第二十五回:ローレンス・ブロック『倒錯の舞踏』(二見文庫)
○「誰が見張りを見張るのか?(Quis custodiet ipsos custodes?)」(承前)
咲: ふと眼を覚ますと、ぼくたちは6月中旬、熱気と雨が同居する空を茫然と見上げていたんだ。
姫: あれだけ気を持たせる感じで「続く」したのに……大失敗。
咲: 座談の投稿はンか月前、その間更新もしてないから、ある意味、読者的には困らんだろうとは思う。
姫: 誰も前回の内容を覚えてない、という話でしょ。読みなおしてもらうのもアレなので簡単に趣旨の説明を。
咲: へいへい。極めて単純に言うと、「正義とは何か」って話。前回取り上げたジェイムズ・リー・バーク『ブラック・チェリー・ブルース』の主人公、ロビショーは自分や家族、大切なものに危害を加えようとする「悪」に制裁を加えてはばからない。その「悪」と関わるきっかけが、彼自身の勇み足によるものだったとしても。
姫: 彼の「暴走」は少なくとも私たち二人の眼には理解し難いものとして映った。でも本国では非常に人気があって、シリーズは今でも続いている。ロビショーがその後どうなったかは、翻訳が途切れてしまったこともあってよく分からない。
咲: という感じでしたね。そしてその謎を解くカギが80年代アメリカの歪んだ雰囲気の中にあるのではないか、と検討をつけて締めくくった訳でした。さて、そして話は今回のローレンス・ブロック『倒錯の舞踏』(1991)に移ってくる。
姫: ローレンス・ブロックについては、いまさらここで語るようなことはなにもないのだけど、簡単に紹介します。1938年ニューヨーク州生まれだから、御年76歳になるわ。20歳前後から雑誌に短編小説を発表。1961年に作家デビュー。ペーパーバックライターとしてしばらく活動した後、1970年代後半、現在まで書き継いでいる<私立探偵マット・スカダー・シリーズ>と<泥棒バーニイ・ローデンバー・シリーズ>の二枚看板を立ち上げる。ハヤカワ文庫に入っている『八百万の死にざま』が、日本では一番読まれているのではないかしら。
咲: 短編の名手としても知られていて、エドガー賞の最優秀短編部門を二回受賞している。1994年にはMWAのグランド・マスターとしても表彰されている、名実ともに現代アメリカを代表するミステリ作家だ。
姫: 前作『墓場への切符』(1990)、今回の『倒錯の舞踏』、そして次作『獣たちの墓』(1992)の三作をまとめて、「倒錯三部作」と日本では呼称しているわ。アメリカではどうだか知らないけれど。三作とも、私立探偵であるマット・スカダーとシリアルキラーが対決するのだけど、少しずつスカダーの立ち位置が違い、それゆえに物語の全体像もまた変わってきている。実験的な作品群と言えるでしょうね。
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咲: 『墓場への切符』では、警官時代にスカダーが逮捕した犯罪者モットリーが、スカダーと彼がこれまで関わってきた(とモットリーが妄想する)女たちすべてを殺そうと目論み、それをスカダーが阻止しようとする。詳しい話は是非読んで確認してほしいけれど、スカダーの犯した罪が巡り巡って彼を刺す、という因縁話としては出色の出来だった。
姫:『倒錯の舞踏』は以下のような内容。たまたまレンタルショップで借りたビデオにダビングされていた小児ポルノ/スナッフムービーを見てしまったスカダー。彼はビデオに映っていた男と女、そして子どもの正体を突き止め、殺人者に償いをさせるべく立ち上がる。前作では巻き込まれ役(因縁的にはスカダーが主とはいえ)だったスカダーが、偶然の渦に引き寄せられるように、それでも物語に主体的に関わっていく話だったわね。
咲: それによって「犯人との対峙」の形も変わっていく訳だ。『〜切符』では、あくまでも「犯罪に巻き込まれた」関係者の一人であり、「正当防衛」が通用した。だが『〜舞踏』では、きっかけは偶然とはいえ、「無関係なところから主体的に事件に関わり」「許し難い犯罪者を裁きたい」一人の「正義の徒」でしかない。犯人は当然スカダーのことなんて知らない。でも、スカダーは許せない。
姫: そして『獣たちの墓』で、「連続殺人鬼」の物語は再び姿を変える。スカダーは、今度は「依頼を受けて」、ある女性を殺した犯人を追うことになる。スカダーにとって今回の事件は報酬を受け取る「仕事」になっているのね。
咲: 「巻き込まれ」「ボランティア」(日本語だと語弊ありか)「依頼仕事」、三つの形で「究極の悪=快楽殺人者」と戦うスカダー。いずれの作品にも面白いところがあるのだけど、三作それぞれの結末で提示される、「法によって裁けない犯罪者と(権力の側にない)私立探偵はどう向かい合うべきか」という問題は非常に重たい。
姫: ネタバレになってしまうので、詳しく書けないのは残念ね。ただそこにあるのは正義の味方が悪人を殴り倒してハッピーエンド、という単純な「正義」じゃないのは確か。スカダーは超人じゃなくてごく普通のおじさんでもある、その彼が最後に何をするか、ぜひ見届けて欲しいです。敢えてニーチェ風に言えば、「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。 」と言ったところかしら。
咲: 「見張りが罪を犯すならば」「誰が見張りを見張るのか?」だよ。
姫: そうそれね、『ウォッチメン』とかニクソンの話をするつもりもあったようだけど?
咲: ベトナム戦争とアメリカ人のメンタリティーの話はあまりにも深すぎるのでここではサケマス。あえて超単純化/偏見化すれば「アメリカ的正義」が「(負けたかどうかはともかく)勝てなかった」という話にできなくもないけど……そこから「正義と悪」の二元論が崩壊した話に持って行くのは無理筋すぎるし、そんな腕力もない。
姫: もっとお勉強しなくちゃ、ね。
○まとめ
咲: ということでまとめます。
姫: 個別の作品の話をほとんどしてないけど、まあ仕方がないか。
咲: 僕個人としては『墓場への切符』が一番面白い?かな。なんにせよ三作とも状況設定は強引に過ぎるけれど。
姫: それでも読ませるのはすごい。個人的にはやっぱり『倒錯の舞踏』のラストが一番怖かったかしらね。
咲: 「怖い」というのは重要なファクタかもしれない。先にも述べたけど、スカダーはスーパーヒーローじゃない。彼の「決断」は正直僕たちの決断であるかもしれないんだ。そこのひりつくようなリアリティと物語のシュールさが生み出す「倒錯」ぶりは至極だ。
姫: 悪党だけど憎めない相方、ミック・バル−が多めに登場して、ナイスコンビネーションを見せてくれるところも見どころ。ぜひ三作まとめて読んで欲しいわね。
咲: さて次回は……『密造人の娘』は先にやったから、ミネット・ウォルターズ『女彫刻家』です。ウォルターズは好きだけど、あの作品はいまひとつ苦手なんだよね。
姫: テーマが似てる、というかほぼ同じなので、メアリー・W・ウォーカー『処刑前夜』も一緒にやることにしましょう。英米の処理の違いが見えて面白いかも。
咲: ではそれで。早めにアップできるように諸々頑張ります。
姫: ではでは〜
(第二十五回:了)