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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

サバービコン(2017)

 評論家の三橋曉氏オススメの映画「サバービコン」を観てきた。本日初日。

 1959年、大都市郊外の住宅地「サバービコン」が舞台。ロッジ夫妻の家の隣に黒人のマイヤーズ一家が引っ越してきたところから物語は始まる。いや実はもっと昔から始まっていたのかもしれないが……サバービコンの住人たちは黒人の受け入れに大反対。隣家と接する辺に塀を立てる、衆を揃えて朝から晩まで黒人は出て行けと大声で威嚇する、商店で物を売らない、ゴミを投げつける……陰湿で徹底的な嫌がらせが続く中、ロッジ家でも事態が動き始めていた。

 ある晩、ロッジ家に居直り強盗が侵入。ガードナーとローズ夫妻、息子のニッキー、そしてローズの双子の姉マーガレットは全員クロロホルムで眠らされてしまう。しかし翌朝、強盗に荒らされた家の中でローズだけは目を覚ますことがなかった。クロロホルムの過剰摂取による死。ローズとマーガレットの兄ミッチはニッキーに犯人への復讐を誓うが、捜査は遅々として進まない。ようやく訪れた面通しの機会にこっそり入り込んだニッキーは、思いもよらない衝撃の展開を目にしてしまう……

 

 「サバービア」が翻訳ミステリ評論界隈でキーワード的に扱われたのは2010年頃だったと記憶する。川出正樹/霜月蒼/杉江松恋米光一成四氏の座談会録「”この町の誰かが”翻訳ミステリ好きだと信じて」「サバービアとミステリ 郊外/都市/犯罪の文学」を読んで、おおと感嘆した人も少なくないと思う。いや、そんなん知らんよという人もまた、多数いらっしゃるとは思いますが。

 その中で大きく取り上げられた参考図書の一つが、大場正明『サバービアの憂欝』。1993年に東京書籍から出版されるも、残念ながら現在は絶版。古書価も定価よりやや高。ただし著者がWEBで全文を公開しているので、読むこと自体は問題なく可能です。「1950年代以降のアメリカを知る」上では基本となる本で、かつめちゃくちゃ読みやすいので、まだ読んだことのない人は暇な時に(いままさに暇だろ、GWなんだから)アクセスしてみてください。

http://c-cross.cside2.com/html/j0000000.htm

 で、この本を敢えて取り上げるのは、「サバービコン」理解に当たってこの本がものすごく有用だからである。というか著者の大場正明氏は「サバービコン」パンフレットにも一文寄せてます。ノワール・コメディと実話が暴く偽りの楽園」というこの文章もすごく面白いので、映画を観たらぜひパンフレットも買おう。

 とまれ、この本を読んでいると、例えばマイヤーズ一家のお父さんが芝生を刈っていたり、お母さんが郵便配達人から「グッドハウス・キーピング」誌の定期購読を受け取っていたりするのを見て「うわっ、まんまじゃん」となる。そのくらいしっかりとディテールが作り込まれている。とにかく「1959年っぽい」世界を作り出すためにジョージ・クルーニーがしっかりお金を掛け心を砕いているのが分かる訳。さらに、物質的な面に加えて精神的な面でも作り込みは入念だ。たとえば、マイヤーズ一家を追いだそうとする町内会議の場には当然男しかいないのだが、そこで頻繁に口にされるのが「サバービコンは発展し続ける」「黒人はその発展を妨げる」という笑止な言説。マニフェスト・デスティニー アメリカ(白)人最高や。お前ら完全に狂ってるぞwww

 チョイ太目のお父さん役(ガードナー)に扮したマット・デイモンが会社のデスクで周りに人がいない時はずーっと握力鍛えてるとか、ローズとマーガレットの二役で出演しているジュリアン・ムーアが静かに笑うサイコパスに成り果てていく(客に洗剤入りコーヒーを自然に出す)とか色々ぶっ飛んでいるのも面白いし、ものすごく演技達者な子役ノア・ジュープ(ニッキー)が終盤追いつめられて、まるでヒッチコックの映画みたいなカット割りになって行くのも良かった。とにかくディテールがものすごく丁寧に詰められていて、それが全体にしっかり奉仕していく。良作だと思います。

 最後に一番好きなシークエンスについて。でかい身体のマット・デイモンが夜の街に向かって小さな自転車を一生懸命漕ぎながら疾走するシーンがあるのですが(なぜそんなことになったかは書けない)、そこでカメラがスッと引いて夜空とぽつぽつ灯りが付いている街を映す。一か所やけに大きな灯りがあるのですが、それはマイヤーズ家の前で大騒ぎしている馬鹿者たちを表しています。さておき、物語の最初で紹介された街の清潔な様子とは打って変わって、闇に沈んだ街の禍々しい(そして逆に美しい)ことと言ったら……みっともないマットとの対比もばっちり。アメリカの文化に興味がある人は必ず観なければならない作品です。

 

サバービアの憂鬱―アメリカン・ファミリーの光と影

サバービアの憂鬱―アメリカン・ファミリーの光と影

 
彼女が家に帰るまで (集英社文庫)

彼女が家に帰るまで (集英社文庫)

 

↑若いアメリカ人ミステリ作家でも随一の実力者が描く、「50年代後半の」「サバービアに黒人がやってきた」物語。2016年の必読書、でした。

ザ・フィフティーズ1: 1950年代アメリカの光と影 (ちくま文庫)
 

↑『サバービアの憂欝』に続く参考書。長いけど面白い。