深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

第二十六回:ミネット・ウォルターズ『女彫刻家』(創元推理文庫)+メアリー・W・ウォーカー『処刑前夜』(講談社文庫)

○怪物を「理解」するために

咲: 『長いブランクの後、続きを一週間でお届け出来て、正直ほっとしています。』

姫: 『まあまた半年寝かせたら、ほとんどジョークの域ですものね。そんな大御所連載形式では忘れられてしまうもの。』


……ざざ、ざざざ……ちゃかぽこちゃかぽこ……ぶーんぶーん……


咲: さて、今回取り上げるのは二作品ですが、いずれも「女性ジャーナリストが主人公で、凶悪殺人犯(として拘留されている人物)にインタビューをし、手記をまとめようとしている」と設定が非常に似通っています。

姫: それぞれでやってもいいけど、どうせなら二つをぶつけて、より直接的に両者の違いを見ていこうというのが今回の狙いです。

咲: なーんて。一冊でも多く消化したいっていう思惑はバレバレなんですけどねw まあ内輪話はいいです。では早速一冊目『女彫刻家』(1993)に行きましょうか。


女彫刻家 (創元推理文庫)

女彫刻家 (創元推理文庫)

母と妹を惨殺し、その後死体のパーツを並べ替えて人型の血まみれオブジェを作った凶悪殺人犯、オリーヴ・マーティン。「彫刻家」の異名で知られる彼女は、その犯罪の異常さにも関わらず精神的にはまったく正常で、自ら罪を認め一切の弁護を拒んできた。フリーライターのロズはオリーヴのドキュメントを書くことを計画し、ついには彼女との直接インタビューにまでこぎつける。しかしその中で、ロズの心に疑惑が生じる。果たしてオリーヴは、本当に「彫刻家」なのだろうか?

姫: ウォルターズって最近はとても人気がある作家よね。去年刊行された『遮断地区』だったかしら、翻訳ミステリ界隈(という最高に気持ち悪い表現)で話題作になったし、「このミステリーがすごい!」とかの年度末ランキング本でもかなり上位に来てた覚えが。

咲: 去年の春に出た『養鶏場の殺人/火口箱』も結構読んでいる人が多いみたいだね。出版社の売り方が上手いからだと思うけど、一気に人口に膾炙したな。

姫: 咲口君は古参の狂信者として、にわかに湧きあがった評価の流れに思うところがあるのでしょうね……

咲: 別に古参でも狂信者でもないよ! まあ、ようやく正当な評価を得るようになったなとは思うけど。この吹きあがりは、ここ数年で「翻訳ミステリの一般的読者層(←なんという上から目線)」の意見が読書メーターしかりツイッターしかりネット上でキャッチしやすくなったのに起因するのだろうね。お互いに読んでいる本が分かることで、影響されあってブームが生まれて……という仕掛けが打ちやすくなっているのは確実だ。

姫: そんなのはどうでもいいけどね。

咲: (ならなんでそんな話振った……)その前にウォルターズがどういう作家か、というのをまとめよう。現時点で12作の長編を書いていて、(順序は前後したけど)第9作まで翻訳されている。第1作の『氷の家』(1992)でCWAのデビュー・ダガー(処女長編賞)、第2作『女彫刻家』でエドガー賞、第3作『鉄の枷』(1994)と第9作『病める狐』(2002)でCWAのゴールド・ダガー(最優秀長編賞)、ときらびやかな受賞歴を誇っている。

姫: 「シリーズキャラクターを作らない」という商業的にはありえない縛りをかけつつ、これだけ評価されているというのはスゴイと思う。ただ、ここ数年長編の刊行がないのが気になるけれど。

咲: 彼女の作品傾向を分類しようとしても一筋縄ではいかない。『氷の家』は伝統的なイギリスの謎解きミステリを現代風にリファインした物だったけど、『女彫刻家』は上で見たように『羊たちの沈黙』を思わせるサイコサスペンス、『鉄の枷』は一転バーバラ・ヴァイン風に転じている。

姫: 要するにルース・レンデルのジャンル感覚に一番近いのかしら。

咲: 端的にして直截的だなあ。まあレンデルはまだ生きているし、年一作以上書いているから次世代のレンデルという表現はやや不適切だけれどね。そういえば「英国ミステリの新女王」と呼ばれていた時期もあった。

姫: で! 『女彫刻家』は彼女の作品としてはどうなのかしら。

咲: 個人的には評価高くないんだよなあ。ただ、この初期作品の時点で、ウォルターズ作品における重要なテーマに既に踏み込んでいる、という事実はやはり評価されるべき。それは「相手を理解する」ということだ。『鉄の枷』や『蛇の形』では「被害者」の、『昏い部屋』では「記憶を失った自分自身」の「一面的でない本当の意味での理解を求める行動」が物語の真相へと繋がっていく。

姫: この作品においては、「容疑者」オリーヴ・マーティンをどう理解するか、ね。大柄で肥満体で不細工、思わせぶりな態度……彼女に対する一面的な見方は、「彼女が殺人者である」という仮定にぴったりとはまる。でもそれだけじゃない、かもしれない。安易な理解によって零れ落ちたいくつかのピースは、まったく異なる事実に繋がっているかもしれない……

咲: そういうこと。ウォルターズの作品が謎解きミステリとしても評価され得るのは、この点による。実際『蛇の形』は、「2000年以降の10年間の作品の中から選ぶ「海外優秀本格ミステリ顕彰」」にノミネートされてもいるくらいだ。ただ、この「取り零されたピース」は「必要な分だけ撒かれる」伏線というにはあまりにも多すぎる。不要なものも多いのだよ。それは伏線隠しのレッドヘリング、というよりも単なる天然のようにも思える。それくらい無造作なんだ。どこまで計算しているのかよく分からない。

姫: この作品はほぼ全編に渡ってロズの三人称単一視点で描かれるから、彼女の気づきを追って行くのは分かりやすかったけど。むしろ彼女がオリーヴの事件にのめり込んでいく理由の方がよく分からなかったな。ジャーナリストとしての正義感? オリーヴの話に違和を覚えたから? でもそれは彼女が泥沼に足を踏み込む理由には足りない。この歪みは理解し難い……歪みのその一部が、ロズ自身の過去に由来するものであるのはほぼ確実なのだろうけれど、あんまり直接的には書かないようにしているみたい。

咲: 自分が美人だから、不細工な相手に対する優越感/逆に卑下する感じ……みたいのを切り口に、オリーヴに誘導されてという風に読んでいたよ。

姫: 大雑把ね。

咲: そんなこと言ってもなあ。三人称小説だから、脳内ダダ漏れという風にはいかないし限界はあるだろう。その分からなさが読者を物語世界に引っ張っていくという要素もあるから、完全理解は難しい。

姫: そもそも結末はどうなの? どっちが真実なの? この小説割り切れない部分があまりにも多すぎて気持ちが悪い。

咲: おっと、ネタバレの臨界点を超えるからその話題は中止だぞ。最後に一つだけ。この作品を読み返して、俺のなかで、ひとつ思いもよらない作品とリンクが繋がった。飛浩隆「ラギッド・ガール」だ。オリーヴとロズ、阿形渓とアンナ・カスキ。美女と怪物的女性というカップルは文学作品においては決して珍しくないけれど、この対の間にある不気味な歪みは、個人的には近しいものを感じる。

姫: 確かに、どちらも「理解する」話ね。

咲: 根拠はないけどね。それこそよくある組み合わせ、よくあるネタだから。


○ここもと変則が多かったので、直球のエンタメに対応できない二人

姫: 『女彫刻家』に全力投球しすぎた。もう『処刑前夜』(1994)にコメントする気力がない。

咲: うーん、その点否定はしないけど、やるって言った以上はやりぬくショゾンだ。


処刑前夜 (講談社文庫)

処刑前夜 (講談社文庫)

多くの女性をその毒牙に掛けた連続殺人鬼ルイ・ブロンクに死刑執行の日が迫っていた。かつてブロンクの事件を一冊の本にまとめ、高い評価を得ていた犯罪ライターのモリー・ケイツは、新聞社の要請で彼の処刑について記事を書くことになった。ところが当時の資料を読み返し、ブロンク自身とも話をする中で、彼が起こしたとされる事件の一つが実は冤罪だったのではないかという疑惑が浮かび上がる。その疑惑を裏付けるように、被害者の親族たちの間で、謎の死亡事件が相次いで……

姫: すっごく手堅い捜査小説だな、っていう感じでした。小学生並の感想だけど。

咲: 作品の骨組みがしっかりしているので、ストーリーの流れに乗っていけば、深いことを考えなくてもごく自然に楽しめる、というエンターテインメントのお手本のような小説ですね。死刑と冤罪についても考えさせられる社会は要素も面白いし。犯人もきっちり意外だし。自分がかつて書いた本のせいで……というモリーの悔恨も分かりやすいし。

姫: ある意味『女彫刻家』が書かなかったことをド直球でやっているよね。互いに互いを補完し合う、ナイスコンビネーションと言えなくもないか。そういえば、これの続編でモリー・ケイツが再登場する『神の名のもとで』も傑作らしいのだけど、取り紛れて結局読めてない。

咲: モリーのプロ根性と正義感が気持ちいいんだよな。『女彫刻家』読んだ直後に読むと。何にせよブロンクは、冤罪かもしれない一件以外は有罪なので、とにもかくにも凶悪犯罪者なのは変わらないんだけど、それでも真実を追求せずにいられない彼女のことは、これほどまでに感情移入できるのに。

姫: これをアメリカとイギリスの違い、って言ってしまうと嘘八百になっちゃうわねw 死刑制度のありなしも関係あるかしらん。


……ざざ、ざざざ……ちゃかぽこちゃかぽこ……ぶーんぶーん……


○まとめ

咲: ということで、ジャーナリズム系小説二冊を片付けた訳だが……なんだこの違和感は。

姫: (ペロッ)この原稿、半年くらいフォルダの中で眠っていた味がする。どうやら書き上げた後に投稿するのを忘れていたようね。

咲: 全く役に立たないうp主だな。まあこの先の作品をまとめて買い込んだようだし、今度こそ完結に向かって走り始められるのかな? あと20冊あるけど。

姫: 次回は1995年の受賞作、ディック・フランシス『敵手』です。おお、三度目のフランシス。咲口君は、今度こそフランシス愛に目覚めることができるのか。乞うご期待ください。

咲: なんだよフランシス愛って……短めにまとめよっと。

(第二十六回:了)

蛇の形 (創元推理文庫)

蛇の形 (創元推理文庫)

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

だらだら雑記20140628【マストリード100編】

kindleストア徘徊は未だに止まない今日この頃。ノワールの帝王、ジム・トンプスンのペーパーバックが八月に一斉復刊とかで、未訳の入手困難作品がついでにkindle化されないかなあ、とか祈っています。

昨年末から「マストリード100」って奴が熱い。杉江松恋さんの『海外ミステリーマストリード100』、千街晶之さんの『国内ミステリーマストリード100』(いずれも日本経済新聞出版社・日経文芸文庫刊)、ともに読書意欲をビンビン高ぶらせる好セレクトで面白い、というのは衆目の一致するところであろう。

英米にはこういう紹介本ないのかなー、と深く静かに潜航したところ……おおありましたありました。Nick Rennison & Richard Shephard 100 Must-read Crime Novels。巻頭言曰く、"buff"(「マニア」の謂い)になりたい初心者、ジャンル読書の幅を広げたい人向けのセレクトってことらしい。第二次大戦前後までのミステリの歴史を大まかに辿った序文も熱い。なかなか面白いですよ。


