によると、1942年発表の ”Hunt in the Dark” という中編もダルース夫妻物に当たるとのこと。この作品はC&Lの作品集には含まれていません)
②トラント警部補が登場する中短編はCrippen & Landruの予告によると22編あるそうですが、aga-searchには14編が記載されています。新発見作品がいくつかあるそうですし、またaga-searchの表にはトラント警部補物でありながら別シリーズとされている作品もある(このうち1編は先ほど上げた「土曜の夜の殺人」)ので、更新に期待しましょう。
問題は「白いカーネーション」(1945、”White Carnations”)という作品です。山田摩耶訳、別冊宝石75収録のこの作品は、aga-searchの記載によればポプラ社ジュニア世界ミステリーの一冊『病院の怪事件』(68)にも収録されていることになっていますが、この本の実物を雑誌と突き合わせてみると二者は厳密には別の作品でした。
『病院の怪事件』は、日本版EQMM61年8月号に「他人の毒薬」として翻訳された中編(1940、"Another Man's Poison")を二部構成にし(「Ⅰ クナグスン博士」「Ⅱ カロライン」)、その後日譚(「Ⅲ アンジェラ」)を補ったジュヴナイル作品です。そしてこの「アンジェラ」こそ「白いカーネーション」に当たるはず(aga-searchにはそう記載されている)ですが……「白いカーネーション」は、トラント警部補のところに「白いカーネーションに呪われた一族」の女性がやってくるところから始まりますが、「アンジェラ」ではそこがまるっと「他人の毒薬」に登場したキャラクターに差し替えられており、トラント警部補は登場しません。ミステリとしての構造はほぼ同じですが、「白いカーネーション」にあった「トラントが主人公ゆえ」の部分はオミットされています。
『病院の怪事件』の訳者あとがきには「二つの作品を『編集』して繋げた」と書かれているのですが、この『編集』が二つの作品の章立てを弄っただけか、あるいは「白いカーネーション」をガッツリ改変の上合体してしまったかは不明(おそらく後者ですが、初出誌を確認していない以上は完全否定は不可能)。いずれにしても「白いカーネーション」と「アンジェラ」を同一作品と見做すのは無理があるでしょう。(なお、メイベル・シーリーとワンセットになっている鶴書房の『深夜の外科病室』は「他人の毒薬」と同じ作品でした、為念)
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大きなところでは以上です。短編をまたどっさりコピーしましたので、具体的な感想もそのうちまとめたいと思います。
※1:販売ページはこちら。「今日から注文できる」という公式告知日からもう二週間ほど経つがOut of Stock のまま変化がありません。また何か内部的な問題が発生しているのではないか、と疑っています。 http://www.crippenlandru.com/shop/oscommerce-2.3.4/catalog/product_info.php?cPath=22&products_id=157
※2:森事典の段階で間違っている箇所も多々。まああれだけ浩瀚な事典に誤記がない訳がない。aga-searchは邦訳情報が他より充実しているのがありがたいのですが、雑誌書籍の現物に当たっていない箇所が多く、あまり信じ過ぎるのも考えもの。正直wikipediaくらいの信頼度で使うべきでしょう。
The Puzzles of Peter Duluth: The Lost Classics Series (English Edition)
- 作者: Patrick Quentin
- 出版社/メーカー: Crippen & Landru Publishers
- 発売日: 2016/04/27
- メディア: Kindle版
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CWA各ダガー賞のロングリストが発表されました
昨日、CWA(英国推理作家協会)の各種ダガーの第一次候補作が発表されました(ゴールドダガー15作、他10作)。第二次候補作(各ダガー5作)に絞り込まれるのは夏、受賞作の発表は10月ですが、現時点での注目作をいくつかご紹介します。
■CWA Gold Dagger 2019(最優秀長編賞)
レイ・セレスティン The Mobster's Lament (Pan Macmillan, Mantle)
The Mobster's Lament (City Blues Quartet Book 3) (English Edition)
- 作者: Ray Celestin
- 出版社/メーカー: Mantle
- 発売日: 2019/03/21
- メディア: Kindle版
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『アックスマンのジャズ』の作者の人です。第二作はとっくの昔に出ていて、第三作が候補に。ちなみにヒストリカルダガーの候補にも挙がっています。早川書房さん、よろしくお願いしますね?(ニッコリ)
デレク・B・ミラー American by Day (Transworld, Doubleday)
American By Day (English Edition)
- 作者: Derek B. Miller
- 出版社/メーカー: Transworld Digital
- 発売日: 2018/04/19
- メディア: Kindle版
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『砂漠の空から冷凍チキン』があまりに変則的な戦争/友情小説だったせいで評価されなかったデレク・B・ミラーですが、新作は警察小説らしいです。あと表紙がエドワード・ホッパーなのが嬉しい。
