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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

「私訳:クリスチアナ・ブランド短編集」について②

 ということで、短編集の内容紹介に移ります。本短編集に収録しているのは以下の二編です。

・「白昼の毒殺者」 Cyanide in the Sun (1958)

・「バンクホリデーの殺人」 Bank Holiday Murder (1958)

 この二編は、「スキャンプトン・オン・シー」という海辺のリゾートタウンを共通の舞台にしています(共通する登場人物はなし)。この名前の町は地図上では見つかりませんでしたが、作中の描写からおそらくデヴォン州南部、地名で言うとトーキーやプリマス周辺が想定されていると推測できます。ブランドは「ケントの鬼コックリル警部」ものに続く新シリーズを構想していたのかもしれません。

 第一編「白昼の毒殺者」は、そのスキャンプトン・オン・シーの町で跋扈する「青酸殺人者」にまつわる物語です。物語は町の小さなホテル「リバーサイド・ゲスト・ホテル」の夕食シーンから始まります。六人の宿泊客に殺人者の凶行について語り聞かせるのはホテルの女主人ミセス・キャンプ。無差別に被害者を選んでいるとしか思えない殺人者は、毒殺する前に被害者にメッセージを送り届けると彼女は言います……「汝の死の運命に会う備えをせよ」……悪趣味なまでに真に迫った語りの毒気にあてられた六人は、怯え、また怒りながら今後の対策について浜辺で話し合っていましたが、すぐそこに小さな紙切れが落ちていることに気づきます。届けられた死のメッセージ。狙われたミセス・クルハム。果たして、神出鬼没の青酸殺人者を止めることは可能なのか?

 ミセス・キャンプしかこの町の関係者がいない以上、普通に考えれば犯人は彼女なのですが、そう単純には進みません。ブランドの目は宿泊客たちの間を飛び回り、その嘘か真か判別できない言行を読者に提示していきます。そして訪れた運命の夜……死のメッセージを受け取ったミセス・クルハムを護るために互いが互いを監視し合い、妙なことをすればすぐに分かる状況で食事が供されたにも拘わらず、彼女だけが青酸を飲まされ、死んでしまいます。おお、大胆不敵な不可能犯罪

 という内容。不可能犯罪自体の謎もそうですが、痺れるサプライズエンディングまで読者をまったく飽きさせない良作です。単純なようで謎めいた人物造形、パーティーゲーム汝は人狼なりや?」を思わせるサスペンスフルな展開も非常に面白い。これほどの作品がまだ埋もれていたとは驚かされます。

 もう一編はまた明日ご紹介します。