深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

翻訳ミステリ新刊お蔵出しレビュー 第一回

ジョン・コラピント『無実』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ブラッドフォード・モロー『古書贋作師』創元推理文庫

ザーシャ・アランゴ『悪徳小説家』創元推理文庫

 

 唐突ではありますが、自分のモチベーションアップのために、定期的に書評を上げていく所存。可能な範囲で、最新刊+2冊をまとめてレビューします。続くかどうかは神の味噌汁。

 

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 コラピント『無実』は、デビュー作『著者略歴』(ハヤカワ・ミステリ文庫、未読)以来14年ぶりの新作だそうです。内容の過激さからどこの版元にも受け入れられず、結局カナダの小出版社から刊行されるやたちまち話題になったというこの作品(初版の古書価高くなりそう(書痴並感))は、倫理観がどこまで人間を律することができるかという点を掘り下げた作品です。

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 車椅子生活の妻と幼い娘との生活を描いたノンフィクションでベストセラー作家の仲間入りを果たした地味なミステリ作家ジャスパー・ウルリクソンが主人公。一躍時の人となった彼の元に、「娘」を名乗る少女クロエからの連絡が入る。18年前の浅はかな恋愛ごっこ、最初で最後のセックス、その結果彼女が生まれたとしたら……果たして彼女は「本物」なのか?

 読み終わって思ったのは、色々な意味で毀誉褒貶も納得の作品だ、ということでした。妻とのセックスレスな生活を「道徳によって律する」と明言しながらも、「実娘」を名乗る少女のわざとらしすぎるほどの媚態に心乱され、「近親相姦・少女趣味」の二重の罪悪感に苛まれつつ、少女との性的な妄想を抑えられない40男をここまで克明に掘り下げたのは、(内容はさておき)確かにすごい。文章力の勝利と言っていいでしょう。

 先ほど「なのか?」と問いかける形を残しましたが、実際のところクロエは本物ではありません。主人公を社会的に陥めるためにデズという人物によって仕立て上げられた道具、それが「彼女」の存在意義でした。本作について気に入らない点があるとすれば、それは彼女の描き方です。悪意そのものであるデズにあっさり操られ、しかしジャスパーの善意に触れ、彼を騙すことに罪悪感を覚えるようになった彼女……男性にとって都合のいい「ヤれる若い女」以上の何者にもなれないクロエ。作者の無神経さの一端がここに表れているのでは?

 読者の感情の様々な側面を逆撫でしようと仕掛けられた、作者からの悪意の贈り物、それが本作です。原題Undone(『それでも俺はやってない(ヤってないとは言ってない)』と訳したい)にも、考えさせられますね。完成度の高い作品だと思います。

 

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さて、続くモロー『古書贋作師』は、自ら芸術家を称する凄腕の贋作者である主人公ウィルの一人語りを軸に進行する、奇妙な物語です。

古書贋作師 (創元推理文庫)

古書贋作師 (創元推理文庫)

 

 

 彼は、コナン・ドイルチャーチルなどの筆跡を自由自在に真似ることができる自らの能力を生かし、古書に偽の署名を入れたり、書簡を贋作したりしながらそれを売買するのを生業にしていました(父親の遺産で金はうなるほど持っているので、それほど働く必要はない)。ところがあることがきっかけで罪を暴かれて刑務所に入れられ、古本仲間たちの信頼を失ってしまいました。

 物語は、そのウィルの義理の兄にあたる人物がなぜか両手を切断された状態で殺され、発見されるシーンから始まります。果たして、犯人は誰なのか。その謎を解くカギは、やはり贋作の中にありました。殺されたアダムもまた、どうやら贋作商売に関わっていたようなのですが……。

 ウィルの語りはあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返します。捜査のパートを途中まで書いては読者を煙に巻き、姿なき稀覯本ディーラー、スレイダーとの不毛な追いかけっこに淫し、カリグラフィーの専門家であった母親との過去を彷徨い、妻ミーガンとの浮世離れした生活を描き、果たして物語はどこに辿りつくのでしょうか。

 彼が終盤まで隠し通す物語の本質は、やや唐突の感が否めないものの、そこも含めて「変な話」として珍重する人も現れるかもしれません。時折差し挟まれる美文調の文章まで含めて、この本そのものがウィルという歪んだ人物をまるごと封じ込めているように思えるのも面白い。

 

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 最後、アランゴ『悪徳小説家』は、ドイツからの刺客。2016年のCWAインターナショナルダガー候補に、ピエール・ルメートル『天国でまた会おう』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や横山秀夫『64』(文春文庫)とともに上がっている、既にして世評の高い作品です。

悪徳小説家 (創元推理文庫)

悪徳小説家 (創元推理文庫)

 

 

 世界的ベストセラー作家ヘンリー・ハイデンの秘密、それは(公式で書いてないのでやめとくか)……まあ、適当にセックスフレンドとして付き合えそうだった編集者が「妊娠した」「産むから」「奥さんと別れて」と言い始めて大変面倒なことになるというのが発端です。

 本書の魅力はハイデンという「一貫した破綻」を感じさせる人物の造形に尽きると言っても過言ではありません。彼の犯行計画はどこまでも行き当たりばったりというか、その瞬間は成り行きに任せ、あとで若干修正するという大概雑なもの。後悔しつつもあっさり切り替え、他人を気遣いながらあくまでも自分本位に生きて行かれる自由度の高さが、パトリシア・ハイスミスが愛した主人公「トム・リプリーと比較されるのも無理のないところでしょう。

 ヘンリーとその妻マルタ、出版社の社長クラウスと件の編集者ベティ、二組の男女の嘘まみれの関係が、ヘンリーがただ一つ裏切らないたった一つの真実を守るために利用し尽くされるという、「圧倒的に面白い物語」への作者の奉仕心に心打たれる良作です。今回の三作のうち、個人的ベストは本作でした。

 

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 書物を物語を生み出す人々の真実と虚構の狭間に楔を打ち込む三冊。暑い夏に一筋の清涼を送り込んでくれることは請け合い、ぜひお試しください。(三門