アビール・ムカジー Smoke and Ashes (Harvill Secker)
Smoke and Ashes (Sam Wyndham Book 3) (English Edition)
- 作者: Abir Mukherjee
- 出版社/メーカー: Vintage Digital
- 発売日: 2018/06/07
- メディア: Kindle版
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1920年頃のカルカッタを舞台にした、インド歴史ミステリシリーズの第三作だそうです。「なかなか興味深い内容だが翻訳は厳しいかな~」と思っていたのですが、早川書房から同作者の本が7月に刊行されるようです(『カルカッタの殺人』)。
■CWA Ian Fleming Steel Dagger 2019
スティーヴ・キャヴァナー Thirteen (Orion, Orion Fiction)
Thirteen: The serial killer isn’t on trial. He’s on the jury (English Edition)
- 作者: Steve Cavanagh
- 出版社/メーカー: Orion
- 発売日: 2018/01/25
- メディア: Kindle版
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『弁護士の血』の作者の人です。キャヴァナーは昨年 The Liar という作品でCWAのゴールドダガーを受賞していますが、別に二年連続で受賞してもいいんだぞ!(別の賞だしね) というかなんで前作は翻訳されないんですかね?
Elly Griffiths The Stranger Diaries (Quercus Fiction)
本邦未紹介ですが、イギリスの識者の間では「黄金時代風のクラシカルな謎解き物」の継承者としてエドワーズらと並んで語られる作家です。「ケイト・モートン『湖畔荘』の読者にオススメ」とamazonのレビューでも書かれているので、日本人読者にも受けそうな気はします。
ニクラス・ナット・オ・ダーグ The Wolf and the Watchman (John Murray)
The Wolf and the Watchman: The latest Scandi sensation
- 作者: Niklas Natt Och Dag
- 出版社/メーカー: John Murray Publishers Ltd
- 発売日: 2019/10/03
- メディア: ペーパーバック
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1793年のスウェーデン宮廷で起こった事件を描く歴史ミステリ。『薔薇の名前』とも比較される衒学性とノワール要素を兼ね備えた作品とのことですが、これが37歳(当時)の第一作とは驚きです。
(追記:見落としていましたが、来月『1793』というタイトルで小学館から刊行されるようです。 https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784093567190 )
■CWA International Dagger 2019
東野圭吾『新参者』(Little Brown)
今年は頑張ってほしいですねえ。
Cay Rademacher Forger (Arcadia Books)
The Forger (Inspector Stave Book 3) (English Edition)
- 作者: Cay Rademacher
- 出版社/メーカー: Arcadia Books
- 発売日: 2018/08/16
- メディア: Kindle版
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1940年代末、イギリス占領下のハンブルグを舞台にしたノワール気味な警察小説とのこと。三部作の第三作とのことなので、できれば第一作から読みたいところです。
■CWA Sapere Historical Dagger 2019
マーティン・エドワーズ Gallows Court (Head of Zeus)
Gallows Court (English Edition)
- 作者: Martin Edwards
- 出版社/メーカー: Head of Zeus
- 発売日: 2018/09/06
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以前紹介しましたのでこちらをご覧ください。頼む!翻訳してくれ!
ジム・ケリー The Mathematical Bridge (Allison & Busby)
The Mathematical Bridge (Nighthawk Book 2) (English Edition)
- 作者: Jim Kelly
- 出版社/メーカー: Allison & Busby
- 発売日: 2019/02/21
- メディア: Kindle版
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ジム・ケリーの第三シリーズの第二作です。第二次世界大戦開戦直後のオックスフォードを舞台にした警察小説のようですが、法権力には従わない、しかし「正義の徒」が活躍する話でもあるらしく……翻訳されそうもないし、自分で読むか!
短編はそのうち全作読んで紹介します。
第28回文学フリマ東京で君と握手!
