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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

本を読んだら書く日記20190109|ドウェイン・スウィアジンスキー『カナリアはさえずる』

 最近超熱心に本を読んでいる感を出してしまっていますが、それは会社帰りに古本屋に行かず、紹介したくなるようなレストランや飯屋にも行かず、自宅で身を細らせながら本を読んでいるからであって……どっちが正しい人生なんやろうな。

 つまりネタが本を読んだことしかない訳です。ちょっと寂しいね。

 

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 ドウェイン・スウィアジンスキー『カナリアはさえずる』(扶桑社ミステリー)を読んだ。

カナリアはさえずる(上) (海外文庫)

カナリアはさえずる(上) (海外文庫)

 
カナリアはさえずる(下) (海外文庫)

カナリアはさえずる(下) (海外文庫)

 

 

 スウィアジンスキーは今を遡ること10年ほど前に『メアリー-ケイト』『解雇手当』の二作品がハヤカワ・ミステリ文庫で刊行されたことで、私の頭の片隅に残っていた作家だ。その作風は端的に言えば「何でもありのドタバタサスペンス小説」でその味付けは「不幸も死も苦しみもひとしなみに低価値な悪趣味ギャグ」である。良識のある向きには顔を背けられそうだが、ウケる人間には直撃しかるのち大爆笑という内容だった。だから彼がデッドプール(を含む主にマーベル系のコミックス)の原作を書いたことがあるというのにも妙に納得だった。しかし、上記二作品は年末ランキングなどにも特にかかわることなく(残念ながら当然)、スウィアジンスキー自身も日本の読者から忘れ去られてかけていた。そう、この本が出るまでは!

 本書は、ペンシルベニア州フィラデルフィアを舞台とする「麻薬」をテーマに据えた作品である。ことアメリ東海岸の街のなかでも、ニューヨークやボストンは頻繁に小説の舞台になるのでなんとなくイメージがあるが、フィラデルフィアについては「独立宣言の署名が行われた街」というくらいの曖昧な認識しかなかったが、例えばフィラデルフィア ドラッグ」で検索してみると、こんなニュースコラムがヒットする。2017年の記事だ。

 この記事の冒頭の2パラグラフを引用する。

 私が車で到着したのは、ノースフィラデルフィアNorth Philadelphia)のケンジントンKensington)地区。ここを訪れたのは、ラジオで聞いた話を追跡取材するためだ。線路沿い半マイル(約0.8キロ)にわたり米東部最大の屋外ドラッグ市場があると言われていた。ヘロインの問題が深刻化しているこの地域の実態はどれだけひどいもので、未曽有の麻薬依存が広がっているか、メディアが半年おきぐらいに報じるほどだった。

到着して目にした光景は、そうした報道による印象を確かに裏付けるものだった。この渓谷周辺は全米有数の貧困地域だ。ケンジントン地区と、似たようないくつかの地区の貧困率が低いために、フィラデルフィアは米国で最も貧しい大都市にランク付けされている

 なんと……恥ずかしながら知らなかった。本書では、こういった地勢的背景を縦糸に、そして人種的背景も含めた登場人物たちの思惑を横糸に、極めて複雑で緻密な織物が構成されている。

 主人公のサリー(スペイン系)は、大学に入学したばかり。真面目で頭の切れる優等生だが、ある日パーティーで出会ったD(イタリア系)という赤いチノパンの似合うカッコいい先輩に頼まれて、車で街の北部のタウンハウスに送ることになった。Dは麻薬密売人をやっており、ディーラーから品物を仕入れに行くところだった。大物ディーラーの通称「チャッキー」の家へDを送り届けてほっと一息ついたサリーの前に、市警の麻薬撲滅チームの熱心な刑事ウィルディ(アフリカ系)が現れる。サリーの車に残されたDの上着からドラッグが発見されたことにより、サリーは最悪の状況に放り込まれてしまう。Dを差し出すか、あるいは。厳しい選択を迫られた彼女は、D以外の密売人を見つけ出して告発することで、悪夢的状況を切り抜けようとするが……

 物語は、「サリーが母親に宛てたメモ」(ただし麻薬中毒患者だった母親は既に病気で亡くなっており実質自分用の覚書だ)と、ウィルディの三人称、そしてウィルディとサリーの間でやり取りされるショートメッセージで構成される。三つの文体を上手く繋げながら、各人がそれぞれに抱えるドラッグへの憎しみや腐りきった(しかし愛してもいる)街フィラデルフィアへの鬱屈した感情を存分に描き尽くしている。あれあれ、めちゃくちゃ真面目な作風じゃね~の? 10年前の作品に見られた「何でもあり」感はどこへ行っちゃったの?

 大丈夫、上巻はまだまだアイドリング。一気にアクセルを踏み込むのは下巻に入ってからだ。謎の人物によってCI(警察協力者=密告者)を皆殺しにするために送り込まれる殺し屋たちとのバトル、次々に密売人を挙げながらもみるみる窮地に追い込まれていくサリー、もはや誰も信じられないウィルディの絶望……どんどこどんどこテンションが上がっていき、そして終盤明らかになる意外な真相! 上記のヒスパニック黒人イタリア系だけでなくアイルランド系ロシア系まで何もかもひっくるめてどっかんどっかん大騒ぎの果てにしんみりとした結末に読者を運んでいく。う、うまい。うますぎる。

 自分の奔放な作風をいかに制御するかを学んで、スウィアジンスキーは大人になった。以前の作風が好きな人も苦手な人も、10年前の本なんて知らんよという人ももれなく楽しめる。『カナリアはさえずる』はそんな作品だ!

 

メアリー‐ケイト (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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解雇手当(ハヤカワ・ミステリ文庫)

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