深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

パトリック・クェンティン中短編クエスト(準備体操編)

Crippen & Landru が The Cases of Lt. Timothy Trant を出すというので※1、最近クェンティンの書誌情報を調査しています。英米の雑誌の情報は The FictionMags でおおまかに調べられるし、邦訳情報はaga-search(とその元になっている森事典)やameqlistを見ればいいから楽勝~と思ったのですが、国会図書館での実物調査の結果、aga-searchの記載に間違いが見つかりました※2。自分用のメモとしてとりあえずまとめておきます。

 

---

①ピーターとアイリスのダルース夫妻が登場する(Crippen & Landru の The Puzzles of Peter Duluth に収録されている)中短編は4つです。

"Death Ride the Ski-Tow"(1941、邦訳「死はスキーにのって」、田中潤司訳、別冊宝石63年11月特別号臨時増刊)

"Murder with Flowers"(1941、未訳)

"Puzzle for Poppy"(1946、邦訳「ポピイの謎」、岩下吾郎訳、日本版EQMM64年9月号)

"Death and the Rising Star"(1957、邦訳「ニュー・フェイス殺人事件」、大門一男訳、日本版EQMM61年4月号)

aga-searchでは、"Death on Saturday Night"(1950、邦訳「土曜の夜の殺人」、豊原実訳、日本版EQMM59年12月号)もダルース夫妻物とされていますが、正しくはトラント警部補物です。この作品は『ミニ・ミステリ傑作選』(創元推理文庫)にも収録されています。

なお、”Puzzle for Poppy”は、『犬はミステリー』(新潮文庫)でも読むことができます(「ポピイにまつわる謎」)。また、aga-searchでは詳細不明とされている「ビフテキハンバーガー」(『四つ辻にて』(芸術社)収録)もこの作品の翻訳です。

(6/7補足:「翻訳道楽」の米丸氏によると、1942年発表の ”Hunt in the Dark” という中編もダルース夫妻物に当たるとのこと。この作品はC&Lの作品集には含まれていません)

 

②トラント警部補が登場する中短編はCrippen & Landruの予告によると22編あるそうですが、aga-searchには14編が記載されています。新発見作品がいくつかあるそうですし、またaga-searchの表にはトラント警部補物でありながら別シリーズとされている作品もある(このうち1編は先ほど上げた「土曜の夜の殺人」)ので、更新に期待しましょう。

問題は「白いカーネーション」(1945、”White Carnations”)という作品です。山田摩耶訳、別冊宝石75収録のこの作品は、aga-searchの記載によればポプラ社ジュニア世界ミステリーの一冊『病院の怪事件』(68)にも収録されていることになっていますが、この本の実物を雑誌と突き合わせてみると二者は厳密には別の作品でした。

『病院の怪事件』は、日本版EQMM61年8月号に「他人の毒薬」として翻訳された中編(1940、"Another Man's Poison")を二部構成にし(「Ⅰ クナグスン博士」「Ⅱ カロライン」)、その後日譚(「Ⅲ アンジェラ」)を補ったジュヴナイル作品です。そしてこの「アンジェラ」こそ「白いカーネーション」に当たるはず(aga-searchにはそう記載されている)ですが……「白いカーネーション」は、トラント警部補のところに「白いカーネーションに呪われた一族」の女性がやってくるところから始まりますが、「アンジェラ」ではそこがまるっと「他人の毒薬」に登場したキャラクターに差し替えられており、トラント警部補は登場しません。ミステリとしての構造はほぼ同じですが、「白いカーネーション」にあった「トラントが主人公ゆえ」の部分はオミットされています。

『病院の怪事件』の訳者あとがきには「二つの作品を『編集』して繋げた」と書かれているのですが、この『編集』が二つの作品の章立てを弄っただけか、あるいは「白いカーネーション」をガッツリ改変の上合体してしまったかは不明(おそらく後者ですが、初出誌を確認していない以上は完全否定は不可能)。いずれにしても「白いカーネーション」と「アンジェラ」を同一作品と見做すのは無理があるでしょう。(なお、メイベル・シーリーとワンセットになっている鶴書房の『深夜の外科病室』は「他人の毒薬」と同じ作品でした、為念)

---

 

大きなところでは以上です。短編をまたどっさりコピーしましたので、具体的な感想もそのうちまとめたいと思います。

 

※1:販売ページはこちら。「今日から注文できる」という公式告知日からもう二週間ほど経つがOut of Stock のまま変化がありません。また何か内部的な問題が発生しているのではないか、と疑っています。 http://www.crippenlandru.com/shop/oscommerce-2.3.4/catalog/product_info.php?cPath=22&products_id=157

※2:森事典の段階で間違っている箇所も多々。まああれだけ浩瀚な事典に誤記がない訳がない。aga-searchは邦訳情報が他より充実しているのがありがたいのですが、雑誌書籍の現物に当たっていない箇所が多く、あまり信じ過ぎるのも考えもの。正直wikipediaくらいの信頼度で使うべきでしょう。

 

The Puzzles of Peter Duluth: The Lost Classics Series (English Edition)

The Puzzles of Peter Duluth: The Lost Classics Series (English Edition)