文学フリマ告知の前に、最優先でお伝えすべきことがあるので、まずこちらから。今を去ること一週間ほど前に、「Re-ClaM」第1号の電子版をひっそりと刊行しました。以下のページから購入可能です。pixiv経由でboothから購入しなくてはいけないので少し手間が掛かりますが、第1号を買えなかったという方、また電子化を待っていたと言う方はぜひよろしくお願いいたします。
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ということでお待たせしました。再告知です。Re-ClaM編集部は、5/6(月・祝)第28回文学フリマ東京の会場で皆様をお待ちしております。スペース番号はオ-29。書肆盛林堂さんのお隣、会場奥側のお誕生日席です。
当日頒布物は以下の通り。お値段は第1号から据え置きですが、ページ数はなぜか60ページも増えています。なお、会場限定でおまけ冊子をお一人一冊進呈します。(申し訳ありませんが、複数冊購入の場合もお渡しは一冊までとさせていただきます)
・「Re-ClaM」第2号 \1000(会場限定価格、イベント後の通販では\1200予定)
次に「Re-ClaM」第2号の内容について。以下の通り目次を再掲いたします。
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◆【特集】論創海外ミステリ
論創社編集部 インタビュー(Re-ClaM 編集部)
「論創社編集部インタビュー」補遺(黒田明)
Re-ClaM 編集部が推薦する論創海外ミステリ20 選(1-100)(三門優祐)
[編者コメント]『ネロ・ウルフの事件簿』について(鬼頭玲子)
[編者コメント]シャーロック・ホームズの論創(北原尚彦)
[論創海外ミステリ架空解説]密室愛好家のバイブル、ついに刊行なる!
~ロバート・エイディー『密室大全』~(森英俊)
論創海外ミステリ全リスト(その1)(三門優祐)
[訳者のため息]マージェリー・アリンガム『葬儀屋の次の仕事』
~盛林堂書房購入者特典より(赤星美樹)
◆連載&寄稿
Queen’s Quorum Quest (第37 回)(林克郎)
A Letter From M.K.(M.K.)
海外ミステリ最新事情(小林晋)
ロジャー・シェリンガムとbulb の謎(真田啓介)
スウェーデンのカー(古書山たかし)
明治の翻案探偵小説・知られざる原作の謎
―徳冨蘆花『探偵異聞』と菊池幽芳『秘中の秘』をめぐって(藤元直樹)
「ラロンド神父、幽霊を追う」(シルヴァン・ローシュ 作/中川潤 訳)
原書レビュー五連発(小林晋)
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今回の特集は「論創海外ミステリ」となります。40ページに渡るロングインタビュー(+補遺)、論創海外ミステリのオリジナルアンソロジーを編纂された編者お二人によるエッセイ、世界最大の密室マニア、故ロバート・エイディーとの思い出を語られた森氏のエッセイ、アリンガム翻訳にまつわるエピソードを語られた赤星氏のエッセイと読み応え十分の内容です。
「連載・寄稿」についても大いに充実しています。ROM誌からの継続寄稿となる林氏、M.K.氏、小林氏による寄稿は圧巻×3です。『最上階の殺人』翻訳の裏話からバークリー/セイヤーズの繋がりを推理する真田氏のエッセイ、カーマニアもここまで行きつくかという衝撃が我々を襲う古書山氏のエッセイ、本邦初翻訳のフランス作家ローシュのミステリ・コント(中川氏訳)と盛り沢山。中でも幼い日の乱歩が大いに熱中したという翻案小説の謎を解く藤元氏のエッセイは、斯界の大物評論家を唸らせた必読の稿。徳冨蘆花ファンも要注目です。
なお、会場限定おまけ冊子は、クリスチアナ・ブランドの未発表中編「不吉なラム・パンチ」の試訳を掲載したものです。こちらの中編の詳細については、本ブログの以下の記事をご覧ください。
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ところで、会場ではアントニイ・バークリー書評集の残り(第3巻~第7巻)についてもディスカウント価格で販売いたしますので、こちらもお持ちでなければ是非どうぞ。
第1号電子版、第2号ともどうぞよろしくお願いいたします。
『図書室から死体が!(仮)』収録 クリスチアナ・ブランド「不吉なラム・パンチ」
文学フリマも近づく中、皆様いかがお過ごしであろうか。
三門は読むべきであったのに読まなかった原書と今更ながら格闘中。ようやく一冊読み終わったので、そのご報告ということでこの記事を書き始めた次第。
つい昨日まで読んでいたのが、こちら。
去年の夏に出た、「黄金時代作家たちの新発見・未収録短編を集めたアンソロジー」の第一弾である。第二弾は今夏に出るのが既に確定しており、早出し情報によるとエドマンド・クリスピンのジャーヴァス・フェンものの未発表作品が収録される予定とか。まだそんなのが残っていたのか、と驚くばかり。