100 Must-read Crime Novels (Bloomsbury Good Reading Guides)

100 Must-read Crime Novels (Bloomsbury Good Reading Guides)

具体的にどんな本取り上げてるのよ、というのは気になるところだと思うので、ざっと列挙しちゃいます。とはいえ、目次も索引もないので、結構面倒だけど……あと、原書では作家名順なんだけど、ちと分かりにくいので、年代順に並べ替えちゃいます。

エドガー・アラン・ポー『謎と想像力の物語』
ウィルキー・コリンズ『月長石』創元推理文庫
ファーガス・ヒューム『二輪馬車の秘密』扶桑社文庫
アーサー・コナン・ドイル『四つの署名』河出文庫
アーサー・コナン・ドイルシャーロック・ホームズの思い出』河出文庫
ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』創元推理文庫
G・K・チェスタトン『ブラウン神父の無心』ちくま文庫
E・C・ベントリー『トレント最後の事件』創元推理文庫
アガサ・クリスティーアクロイド殺し』ハヤカワ・ミステリ文庫
ダシール・ハメット『ガラスの鍵』光文社古典新訳文庫
フランシス・アイルズ『殺意』創元推理文庫
ポール・ケイン『裏切りの街』河出文庫
ドロシー・L・セイヤーズ『ナイン・テイラーズ』創元推理文庫
ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』ハヤカワ・ミステリ文庫
レックス・スタウト『腰ぬけ連盟』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジェイムズ・M・ケイン『殺人保険』新潮文庫
マイクル・イネス『ハムレット、復讐せよ』国書刊行会
キャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』国書刊行会
グラディス・ミッチェル『Come Away, Death(未訳)』
ニコラス・ブレイク『野獣死すべし』ハヤカワ・ミステリ文庫
エリック・アンブラー『ディミトリオスの棺』創元推理文庫
レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジェイムズ・ハドリー・チェイス『ミス・ブランディッシの蘭』創元推理文庫
レイモンド・チャンドラー『さようなら、愛しい人』ハヤカワ・ミステリ文庫
コーネル・ウールリッチ黒衣の花嫁』ハヤカワ・ミステリ文庫
ヴェラ・キャスパリ『ローラ殺人事件』ハヤカワ・ミステリ
ジョン・フランクリン・バーディン『死を呼ぶペルシュロン』晶文社ミステリ
エドマンド・クリスピン『消えた玩具屋』ハヤカワ・ミステリ文庫
デイヴィッド・グーディス『Dark Passage(未訳)』
フレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース』創元推理文庫
ジョセフィン・テイ『フランチャイズ事件』ハヤカワ・ミステリ
シリル・ヘアー『風の吹く時』ハヤカワ・ミステリ
ロス・マクドナルド『動く標的』創元推理文庫
アガサ・クリスティー『予告殺人』ハヤカワ・ミステリ文庫
マイクル・ギルバート『スモールボーン氏は不在』小学館ミステリー
マージェリー・アリンガム『霧の中の虎』ハヤカワ・ミステリ
ミッキー・スピレーン『燃える接吻』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジム・トンプスン『俺のなかの殺し屋』扶桑社ミステリー
パトリシア・ハイスミスリプリー河出文庫
マーガレット・ミラー『狙った獣』創元推理文庫
E・S・ガードナー『怯えるタイピスト』ハヤカワ・ミステリ文庫
チェスター・ハイムズ『イマベルへの愛』ハヤカワ・ミステリ
ナイオ・マーシュ『道化の死』国書刊行会
ディック・フランシス『大穴』ハヤカワ・ミステリ文庫
リチャード・スターク『悪党パーカー/人狩り』ハヤカワ・ミステリ文庫
チャールズ・ウィリアムズ『絶海の訪問者』扶桑社ミステリー
ジョン・D・マクドナルド『濃紺のさよなら』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジョルジュ・シムノン『メグレ罠を掛ける』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジョゼフ・ハンセン『闇に消える』ハヤカワ・ミステリ
ロス・トーマス『The Fools in Town Are On Our Side(未訳)』
ジョージ・V・ヒギンズ『エディ・コイルの友人たち』ハヤカワ文庫NV
エド・マクベイン『サディーが死んだ時』ハヤカワ・ミステリ文庫
K・C・コンスタンティン『The Man Who Liked to Look at Himself(未訳)』
ロバート・B・パーカー『誘拐』ハヤカワ・ミステリ文庫
エリザベス・ピーターズ『砂州にひそむワニ』原書房
ジュリアン・シモンズ『A Three Pipe Problem(未訳)』
ジョセフ・ウォンボー『クワイヤボーイズ』ハヤカワ・ノヴェルズ
スチュアート・M・カミンスキー『虹の彼方の殺人』文春文庫
ジェイムズ・クラムリー『さらば甘き口づけ』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジョー・ゴアズ『目撃者失踪』角川文庫
エリス・ピーターズ『死体が多すぎる』光文社文庫
コリン・デクスター『ジェリコ街の女』ハヤカワ・ミステリ文庫
トマス・ハリスレッド・ドラゴン』ハヤカワ文庫NV
サラ・パレツキーサマータイム・ブルース』ハヤカワ・ミステリ文庫
エルモア・レナード『ラブラバ』ハヤカワ・ミステリ文庫
マイケル・マローン『無慈悲な季節』ハヤカワ・ノヴェルズ
デレク・レイモンド『The Devil's Home on Leave(未訳)』
チャールズ・ウィルフォード『マイアミ・ブルース』扶桑社ミステリー
ルース・レンデル『無慈悲な鴉』ハヤカワ・ミステリ
ローレンス・ブロック『聖なる酒場への挽歌』二見文庫
スー・グラフトン『アリバイのA』ハヤカワ・ミステリ文庫
カール・ハイアセン『殺意のシーズン』扶桑社ミステリー
P・D・ジェイムズ『死の味』ハヤカワ・ミステリ文庫
ダニエル・ウッドレル『白昼の抗争』ハヤカワ・ミステリ文庫
ジェイムズ・リー・バーク『ネオン・レイン』角川文庫
ロバート・クレイス『モンキーズ・レインコート』新潮文庫
ジェイムズ・エルロイブラック・ダリア』文春文庫
ジェイムズ・W・ホール『まぶしい陽の下で』ハヤカワ・ミステリ文庫
バーバラ・ヴァイン『運命の倒置法』角川文庫
ローレン・D・エスルマン『ダウンリヴァー』ハヤカワ・ミステリ
トニイ・ヒラーマン『時を盗む者』ミステリアス・プレス文庫
マヌエル・バスケス・モンタルバン『中央委員会殺人事件』西和書林
ウォルター・モズリー『ブルー・ドレスの女』ハヤカワ・ミステリ文庫
パトリシア・コーンウェル『検死官』講談社文庫
スティーヴン・セイラー『Roman Blood(未訳)』
マイクル・コナリー『ナイト・ホークス』扶桑社ミステリー
ジョージ・P・ペレケーノス『硝煙に消える』ハヤカワ・ミステリ文庫
ミネット・ウォルターズ『氷の家』創元推理文庫
ドナ・レオン『異国に死す』文春文庫
マイクル・ディブディン『水都に消ゆ』ミステリアス・プレス文庫
G・M・フォード『手負いの森』ハヤカワ・ミステリ文庫
イアン・ランキン『青と黒』ハヤカワ・ミステリ文庫
クレイグ・ホールデン『夜が終わる場所』扶桑社ミステリー
ヘニング・マンケル『目くらましの道』創元推理文庫
ピーター・ロビンスン『渇いた季節』講談社文庫
ジョー・R・ランズデール『ボトムズ』ハヤカワ・ミステリ文庫
ハーラン・コーベン『唇を閉ざせ』講談社文庫
ロバート・フェリーニョ『Flinch(未訳)』
デニス・レヘインミスティック・リバー』ハヤカワ・ミステリ文庫
レジナルド・ヒル『死者との対話』ハヤカワ・ミステリ

未訳の作品もいくつもありますが、9割がた翻訳されているのは翻訳大国の面目躍如、と言っていいでしょう。
古典中の古典から30年代の謎解き重視型、そしてハードボイルド、サイコサスペンス、クライムノベルとバランスよく収録されているのが特徴。作家はいいけど作品はなんでこれが?というのがいくつか散見されます(ロスマクで『動く標的』とか)が、レビューまで読むと一応ロジックを通しているので納得できます。シリーズ第一作を入れるか、ざっくり外してノンシリーズにするか、あるいはこねくり回して良作をブチ込むかという感じですね。個人的には70年代以降がしっかりしているのも嬉しい。

あちらはPBで入手できなくてもkindleなんかの電書がしっかりしていますから、この辺の大御所クラスだと品切れが少ない(言うて揃ってきたのはここ数年ですが)というのも大きいのかな。ヒラーマンとかディブディンとか、日本だとあからさまに「玄人好み」になってしまっている作家が、きちんと「一つ上の読者」用の階梯の一段になっているのはいいなあ、と思います。

ふと思ったことですが、作者はイギリス人かなという気がします。英題と米題が違う時に英題を優先的に入れている気がするのですよね。まあ、原題重視主義なのかもしれませんが。その割には翻訳ものは訳題を入れている優柔不断な感じ、嫌いじゃありません。

この辺を読んで、みなさんも「一つ上の読者」を目指してみてはいかがでしょうか。
……と、そういえばこのシリーズ、SFもあるんですよ。興味のある向きはぜひ検索してみてください。


第二十五回:ローレンス・ブロック『倒錯の舞踏』(二見文庫)

○「誰が見張りを見張るのか?(Quis custodiet ipsos custodes?)」承前

咲: ふと眼を覚ますと、ぼくたちは6月中旬、熱気と雨が同居する空を茫然と見上げていたんだ。

姫: あれだけ気を持たせる感じで「続く」したのに……大失敗。

咲: 座談の投稿はンか月前、その間更新もしてないから、ある意味、読者的には困らんだろうとは思う。

姫: 誰も前回の内容を覚えてない、という話でしょ。読みなおしてもらうのもアレなので簡単に趣旨の説明を。

咲: へいへい。極めて単純に言うと、「正義とは何か」って話。前回取り上げたジェイムズ・リー・バーク『ブラック・チェリー・ブルース』の主人公、ロビショーは自分や家族、大切なものに危害を加えようとする「悪」に制裁を加えてはばからない。その「悪」と関わるきっかけが、彼自身の勇み足によるものだったとしても。

姫: 彼の「暴走」は少なくとも私たち二人の眼には理解し難いものとして映った。でも本国では非常に人気があって、シリーズは今でも続いている。ロビショーがその後どうなったかは、翻訳が途切れてしまったこともあってよく分からない。

咲: という感じでしたね。そしてその謎を解くカギが80年代アメリカの歪んだ雰囲気の中にあるのではないか、と検討をつけて締めくくった訳でした。さて、そして話は今回のローレンス・ブロック『倒錯の舞踏』(1991)に移ってくる。

姫: ローレンス・ブロックについては、いまさらここで語るようなことはなにもないのだけど、簡単に紹介します。1938年ニューヨーク州生まれだから、御年76歳になるわ。20歳前後から雑誌に短編小説を発表。1961年に作家デビュー。ペーパーバックライターとしてしばらく活動した後、1970年代後半、現在まで書き継いでいる<私立探偵マット・スカダー・シリーズ>と<泥棒バーニイ・ローデンバー・シリーズ>の二枚看板を立ち上げる。ハヤカワ文庫に入っている『八百万の死にざま』が、日本では一番読まれているのではないかしら。

咲: 短編の名手としても知られていて、エドガー賞の最優秀短編部門を二回受賞している。1994年にはMWAのグランド・マスターとしても表彰されている、名実ともに現代アメリカを代表するミステリ作家だ。

