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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

第十六回:ブライアン・ガーフィールド『ホップスコッチ』(ハヤカワ文庫NV)+ロバート・B・パーカー『約束の地』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

攻略座談 翻訳小説

○石蹴り遊びのスパイごっこ

咲: 16回目ともなるといい加減前口上も言うことがなくなるな。座談会やめるか。

姫: どうしても座談形式に拘らなければならない理由はないのだけど、一人ブレインストーミングをやっているような感じで、時たま面白い考えが出るので有効とのこと。ぐちゃぐちゃ言っていないで始めるわよ。

咲: へえい。一作目はブライアン・ガーフィールド『ホップスコッチ』(1975)。映画化もされたらしいけど、DVD化まではされていないのかな。ちなみに“hopscotch”というのは「石蹴り遊び」のことを指すものらしい。「石蹴り」と言ってもピンとこないので、グーグル先生にお伺いを立てたところ、こういうサイトが出てきたので参考までに。 http://igirisunogakko.blog98.fc2.com/blog-entry-139.html

姫: ようするに「厳格なルールに従って、一定のルートを辿る」遊びね。本作の特性をピタリと言い当てた、面白いタイトルだと思うわ。さて、あらすじ。


ホップスコッチ (ハヤカワ文庫 NV 262)

ホップスコッチ (ハヤカワ文庫 NV 262)

「君もいい歳だ。最前線で敵とやり合うような仕事は若いものに譲って、引きさがってはどうかね」 分からず屋の上司の手によって、書類整理の閑職に回されてしまったケンディグ。数ヵ月後CIAを退職した彼だったが、タフな諜報員は転んでもただでは起きない。書類仕事の中でつかんだ事実を元に、世界各国の陰謀を暴露する本を執筆し始めたのだ。各国スパイ組織は、彼を粛清し、本の出版を取りやめさせるために大慌てで蠢きだすが、ケンディグはその動きをとうの昔に予測して、次の手を打っていた。

咲: スパイの復讐劇……というにはなんだかずれた、不思議とほのぼのした話。なにせ、このケンディグというオッサン、別に家族を殺されたとかそういうのでは全くなしに、前線でがっつり活動していた時期のスリル溢れる人生をとりもどすために、世界各国を自ら敵に回しに行くくらいだから。

姫: このおじさまがまたとんでもない切れ者なのよね。「俺がこういう風に手がかりを残すと」→「こういう反応をするだろうから」→「そこに罠を設置して、さらにさりげなくまた手がかりを残して」と、CIAほか相手方の心理をピタリと読み当てて、誘導していく。諜報員たちは悔しいけれど、ケンディグが決めたルールに則って、鬼ごっこの鬼をやらされることになる。

咲: 「あいつらに出来る限り予算を無駄遣いさせてやるぞ!」とか言うし。

姫: 冴えないおじさまがスパイ組織を引っ掻き回す話と言うと、ブライアン・フリーマントルのチャーリー・マフィンシリーズとかそうかしら。最大の敵は味方という二律背反に捕らわれながらも最後に一発かましてやる『消されかけた男』(1977)、復讐に燃えるチャーリーがMI6もCIAもまとめてきりきり舞いさせる『再び消されかけた男』(1978)と、わたしが読んだ中だけでも傑作ぞろい。

咲: ケンディグは単なるスリル・ジャンキーだから、生き残りに必死なチャーリー・マフィンよりある意味では性質悪いと思うよ。

姫: この作品最高に感動的なシーンは、中盤、諜報員たちの眼を欺いて、小さなセスナに乗って南の島に移動するところじゃないかしら。パイロットの女性と、料金やら目的地やらを巡って喧々諤々やり合った末仲直りした二人は恋に落ちる。ひとしきりあって、いよいよ飛び立った飛行機の中でケンディグは「私は飛行機乗りになりたかったのかもしれない」と述懐するんだけど。

咲: このシーンがラストシーンでもう一度参照されて、ちょっと感動させられちゃうんだよな。むっちゃくちゃな話なのに。あと、CIAの新米諜報員ロス君の成長も熱い。最初はホントに何にも出来なくて、ケンディグにしてやられて悔しがるばかりなのに、濃い衆にもまれて辿りついた終盤ではいつの間にか、CIAの誰よりも早くケンディグの先の先を読み始めていて、先生役の諜報員(こいつがまたケンディグの元部下だったりして熱い)も嬉しくなったりして。

姫: ケンディグの凝らす策謀は「どんでん返しの連発」(©ジェフリー・ディーヴァー)とまではいかないのだけど、ほどよくアクが利いていて、とにかく読ませる。ユーモラスな娯楽作品としてはなかなかに優秀な作品ね。