さて、第一弾に当たるこちらのアンソロジーには、クリスティー、バークリー、ブレイク他16人の作家の作品が収録されている。それらすべてを紹介しようと思うと何千文字あっても足りない(会場限定ペーパー用にレビュー原稿を書き始めたが、既に5000文字を超えた)ので、ここではクリスチアナ・ブランドの "Rum Punch" という作品を紹介する。本編は彼女の未発表原稿の中から発見されたものだそうだが、そのクオリティは本書中でも指折りである。
本作で主役を務めるトルート巡査部長は、実はブランドの他の短編にも出演している。単行本未収録作品の "Bank Holiday Murder" (地方新聞に掲載されていたのが発見され、EQMMに昨年再録された)で、彼と上司のポート警部はスキャンプトン・オン・シーという海の近くの町で起こった殺人事件を解決した。この町は、別の未収録短編 "Cyanide in the Sun" の舞台でもある。ブランドには未収録・未発表作品がまだいくつもあるそうで、それらを集めた短編集が来年出るとのこと(ジョン・パグマイア氏のブログより)だが、他にもこの町を舞台にした作品があるかもしれない。大いに楽しみだ。
さて、本筋に入ろう。月曜日、休日を取ったトルート巡査部長は今週末に妻や娘二人と海に遊びに行くべく、車の整備に余念がない。そんな時、郊外のお屋敷に住むミセス・ウェイトから今夜のパーティの駐車場係をやってほしいという電話が入る。お屋敷に出向き、職務を全うしたトルートに次に与えられた仕事は給仕係だった。彼は特製のラム・パンチをゲストのグラスに次々注いでいくが、自分の注いだグラスを飲み干した直後に屋敷の主人が中毒死するとは思ってもみなかった……毒の出元はそのグラスかあるいは直前に被害者が喫った巻煙草と考えられたが、巻煙草は既に暖炉の中で燃え尽き、また彼が手にしていたグラスも直後の混乱の中で割れてしまった。果たして毒殺の手段はいかなるもので、犯人は誰か……そして管区内での殺人事件につき当然業務が発生したトルートは、週末に家族サービスができるのか?
お客のほとんどは無名の人物で、実質的に容疑者は家族とその親しい友人二名に絞られる。ブランドはそれぞれの容疑者を検討しながら、最終的に意外な犯人とその意外な目的を提示する。逃げ出した容疑者を追ってロンドンへ向かいそいつと大立ち回りを演じ、ある時には容疑者の細かな「言い間違い」に気が付くことで推理を組み立て、最終的に真犯人との心理戦に挑むトルートはまさに「名探偵」の風格を見せている。そういえば前作でも、ポート警部が間違いそうになるたび「その通りかもしれませんがね?」と挑戦的な決まり文句を言って軌道修正していたっけ。
ブランドほどの人気作家の、しかも(かなり出来のいい)未発表短編が次々発掘されているというのに、商業の版元がどこも飛びついていないのは残念(もう三作も出てきているのに)だが、来年の短編集が出た暁には、きっとこの状況にも変化があると信じたいものだ。
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↑今夏出るアンソロジー第二弾。
The Realm of the Impossible (English Edition)
- 作者: Brian Skupin,John Pugmire
- 出版社/メーカー: Locked Room International
- 発売日: 2018/01/17
- メディア: Kindle版
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↑ブランドの新発見短編”Cyanide in the Sun"はこのアンソロジーに収録されている。
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(補足)
ブランドの未収録短編については、本ブログの以下のページでも紹介している。参考にどうぞ。
本を読んだら書く日記20190404
この形式も久々な気がする。とはいえ、読んだ作品の出来はいまみっつくらい。
・ラグナル・ヨナソン『白夜の警官』(小学館文庫) 評価:③
アリ・ソウルシリーズ(正確には「ダーク・アイスランド・サーガ」)第二作。日本での翻訳は三作目。最初に言っておきたいのだが、第五作『極夜の警官』と一文字しか違わないタイトルは、検索性も悪くてノーセンスである。
まあ、それはさて措こう。第一作『雪盲』のラストで医師見習いの彼女と別れたアリ=ソウルは、アイスランド北部の小さな町シグルフィヨルズルでまだ警官を続けていた。ある日、トンネル工事業者の男が頭を殴られて殺されているのが発見され、署長のトーマスは彼を捜査に同道させる。留守番を仰せつかった先輩のフリーヌルはなぜか気もそぞろでやる気を失っているようにみえた……
良くも悪くも詰め込みすぎ、というのが読後の印象。ミステリとしてのプロットの基本線は、①「アリ=ソウルの捜査」、②「なぜかこの事件に積極的に関わってくるジャーナリストの取材」が徐々に漸近していくところにある。それぞれに見えること見えないこと(それは視点人物の確証バイアスに基づくもの)を書き分け散らしていくことで、読者を誤導する技法を駆使しようとした痕跡は見える。しかし、アリ=ソウルは恋々と別れた彼女のことばかり考えていて使えない(第五作では子供こしらえてたし、復縁したんすかね)し、ジャーナリスト女史は意外に客観的で有能なので視点がぶれず、全然技法が生きてない。だめじゃん。