姫: 前作『墓場への切符』(1990)、今回の『倒錯の舞踏』、そして次作『獣たちの墓』(1992)の三作をまとめて、「倒錯三部作」と日本では呼称しているわ。アメリカではどうだか知らないけれど。三作とも、私立探偵であるマット・スカダーとシリアルキラーが対決するのだけど、少しずつスカダーの立ち位置が違い、それゆえに物語の全体像もまた変わってきている。実験的な作品群と言えるでしょうね。


墓場への切符―マット・スカダー・シリーズ (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

墓場への切符―マット・スカダー・シリーズ (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

倒錯の舞踏 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

倒錯の舞踏 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

獣たちの墓―マット・スカダー・シリーズ (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

獣たちの墓―マット・スカダー・シリーズ (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

咲: 『墓場への切符』では、警官時代にスカダーが逮捕した犯罪者モットリーが、スカダーと彼がこれまで関わってきた(とモットリーが妄想する)女たちすべてを殺そうと目論み、それをスカダーが阻止しようとする。詳しい話は是非読んで確認してほしいけれど、スカダーの犯した罪が巡り巡って彼を刺す、という因縁話としては出色の出来だった。

姫:『倒錯の舞踏』は以下のような内容。たまたまレンタルショップで借りたビデオにダビングされていた小児ポルノ/スナッフムービーを見てしまったスカダー。彼はビデオに映っていた男と女、そして子どもの正体を突き止め、殺人者に償いをさせるべく立ち上がる。前作では巻き込まれ役(因縁的にはスカダーが主とはいえ)だったスカダーが、偶然の渦に引き寄せられるように、それでも物語に主体的に関わっていく話だったわね。

咲: それによって「犯人との対峙」の形も変わっていく訳だ。『〜切符』では、あくまでも「犯罪に巻き込まれた」関係者の一人であり、「正当防衛」が通用した。だが『〜舞踏』では、きっかけは偶然とはいえ、「無関係なところから主体的に事件に関わり」「許し難い犯罪者を裁きたい」一人の「正義の徒」でしかない。犯人は当然スカダーのことなんて知らない。でも、スカダーは許せない。

姫: そして『獣たちの墓』で、「連続殺人鬼」の物語は再び姿を変える。スカダーは、今度は「依頼を受けて」、ある女性を殺した犯人を追うことになる。スカダーにとって今回の事件は報酬を受け取る「仕事」になっているのね。

咲: 「巻き込まれ」「ボランティア」(日本語だと語弊ありか)「依頼仕事」、三つの形で「究極の悪=快楽殺人者」と戦うスカダー。いずれの作品にも面白いところがあるのだけど、三作それぞれの結末で提示される、「法によって裁けない犯罪者と(権力の側にない)私立探偵はどう向かい合うべきか」という問題は非常に重たい。

姫: ネタバレになってしまうので、詳しく書けないのは残念ね。ただそこにあるのは正義の味方が悪人を殴り倒してハッピーエンド、という単純な「正義」じゃないのは確か。スカダーは超人じゃなくてごく普通のおじさんでもある、その彼が最後に何をするか、ぜひ見届けて欲しいです。敢えてニーチェ風に言えば、「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。 」と言ったところかしら。

咲: 「見張りが罪を犯すならば」「誰が見張りを見張るのか?」だよ。

姫: そうそれね、『ウォッチメン』とかニクソンの話をするつもりもあったようだけど?

咲: ベトナム戦争とアメリカ人のメンタリティーの話はあまりにも深すぎるのでここではサケマス。あえて超単純化/偏見化すれば「アメリカ的正義」が「(負けたかどうかはともかく)勝てなかった」という話にできなくもないけど……そこから「正義と悪」の二元論が崩壊した話に持って行くのは無理筋すぎるし、そんな腕力もない。

姫: もっとお勉強しなくちゃ、ね。


○まとめ

咲: ということでまとめます。

姫: 個別の作品の話をほとんどしてないけど、まあ仕方がないか。

咲: 僕個人としては『墓場への切符』が一番面白い?かな。なんにせよ三作とも状況設定は強引に過ぎるけれど。

姫: それでも読ませるのはすごい。個人的にはやっぱり『倒錯の舞踏』のラストが一番怖かったかしらね。

咲: 「怖い」というのは重要なファクタかもしれない。先にも述べたけど、スカダーはスーパーヒーローじゃない。彼の「決断」は正直僕たちの決断であるかもしれないんだ。そこのひりつくようなリアリティと物語のシュールさが生み出す「倒錯」ぶりは至極だ。

姫: 悪党だけど憎めない相方、ミック・バル−が多めに登場して、ナイスコンビネーションを見せてくれるところも見どころ。ぜひ三作まとめて読んで欲しいわね。


咲: さて次回は……『密造人の娘』は先にやったから、ミネット・ウォルターズ『女彫刻家』です。ウォルターズは好きだけど、あの作品はいまひとつ苦手なんだよね。

姫: テーマが似てる、というかほぼ同じなので、メアリー・W・ウォーカー『処刑前夜』も一緒にやることにしましょう。英米の処理の違いが見えて面白いかも。

咲: ではそれで。早めにアップできるように諸々頑張ります。

姫: ではでは〜

(第二十五回:了)

第二十四回:ジェイムズ・リー・バーク『ブラック・チェリー・ブルース』(角川文庫)+ジュリー・スミス『ニューオーリンズの葬送』(ハヤカワ・ミステリ)

○南から熱い風が吹いてくる

咲: 今回で2ダースです。

姫: この連載も多分3ダースくらいで終わるのではないかと思われるので、これでやっとこ2/3といったところ。山場はまだまだこれからだけどね。

咲: 2014年初旬には終わらせたい。さて、未来への儚き展望はさておき今回は……三冊ほどやっつけます。

姫: バーク+スミスで一回収録して完成原稿まで作ったのだけど、読んで行くうちにどうしてもバークとブロックを比較して語りたくなってしまったので、すべてやり直しということに。凝り性なのも考えものよね。


咲: 今回のテーマは二つ……というか根源テーマがあって、そこに付随するサブテーマが二つという形になるんだけど、まずは根幹の部分から。

姫: 私のぼんやりとした思いつきから始まった話なんだけど、どうも37回あたりからエドガー賞が質的に変わってきたような、そんな感じがするの。質の上下ではなく、方向性が変わってきたというか。

咲: 姫川さんの違和感をものすごく乱暴に表現するとエドガー賞のアメリカ化」かな。もちろん、アメリカ探偵作家クラブの選ぶ賞だし、アメリカの作家が多く選ばれている訳で「アメリカのミステリ賞」ですよ。でも、傍から見える「アメリカっぽさ」というのかな、そういうのを押しだしてきているようなそんな感じがし始めている……うーん、具体的に話した方が分かりいいかも。

姫: 今回取り上げる作品に即して言えば、「地元性」「正義の在り方」の二点ね。それぞれに歪みを抱えてはいるけれど。


咲: よし、まずは第一点「地元性」の方から。今回取り上げる作品のうち、『ブラック・チェリー・ブルース』と『ニューオーリンズの葬送』はいずれもアメリカ合衆国南部テキサス州ルイジアナ州、ミシシッピ州など)を主たる舞台にした作品です。風景や文化もさることながら、南部の人々の心性(メンタリティー)をテーマとして扱っています。

姫: アメリカ人にとって「南部」というのが何なのか、日本人の私たちが説明するのは極めて難しい……それを突き詰めるための切り口になるかもしれないわね。なお、このあとしばらく、「南部を舞台にした作品」がエドガー賞を受賞した例が何件か続くわね。93年の『密造人の娘』、97年の『緋色の記憶』、01年の『ボトムズ』。99年の短編賞受賞作「密猟者たち」もそう。『ねじれた文字、ねじれた路』は賞を取れなくて残念。ジョン・ハートの二作はノース・カロライナだから、字義的には南部かしら。読んでないところで、まだほかにもあるかも。

咲: 「南部であること」が明確に物語に織り込まれたミステリ作品が、90年以降爆発的に増えてきた、そして賞に取り上げられるようになった、というのは間違いないようだね。南部はもともと文学的な素地がしっかりした土地ではあるのだけど。フォークナーとか、ヘミングウェイとか。もっと最近もあるけど、その辺は研究書がいっぱいあるのでそちら参照、という逃避です。

姫: 初期エドガー賞から読んでくると、この変化は違和感を抱かざるを得ない。ずっとぼやいてきたことだけれど、エドガー賞は異国風情の強い作品に弱すぎる」

咲: ま、第一回からそうですからね……一時期は、アメリカ合衆国を舞台にした作品が異様に少ないこともあったし。とにかく「南部=アメリカであること」が物語の鍵になっている作品が増えたのは……なんだろう愛国心が燃えあがったのか、自分のよく知っている舞台をセレクトする作家が増えたのか。

姫: 順番は前後するけれど、ジュリー・スミスニューオーリンズの葬送』(1990)はそのものずばり、の作品と言えそうね。以下あらすじを紹介します。


ニューオーリンズの葬送 (ハヤカワ ポケット ミステリ)

ニューオーリンズの葬送 (ハヤカワ ポケット ミステリ)

ニューオーリンズの街を熱くさせるカーニヴァルの祭りの最中、山車に乗って登場した街の権力者、チョンシー・サンタマンが射殺された。それを目撃したスキップ・ラングドン巡査は、上流階級出身というその異色の出自を買われて殺人事件の捜査に抜擢される。歪み切った人間関係に戸惑いながらも懸命に捜査を進めた果てに見えてきたのは、これまで隠されてきた「旧家の悲劇」だった。

咲: 本作は、正直あまり面白くない。出来が悪いという訳ではないのだが……「サンタマン一族の悲劇」というそれなりに良く出来た物語に、「スキップ・ラングドンという女性の物語」を接合するに当たり、やり方がまずくて異様な歪みが生じてしまった、と。そんな感じの作品です。

姫: 「サンタマン一族の悲劇」というのは、端的に言えばロス・マクドナルドのアレです、と言って、おおよそ見当のついてしまう人もいるかもしれない。私立探偵小説の一典型として完成したプロットだけど、登場人物の魅力で引っ張りながらサプライズエンディング(分かるけど)まで持って行くのには、ある程度以上の作家的能力が必要なのは言うまでもないわ。

咲: それと並行して語られるのが、「スキップ・ラングドンの物語」。不美人の大女という(南部の)男たちに愛されない容姿、上流階級出身でありながら、大学を中退して警察官になったという異色の経歴、にもかかわらず「上流階級出身であるがゆえに」顔繋ぎ役として事件の捜査に引きこまれるという警察内部での扱いの適当さ……「誰にも認められない」ということすべてに苛立ちを覚えながら、必ず見返してやるとやる気を燃やす切れ者の女性、とかならアリかなと個人的には思ったんですがね。

姫: 残念ながらスキップは刑事としてはまったく無能で、捜査の邪魔しかしていない。これが、上流階級出身の(物知らずの)素人探偵の話だったらまだ許せたのに。先輩の刑事たちに報告連絡相談を一切しない(だって認められてないから)。証拠を汚損する、失くす、捨てる。素人(カリフォルニアの映画カメラマン、ゴツイケメン)を現場に連れ込む。実力を認めさせたいなら、きちんとルールを守らなきゃダメに決まっているのに、まったくかなりのおバカさんよね。

咲: 辛辣だな。ともあれ、主人公がこういうキャラクター造形なせいで、物語はさっぱり進まない。彼女の人格を色濃く描けば描くほど、捜査は明後日の方角に逸れていく。たまに直感的に正しい方向に進むのだけど、それって根拠ないんだよね。「女の勘」w

姫: ニューオーリンズの祭りの風景とか南部の人々の心性の歪みがロスマク風プロットにきっちり組み込まれていくあたり、面白い部分もあるのだけれど、彼女が物語の主軸にあることで解決がだらだらと遅延してしまうのには残念と言わざるをえません。

咲: 悪くはない、ただし長すぎる。

姫: 「南部人の心性」の話をきちんと書きたいけど、プロットとがんじがらめにつながっているのでやりにくい……これは、クック『緋色の記憶』とも共通するところだけど。

咲: それはそのうちゆっくり解決しよう。


姫: なんだかすでに長くなり過ぎている予感……

咲: では二作目、ジェイムズ・リー・バーク『ブラック・チェリー・ブルース』(1989)に。あらすじは以下の通り。


ブラック・チェリー・ブルース (角川文庫)

ブラック・チェリー・ブルース (角川文庫)

ニューオーリンズ警察警部補のデイヴ・ロビショーは、今では貸しボート屋を経営して生活をやりくりしている。養女のアラフェアとの生活は裕福ではないが楽しいものだった。しかしある日、旧友のブルースマン、ディキシーと再会したことで、平和な暮らしは崩壊の兆しを見せる。無関係のはずのデイヴに舞い込んだ脅迫状と理不尽な暴力。そして物語の舞台はモンタナ州へ……


○正義は我の胸にあり?