咲: 実は、この暴露事件は現実に起こった事件に取材して書いたものらしい。その辺は、フォーサイスの『ジャッカルの日』を思い出させるね。でも、事件そのものをまったく知らなくても十分楽しめたので、臆せず読んで欲しい。


○ハードボイルドごっこの行く末

姫: 二作目はロバート・B・パーカー『約束の地』(1976)です。そういえば、覚えているかしら。こんなやり取りを……

咲: (略)チャンドラーの後継的存在はむしろ、主人公に弱みを持たせることでキャラ立ちさせることを選んだネオ・ハードボイルドの諸作家ではないかな。

姫:まあ、今日はそのくらいにしておいてあげるわ。ロバート・P・パーカー『約束の地』の回にその辺をきちんと説明してもらいますからね。(第二回:レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』より)

咲: そんなのねちっこく覚えているのは中の人と君くらいのものだろ!

姫: 約束はあとでもいいから、まずはあらすじを。こんな内容ね。


新しいオフィスでの最初の客は、シェパードと名乗る中年の男で、家出した妻パムを捜し出してほしいという。スペンサーは、翌朝シェパードの自宅を訪ねるが、そこで凄腕の借金取り立て屋と出くわす。どうやら彼の抱える問題は妻の家出だけではないらしい。一方パムはウーマンリブ運動家たちが企てた銀行襲撃事件に巻き込まれていた……現代風俗と男女のあり方を鮮やかに描く、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。(文庫裏表紙あらすじより)

咲: 主人公に弱みを持たせるとか一面的な見方に過ぎなかったことは良く分かりました。スペンサーは、ベンチプレス300kg持ち上げるタフガイだけど読書家でもあり、美人の恋人とむやみやたらとはいちゃいちゃせず、依頼人の女にやさしく綺麗好きで料理上手な、恋人にしたい男ランキング上位確実のいいおっさんだもんね。

姫: まさしく完璧超人よね。今回初登場で、レギュラー化するホーク(凄腕の借金取り立て屋)もいい感じだし、いやむしろ┌(┌^o^)┐ホモォ...

咲: ヤメロ!

姫: 自重しました。

咲: 読んでいて思ったのが、スペンサーって朝昼晩きちんと食べるんだなということ。さっと自分で作る場合もあるし、そこらへんのダイナーで済ませる場合もあるけれど、主人公が三食きちんと何を食べたか書いてある(ハードボイルドに限らず)ミステリ小説というのもなかなか珍しい。こういう本も出ているくらいだ。


スペンサーの料理

スペンサーの料理

姫: 日常生活がきちんと管理されているのよね。節制されていて、昼ごはんはエール飲んですませた、みたいなことがない。この「自己管理能力」というのが、スペンサーシリーズを読む上でのキーワードになってくると思うの。

咲: スペンサーという男は、「自分の考える正義」に非常に忠実な男だと思った。ここには自己管理も含むよ。彼自身この正義が絶対万能のものだとは考えていない。だけど、自分の手の届く範囲、関わった事件の範囲では、こいつをきちんと守ろうとする。逸脱を許さないんだ。依頼人を脅しているマフィアを逮捕する算段を練り、家出した依頼人の妻が巻き込まれた、過激すぎるウーマンリブ活動家を退治する。

姫: 私立探偵というのもなんだか怪しげな職業だけど、スペンサーはなんだかどこまでも健全に見える。健全な男が健全な正義観のもと自分の周りの不健全さを片付けていく話、と読める訳。これは受ける。アメリカ人には特に受けるでしょうね。

咲: ものすごく分かりやすくアメリカ的なストーリーだからね。「スペンサー」を「合衆国」に置き換えるだけでいい。世界のヒーロー、アンクル・サム

姫: 面白い話だと思って読んだけれど、そう言う風に読み変えていくとなんだか生臭い感じになってしまったわね。

咲: こういういかにもアメリカ人好みの作品がこの賞を取っている例が少なくないんだよねー。また後日出てくるとは思うけど。


○まとめ

姫: 今回は、どちらも「ごっこ遊び」の話だったということで。

咲: スパイごっこと正義の味方ごっこか。

姫: そういう斜に構えた読み方をするところは感心するわね。

咲: 褒めてないな……まあいいや、えー、次回は、ウィリアム・H・ハラハン『亡命詩人、雨に消ゆ』ケン・フォレット『針の眼』の二作です。

姫: 来週もまた見て下さいねー。

(第十六回:了)

再び消されかけた男 (新潮文庫)

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ロバート・B・パーカー読本

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