その上にトーマスの問題、フリーヌルの問題、被害者の殺される理由……ともりもりに盛っているので、総合的に薄味になってしまっている。テーマは十のうち三つくらいに絞ってその三つをしっかり書き込んでくれればもっといい作品になったのにねえ。惜しい。
・イ・ドゥオン『あの子はもういない』(文藝春秋) 評価:③
華文ミステリの次は韓国ミステリが流行るんですかね。(いまいち興味なし)
下品かつ悪趣味なスリラー小説。どこから取り出したかも知れないどす黒い感情を、作中人物がこれでもかと投げつけあうのを読んでいるだけで気分が悪くなる。ある点についてミスディレクションが結構上手に使われているのでそこだけを抜き出して評価することもできるかもしれないが、生理的にダメでした。韓国の映画って全然見たことないんですけどこんな感じのが多いんですか? じゃあ私はだめだなあ。
(評価は5点満点です)
別冊Re-ClaM Vol.1 企画裏話
8月に出る第1巻のあとがきにでも書けば良さそうな内容をここでぶっちゃけてしまおうというエントリです。
さて、三年ほど前からミステリの翻訳出したいと言い続けているが未だに達成できていない。そろそろなんかやるかな~と考えた矢先に評論の「Re-ClaM」なぞ立ち上げてしまって、ますます目標が遠ざかるばかり……とぼやいていたのだが、諸事情により「別冊」を作ることになった。
諸事情といっても難しい話ではない。要するにスペースの問題だ。本誌掲載の予定で進行していた作品の翻訳(の初稿)が、届いてみたらものすごく長かったのである。文字数にして6万、1ページ1,000字計算で60ページ、実態は80ページ弱か? そんなの100ページ目算の本誌(※)に入るわけないじゃん! ファイルを開き、文字数を確認した瞬間、私の脳裏には「別冊」の文字が浮かんでいた。そして、せっかく「別冊」を作るならこれまで訳した作品も収録させてもらって200ページくらいの本を作ってやろう!という発想までは数瞬であった。2/14の出来事である。
そこから Ramble House に連絡だ。Ramble House の担当者(あのクレイジーな表紙画像を描いている Gavin O'Keefe 氏)から連絡先を聞き出して、著作権継承者の Tom Rogers 氏に渡りをつけた。幸い Tom は非常に友好的に対応してくれて、他の付帯条件なしで翻訳権を許諾してくれた。雑誌発表が40年代とはいえ、本が出たのはつい最近だし、著作権継承者が判明しているなら仲良くしておいて損はない。
さて、そこから過去の原稿も含めて直しを入れつつ現在に至る。表紙も発注を掛ける予定で、個人的にも本が出るのが楽しみでしょうがない。まあ、編集作業の進捗は20%くらいだが……創作中心の「別冊Re-ClaM」はVol.2以降も続けていく所存だ。売れ行きは期待できないかもしれないが、やる意義は十分にあると信じる。
※結局160ページになった。合同誌のP数調整難しいね。
Killing Time and Other Stories
- 作者: Joel Townsley Rogers,Favin O'Tucker,Alfred Jan
- 出版社/メーカー: Ramble House
- 発売日: 2010/05/27
- メディア: ハードカバー
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Night of Horror and Other Stories
- 作者: Joel Townsley Rogers,Favin O'Tucker,Barry Warren
- 出版社/メーカー: Ramble House
- 発売日: 2010/05/27
- メディア: ハードカバー
- この商品を含むブログを見る
【告知】Re-ClaM Vol.2と別冊Re-ClaMについて
去る日曜日に文学フリマ事務局より第二十八回文学フリマ東京の席番連絡があったので、こちらでも告知を行います。
・5/6(月・祝)、東京流通センターにて行われる「第二十八回文学フリマ東京」に「Re-ClaM編集部」として出展します。スペースは「オ-29」です。
・新刊として「Re-ClaM Vol.2」を頒布します。特集テーマは「論創海外ミステリ」。前回は知る人ぞ知る作家/評論家でしたが、今回は大分敷居を下げてみました。(敷居が下がったとは言ってない)
・特集内容は以下の通り。具体的には来週末頃の校了を待ってお伝えしていきます。
-「論創海外ミステリ編集部ロングインタビュー」
約30000文字の超ロングインタビュー。叢書の創刊から現在、そして将来の構想までたっぷり語っていただきました。
-北原尚彦氏・鬼頭玲子氏「編者エッセイ」
ホームズアンソロジー/スタウト中編集を編纂されたお二人に、当時の思い出をエッセイとして書いていただきました。
-森英俊氏「論創海外ミステリ架空解説」
「もしこの作品が論創海外ミステリに収録されるとしたら」という仮定で書いていただいたエッセイ。作品はまだ内緒!
