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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

「東西ミステリーベスト100」投票10作品紹介・後編

飽きもせず懲りもせず、深夜に更新。本日の更新は5位から1位まで逆順に。

5. ドン・ウィンズロウ『高く孤独な道を行け』(創元推理文庫

高く孤独な道を行け (創元推理文庫)

高く孤独な道を行け (創元推理文庫)

ニール・ケアリーシリーズ第三作。合衆国からの独立を目論む極右グループに誘拐された赤ん坊を救い出すため、ニールはグループへの危険極まる潜入捜査を敢行する。エンタメとしての完成度では前作『仏陀の鏡への道』の方が上だが、個人的にはこちらを高く評価する。これまでの作品でニールは、未成熟で形が定まっていない「少年」だった。「誰でもなく、誰にでもなれる」からこそ「潜入捜査の達人」と呼ばれたのだ。そんな彼が、この荒野の物語を通して「他の誰でもない自分」になる瞬間を、わたしたちは目撃する。極上の成長小説。


4. トマス・H・クック『夜の記憶』(文春文庫)

夜の記憶 (文春文庫)

夜の記憶 (文春文庫)

クックの紛れもなく代表作である「記憶四部作」(と呼ぶのは日本人だけだが)の悼尾を飾る大傑作。『死』、『夏草』、『緋色』という三作すべてを踏まえながら、さらにその上を行く極度に洗練された物語に感嘆するほかない。余りにも陰惨な「己の中の闇」、そしてそこに巣食う「闇のしもべ」との対決の果てに、扉を開けた主人公が提示する未来への希望は、すべての読者の心に深く刻まれるだろう。ゼロ年代を代表する翻訳本格ミステリのひとつにも選ばれた珠玉の名品。


3. マイクル・Z・リューイン『沈黙のセールスマン』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)

沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)

アルバート・サムスンシリーズ第四作。病院に働きかけ、面会謝絶患者への面会を許可してもらう、という些細な依頼を受けたことが発端。しかし、サムスンの捜査が進むにつれて、すべての事実が最悪の方向に向かって転がっていたことが徐々に分かってくる。酒を飲まず銃を持ち歩かないナイーヴな私立探偵サムスンは、「正しい人に正しい質問をすること」で、この事件の謎を解き明かしていくが、しかしこの事件にかかわった結果様々なものを失ってしまう。ただ「沈黙のセールスマン」だけを残して。詳しくは読んでもらうしかないです。オススメ。


2. マーガレット・ミラー『殺す風』(創元推理文庫

殺す風 (創元推理文庫)

殺す風 (創元推理文庫)

『殺す風』は「続いて行く日常の中で、既に登場人物たちの世界は決定的に崩壊していて、元には戻れない」というイメージをミニマルにまとめた作品で、非常に好きだ。「わたしの心に、殺す風が遠くの国から吹いてくる。なんだろう、あの思い出の青い丘、あの塔は、あの農園は? あれは失したやすらぎの国、それがくっきりと光って見える。倖せな街道を歩いて行った。わたしは二度と帰れない。」 本作のエピグラムにも使われた A・E・ハウスマンの詩句である。「殺す風」が人間を狂気や死に追いやった後の物語、それこそがミラーの描くものなのだろう。


1. パトリシア・ハイスミス『プードルの身代金』(扶桑社ミステリー)

プードルの身代金 (扶桑社ミステリー)

プードルの身代金 (扶桑社ミステリー)

ハイスミスに捧げる愛の言葉については以前縷々連ねたので、ここであえて繰り返す必要はあまり感じない(【第11便】「略称孤独の本読み第三回 パトリシア・ハイスミス」(http://d.hatena.ne.jp/deep_place/20120313/1331656751))。一点付け加えるならば、ハイスミスは「殺す風が遠くの国から吹いてくる」とは考えなかっただろうということ。彼女は、人の善意を受けながら、いざとなればその実在を無視することが出来る「悪意なき隣人」たちを描き続けた。善も悪もないただ醜悪さの中に「殺す風」の吹き出し口は隠れている。怒りや悲しみといったバイアスを一切退け「その事実をただ書いた」、その集大成とでも言うべき作品が本作だ。

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ということで、実際のベスト100には登場しない作品ばかりの全10作になってしまいましたがいかがだったでしょうか。
誰もが楽しめるような作品はそれほど多くありませんが、面白そうだという作品があれば、ぜひチャレンジしていただければ、幸いです。
国内ミステリもやろうかなとは思いますが、まず自分が何を読んでいるか良く覚えていない上に特に記録も取っていないので、時間がかかりそうです。

さて、深海通信では、寄る辺ないオールタイムベストを募集しています。
ま、例によって一切反応は得られないと思うのですが、僕の私のATB10紹介記事を掲載してもいいですよという人は、本ブログコメント欄、あるいは三門ツイッターアカウント(@m_youyou)までご連絡ください。
紹介記事では、一言コメントを追記いただければなお嬉しいですが、本のタイトルを並べるだけでも無問題です。

ご応募、特に期待せずお待ちしております。

三門優祐