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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

本を読んだら書く日記20190110|アレン・エスケンス『償いの雪が降る』

  超久しぶりに新刊書店に行った。前回行ったのはウィリアム・ギャディス『JR』を買って国書税を納めた時なので、実に2週間以上ぶりである。本当はポケミスの新刊も買いたかったのだが、(スペースは空けてあったものの)まだ棚に出ていなかったので出直し。

R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイちくま文庫

藤本和子『塩を喰う女たち』岩波現代文庫

 『キャッツ・アイは、昔ROM叢書で買って読んだので実質再読になる。今やこんな本が文庫で出る時代である。ROM叢書だと、アリンガム『ミステリー・マイル』がそれなりに(少なくとも『ホワイトコテージの殺人』よりは)面白いので、アリンガムブームに乗って復刊しないものか期待しているが……『塩を喰う女たち』は、晶文社からの文庫化。先日読んだアッティカ・ロック『ブルーバード、ブルーバード』からの流れで買ってしまった。家に帰って積み山からアレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』キングストン『チャイナ・メン』を発掘するように頭の片隅にメモ。

 ついでにブックオフにも寄ったのだが、特に買うものが見つけられなかった。そのうち必要になる資料本を一冊買うに留める。あと『呪術廻戦』の1巻を買った。パッと読んだが、(本誌で立ち読みした時も思ったが)つかみはやはり微妙だと思う。

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 アレン・エスケンス『償いの雪が降る』(創元推理文庫を読んだ。

主人公のジョー・タルバートが大学の「身近な老人にインタビューして伝記を書く」という課題の対象として選んだのは、14歳の女の子に暴行した後で殺し、さらに現場に放火した容疑で逮捕され、そのまま刑務所で30年を過ごした男カール・アイヴァーソンだった。末期の膵臓癌で余命幾許もないカールと話していく中で、ジョーは当時の捜査・裁判の状況に疑問を抱くようになる。果たしてカールは本当に罪を犯したのだろうか。

 びっくりするほどピュアな小説。「冤罪で30年間刑務所に閉じ込められた上に膵臓癌でいましも亡くならんとする男のために、死ぬ前に真犯人を明らかにして罪の汚れを雪いであげたいと努力する」物語や、一人暮らしの大学生(草食系)、実母はアル中かつネグレクト気味、にもかかわらず弟は発達障害で目が離せない、バイトでバーの用心棒をやっていて弱そうに見えて腕っぷしが強い、隣の部屋にはツンデレ美少女が住んでいるなどなど盛られまくった設定はその幼稚な感性にぞっとさせられる世間ずれしていない作者の真摯な感性を思わせる(発表時51歳ってうせやろ?20台で某MW文庫とかからデビューしたYA作家ならまあそういうものとして許せたが……)。

 ストーリーについても正直牽引力は低く、ヤレヤレ系と見せかけて実は熱血ボーイスカウト系のジョーが特に根拠もなく突っ込んでいっては突破したり弾き飛ばされたりする話が続くのですぐ飽きる。こういう何のひねりもない猪突猛進真っ向勝負な話が好きな人もいると思うけど、残念ながら私は数十ページで退屈になりました。

 本書のなかで少し面白いのは、30年前の事件の、そのさらに20年前のベトナム戦争がカールという人物の精神的背景になっていること。戦友を救ったこと、命じられるまま人を殺す自分に絶望したこと、楽しむように暴力をベトナム人たちに向ける上官に怒りを感じたこと……その背景をして人々は、カールに「暴力を能くする者」/「暴力を怖れ嫌う者」という正反対の色を勝手に塗り付け、「理解」しようとする(それはジョー自身もそうなのだが、作者がその点についてどう考えているかは分からない)。アメリカの現代史を理解する上では決して欠くことのできないこの戦争が、(こういった直情的な物語だからこそ、か?)今も色濃く影を落としているのだ、と改めて納得できた。

(ちなみに、この本が出た2014年の前年、『動くものはすべて殺せ』(ニック・タース、邦訳はみすず書房)というベトナム戦争の一つの真実を暴露する本が出てアメリカで話題になった。作者はこの本を読んだだろうか。私は近々読みたいと考えている)

 ネグレクト、未成年への性暴力、偏見による冤罪、戦争犯罪など重苦しいテーマが過剰なほど盛り込まれた作品ということもあり、過激すぎると感じる向きもあるかもしれないが、むしろ主人公たちに年齢の近い、若い層の人たちにこそ読まれてほしいと思う。

 

償いの雪が降る (創元推理文庫)

償いの雪が降る (創元推理文庫)

 
動くものはすべて殺せ――アメリカ兵はベトナムで何をしたか

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