-「Re-ClaM編集部が選ぶ論創海外ミステリ20選」
第1巻から第100巻までの100冊から、20冊のおすすめ本を精選。それぞれ700文字程度のレビューを書きました。
-「翻訳者のため息~マージェリー・アリンガム『葬儀屋の次の仕事』」
盛林堂書房での販売時に付録としてつけられていた限定エッセイを復刻。翻訳の裏側を垣間見れる貴重な資料です。
また、特集外の寄稿ページも充実しています。
ROM誌で連載されていた「Queen’s Quorum Quest」(林克郎氏)・「Letter from M.K.」(M.K.氏)・「海外ミステリ最新事情」(小林晋氏)を、Re-ClaMでも継続して書いていただけることになりました。さらに真田啓介氏、古書山たかし氏、藤元直樹氏によるエッセイ、また、本邦初紹介の仏作家シルヴァン・ローシュのミステリ・コントを中川潤氏の訳でお送りします。加えて、小林晋氏からいただいた原書レビュー5連発も掲載。今回お試しで書影カラーページもつけたら、なんと160ページ越えとなりました。やりすぎ!
頒布価格、また通販などの頒布方法といった情報についてはまた別途お知らせいたします。Re-ClaM Vol.2をお楽しみに。
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併せて、8月のコミックマーケット96で頒布未定の「別冊Re-ClaM Vol.1」についてお知らせいたします(予定は未定)。そのタイトルは『死の隠れ鬼 J・T・ロジャース作品集』です。
「このミステリーがすごい!1998年版」海外部門2位となった『赤い右手』で知られるJ・T・ロジャースは、ミステリ・怪奇・航空・戦争など様々なテーマで1930年代・40年代にパルプ雑誌に数多の中短編を書きました。これらの中短編の一部は、リトルプレス Ramble House が出した二冊の作品集にまとめられています。今回はこの二冊のうち、2010年に刊行された Killing Time and Other Stories から三編(中編2、短編1)を選んで邦訳したものとなります。(著作権継承者より翻訳権・編集権の許諾取得済み)
熱帯の国の超高級ホテルで起こった謎めいた毒殺事件、勇敢な戦闘機乗りが空飛ぶ怪物と一騎打ち、そして闇に隠れ潜む恐るべき殺人者……『赤い右手』で作者が見せた、朦朧とさせられる熱っぽい文体と、その下に秘めたしたたかで冷徹なプロットの対比が冴える名品ぞろいです。詳細情報は、文学フリマ会場限定でお配りするペーパー初出、他ツイッターなどでお知らせしていきます。ぜひご期待ください。
2019年度エドガー賞短編部門候補作読書 総括編②
前回に引き続き、エドガー賞短編部門候補作を読んでいくことにする。前回はこちら。
・Art Taylor "English 398: Fiction Workshop"
2019年度アガサ賞短編部門の候補にも挙がっている作品。アート・テイラーは短編専業の作家で本人のサイトでの申告が正しければ、1995年にEQMMのデビュー作コーナーに載って以来かれこれ25年間各誌に寄稿しており、作品数は50弱。ここ数年はアガサ賞・アンソニー賞・マクヴィティ賞で頻繁にノミネートされており、受賞も多数。刊行された著作は連作短編集 On the Road with Del & Louise 一冊のみ。なお、エドガー賞はこれが初ノミネートである。
著者は大学でクリエイティブ・ライティングを教えているそうだが、その経験を生かした?作品になっている。「語らずに示せ」「切れ味の良いプロットに加えて、切れ味の良い文章を」など、主人公のピーターソンが生徒たちに示した指針を基に女子学生のブリタニーが書いた小説を読者は読まされる。その内容は「ピアソン先生が女子学生のブリアンナと、クリエイティブ・ライティングの指導中に不倫している」という現実を基にした妄想である。もちろんこれは事実ではない。ブリタニーはブリアンナのような肉感的な美女とは言いかねるし、ピーターソンは妻を愛しているからだ。おまけにその妄文は、先生が時々に示した「指針」に気まぐれに従った支離滅裂なゴミ作品だった。優秀なブリタニーらしからぬ意味不明な言動に困惑するピーターソン。果たしてピーターソンの運命は如何に?
