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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

2019年度エドガー賞短編部門候補作読書 総括編②

前回に引き続き、エドガー賞短編部門候補作を読んでいくことにする。前回はこちら。

deep-place.hatenablog.com

 

Art Taylor "English 398: Fiction Workshop"

2019年度アガサ賞短編部門の候補にも挙がっている作品。アート・テイラーは短編専業の作家で本人のサイトでの申告が正しければ、1995年にEQMMのデビュー作コーナーに載って以来かれこれ25年間各誌に寄稿しており、作品数は50弱。ここ数年はアガサ賞・アンソニー賞・マクヴィティ賞で頻繁にノミネートされており、受賞も多数。刊行された著作は連作短編集 On the Road with Del & Louise 一冊のみ。なお、エドガー賞はこれが初ノミネートである。

著者は大学でクリエイティブ・ライティングを教えているそうだが、その経験を生かした?作品になっている。「語らずに示せ」「切れ味の良いプロットに加えて、切れ味の良い文章を」など、主人公のピーターソンが生徒たちに示した指針を基に女子学生のブリタニーが書いた小説を読者は読まされる。その内容は「ピアソン先生が女子学生のブリアンナと、クリエイティブ・ライティングの指導中に不倫している」という現実を基にした妄想である。もちろんこれは事実ではない。ブリタニーはブリアンナのような肉感的な美女とは言いかねるし、ピーターソンは妻を愛しているからだ。おまけにその妄文は、先生が時々に示した「指針」に気まぐれに従った支離滅裂なゴミ作品だった。優秀なブリタニーらしからぬ意味不明な言動に困惑するピーターソン。果たしてピーターソンの運命は如何に?

「創作する」という行為が秘めた魔性を暴き立てる、「奇妙な味」を感じさせる良作である。不出来な短編もどきが、「先生の指針」によってしっちゃかめっちゃかになっていく(一つのシーンに五感の要素を盛り込め、とあればそれに擦り寄るように感覚の描写が爆増するなど)辺りで既に面白いが、妄想に過ぎないはずの「物語未満」が現実を侵食して、ピーターソンの運命を捻じ曲げてしまう終盤の展開が秀逸。正直、ミステリとしては弱い部分があるが、一種の怪談というか奇談として読めば許せるだろう。

なお、本編は作者のHPで期間限定ながら無料で読むことができる。

http://www.arttaylorwriter.com/arttaylor/wp-content/uploads/2019/01/Taylor_English398.pdf

 

Lisa Unger "Sleep Tight Motel"

amazonオリジナルのホラー系アンソロジー(Dark Corners Collection, 電子限定)からエドガー賞候補に入った作品。作者のリザ・ウンガーはロマンス畑の人で、第一作の『美しい嘘』(ハヤカワ・ミステリ文庫)が邦訳あり。なお、長編 ”Under My Skin” が本年の同賞長編賞の候補に入っており、ダブル受賞となる可能性もゼロではない(まずないだろうが)。

拳銃一つと出所不明の大金が詰まったカバンを手に、女は古めかしい赤のマスタングを駆る。深夜のハイウェイから見えた看板に導かれるように彼女がたどり着いたのは、不思議な雰囲気の青年が経営する古くて小さいが清潔なモーテルだった。シーズンオフで泊り客がいないモーテルで心尽くしの歓待を受ける女だったが、隣の部屋から大きな音がする、車が急に故障して動かなくなるなど、次々と怪現象に襲われる。同時に、彼女自身が犯した過去の罪が彼女の心を追い詰めていく。

追いかけてくる過去パートと謎めいた現在パートがある一点で集約され、すべての謎が解決するので、その点ではミステリと言えなくもない。ご都合主義にも見えるが、序盤の伏線が示すある設定によって説明されるのは偉い。過去の暴力イケメンと現在の穏やかイケメンを併置するロマンス小説的ウマウマ展開は好き嫌いがあるかも。全体的に長さを感じてしまうのは要素を詰め込みすぎたが故だと思うので、むしろ中長編に書き伸ばすべきではなかろうか。

ここまで語弊のある書き方をしてきたが、こういう暗黒ロマンス小説風ライトミステリって絶対に需要があるので、ウンガー女史に置かれましては日本人読者向けにこのモーテルシリーズを書き継いでいただきたいのですが如何。

なお、本編はamazon kindleで単作購入可能である。235円。

https://www.amazon.co.jp/dp/B07GB1TLYL

 

・まとめ

四編分長々とレビューを書いてきたが、いずれの作品もいいところが見つけられる良作で嬉しい限り。単純に好みの順に並べるなら、English>Rabid≧Sleep>Ancient となるが、上で書いた通り翻訳されて適切に紹介されれば、"Sleep Tight Motel" が一番受けがいいと思うので、どこかの出版社が拾ってくれることを期待します。なお、エドガー賞受賞作の発表は2019/4/25(木)の予定です。

次回は2019年度のアガサ賞短編部門候補作についてまとめる予定。

 

On The Road with Del & Louise: A Novel in Stories (English Edition)

On The Road with Del & Louise: A Novel in Stories (English Edition)