姫: 本作は、作者ジェイムズ・リー・バークのミステリ第三作にあたります。もともとは純文学畑の作家だったのが、本作でも主人公を務めるデイヴ・ロビショーの初登場作『ネオン・レイン』(1987)でミステリに転向。以来年一作のペースで作品を発表しています。MWAのグランド・マスター賞にも選ばれている、紛れもない実力派作家ね。

咲: のち、別シリーズの『シマロン・ローズ』でもう一度エドガー賞に選ばれているくらいだしね。何度も言うようだけど、エドガー賞複数回選ばれている作家というのは非常に希少。ディック・フランシスは別格としても、バーク以外にはT・ジェファソン・パーカーとジョン・ハートだけだ。

姫: このシリーズも同一版元から第八作まで出ているくらいで、翻訳には比較的恵まれた方だけど、90年代バブル期の余波はきっちり喰らってしまっている。当時は「受賞作優先」の傾向があったから、1『ネオン・レイン』→3『ブラック・チェリー・ブルース』→2『天国の囚人』の順で刊行された。でもこのシリーズにおいて刊行順が入れ違うというのは最悪だったのよ……

咲: 詳しくは語れないけど、BCBを先に読んでしまうと、『天国の囚人』後半の衝撃の展開が事前にネタバレされてしまうんですよ。スレイドの『髑髏島の惨劇』を『カットスロート』の前に読むようなもの。シリーズ全体がロビショーの一代記だから、原著刊行順に読むのが重要なので、いまから読む人は角川文庫の刊行ナンバーに騙されないで!


姫: さて……ネオ・ハードボイルドの主人公は、なにかしら弱点を背負っているのが一般的。デイヴ・ロビショーはベトナム戦争の精神的古傷とアルコール中毒を引きずって生きる、まったく典型的なネオ・ハードボイルド・ヒーローですが、テンプレートそのままの分かりやす「過ぎる」造形とは裏腹に、まったく「理解しがたい」人物です。

咲: この「分からない」という感想は、僕や姫川さんに読解力が不足しているとか、そう言う次元の問題ではなく、ロビショーという人物にキャラクターメイキングの段階で埋め込まれたいわば「瑕」である、というのが面白い。実際、彼の行動は作中の他の人物たちにもさっぱり理解してもらえない。

姫: 事件に関わることで身の回りの人に危険が迫るなら、何もしなければいい。彼は元刑事だけど、今は単なる貸しボート屋のおじさんなんだから。ディキシーは、昔ちょっと関わった友人とは言え、今はマフィアのボスの御用聞きみたいなことをやっている社会のゴミ。助けたって何もない。せいぜい彼の感謝くらい? それだって一銭にもならない。ただ無用に、危険に突っかかっていくロビショーの胸にあるのは「俺の正義」なのかしら。

咲: 彼自身、その衝動をコントロール出来ていない。普段はまったく温厚なのに、克服したはずのアルコール中毒と、逃れ得ぬベトナム戦争のトラウマが彼を「暗い箱」に引っ張り込む。周囲から止めろと言われても、自身そのやり方ではだめだと理解していても、その「歪み」は止まらない。

姫: 何が正義か、何が悪かなんてごく恣意的に決まってしまう。ロビショーが最終的に成し遂げたことは紛れもなく「正義」でも、時折吹きだす黒い衝動は「悪」と断じられるべきものだから。実際本作でも、脅迫状を送りつけてきた悪党を半殺しの目に合わせているし。過剰防衛極まりないわ。

咲: 半殺しにされた男は、その後別のマフィアに殺される。そしてロビショーは、殺人罪をなすりつけられ、あわや刑務所行きとなりかける。自分の財産すべてを捨てて保釈を得た彼は、真犯人に落とし前をつけさせるために遙かモンタナへの旅を敢行する。

姫: 作品の主眼は、この「モンタナへの旅」にあるようね(作者は南部出身で現在はモンタナ在住)。通常自分のテリトリーから出てきそうもないロビショーを、なんとかモンタナに引っ張っていく方法としてこの不自然極まりない前提を考えたようだけど、正直無理矢理感は否めない

咲: 「俺正義」に拘るロビショーの姿勢ということなら前作『天国の囚人』の方が遙かに面白いし、「男の友情ストーリー」としての完成度なら、次作『フラミンゴたちの朝』の方が遙かに高い。バークの風景描写の巧さが、モンタナという舞台を得て冴えまくっているのは認めざるを得ないけどね。

姫: アラフェアと一緒に釣りに行くシーンとか、あれは確かに出色ね。

咲: 単作だと、どうしてもアラが目立ってしまってオススメしにくいので、出来ればこの作品だけではなく、シリーズを連続して読んで欲しい。長いけど。ぶち切れおじさん不幸物語もだんだん味が出てくるよ。


○「誰が見張りを見張るのか?(Quis custodiet ipsos custodes?)」

姫: ああ、疲れた。とりあえず今回はこんなところ?

咲: バークとロビショーの抱えた問題を、ブロックとスカダーがどういう風に描いて行くか。そして、80年代末のアメリカ合衆国の歪み。専門ではないけど、少しは自分のなかで整理したい。次回はそんな感じです。

(第二十四回:了)


ヴードゥーの悪魔 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

ヴードゥーの悪魔 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

カーもニューオーリンズ大好きだったんですよ。

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

サンデル先生ならどう解くか?(未読)

第二十三回:アーロン・エルキンズ『古い骨』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+スチュアート・M・カミンスキー『ツンドラの殺意』(新潮文庫)

○攻略作戦は死なず

咲: 何しろ5か月ぶりの更新だと言うから恐れ入る。

姫: 最近三門優祐を知った人は、こういう無為なレビューを挙げていることを知らない方もいらっしゃるのではないかしら。怠慢のツケが回ったということで。

咲: 半分やってはいお終いという訳にはいかないので、ここからは少し頑張ろう。

姫: その決意がどれほど続くのか、見ものね。今回は久々の復活編ということで二冊分のレビューを掲載したいと思います。

咲: その一本目がアーロン・エルキンズ『古い骨』(1987)。『死者の舞踏場』(1973)以来、実に14作振りに巡ってきた既読本であります。

古い骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

古い骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

姫: 咲口くんがいかに本格ミステリに片寄せて翻訳ミステリを読んできたかということがよく分かる数字ね。冒険小説とかはごく少ない感じ。

姫: そう言われてしまうと身も蓋もないけれど。さておき話を『古い骨』に戻すよ。


○甘過ぎない恋愛要素と正統派本格ミステリの優雅な結婚

咲: まずはあらすじを。

レジスタンスの英雄だった老富豪ギヨーム・ド・ロシェ。彼は、モン・サン・ミッシェル修道院にほど近い北フランスの館に親族を呼び寄せた矢先、海で事故死してしまう。数日後、館では第二次世界大戦中に埋められたと思しい切断された人骨が発見される。一族の友人で、偶々近くに宿泊していた「スケルトン探偵」ギデオン・オリヴァーは、人骨の謎に惹かれて捜査に乗り出すが……

姫: 現代ではかなり珍しい正統派の本格ミステリです。紛れもなく最も印象的な「登場人物」である『骨』と、一族の人々が語る過去の事件、そして事件の再捜査が始まったことで巻き起こる現代の事件、この二つのパズルが過不足なくピタリと噛み合う。伏線の回収がやや大雑把な部分もあるけれど、全体的に心遣いが行き届いた良作だと思います。

咲: 説明が飛んだけれど、ギデオン・オリヴァー教授は法人類学、特に骨の鑑定の権威で時折変死事件に関わり、思いもよらない結論をひっぱりだしては捜査官たちをあっけにとらせることから「スケルトン探偵」と(半ば揶揄含みで)綽名されるようになった人物。本作には電話だけの登場だけれど、シリーズ序盤の『暗い森』で出会った奥さんのジュリーとは未だに熱々。二人が旅行先で出会った事件が描かれることが多いのが、このシリーズの特徴といえる。

姫: 似たような趣向のシリーズというと、パトリシア・モイーズのティベット主任警部シリーズがそうね。ただ、「スケルトン探偵」はもっとエキゾチックな舞台が多いみたい。ユカタン半島やら氷に閉ざされたアラスカやら……

咲: 机上観光の楽しさに加えて、キャラクター小説としても抜群に面白い。オリヴァー夫妻+友人でFBI捜査官のジョン・ロウ、この三人の掛け合いだけでもお腹いっぱいになる。ただし、そこに留まらずに一作一作様々な工夫を凝らしているので、「ちょっといい本格ミステリ読みたいなー」と思ったときに、手に取ると期待を裏切られないのが嬉しい。

姫: シリーズ中期の『遺骨』(1991)は、骨のスペシャリストだらけの学会で起きる奇妙な白骨死体の話だけど、一応意外なトリック……めいたものが利いていて良かった記憶があります。

咲: もう少し最近の作だと、『水底の骨』(2005)が非常に良いので、『古い骨』が好きな人はこちらもオススメ。入手も容易だしね。小型飛行機の中で見つかった足の骨の正体を探るギデオンの探索行を描いた作品だけど、骨しかないという状況がもたらす情報の歪みが、物語を深く深くへと引き込んで行く。かなりトリッキーな作品だ。

姫: この作品を読んでいて、何かに似ているなー、と思っていたんだけど……森博嗣先生のS&Mシリーズの感じね。ちょうどそんな雰囲気。

咲: 森先生も実際エルキンズはかなり好きらしい(『百人の森博嗣』とかで書いてなかったかな?)。エルキンズの作風に、ピーター・ラヴゼイの『苦い林檎酒』(1986)の、「大学教授と女子学生がいちゃいちゃしながら謎を解く感じ」を合わせると、ぴったりS&Mになるような。あと、理系要素。

姫: 森博嗣が好きな人はかなり楽しめると思います。飛び抜けた大傑作という訳ではないけれど、ほっと一息つける佳品。シリーズ通してクオリティが落ちないという意味でも貴重なので、ぜひご一読を。きっとハマります。

咲: さて、ではこんな感じで『古い骨』はお終い。次はツンドラの殺意』(1988)に移ろうか。


○怖ロシアだって怖くない

姫: 『ツンドラの殺意』は、モスクワ民警のロストニコフ主任捜査官とその部下たちが活躍する警察小説シリーズの第五作。「モスクワの87分署シリーズ」とも呼ばれているそうよ……と前置きはさておき、あらすじはこんな感じです。