「創作する」という行為が秘めた魔性を暴き立てる、「奇妙な味」を感じさせる良作である。不出来な短編もどきが、「先生の指針」によってしっちゃかめっちゃかになっていく(一つのシーンに五感の要素を盛り込め、とあればそれに擦り寄るように感覚の描写が爆増するなど)辺りで既に面白いが、妄想に過ぎないはずの「物語未満」が現実を侵食して、ピーターソンの運命を捻じ曲げてしまう終盤の展開が秀逸。正直、ミステリとしては弱い部分があるが、一種の怪談というか奇談として読めば許せるだろう。
なお、本編は作者のHPで期間限定ながら無料で読むことができる。
http://www.arttaylorwriter.com/arttaylor/wp-content/uploads/2019/01/Taylor_English398.pdf
・Lisa Unger "Sleep Tight Motel"
amazonオリジナルのホラー系アンソロジー(Dark Corners Collection, 電子限定)からエドガー賞候補に入った作品。作者のリザ・ウンガーはロマンス畑の人で、第一作の『美しい嘘』(ハヤカワ・ミステリ文庫)が邦訳あり。なお、長編 ”Under My Skin” が本年の同賞長編賞の候補に入っており、ダブル受賞となる可能性もゼロではない(まずないだろうが)。
拳銃一つと出所不明の大金が詰まったカバンを手に、女は古めかしい赤のマスタングを駆る。深夜のハイウェイから見えた看板に導かれるように彼女がたどり着いたのは、不思議な雰囲気の青年が経営する古くて小さいが清潔なモーテルだった。シーズンオフで泊り客がいないモーテルで心尽くしの歓待を受ける女だったが、隣の部屋から大きな音がする、車が急に故障して動かなくなるなど、次々と怪現象に襲われる。同時に、彼女自身が犯した過去の罪が彼女の心を追い詰めていく。
追いかけてくる過去パートと謎めいた現在パートがある一点で集約され、すべての謎が解決するので、その点ではミステリと言えなくもない。ご都合主義にも見えるが、序盤の伏線が示すある設定によって説明されるのは偉い。過去の暴力イケメンと現在の穏やかイケメンを併置するロマンス小説的ウマウマ展開は好き嫌いがあるかも。全体的に長さを感じてしまうのは要素を詰め込みすぎたが故だと思うので、むしろ中長編に書き伸ばすべきではなかろうか。
ここまで語弊のある書き方をしてきたが、こういう暗黒ロマンス小説風ライトミステリって絶対に需要があるので、ウンガー女史に置かれましては日本人読者向けにこのモーテルシリーズを書き継いでいただきたいのですが如何。
なお、本編はamazon kindleで単作購入可能である。235円。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07GB1TLYL
・まとめ
四編分長々とレビューを書いてきたが、いずれの作品もいいところが見つけられる良作で嬉しい限り。単純に好みの順に並べるなら、English>Rabid≧Sleep>Ancient となるが、上で書いた通り翻訳されて適切に紹介されれば、"Sleep Tight Motel" が一番受けがいいと思うので、どこかの出版社が拾ってくれることを期待します。なお、エドガー賞受賞作の発表は2019/4/25(木)の予定です。
次回は2019年度のアガサ賞短編部門候補作についてまとめる予定。
On The Road with Del & Louise: A Novel in Stories (English Edition)
- 作者: Art Taylor
- 出版社/メーカー: Henery Press
- 発売日: 2015/09/15
- メディア: Kindle版
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2019年度エドガー賞短編部門候補作読書 総括編①
2019年1月22日、エドガー賞の候補作が発表された。今年の長編賞は未紹介の作家ばかりで反応に困るな。ウォルター・モズリーのノンシリーズ長編が受賞すると……長編は20年以上ぶりの邦訳になりますな。
むしろ今年話題になっているのは、評論賞の候補に日本人研究者が英語で著した本が入ったことだろう。元になったという『謎解き『ハックルベリー・フィンの冒険』』(新潮選書)は私も買ったが、原作をきちんと読み直してから読もうかと思っている。というか、大人向けの翻訳を読むのは多分初めてだ。<『ハック』
