第二十回:リック・ボイヤー『ケープ・コッド危険水域』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+エルモア・レナード『ラブラバ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
○にちようびのだいぼうけん
咲: また微妙に間が空いてしまいましたが元気です。
姫: 私たちを置いて旅行に行ったりしてたしね。サイコロを振って出た目に従って進むような、ランダム要素の極めて強い旅だったようだけど。
咲: さておき、今回は久々の二本立て。たまにやると冊数が捌けていいやね。
姫: 一つ目のリック・ボイヤー『ケープ・コッド危険水域』(1982)は、1976年に発表されたシャーロック・ホームズパスティーシュ(「スマトラの巨大ネズミ」という書かれざる事件をモチーフにしたもの)を含めると、作者の第二作に当たる作品ね。発表当時は大分持て囃されたみたいだけど……。
- 作者: リックボイヤー,村上博基
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1991/10
- メディア: 文庫
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咲: まずはあらすじから入ろうか。
わたしは口腔外科医のアダムズ。ドクと呼んでもらおう。ケープ・コッドの沖に不審な座礁船を目撃したわたしは、友人のダイバーに偵察を頼むが、翌日、彼は溺死体となって発見された。わたしの余計な好奇心がこんな事態を招いたのか。自責の念に駆られ、わたしは自ら謎の座礁船と友人の死の真相を調べはじめる。(文庫裏表紙あらすじより抜粋)
姫: いわゆる冒険小説なんだけど、米国風というよりむしろ古式ゆかしき英国風でずぶの素人が巻き込まれます。でも、事件そのものが大陰謀とかではなく全然普通の犯罪計画だったりするあたり、非常に「お手軽」な感じの漂う作品ね。
咲: その「お手軽」感の最たる部分は、事件に対するドクの態度にあるんじゃないか。上記あらすじでは「好奇心から友人を死なせた自責」が彼を動かしていることになっているけれど、実際のところ彼は、「持て余した余暇」を潰すために、自ら冒険の渦に身をゆだねている傾向がある。
姫: 手を怪我してしまい、しばらく仕事が出来ないとなったときに暇すぎて逆に体を壊す、というほどワーカホリックのおじさんが、日曜大工みたいなノリで事件に取り組んでいくのはどうかと思う。
咲: まーしかも、カネはあるコネはある妻の理解はあるで、ほとんどお遊び感覚なんだよね。しかも合間には奥さんとヤリまくり仲間たちと飲みまくりで人生をエンジョイしていやがる訳で。
姫: 殴られて気を失うなどテンプレートはきちんとなぞって、最後は友だち勢揃いの大団円。誰がこんなの楽しめるのかしら。アホクサ。
咲: 解説は超絶賛している分だけこちらのテンションも下がるよなあ。まあこの人が面白いと言った作品は大抵つまらないので。あと、この人の訳した作品は面白くても……
姫: 泡沫場末ブログでも危険なものは危険だから止めて。(キッパリ
咲: アイマム。結論としては「ハッスルおじさんのなつやすみのだいぼうけん」を読みたい人以外にはオススメしません。悪しからず、といったところ。
○「宿命の女」はテンプレートから逃れられないのか?
姫: 二つ目のエルモア・レナード『ラブラバ』(1983)はわたしにはいまひとつ良さの分からない作品でした。
咲: そう言いなさんな。結論を出すのは、もう少しこの作品の内容を検討してからでも遅くはない。ちなみに「ラ・ブラバ La Brava」であって、決して「ラブ・ラバ Love Lover」ではないので、注意が必要。まあ、愛についての物語ではあるんですが。
- 作者: エルモアレナード,鷲村達也
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1988/04
- メディア: 文庫
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姫: いいわ。あらすじ行きましょ。
ジョー・ラブラバは元シークレット・サービスの捜査官。退職した今は、マイアミビーチでカメラマンをしている。その彼が、年上の友人の引き合わせで、元女優のジーン・ショーと知り合う。彼女は、かつてラブラバが銀幕で出会い、初めての恋情を覚えてしまった相手なのだ。彼女は現在身辺に問題を抱えていた。大男のガードマン、リチャード・ノーブルズとキューバの刑務所を脱獄してやってきた犯罪者・クンドー・レイ。この二人が彼女の背景につきまとい、何事かを企んでいたからだ。ジーンと恋におち、陰謀の影に気付いたラブラバは、昔とった杵柄で彼女を守り、悪に対抗する決意を固める。
咲: 30代半ばの男が50代の元映画女優に抱いた恋情をどういう風に描くか、そして悪党たちの騙し騙されのコンゲームがどういう形で着地するのか、という二点が密接に結びついた作品だ……と書くと大ネタが割れちゃうかな。
姫: と言ってもかなり早い段階で分かる内容だからいいんじゃないかしら。お話そのものは他愛のない作品だけど、とにかくスピード感のある描写とポンポン飛び交う会話で読ませる。いかにもレナードらしい作品というイメージ。
咲: レナードの作品を大きく二つに分けると……といったのは瀬戸川猛資。彼は「レナード・タッチ」の作品と西部劇風の作品という風な分類を提示している。まあこれって、結局保安官が出てくるかそうじゃないかの差しかないんだけど。そういう意味では、ジョー・ラブラバという「保安官」(正義の味方として読者が感情移入できる人物)が登場する本作は後者かな。
姫: そのイメージも込みで騙しの要素な訳だけど……そこは面白いんだけどね。
咲: 姫川さんが気にいらないのは、結局映画女優ジーン・ショーでしょう。
姫: クレイグ・ライス『こびと殺人事件』をお読みなさいよ。若き日のマローンが憧れた、でも今は尾羽打ち枯らした老女優と彼が出会った時、いかに愛が尽くされていくか。短いシーンの積み重ねで、表裏一体の愛と哀しさを巧みに表現していく手筋! あの作品そのものは喜劇的な要素が強いから全体像がぼやけがちなのだけど、そこで逆にペーソスを利かせて締める天才的技巧!
咲: どうどう。『こびと殺人事件』を愛してやまないのは知ってるよ。復刊リクエストでは票を入れようね。
姫: ジーン・ショーは、関わった男を破滅に導く典型的「宿命の女」なのだけど、その枠から一歩も出ていない。あくまでもテンプレートな書き割りに過ぎないのがね、辛くて。
咲: 女性キャラクターがあくまでもテンプレ、というのはこの作品の弱みなのか、あるいはレナード全体の弱みなのか、真面目に読んでみないと判定が難しいところだけれど。なんにせよ、この作品の基調を成すべき人物の造形が弱いというのは致命的な欠点のようにも思える。
○波乱の次回予告
咲: やれやれ、今回で「去年読み終わった分」はようやくお終いだ。2013年バージョンへの移行もすぐそこ……なのか?
姫: さあどうかしら。なにしろ更新が不定期なんだからどうしようもないわね。次がすぐ来ることを期待しましょう。もしあれば、次回はロス・トーマス『女刑事の死』のはず。しばしお待ちくださいな。
(第二十回:了)
- 作者: P.A.テイラー,P.A. Taylor,清水裕子
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2013/01
- メディア: 単行本
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- 作者: クレイグライス,Craig Rice,山田順子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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