シベリアの寒村ツムスクで、反体制医学博士サムソノフの娘は何者かに殺された。その殺人事件を調査していた統制委員イリヤ・ラトキンもまた、何者かによって殺害されてしまう。事態を憂慮した党上層部は、確かに有能だが使いにくいロストニコフにこの体裁の悪い事件の解決を押しつけてしまう。ロストニコフは、部下のカルポとともに人口わずか15人の寒村に向かうが、そこに待っていたのは彼らの予想を越える難事件だった。

咲: ロシア人の書いたミステリという奴はほとんど読んだことがない。せいぜいボリス・アクーニンのファンドーリン シリーズくらいか。『リヴァイアサン号殺人事件』と『アキレス将軍暗殺事件』の二作は良かった。『堕ちた天使―アザゼル』という作品もあるようだけど、こちらは読んでないので分からない。ただ、アクーニンは、ロシアのミステリ作家の中ではかなり異色なのかもしれない。

姫: 北欧・ドイツミステリブームで、あの辺の国のミステリは(出来はさておき)何でも出るみたいだし、どこかの心ある出版社はB・アクーニンを救ってあげて下さいな。黒澤が好きで、ペンネームに「悪人」を入れている日本大好き作家なんだし、頼んだらサイン会で来日してくれるかもしれないわよ。

咲: 閑話休題、話を『ツンドラの殺意』に戻そう。正直この作品は、ストーリーはあんまり面白くないような……ロストニコフといいカルポといい、あとモスクワ待機組の刑事たちも合わせて、キャラクターは一人一人しっかり描かれているのに、いまひとつ乗れなかった、まさかまさかの展開となる終盤も含めてね。

姫: シリーズを全然読めていないので、これはあくまでも仮説なんだけど、この『ツンドラの殺意』は、あくまでも番外編なんじゃないかしら。本来ロストニコフとその部下たちは、モスクワ近郊の都市部でこそ、協力し合って真の実力を発揮できるのではないか、という気がするわ。87分署シリーズも、アイソラを離れる番外編の作品は微妙だったりしたし。

咲: かもね。筋トレマニアで、ツムスクにベンチプレスの器械があることを素直に喜ぶロストニコフと、その冷静沈着な無表情ぶりから忠実な党員と上層部からは考えられている「死神」のカルポ(本当は上司思いのいい奴)のコンビプレーは確かに良かったね。脇筋でちょろちょろ動いていた他の部下たちが、この二人と一緒に動いたら、なるほど面白くなるかもしれない。シリーズの前の方の作品はいくつか訳されているから、今度手に取ってみようかな。

姫: ロシアを舞台に英米の作家が描いた警察小説はそれほど多くないけれど割に粒ぞろいね。近年の収穫はもちろんトム・ロブ・スミスチャイルド44』(新潮文庫)。すでに全三作でシリーズは完結しているので、安心して読み始められるわね。あと、フィリップ・カー『屍肉』(新潮文庫)は、今回初めて読んだけれどなかなかの拾いもの。チェルノブイリ原発事故とペレストロイカを結び付けて、こんな変な警察小説を書いてしまうなんてさすがは我らがフィリップ・カーだわ。

咲: 結論としては……単体だとミステリとしてやや弱いけれど、キャラクターの濃さや動かし方は達意のものだし、ホームグラウンドだったらもっと実力を発揮できたのではないか、ということで。MWAの審査員たちも、冷戦構造解体の余波を受けて書かれたロシアものを、なんとか賞に割り込ませたかったのではないか、その流れでたまたまこの作品が選ばれてしまったのではないか。そんな感じがします。

姫: 結論を出すには、カミンスキーの全容を掴まないと難しいかしらね。邦訳はそれなりにあるけれど、とにかくどれも品切れなので古本屋を回るしかない。読んで損はないと思うので、ぜひチャレンジしてみてくださいな。


○次回は一体?

咲: さーて、来週の座談会は?

姫: 来週かどうかは分からないけれど、ジェイムズ・リー・バーク『ブラック・チェリー・ブルース』の予定。せっかくシリーズ第一作から読んでみたので、かなり語ってみたいような風を見せています。あと、ジュリー・スミスニューオーリンズの葬送』も南部繋がりで一気にやってしまいたいところね。

咲: そいつはまたのお楽しみということで。まったく、出来れば安定更新したい!

(第二十三回:了)

ギデオン・オリヴァー博士に続く骨探偵と言えばコレ。

ロシア・ミステリの紹介、始まって欲しい!

アキレス将軍暗殺事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)

アキレス将軍暗殺事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)

だらだら雑記20130828【kindleストア徘徊編】

ここもと、仕事の合間に amazonkindleストアを徘徊している。
日本語の新刊書やコミックには目もくれずひたすら洋書の一覧を眺めているのだが、最近気づいたことがある。

kindleストアって、けっこうクラシックミステリを置いているんじゃないか?」
=「英米の出版社はクラシックミステリを比較的熱心に電書化しているのではないか?」

この現象によって、ことによれば未訳本絶版本が1000円程度で買える(ただし英語で読まなければならんのだが……)。これはなんとも画期的である。
10年15年前に中古の洋書を買いあさるのがどれだけ大変だったか、当時の人のweb日記を読むと感慨深いものがありますしね。
さらに、個人的には、「速さ」と「確実性の高さ」。これも嬉しい。何度かペーパーバックを買った経験はあるが、なかなか配送されない上に、「注文を受けたあとで配送不可になってキャンセル」という事態も少なくないのだ。だが、kindleならとにかく一瞬で買える。絶版が原則ない(配信停止はあるっぽいが)ので、欲しいものリストに放り込んでおいてしばらくしたら買う、というのもOK。いや、便利な世の中になったものだ(嘆息

今回は、個人的な備忘も兼ねて、実際どういう本が電書化されているのか、簡単に紹介したいと思う。

まずは超有名な出版社から。

Mysterious Press

ミステリー専門出版社ミステリアス・プレスは90年代に早川とタッグを組んだりしたこともあって、日本での知名度もまあまあという感じですが、ここ数年で電書ビジネスにも乗り出しています。どういう系列で繋がっているのかよく分からないけれど、OPEN ROAD というサイト(http://www.openroadmedia.com/)で、ミステリアス・プレスの本を売っています。
今月の新刊にメアリ・ロバーツ・ラインハートが13冊も入っている! 感動モノです。ジェイムズ・M・ケインとかウィリアム・G・タプリー(これはクラシックじゃないけど)とかもどかどか復刻している。
やや遡って、今年に入ってからの刊行物を見ていくと、ドナルド・E・ウェストレイク(タッカー・コウ名義含む)、スチュアート・パーマー(!)、スチュアート・M・カミンスキー、エラリー・クイーン、シャーロット・アームストロングなどなど、色々出してます。パーマーがほぼ全作入っているのに比べるとクイーンはまだまだ少ない(そもそもクイーンは現役本がほとんどない)のはアレですが、今後も頑張って欲しいですね。
ちなみに個人的要注目はクリスチアナ・ブランドが別名義で発表したロマンス小説。ミステリ色あるのかなあ。気になるなあ。

Harper/Collins

こちらもなんとなく名前だけは知っている有名出版社。特設サイトとかはないので、適当検索の結果だけお知らせすると……おおすごい。ナイオ・マーシュが全作品(自伝、死後編集の短編集含む)が電子化されています。値段を抑えた三冊組セット(kindleだと置き場所をとらないので単純に値下げだけ)も順次刊行されています。論創社や新樹社が予告しながらまだ出していない本はここから読みましょう。Death and the Dancing Footmanとかね。

Random House

そしてランダムハウス。武田ランダムハウスが無くなっちゃったのは残念でしたが、御本家は元気。主流文学もありながら、amazon新着にアーナルデュル・インドリダソンの英訳版やピンチョンの新作が上がってたりするのが、さすがという感じです。クラシックミステリもそこそこ入っていますよ。
まず、(まだ近刊未定扱いですが)グラディス・ミッチェルが今年の12月に一挙に電子化されますね……うちの書棚で、ランダムハウス版で何冊か待機してるんですけど。マージョリー・アリンガムも全作入ってますね……うちの書棚で(ry。あ、クリスピンもほぼすべてあります。


と、ここまで大出版社を三つ紹介したが、この電書化の波はむしろミステリ専門の小出版社にも有利に働いているのかもしれません。適当に拾っただけで結構ありますよ。

The Murder Room(http://www.themurderroom.com/)

専門出版社の中でも、サイトを見た限りでは割に手広くやっているようなのがこちら。青が捜査もの、紫がノワール、緑がスリラーという種類分けらしい。
最近出たものを見ていくと、ジョーン・フレミング(CWAのダガーを何度か獲っている作家)の長編が一通り復刻されているらしい(緑)。ドロシー・ユーナックも復刻した(青)。ハドリー・チェイスも順次進行中(紫)。マイケル・アンダーウッドとかジェフリー・ハウスホールドとか渋いな。
クラシックミステリに限って言うと、ジョナサン・ラティマー(紫)、アントニイ・ギルバート(青)、ロナルド・A・ノックス(青)などなど。退屈派(Humdrum)の巨匠、JJコニントンも数作復刻。カー(クイーン同様現役本はほとんどない)も数作出てるけど『死時計』やら『死人を起こす』やら『雷鳴の中でも』やら、どうにも冴えないタイトルが多い。

Langtail Press(http://www.langtailpress.com/)

電書版とは言えそっけないにもほどがある表紙の会社。アントニイ・バークリー(未訳作あります!)、エリザベス・フェラーズ辺りが狙いどころか。種類はそれほど多くなく、また最近は追加されている形跡がないため、これはもしかすると夜逃げか……まあ、電書データは残るようなのでだいたい大丈夫なんだけれど。

House of Stratus(http://www.houseofstratus.com/)

個人的には非常にお世話になっている出版社。マイクル・イネス全作品電書化とは半端じゃありません。ジョン・クリ―シーを山ほど抱え込んでいたり、オースティン・フリーマンを未訳作含め全作品揃えていたりして侮れない。マイケル・ギルバートほぼ全長編とか、懐かしの『トレント最後の事件』(E・Cベントリー)とか、結構いろいろあります。

Crippen & Landru(http://www.crippenlandru.com/)

クラシックファン垂涎の激レア短編集を復刻し続けている地方の小出版社。どうしても欲しいけど、生年から出遅れた悲しさで、買えない翻通です。kindle化はしないのかなあと思っていた矢先、今度の新刊はkindle版のみ! エリザベス・フェラーズの短編集らしいです。みんなでkindle版を買って、古い本も電子化してもらえるように祈りましょう。

Prologue Books(http://www.prologuebooks.com/)

今回紹介する中で、個人的にはもっとも戦慄すべきと考える出版社。
50年代から60年代の「安っぽいクライムノベル」をすべて300円以下で販売しています。ハリー・スティーヴン・キーラーが一冊300円で読み捨てられる世界……それって最高じゃね? ほか、いくらでもありますので、興味のある向きは一度検索を。

ということで大3小5で計8つの出版社を紹介いたしました。各社今度とも頑張って欲しいですねー。

ちなみに探すときは、amazon検索エンジンに「作者名」を放り込めばだいたい大丈夫です。
それではみなさん、良い積読を!

