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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

第十九回:ウィリアム・ベイヤー『キラーバード、急襲』(ハヤカワ・ノヴェルズ)

○空から襲い来る影の恐怖


咲: 今回も始まりましたフリーバトル。

姫: 一定年齢層以外に分かりにくいネタは飛ばします。今回はウィリアム・ベイヤー『キラーバード、急襲』(1981)です。それにしても、まさか本当に殺人鳥(キラーバード)=ハヤブサが急襲してくる話だったとは。読み始めるまで、飛行機の機密にかかわる冒険スパイ小説、具体的にはクレイグ・トーマス『ファイアフォックス』的ななにかかと思っていたわ。

キラーバード、急襲 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

キラーバード、急襲 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

咲: 詳しい話はあとに回して、まずはあらすじから行くよ。

秋の日差しが眩しいマンハッタン島、「ハヤブサ」は獲物を探していた。彼がミラーグラスをずらしたその刹那、超高空から一閃、巨大な殺人鳥が舞い降りるのだ。そして、地元テレビ局のニュースリポーターであるパムの目前で少女が惨殺された時、恐るべき連続殺人が始まった……警察の捜査をあざ笑うかのようにハヤブサを操り人を殺す犯人の目的は?

姫: 警察による捜査小説とサイコパスシリアルキラーものを融合させた作品ね。ジェフリー・ディーヴァー的なアレ、と言えば首肯する人も多いのではないかしら。あ、そう言えば、本筋とは無関係なんだけどひとつだけ。リンカーン・ライムのタウンハウスにハヤブサのつがいが住み続けているのを覚えている? ディーヴァーはこの『キラーバード、急襲』を読んでいるのかしら。ちょっと気になるわ。

咲: 閑話休題。こういうジャンル越境的な作品のはしり、と目されるのはローレンス・サンダーズ『魔性の殺人』(1973)あたりのようだ。分厚い文庫本で二分冊という重厚な作品だけど、ニューヨークという都市を徹底的に描いた都市小説としても出色。

姫: 今回の『キラーバード、急襲』も、やはりマンハッタン島を舞台にして、この場所でしか起こり得ないだろうあまりにも異常な事件を描きだす……と真面目な話を進めて行く流れっぽいのだけど、一旦断ち切るわ。さて、私がこの作品について一言感想を呈するなら、ズバリ「バカっぽい」なのよね。

咲: そもそも殺人の凶器としてハヤブサを使おうという時点で、既に頭悪すぎるわい。おまけにそのハヤブサは、悪の鳥類学者によって血統を操作され、人を殺せるサイズまで巨大化されたという設定が提示された辺りで笑ってしまった。

姫: あらすじでも出てきたけれど、ヒロインはニュースリポーターのパム。犯人は彼女を狙っているらしいのだけれど、その真の目的はいまひとつ分からないまま進むわ。そこで彼女を守ろうとする二人の男が出てくる。一人はイケメン金持ち性格良しと三拍子そろったハーレクインヒーローで、犯人の鷹匠ハヤブサ」に対抗するために、捜査側に協力している鷹匠、ジェイ・ホランダー。もう一人は捜査主任であるしょぼくれ警部のジャネック。好意を寄せてくる二人に対して、パムは(当然)ジェイに惹かれて行く……。

咲: その辺のお約束感も含めて、エンタメに徹した作品ですね。あ、そう言えば巨大ハヤブサを倒すために、テレビ局が日本からナカムラという名前の鷹匠を呼んできて自前のクマタカを戦わせるシーン(爆笑)があった。これまたなぜかサムライのような爺さんで、アメリカ人は、こういうの読んだら間違いなく大喜びするんだろうな、という偏見。

姫: 「彼女を俺のハヤブサにする」「ただ一人を殺すために調教する」と、意味不明かつ不穏当な発言を繰り返す犯人を描写したパートは、なかなか迫力あるわね。捜査やパムの視点を描いたパートと犯人パートは交互に描かれていくのだけれど、なんと作者は真犯人の正体を半分も行かないうちに書いてしまう。もちろんこれを知るのは読者だけよ。それにしても、これはなかなか度胸がいることだわ。読者がそこで読むのを止められない、と確信していなかったら、とてもそんなことは出来ないでしょうし。

咲: 犯人から次々に送られてくるパム宛ての手紙、そして繰り返される凶行。時には殺人に失敗して見せるなど、単調に陥らないように色々考えられているのはえらい。そうこうしているうちに、物語は一気呵成に最終局面に突入する。短い話だしね。

姫: パムが誘拐されるに及んで、ジャネックは真犯人を突き止めることに成功。やつの隠れ家の扉をぶち破った先で見たものは……!

咲: いや、正直驚きました。前もって気づいてもおかしくはなかったけれど、何故か盲点に入っていたみたいなんだ。この狂気に満ちた大オチを書くために、この作品は書かれたのかもな。あまりの衝撃にほとんど笑うしかない戦慄の結末、ぜひお試しあれ。

姫: 途中下車を許してくれない安定した面白さ、犯人が醸すほど良く変態じみた狂気の数々、そして咲口君も絶賛する衝撃の結末まで、なかなかよく出来た佳品ね。若干地味な部分はあるけれど、でも楽しい作品だったわ。

咲: 文庫化はされていないので、読むならハードカバー版を古本屋で探すか、図書館に入っているかというところだろう。ディーヴァーなら何出しても受ける現在だからこそ、是非文庫化してほしい。「アタック・オブ・ザ・キラートマト」的なB級C級感が堪らない作品だ、というと勘違いして読んでくれる人が出るかも?

姫: という感じです。

咲: うーむ、では次回予告。次回はリック・ボイヤー『ケープコッド危険水域』。まだまだ冒険小説の時代は終わりませんよ!

姫: お楽しみに!

(第19回:了)