皆川博子未収録短編読書まとめ①
来週の金曜日5月25日に皆川博子先生の100作目の単著、『皆川博子の辺境薔薇館』(河出書房新社)が刊行されるとの由。インタビューや未収録短編、また作家、評論家ら数多くの皆川博子ファンのエッセイが寄稿されるとのことです。
皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa
- 作者: 河出書房新社編集部
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2018/05/24
- メディア: 単行本
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それに合わせて、皆川博子の残念ながらいまだ数多い未収録短編を一挙に読んでみようと思います。現行入手容易な(国会図書館でコピーできる)50編の情報については、以下のサイトも合わせてご覧ください。
「皆川博子 単行本未収録作品書誌(参考編)」 by 戸田和光
http://www7b.biglobe.ne.jp/~tdk_tdk/minagawa.html
1. 「夜のアポロン」……「サンジャック」1976年4月号
ごく最近存在が確認された作品です。皆川博子とヌードやセックス、車の話題がメインの男性誌というミスマッチに加え、「矢沢永吉の写真と女性作家の小説をタイアップする」という企画(しかも続かなかった)の不整合ぶりには相当の違和感がありますが、しかしそれでもなお非常に皆川博子らしい作品に仕上がっています。
場末のサーカスで、球状に組み立てられた檻の中を、時に重力に逆らいながら猛スピードで駆けまわる芸を披露する徹は、仲間たちから「アポロン」と呼ばれるようになっていた。彼に恋するショーダンサーのマユミは千秋楽の今日、タンデムでこの芸に挑む。夜八時三十分、舞台はライトアップされ、太陽神が降臨する……
スピードライダーを憧れながらも、金のない者にその道は開かれないことを知り閉塞感に苛まれている青年と、彼に恋し彼のためなら何でもしてやりたいと望む少女の行き場のない様子が球状の檻に仮託されています。彼らの胸のうちに燻る情熱が、最後の瞬間に究極的に燃え上がる、未収録なのが惜しまれる強烈な作品です。
なお、発表は『水底の祭り』『薔薇の血を流して』収録作と同時期になります。もう少し早ければ『トマト・ゲーム』に入っていたかもしれませんね。
2.「スペシャル・メニュー」……「小説現代」1977年4月号
人口が一億人から七千人前後まで減少してしまった未来の日本を舞台に描かれる、いささかブラックなショートショート。「たとえ人口が減ろうとも文明レベルを下げるわけにはいかない」というお題目の元、エレベーターガールがレストランの受付係、そして女給へと全力疾走しながらサービスしていくという冒頭が既に面白い。「47歳だから全力疾走はキツイ」と訴えるのも妙にリアルです。
噂だけで語られる究極の美食、それはこの手の作品にはありがちなものなのですが、「人類が滅びへと導かれている理由」が明かされる結末を踏まえると、その精神の歪みに辟易させられてしまいます。こういう作品も書くのか、というのが正直な感想。
3.「夜、囚われて……」……「Delica」1977年7月号
コーヒーショップに務める青年と四十がらみの幻想小説家「モカさん」(モカばかり頼んで、ずっと文庫本を読んでいる)の歪んだ関係を描いた作品です。「モカさん」を殺そうとナイフを掴み飛びかかった、その拍子に真っ暗な窓から転落する……そんな夢を見た青年が目を覚ますと、そこは「モカさん」の家のベッドだった。性交渉を持った訳ではない。しかし、なし崩しに深まっていく関係の中で青年が選んだ真実の恋は……
これまた新発見短編。Delicaは女性向けの情報誌ですが、この時期ミステリ作家(小泉喜美子など)を起用して色々書かせています。国会図書館で借り出してペラペラめくりましたが、個人的には(ミステリとは関係ないですが)海野弘のデザイン論が面白かったですね。
さて、皆川博子は後年あまりにも頻繁にこの手を使っているのですが(具体的には書けない)、類似の作例としては最も早い時期の作品です。非現実的な話ではありますが、「幻想小説家」であるがゆえに「あり」という気分になってしまう不気味な作品です。
4.「夜のリフレーン」……「小説推理」1978年7月号
「小説推理」誌上で連載された『絵の贈り物』というアンソロジー企画の一編。吉行淳之介、中田耕治、藤沢周平、皆川博子、眉村卓、田村隆一、藤原審雨、池波正太郎、中山あい子、多岐川恭、都筑道夫、戸川昌子、田中小実昌、佐藤愛子、森村誠一、谷恒生、樹下太郎、山田正紀、河野典生、赤江瀑、藤本義一と、人気作家から当時の新進作家まで勢ぞろいしたこの企画は、福田隆義が描き下ろしたイラストに作家が小文を添えるという内容で、のちに単行本化されています。
皆川博子に割り当てられたのは、細身の黒人ボクサーがノックアウトされているイラスト。「姉さん」に語りかけるある女性の独言を辿った先で緩やかに恐怖が立ち上がる構成でなかなか上手い。後年『ジャムの真昼』や『絵小説』でやったことの原点を示す、作家歴の中でも重要な作品です。
(5/22追記:瀬名秀明編『送る物語Wonder』や、『冒険の森へ 傑作小説大全3』などにも再録されています)
5.「兎狩り」……「別冊小説宝石」1979年5月号
「兎狩りをしよう」と彼が吉本に提案したのはある冬の日のことだった。彼と吉本の関係は高校時代にまで遡る。大柄で柔道や空手をやっていて、それでいて芸術や映画、洋楽にも詳しい吉本は、一見陽気で快活なようで、その性根は残酷で臆病だった。ある日学校の水の入っていないプールで男子生徒の死体が発見される。事故ということで一旦は片付いた事件だったが、彼だけは吉本が犯人なのではと疑っていた。
吉本という、一言では言い表し難い複雑で多面的な心性を持つ男を巧みに描いた作品ですが、そこに名無しの「彼」の視線を挟み込むことでさらに描写を揺らがせています。現状への不満を暴発させる吉本の大きな体とそれを操る小柄な「彼」の対比と捩じれが見事。さらに五年後の出来事を描く結部まで飽きさせずに読ませる良作です。
明日はもっと本数が増えるかも。よろしくお願いします。