三門優祐

第二十二回:バーバラ・ヴァイン『死との抱擁』(角川文庫)

○遅れてやってきた作家

咲: 遅れてやってきたのは誰だって感じがするね。

姫: なにしろ二カ月ぶりの更新ですものね。「いや本は読んでいる、単純に出力する精神的余裕がないだけだ」という言い訳が聞こえます。

咲: まあ、それはいい。いい加減頑張らないと2013年中に終わらないので、ガンガン出力していただかないと。

姫: 今回はバーバラ・ヴァイン『死との抱擁』(1986)です。ヴァイン=レンデルというとサイコサスペンス系なので、咲口くんの手持ちジャンルという認識でいいのかしら。

死との抱擁 (角川文庫)

死との抱擁 (角川文庫)

咲: そのぶっちゃけた分類もひどいな。瀬戸川猛資も「お前ら狂気しか言うことないのか」と泉下でご立腹だよ。ともあれ、初登場の作家なので少し詳しくご紹介を。

姫: まともな作家紹介って初めてのような。バーバラ・ヴァインはルース・レンデルの別名義です。レンデルのデビューはかなり早くて『薔薇の殺意』(1964)。1930年生まれだから御年83歳だけど、「現在も」年一作以上のペースで長編を発表し続けている、ほとんど化け物じみた作家ね。

咲: 普通の謎解き小説の結構に近いウェクスフォード警部シリーズと、ときにサイコがかった心理サスペンスのノンシリーズを並行して書いているのが特徴かな。ちなみに「ウェクスフォード警部シリーズはお金儲け、本当に書きたいのは心理サスペンスで、理想の小説は『カラマーゾフの兄弟』」とインタビューで答えていたとか、そういう話を聞いたことがある。まあ出典不明なので、これ以上つっこまない。

姫: 『カラマーゾフ』未読なので下手なことは言えないけれど、心理を突き詰めて文学趣味、という感じなのかしら。そんなレンデルが「より文学的な」方向へと舵を切るために用意したペンネームがバーバラ・ヴァインで、『死との抱擁』は別名義の第一作に当たる作品。それがいきなり評価されたと言うのは、レンデルにとっても嬉しいことだったでしょうね。

咲: まったくだ。ちなみに、その他の受賞歴も華々しい限りだよ。『身代わりの樹』(1984)でシルヴァーダガー、『わが目の悪魔』(1976)『引き攣る肉』(1986)『運命の倒置法』(1987)『ソロモン王の絨毯』(1992)の四作でゴールドダガーと、本作含め六作品で英米のミステリ賞を受賞している。今気がついたけど『死との抱擁』と『引き攣る肉』は同年の発表。一人の作家が同じ年に発表した作品が英米それぞれの最高作に選ばれたエドガー賞受賞は一年遅れだけど)というのは空前にして絶後だろう。

姫: 日本での紹介はやや遅れて1980年から。1985年くらいからレンデル翻訳ブームが来て、多い年は9冊も翻訳されたとか。異常ね。その異常過ぎる熱は数年で冷めて、2000年以降の作品は一作も翻訳されていない。また、そのほとんどが角川書店から刊行されたのがレンデルの不幸で、今ではほとんどの作品が出版社品切れ、再発予定なしの状態。古本屋とかではわりに見かけるけれど、どれから読んでいいのか分からないから、誰も買わない誰も読まないで人気は微妙。

咲: 翻訳権が高過ぎるのとか、(どことは言わないけど)某出版社が決定的に仲違いをしてしまったとか、イヤな噂は聞くね。で、レンデルをどこから読むか、という話なのだけど……。

姫: 咲口くんの好きな作品とか聞いてもいいんだけど、正直紹介文だけでだいぶ逼迫し始めているので、割愛して先に進むわね。

咲: えー、まあ仕方がないか。さて、そんな文学味溢れる本作のあらすじは以下の通り。


○ずっしり重いパンケーキ、不幸の蜜がけ

 ヴェラ・ヒリヤードは殺人罪によって絞首刑に処せられた。そのことを私は知っている。私が知らないのは、「なぜ」だ。平凡な中流家庭に生まれ、幸福な結婚をしたはずの彼女がなぜ殺人を犯すに至ったのか。仲睦まじかった妹、イーディンと彼女の間の諍いはなぜ起こったのか。渦巻く謎の中心にあるのは、ヴェラの息子、フランシスの出生の秘密。30年前に死に絶えたはずの謎が、いま、再び蠢きだす。

姫: ダニエル・スチュアートというノンフィクション作家が、英国人女性の死刑囚ヴェラに興味を持ち、当時の関係者に話を聞いて回り、彼女の真実に迫る本の原稿を執筆する。その内容確認を頼まれたヴェラの姪、フェイス・セヴァーンが本作の語り手です。

咲: それを読んで行くうちにフェイス自身もおばさんの殺人の謎の深みにはまって行く良くある展開やね。当時の人々の感情をこれでもかと練り込みつつ、ヴェラという女性の本質に外堀から埋めて書こうとするレンデル節炸裂のゴシック小説だ。

姫: ただねー、これってレンデルにとって目新しいことだったのかしら、という感じはするのよね。私も数読んでいる訳ではないけれど、例えば『ロウフィールド館の惨劇』(1977)なんて言うのはまさにこの作品のプロトタイプよね。使用人の女性の感情が爆発して邸の人たちを皆殺しにする、まさにその瞬間の「人間の本質」を描いた作品なのだから。

咲: それを言ったらレンデル作品(のノンシリーズ)はほとんどそんな感じだけどね。実際、『死との抱擁』は(以前の作品と比較して)それほど優れた作品とは思えない。致命的なのは、それこそ「文学性」を強調し過ぎて、エンタメとしての面白さを度外視してしまったことにある。この作品、どんでん返しとか一切なく、ほんとに「ヴェラが殺人に至る経過」を書きまくっただけで終始してしまっているんですわ。読むの、結構辛いんよ。

姫: で、その文学性も幕を開ければ大したことなかったりして。方向性だけ先行して、不完全燃焼になってしまった感はあるのよね。

咲: この手のゴシック小説なら、もっともっと面白て上手い同時代の作品がいくらもあるしなあ。

姫: ゴダードとかでしょ。最近いろいろ読んでたものね。

咲: うむ。あとはヒルの『甦った女』とかね。その辺諸々の不満点を解消するのがヴァイン名義第二作の『運命の倒置法』かな。言ってしまうとアレなのでこれ以上は読んで欲しいけど、作品としてのクオリティはかなりあがっている。これまた十数年前の隠された犯罪がたまたま発掘されて関係者に激震が走るというストーリーだけど、群像劇チックな物語を巧みに統御しているね。

姫: 去年だかの新刊で、ダイアン・ジェーンズ『月に歪む夜』(創元推理文庫ってあったじゃない。アレは完全に『運命の倒置法』オマージュよね。舞台設定から物語の転がし方までよく似てたもの。

咲: デビューして50年も経つと、フォロワーが出てくるものなんだなあ、としみじみしてしまうね。


○まとめ

姫: さてまとめです。まあ、出来は悪くなかったわね。志は高かった。

咲: ただ、その志に読者をつき合わせようっていうなら、もっと段差を低くしてくれないと。その辺ユーザーにやさしくないのがお文学っていうなら、馬鹿馬鹿しい限りだ

姫: ユーザーフレンドリーな第二作が即座に刊行されたのだから許してあげてもいいと思うけれど。

咲: という感じが今回の感想かな。さっきも言いかけたけど、レンデルは文学性とかさておいてももっと読まれていい面白作家だと思いますので、そのうち全体総括レビューとかやりたいですね。

姫: 最近の作品は原書で読むの? 志高いわね〜。

咲: いや、そこまではやらんでもいいだろ……

(第二十二回:了)


引き攣る肉 (角川文庫)

引き攣る肉 (角川文庫)

ごく普通の人間の精神を偶然と狂気によって壊す、レンデルらしさが炸裂した名品。

月に歪む夜 (創元推理文庫)

月に歪む夜 (創元推理文庫)

クオリティは高かったので、是非翻訳が続いて欲しい。

「殺しにいたるメモ」に関するメモ

執筆:TSATO

I

 代表作『野獣死すべし』で、前半を殺人を企てている男の手記、後半をナイジェル・ストレンジウェイズによる捜査と二つに分けた斬新な構成としていることからもわかる通り、犯人の心理描写へのこだわりは、ニコラス・ブレイクの作品では重要な要素の一つだ。彼の作品全体を見るとオーソドックスなフーダニットの作品が多く、『野獣死すべし』ほど凝った構成の作品は少ないが、その心理重視の姿勢は健在である。それをあえて本格ミステリの技巧という観点から見れば、都筑道夫『猫の下に釘を打て』で言及されているような、「犯行計画の変更や心情の変化をプロットに持ち込んだ」作家という評価になるのだろう。
 さらに、(『野獣死すべし』の段階ですでにその萌芽が見られるが)中期の作品では、脇役たちの造詣が深まり、プロットへの絡ませ方が巧みになっている。

 さて、今回取り上げる中期の作品『殺しにいたるメモ』もその系列に連なる作品である。本作は1947年に発表された作品で、素人探偵ナイジェル・ストレンジウェイズシリーズの、番外編も含めた8作目にあたる。1941年の『雪だるまの殺人』以来、大戦をはさんで久々のミステリ作品で、いわばカムバックの一作だ。

殺しにいたるメモ

殺しにいたるメモ

 ストーリーは以下の通り。

 ナイジェル・ストレンジウェイズは第二次世界大戦の間、「戦意高揚省情報宣伝局」で編集部長として働いてきた。連合国が勝利を収め、局員たちの緊張が緩みつつある最近、ナイジェルは鬱積していた人間関係がいずれ爆発するのではと危機感を募らせていた。そんな折、戦死していたものと思われていた元同僚のケニントン少佐が帰還する。戦死したと見せかけ、密かにスパイとしてドイツに潜入、敵国の高官シュトゥルツを捕らえる功績を立てたのだという。内輪の歓迎パーティーは、ケニントンがシュトゥルツから取り上げた戦利品の青酸入りカプセルが開陳されるなど大いに盛り上がるが、その最中、コーヒーを飲んだ局長秘書のニタ・プリンスが急死する。
 その場に居合わせたのは、局でも随一の美貌を誇るニタ、ニタの元婚約者のケニントン、現在の愛人である局長のジミー、ジミーの妻でケニントンの双子の妹アリス、ニタに思いを寄せるキャプションライターのブライアン・イングル、デザイン部職員のメリオン・スクワイアーズ、副局長ハーカー・フォーテスキュー、上級職員エドガー・ビルソン、それにナイジェルの僅かに9人。果たして誰がニタのコーヒーに毒を入れたのか?