というのは早くも余談であり、今回のテーマは同賞の短編部門にある。今年は五本の短編が候補に挙げられているが、授賞式までに全作を読み切りそのレビューを書いて行く。というか既に読み終わっているので書くだけだ(※1)
以下、作者名順にレビューを羅列する。
・Poul Doiron "Rabid - A Mike Bowditch Short Story"
見慣れない単語"rabid"は恐水病を指す。より分かりやすく言えば狂犬病である。マイク・バウディッチシリーズは既に第九作まで出ているが、第一作の『森へ消えた男』(ハヤカワ・ミステリ文庫)だけが邦訳されている。長大なシリーズのスピンオフであれば読まなくてもいいように思えるが、どっこいこれ一作で十分楽しめる上に、他のシリーズ作品も読んでみたくなる良作である。
物語の中心は、メイン州の森に暮らす猟区管理人マイクの師匠で、今は引退したチャーリーが語る、30年前に彼の猟区に暮らしていたベトナム帰還兵とそのベトナム人の妻についての昔話である。帰還兵がコウモリに噛みつかれたという小さな事件がきっかけで、歪んでいても一応保たれていた秩序が崩壊し、悲惨な結末へ転がり落ちて行く。
しかしながらチャーリーの語りは完全なものではない。彼が男であり、捜査官であったがゆえに見落とされたものを指摘するのは、彼の妻オーラだ。彼女が今一度物語の結末を語り直すことによって、見逃された視点が、隠されていた陰惨な真実が明らかになる。これは上手い。米北部の美しい森にあってもアメリカ人の心性の深層を深く抉るベトナム戦争の興味深さは、やはり無類である。
なお本編はkindleで単作で購入可能である。値段は200円。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CWRHJ3W
・John Lutz "Paranoid Enough for Two"
未読。といってもジョン・ラッツは以前にもエドガー賞短編部門を受賞したことがあるので受賞率は低そうな気がするし、新シリーズ第一作のkobo版限定おまけ短編とのことでまったく読む気になれない。(↑のように単作で読んで面白い可能性はあるが……)
本編はそのシリーズの第二作 The Havana Game の巻末おまけとして再録されたので、読もうと思えば読むことができる。もし誰か読んで面白いと思った人がいたら、コメント他で教えてくりゃれ。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CWFXMV1
・Val McDermid "Ancient and Modern"
マクダーミドも一時期は盛んに翻訳された(主に集英社文庫)が、最近はとんと御無沙汰の作家。最新訳は意外!にも化学同人なる専門出版社から出た『科学捜査ケースファイル: 難事件はいかにして解決されたか』である。パトリシア・コーンウェルもそうだが、作中で使っているうちに調べ物に夢中になって……というパターンらしい。
候補作はノンシリーズ短編。初出は Bloody Scotland というアンソロジーである。「スコットランドの古い建物」を作中に取りこむという縛りのアンソロジーだが、何と本作に登場するのは「隠者の城」と呼ばれる架空の建物なのだ。いいのか、そんな解決法。
結婚を約束した恋人とのスコットランド北西部旅行の様子を、美しい情景とともに描いた前半が素晴らしい。時折、そして繰り返し差し挟まれる「でもコリンにはこの話はしなかった」という謎の一文が、この後何が起こるのかと読者を不安にさせるが、そのつもりにつもった情念が中盤以降利いてくることになる。しかし、力を溜めた割には終盤の爆発力に欠けるため、残念ながら傑作とは言えない。
本作は単作販売を行っておらず、また収録アンソロジーも今のところ電子版が出ていないので、読みたければ書籍を取り寄せるしかない。
残り二編とまとめは明日。
謎とき『ハックルベリー・フィンの冒険』: ある未解決殺人事件の深層 (新潮選書)
- 作者: 竹内康浩
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/01/23
- メディア: 単行本
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