 あらすじをよんでわかる通り、本作は「容疑者が限定されたフーダニット」で、特段先鋭的なことをやっているわけではない。しかし、作品としての出来栄えは『野獣死すべし』に比べて勝るとも劣らない。この作品の美点は大きく分けて二点ある。一つ目は、犯行が単純であること、二つ目は、動機が陳腐だということ。いや、これはほめているのですよ。
 まず犯行について。シンプルな犯行は、物語にリアリティを与え、推理小説にありがちなわざとらしさを排除する。犯人はかなりの知能犯だが、それゆえか、その犯行は現実的な範囲に留まっている。思い出してみると、『野獣死すべし』にせよ『死の殻』にせよ、話のキモは黒幕がターゲットをある行動に誘導するというもので少しわざとらしい。もっというと「そんなうまくいくの?」と思わなくもないものだ(被害者の性格を描いたものだし、意欲的ではあるのだが)。実際、前作『雪だるまの殺人』は、「思い通りに行かないこと」が話のキモだった。

 では『殺しにいたるメモ』ではどうか? この犯人は余計な偽装工作は何もしない。そして、それゆえになかなか尻尾をつかませない。例えばこんな一節が印象深い。

 かわうそを巣穴から引きずり出すように、殺人犯を沈黙と無行動と黙認という安全圏から白日のもとにさらけ出すという一大目的に、自分のすべての言葉を向けなければならない。彼(ナイジェル・ストレンジウェイズ)は自分の相手が、素晴らしく知的で鋭敏な感性の持ち主であるのを痛感していた。

 むろんこの作品にも、ある人に罠に仕掛けるシーンはある。しかし、それは人を単純に操るような戦前の作品と比べると、よりシンプルな、手品師が観客の注意をそらすようなものとなっており、その分実行可能性が高い。プロットの構築が良い意味でこなれてきたのを感じる。

 もう一つの美点、動機の陳腐さ。これは本当にすばらしい。この事件の犯人の動機は、ありきたりで、「しょうもない」ものだ。にもかかわらず、被害者の心情、周囲に追い詰められて殺人へと走る犯人の心理を探偵ナイジェルの視点を通してじっくり描くことでドラマを盛り上げている。作者が初期に多用した「悲劇の復讐者としての犯人像」も決して悪くはないが、一見ありふれた動機で人間心理の複雑さを描く本作は、作家としての成熟を感じさせる。

    • -

II

 シンプルな素材で優れた小説を作る、その上で重要な役割を果たしているのが作品の舞台である「広報宣伝局」だ。「広報宣伝局」、正式名称は「戦意高揚省広報宣伝局」。この組織自体は架空のものだが、ブレイクは第二次大戦中、情報省に勤務しており、その体験が基になっているとされる。ひとつの職場を舞台に人間模様を描くやり方は、古くはドロシー・L・セイヤーズ『殺人は広告する』あたりから始まり、クリスチアナ・ブランド『ハイヒールの死』『緑は危険』D・M・ディヴァイン『悪魔はすぐそこに』P・D・ジェイムズ『わが職業は死』『欲望と策謀』『ナイチンゲールの屍衣』など作例は多い。この小説も、そういった作品の中のひとつである。
 この作品で、業務の様子自体を描いているシーンは物語の序盤、殺人事件発生までにほぼ限られる。だが、「戦意高揚省広報宣伝局」という職場やそこで働く人々の姿は強く印象に残る。それは、視点人物のナイジェルがここで数年間働いてきたという設定に負うところが大きい。彼は捜査の過程で、「広報宣伝局」における過去のエピソードをその都度少しずつ「思い出す」。このような形で読者に過去の出来事を紹介していくことによって、架空の部署である情報宣伝局に重みを持たせることに成功している(ついでに、伏線を自在に張ることもできる)。

 また、舞台の演出には脇役たちの存在も欠かせない。「爆弾が炸裂したかの勢いで」ドアを開け、電話をかけながら「定評のある、同時に二人を相手にした会話」をし、ナイジェルに対し、「かすかな母性愛を抱いて接してくれているらしい」アシスタントのパメラ・フィンレイ、「腹の出た、陽気だがぼうっとした元警官で」「失せものやちゃちなこそ泥といった類のもの以上に重大な事件は手がけたことがない」調査部のアドコック氏。
 もっと重要なのは、一、二度しか登場しないエキストラたちだ。一章と二章の冒頭(だけ)に出てくるやたらキャラが立った掃除婦、不吉な予言をする郵便配達夫。事件当時、現場である局長室の控え室にいたタイピストはミス・グレインジリーという名で、局の印刷費用はミスター・オディーという人物が責任者らしい。彼らは読者にとってはただの脇役だが、ナイジェルにとっては、詳しく知っている同僚たちだ。「小説内での描写が少ない」のではなく、「わざわざ描写するまでもなく、よく知っている」の人物たちなのである。そして、そういう人間が大量に登場することによって、基本的に容疑者が限られた謎解き小説であるにもかかわらず、閉鎖的で内輪だけの話に終始している印象を与えない。

    • -

III

 ナイジェルは、1940年からつい最近まで「他省からまわされてくる際限のない仕事に遅れまいと」「一日十時間から十四時間ほども」働く生活を同僚たちとともに5年間続けてきた。ナイジェルにとって彼らは苦労を分かち合った友人であり、「自分の腕時計の文字盤のように見慣れたもの」だ。だが、腕時計の仕組みがよくわからないように、彼らの私生活もまた、よくわからないものである。職員たちは正規の公務員ではなく、いわば臨時雇いの存在(「動員公務員」と作中では呼ばれる)。彼らには元の職業があり、互いの過去や私生活のことはよく知らない。誰もが二つの仮面を持っているのだ。この事件のキーパーソンであるケニントン少佐にいたっては、さらに諜報員としての人格をも有している。いや、そもそも、事件を調査する名探偵であり、同時に局の編集部長でもあるというナイジェル・ストレンジウェイズの立場自体も二重性をもったものだ。「警察にコネがあるんでしょう?」ミス・フィンレイは、無邪気にそう尋ねる。
 もちろん彼らは別に二重生活を送っている訳ではない。捜査の過程で明らかになるのも、「ちょっと意外な一面」程度のものだ。だが、これが積み重なっているうちに、気がつけば事件全体の様相ががらりと変わってしまっている。
 たとえば副局長のハーカー・フォーテスキュー。「管理職者然とした態度、無愛想さ」で、「感情のない物言い」をする彼は、元写真屋で、趣味として有名人の情けない隠し撮り的なスナップ写真を集めている。「作り笑いをしている妻が差し出した花束をぶっきらぼうに払いのけるトルストイ」、「禁欲主義についての力強い説教で知られる大司教が、フォークに山盛りのキャビアを口に入れる瞬間」等々。彼がやくみつるのような趣味を持っていることが事件にどんな影響をあたえるというのか? 実はフォーテスキューの「趣味」は中盤で非常に重要な意味を持ってくるので、ぜひご確認いただきたい。

 また、私生活での人格と「戦意高揚省情広報宣伝局」という公的な場での人格は微妙に異なっているが、それぞれ密接に関連しあっている。編集部長ナイジェル・ストレンジウェイズの優れた記憶力、難しい会議の内容を「録音機のような過不足ない正確さで」復唱できる能力は、名探偵ナイジェル・ストレンジウェイズの最大の武器でもある。彼はその能力を使って登場人物の些細な言動の矛盾を指摘していく。事件前夜のニタ・プリンスの言動、チャールズ・ケニントンの奇妙な沈黙。ナイジェルによって提示される小さな謎の数々は、容疑者たちの多面性を明らかにし、作中の人間関係を謎に満ちたものにする。彼らはお互いをどう思っていたのか?
 物語の中で容疑者は最初の七人から、さらに絞られていく。だが、犯人の特定は難しく、クライマックスでは容疑者同士の告発合戦まで繰り広げられる。最後の最後までなかなか真相を特定させないのは、容疑者たちと被害者の人間関係が判然としないからだ。これは、読者が真の関係を読み取れないというだけにとどまらない。犯人自身、自分の感情、自身のおかれた人間関係をどう処理するべきかわかっておらず、この葛藤は逮捕されるその瞬間まで続き、そのことが、犯人の人間的弱さを印象付ける。
 だが、動機から見える性格の弱さとは裏腹に、犯行そのものは非常に知的だ。この動機と犯行の違いに見える犯人の二面性は、そのまま公私の生活での二面性に置き換えられる。ナイジェルの探偵としての優秀さが、編集部長としての優秀さ(優れた記憶力)によって裏付けられているように、これまで描写されてきた「広報宣伝局」での優秀さが、性格的に弱い犯人が、同時に警察をてこずらせるほどの犯行を行い得る人間であることに説得力を与える。これまでの捜査によって明らかになった人物像と、ナイジェルが5年間を通してみてきた人物像が重なり、一人の犯罪者の姿を明らかにする。この二面性は最後まで解消されることはないが、それゆえの真実らしさを担保するとも言える。
 物語の結末で、ナイジェルの協力者でスコットランド・ヤードのブラント警部は「ひどい偽善と言った方がふさわしい」「わたしはちっとも哀れだと思わないね」と犯人に対して怒りを露わにする。かように犯人を手厳しく非難するブラントに対して、ナイジェルはどこか犯人に同情的だ。犯人の偽装工作を名演技と評し、犯人に対し「好意と賞賛を捨てきれない」。まったく部外者であるブラントと、5年間犯人とともに働いたナイジェルでは、犯人に対する見方がおのずから異なるのだろう。戦意高揚省広報宣伝局という舞台を最大限に活用し、そこに働く人々を描く。それは登場人物の実像に公私の両面から迫るということでもある。作者はそれによって、陰影と奥行きのある一人の犯罪者を描き出すことに成功した。


猫の舌に釘をうて (光文社文庫)

猫の舌に釘をうて (光文社文庫)

第二十一回:ロス・トーマス『女刑事の死』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+L・R・ライト『容疑者』(二見文庫)

○よく売れた作品は代表作?


咲: 放置したまま時が流れてしまいました喃。

姫: 原稿が入ったりしたのだけど、掲載待ちのままになっているわね。可及的速やかな対応が要求されているはずだわ。

咲: 最近は感想を書くよりも本を買う方にご執心らしいのでどうしようもない。まあ、今回はリハビリ回ということで軽く流して行きましょー。

姫: 今回は二作同時に。一作目はロス・トーマス『女刑事の死』(1984)ね。

女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))

女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))

あらすじはこんな感じです。

上院の調査監視分科委員会で顧問、もとい便利屋のようなことをやっている主人公ベンジャミンは、刑事だった妹が車に仕掛けられた爆発物によって命を落としたことを知らされる。熱心で優秀な刑事だったはずの彼女がなぜ死ななければならなかったのか。彼は、委員会から与えられた使命を果たしつつ、妹の死の真実に迫っていく。

咲: ロス・トーマスの小説では、登場人物全員が互いに騙しあっている。単純に嘘をつくというだけに留まらず、真実を言わずに隠したり、あるいは無意識のうちにミスリードを掛けたりしている。誰もがプロフェッショナルで、すこぶるつきに悪賢い。そしてそれは主人公ですらも例外ではない。

姫: 自分が欲している物を手に入れるために何でもする悪党たちの振る舞いを、「陰謀」というファクタの中で、冒険小説ともエスピオナージュともつかない(スパイが出たりすることはあるけれど)物語に落とし込む達人、と呼べば分かりやすいかしら。安易な分類を許さない、とらえどころの難しい作家ね。あ、乱打されるワイズクラック(意味はないけどカッコ良い台詞のこと!)も素敵。

咲: と、かくも通好みの渋作家、ロス・トーマス作品の中で、唯一と言っていいほど滅茶売れしたのがこの『女刑事の死』、なんだけど個人的には……賞を取れば何でもいいのか、と思う。これならエドガー賞の処女長編賞を受賞した『冷戦交換ゲーム』(1966)の方がなんぼも面白いですよ。

姫: 咲口君の意見は正しいように思うけれど、言葉足らずであまり参考にならないので簡単に補足を。さっきも述べたけれど、ロス・トーマスの作品はその性質上、物語の中盤で悪党どもが互いに互いの利益のために騙し合い、物語の筋をわやくちゃにしていく、その過程が一番面白いの。その中で、読者のサスペンスを釣り上げていく訳。おいおい、どうやって落とすんだよ、とね。

咲: で、その『女刑事の死』は普通のミステリー仕立てになっているだけに風呂敷をきちんと畳むことを作者が端から志向しているのが、割と分かりやすく見えてしまうんだな。それゆえにある程度は綺麗にまとまっているんだけど、読者が元々求めていたような、ロス・トーマスらしい面白さのようなものはあまり見えてこない。

姫: もちろんつまらない作品という訳ではない。でも、はっきり言ってこの作品はロス・トーマスの代表作なのかな、と疑問に思う部分がある、ということを言いたかったんでしょうね、多分。

咲: ですね。まあ、俺にせよ姫川さんにせよ、ロス・トーマスはこれと『冷戦』と『暗殺のジャムセッション』(1967)の三作しか読んでいないので、とうとうと語っちゃうのは、やや問題アリのような気がしないでもないけれど。入手困難な作品が多すぎてどうしようもないんで、誰か詳しい人、後のことお願いします。

姫: ということで次行きましょ、次。


○変態の名産地、カナダの生んだ……?


咲: 二冊目はL・R・ライト『容疑者』(1985)だ。この人カナダ人の女性作家だそうだね。その割にはごく真っ当な作品だったので驚いたよ。

姫: カナダ人が読んだら起こりそうな発言ね。まあ、カナダと言えば我らがマイケル・スレイド御大(最近kindleで未訳作買いました)を生んだ変態ミステリ作家の名産地と言ってもいい場所だし、無理もないけれど。

咲: ジスラン・タシュローとかな。悪魔と契約した警察官が……

姫: その話やめで。まあ、カナダ人にも真っ当なミステリ作家はいたわよ、ピーター・ロビンスンとか、ルイーズ・ペニー(翻訳どうなっちゃうの?)とか、ハワード・エンゲルとか。

咲: いい感じに狂った作家を探そうとウィキペディアを眺めていたが、正直ロバート・J・ソウヤー(こっちも翻訳どうなっちゃってるの?)くらいしか思いつかなかった。あれを変態と呼んだらSF畑の人が怒るかもしらんけど。

姫: カナダ人の狂気の話はさておいて。

容疑者 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

容疑者 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

あらすじに入るわよ。

旧知の男を撲り殺した老人ジョージは、しみじみと感じていた。これは報いだ、と。やつは死ななければならなかった、と……。殺人事件を手がける中年刑事アルバーグは、当初からジョージに疑いの目を向けていた。一歩一歩と謎の犯行動機に迫る中で、しかし彼はジョージと、自分が心を寄せる女性カッサンドラが結んだ心の絆に気づかずにいた。

咲: この物語には、事実上謎はない。読者の目にははじめからジョージが犯人であることは分かっているし、彼自身そのことをそれほど強く隠し通そうとはしていないからだ。この作品の中でフィーチャされるのは、まさにあらすじで書いた、三人の間の微妙な三角関係なんですな。

姫: ジョージは80歳のお爺さんで、図書館で司書として勤めているカッサンドラ(35歳くらい)のことが……好きというかなんというか、枯れてしみじみとした愛情を抱いているのよね。アルバーグ(40歳くらい)も彼を犯人と目しつつも決定的な証拠がある訳でなし、問い詰め切れずにいて、互いに微妙に居心地が悪い状態。カッサンドラは、アルバーグといちゃいちゃしつつ、やはり歳を気にして困惑している……というもやもや感。

咲: いやー、複雑だなあ。さておきミステリとしてみた場合、ジョージが、憎み続けてきた被害者をなぜいま衝動的に殺さなければならなかったのか、という動機面がまったく弱いのが残念でならない。そこをがっつり掘り下げてくれれば面白くなったかもしれないのに。その辺りは、それほど強くミステリを志向しては書いていない雰囲気もある。

姫: そうなのよね。そこへの補完が曖昧だから、読者としてもジョージへの感情を決めかねてしまう。中盤たっぷりとサスペンドされたわりに、終盤ではあっさりと処理されてしまったのでがっかりした面は大きいわ。

咲: 描かれている部分については、細かい内面描写を丁寧にやっていて好感が持てたので、今後の作品に期待、という感じではないかな。あ、今気がついたけど、この作品処女作だったみたい。シリーズは翻訳も何冊か出ているみたいだ。

姫: ふーん、そういうことなら今度読んでみようかしらね。


○終わりのご挨拶

咲: という感じで、今回はこれでお終いです。

姫: それほどビリっとくる作品はなかったわね。次回はレンデルの別名義、バーバラ・ヴァインの第一作『死との抱擁』(1986)の予定。私たちの誕生年の発表作なので、色々な意味で頑張っていきましょう。

咲: なにをどうだよw まあレンデルだし、大分期待で!

(第二十一回:了)


冷戦交換ゲーム (Hayakawa pocket mystery books (1044))

冷戦交換ゲーム (Hayakawa pocket mystery books (1044))

言わずと知れた名作。これは読め!

スリー・パインズ村と警部の苦い夏 (RHブックス・プラス)

スリー・パインズ村と警部の苦い夏 (RHブックス・プラス)

翻訳最新作。嵐の山荘で起こった不可能犯罪を扱った佳品。(嘘じゃない)

第二十回:リック・ボイヤー『ケープ・コッド危険水域』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+エルモア・レナード『ラブラバ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

○にちようびのだいぼうけん


咲: また微妙に間が空いてしまいましたが元気です。

姫: 私たちを置いて旅行に行ったりしてたしね。サイコロを振って出た目に従って進むような、ランダム要素の極めて強い旅だったようだけど。

咲: さておき、今回は久々の二本立て。たまにやると冊数が捌けていいやね。

姫: 一つ目のリック・ボイヤー『ケープ・コッド危険水域』(1982)は、1976年に発表されたシャーロック・ホームズパスティーシュ(「スマトラの巨大ネズミ」という書かれざる事件をモチーフにしたもの)を含めると、作者の第二作に当たる作品ね。発表当時は大分持て囃されたみたいだけど……。

ケープ・コッド危険水域 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ケープ・コッド危険水域 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

咲: まずはあらすじから入ろうか。

わたしは口腔外科医のアダムズ。ドクと呼んでもらおう。ケープ・コッドの沖に不審な座礁船を目撃したわたしは、友人のダイバーに偵察を頼むが、翌日、彼は溺死体となって発見された。わたしの余計な好奇心がこんな事態を招いたのか。自責の念に駆られ、わたしは自ら謎の座礁船と友人の死の真相を調べはじめる。(文庫裏表紙あらすじより抜粋)

姫: いわゆる冒険小説なんだけど、米国風というよりむしろ古式ゆかしき英国風でずぶの素人が巻き込まれます。でも、事件そのものが大陰謀とかではなく全然普通の犯罪計画だったりするあたり、非常に「お手軽」な感じの漂う作品ね。

咲: その「お手軽」感の最たる部分は、事件に対するドクの態度にあるんじゃないか。上記あらすじでは「好奇心から友人を死なせた自責」が彼を動かしていることになっているけれど、実際のところ彼は、「持て余した余暇」を潰すために、自ら冒険の渦に身をゆだねている傾向がある。

姫: 手を怪我してしまい、しばらく仕事が出来ないとなったときに暇すぎて逆に体を壊す、というほどワーカホリックのおじさんが、日曜大工みたいなノリで事件に取り組んでいくのはどうかと思う。

咲: まーしかも、カネはあるコネはある妻の理解はあるで、ほとんどお遊び感覚なんだよね。しかも合間には奥さんとヤリまくり仲間たちと飲みまくりで人生をエンジョイしていやがる訳で。

姫: 殴られて気を失うなどテンプレートはきちんとなぞって、最後は友だち勢揃いの大団円。誰がこんなの楽しめるのかしら。アホクサ。

咲: 解説は超絶賛している分だけこちらのテンションも下がるよなあ。まあこの人が面白いと言った作品は大抵つまらないので。あと、この人の訳した作品は面白くても……

姫: 泡沫場末ブログでも危険なものは危険だから止めて。(キッパリ

咲: アイマム。結論としては「ハッスルおじさんのなつやすみのだいぼうけん」を読みたい人以外にはオススメしません。悪しからず、といったところ。


○「宿命の女」はテンプレートから逃れられないのか?


姫: 二つ目のエルモア・レナード『ラブラバ』(1983)はわたしにはいまひとつ良さの分からない作品でした。

咲: そう言いなさんな。結論を出すのは、もう少しこの作品の内容を検討してからでも遅くはない。ちなみに「ラ・ブラバ La Brava」であって、決して「ラブ・ラバ Love Lover」ではないので、注意が必要。まあ、愛についての物語ではあるんですが。

ラブラバ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ラブラバ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

姫: いいわ。あらすじ行きましょ。

ジョー・ラブラバは元シークレット・サービスの捜査官。退職した今は、マイアミビーチでカメラマンをしている。その彼が、年上の友人の引き合わせで、元女優のジーン・ショーと知り合う。彼女は、かつてラブラバが銀幕で出会い、初めての恋情を覚えてしまった相手なのだ。彼女は現在身辺に問題を抱えていた。大男のガードマン、リチャード・ノーブルズとキューバの刑務所を脱獄してやってきた犯罪者・クンドー・レイ。この二人が彼女の背景につきまとい、何事かを企んでいたからだ。ジーンと恋におち、陰謀の影に気付いたラブラバは、昔とった杵柄で彼女を守り、悪に対抗する決意を固める。

咲: 30代半ばの男が50代の元映画女優に抱いた恋情をどういう風に描くか、そして悪党たちの騙し騙されのコンゲームがどういう形で着地するのか、という二点が密接に結びついた作品だ……と書くと大ネタが割れちゃうかな。

姫: と言ってもかなり早い段階で分かる内容だからいいんじゃないかしら。お話そのものは他愛のない作品だけど、とにかくスピード感のある描写とポンポン飛び交う会話で読ませる。いかにもレナードらしい作品というイメージ。

咲: レナードの作品を大きく二つに分けると……といったのは瀬戸川猛資。彼は「レナード・タッチ」の作品西部劇風の作品という風な分類を提示している。まあこれって、結局保安官が出てくるかそうじゃないかの差しかないんだけど。そういう意味では、ジョー・ラブラバという「保安官」(正義の味方として読者が感情移入できる人物)が登場する本作は後者かな。

姫: そのイメージも込みで騙しの要素な訳だけど……そこは面白いんだけどね。

咲: 姫川さんが気にいらないのは、結局映画女優ジーン・ショーでしょう。

姫: クレイグ・ライス『こびと殺人事件』をお読みなさいよ。若き日のマローンが憧れた、でも今は尾羽打ち枯らした老女優と彼が出会った時、いかに愛が尽くされていくか。短いシーンの積み重ねで、表裏一体の愛と哀しさを巧みに表現していく手筋! あの作品そのものは喜劇的な要素が強いから全体像がぼやけがちなのだけど、そこで逆にペーソスを利かせて締める天才的技巧!

咲: どうどう。『こびと殺人事件』を愛してやまないのは知ってるよ。復刊リクエストでは票を入れようね

姫: ジーン・ショーは、関わった男を破滅に導く典型的「宿命の女」なのだけど、その枠から一歩も出ていない。あくまでもテンプレートな書き割りに過ぎないのがね、辛くて。

咲: 女性キャラクターがあくまでもテンプレ、というのはこの作品の弱みなのか、あるいはレナード全体の弱みなのか、真面目に読んでみないと判定が難しいところだけれど。なんにせよ、この作品の基調を成すべき人物の造形が弱いというのは致命的な欠点のようにも思える


○波乱の次回予告

咲: やれやれ、今回で「去年読み終わった分」はようやくお終いだ。2013年バージョンへの移行もすぐそこ……なのか?

姫: さあどうかしら。なにしろ更新が不定期なんだからどうしようもないわね。次がすぐ来ることを期待しましょう。もしあれば、次回はロス・トーマス『女刑事の死』のはず。しばしお待ちくださいな。

(第二十回:了)


ケープコッドの悲劇 (論創海外ミステリ)

ケープコッドの悲劇 (論創海外ミステリ)

『ケープ・コッド危険水域』と舞台を同じくする作品。有閑紳士の集うエリアらしい。
こびと殺人事件 (創元推理文庫)

こびと殺人事件 (創元推理文庫)

絶賛品切れ中の良作。みなさんの力で是非復刊を!