深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

バークリー書評集が紹介されました

こういう宣伝っぽいことをやりたかったんですよ。

 

11/24発売予定のエラリー・クイーン外典コレクション『摩天楼のクローズドサークル』の飯城勇三氏の解説にて、バークリー書評集第1巻から一部引用していただきました。ご活用いただきありがとうございます。

というのも、第1巻に収録されたエラリー・クイーン代作『夜の帳が降りる時(仮)』が、この『摩天楼のクローズドサークル』だからなのであります。かなり褒めているフランシス・M・ネヴィンズ・ジュニアの書評と並べていただきましたが、クイーン愛の絶望的な欠如があからさまでいささか寂しい。

少なくとも、バークリーが捜査パートの面白さは認めている本作、まだ読んでないのでなんですが、数多ある代作群のなかでは相当面白い方らしいので私は期待しています。え、『密室のチェスプレイヤー』はどうだったかって? 私に聞きますかね、それを。

なお書影はこんなんです。

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おまけとして、第3巻の見本第二弾を公開します。

まずは以下をダウンロードしてくれたまえ。

 

http://bit.ly/1lyIJgB

 

前回中途半端な出来の作品ばかりのページを選んでしまったので、今回はド級の傑作が登場するページにしてみました。

グラディス・ミッチェル『二十三番目の男(仮)』は、誰もが認める大傑作で、バークリーも大絶賛してますし、グラディス・ミッチェルのファンサイト「The Stone House」でも、数少ない★×5評価(『月が昇るとき』や『ソルトマーシュ』と同格、というからには傑作なんでしょうなあ)。Great Gladysの名に恥じない作品のようです。翻訳出ないかなあ。

ヘレン・ロバートソンという作家は本邦未紹介の謎の作家ですが、バークリーは彼女の情景描写や細かい人物描写からサスペンスを生み出す実力を認めているようです。とはいえ、これはさすがに邦訳可能性0%でしょうか。

E・C・R・ロラックは別名義作品も含めて2作だけ(晩年なもんで……)ですが、総じて評価は低いようです。バークリー好みというと、派手で読みやすくてというのが一本あるようなので、どうにもこういうストーリーの起伏に乏しい作家は厳しい物があります。とはいえ、他の地味な作家もいいところを見つけて褒めていたりするので、純粋にうまが合わないとか、そういうことなのかもしれません。

 

今回は見本を第三弾まで用意してありますので、前日にまたアップします。そちらもぜひよろしくです。

 

 

 

バークリー書評集続報

続報と言って、それほど書くことがあるわけでもないのですが。

 

①書影が確定しました

こんな感じです。

 

f:id:deep_place:20151116205622j:plain

 

渋いような、そうでもないような色合いですね。

茶⇒青⇒赤なので、次回は緑ではないかというのが、私の推測です。根拠は特にありません。

 

文学フリマのカタログにもこちらの写真を掲載しています。私のやる気に関わるので、みなさんぜひ「気になる!」ボタンを押しまくってください。

こちら⇒「アントニイ・バークリー書評集 第3巻」アントニイ・バークリー書評集製作委員会@第二十一回文学フリマ東京 - 文学フリマWebカタログ+エントリー

 

②本文見本ができました

 

とりあえず第一弾。こちらをダウンロードしてください。

http://bit.ly/1Sxbjcf

親の顔より見馴れた、1956年11月2日(バークリーのマンチェスター・ガーディアン紙初投稿日)の記事から始まる本書評集の第1ページです。

エリザベス・フェラーズ、グラディス・ミッチェル、ナイオ・マーシュとベテラン勢がずらり。思い切り絶賛するか、思い切り貶すかしてくれればいいのですが、どうもはっきりしないのは、やはりお仲間への遠慮なのか?

マーシュ『道化の死』のレビューでは、バークリーの犯罪「小説」に対する思いの一端が語られていて興味深く読めると思います。

発売日までにあと数回見本を掲載していきますので、お楽しみに。次はきっと絶賛があるに違いないと思いたいです。

 

11月23日(月・祝)、第二十一回文学フリマ東京で頒布します。近日中に盛林堂書房様での委託も始まりますので、会場に来られない方はこちらをチェックしてみてください。

よろしく。

今こそ立ち上がれ、公式ブログ

10月読書まとめが掲載されておりませんが、気にしないでください。

そこに私はいません。死んでなんかいません。

 

閑話休題。これまでtwitterでしか情報を発信しておりませんでしたが、今後は「深海通信」を「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」の公式ブログとして本格的に活用していきたいと思います。実際、見落とされていることが多いようですし。

以下告知。

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11月23日(月・祝)に東京流通センターで行われる第21回文学フリマ東京にて、「アントニイ・バークリー書評集」の第3巻を頒布いたします。A5判の96ページオフセットで500円ぽっきりと大変良心的な価格設定になっております。

スペースは2階のカ-02。階段で上がってすぐの扉を入ると目の前のお誕生席です。お隣は探偵小説研究会様(カ-01)とワセダミステリクラブ様(カ-03)、もひとつ隣が風狂殺人倶楽部様(カ-04)と、大御所揃い。お買い物がお済みになったらうちも冷やかしていただけると幸いです。

さて、内容。

「英米三大巨匠(クイーン、カー、クリスティー)特集」(第1巻)、「フランスミステリ作家(シムノン他)特集」(第2巻)に続く第3巻は「英国女性ミステリ作家特集」。英国(含旧植民地)出身の女性作家という条件で、名前の通ったそこそこメジャーな作家から、本邦ではまったく未紹介と思われるドマイナー作家まで、総勢30名、150本分の書評を集めました。

ここでは、その30名を一挙ご紹介いたします。(太字は10作以上紹介の作家)

キャサリン・エアード/マージェリー・アリンガム/ジョセフィン・ベル/マーゴット・ベネット/パメラ・ブランチ/グウェンドリン・バトラー/パトリシア・カーロン/ガイ・カリンフォード/ドロシー・イーデン/エリザベス・フェラーズジョーン・フレミング/シーリア・フレムリン/アントニイ・ギルバート/スーザン・ギルラス/P・D・ジェイムズ/シャーロット・ジェイ/エリザベス・ルマーチャンド/E・C・R・ロラック/ナイオ・マーシュ/グラディス・ミッチェル/マーゴット・ネヴィル/エリス・ピーターズ/ジョイス・ポーター/ルース・レンデル/ヘレン・ロバートソン/エリザベス・ソルター/メアリ・スチュアート/パトリシア・ウェントワース/サラ・ウッズ

いやあ、もののみごとにマイナーですね。これまでの巻では、「クイーンの書評ですか?」「シムノンの書評ですか?」と勘違いして買ってくれた方もいらっしゃいましたが、今回はさすがに無理でしょう。

血風吹き荒れる黄金期から生き残ってきた叩き上げのおばさま方と、今後新時代を築き上げていく実力派の新人たちが入り乱れる戦国乱世に突入した60年代イギリスミステリの趨勢に興味をお持ちの方にとっては、ある意味貴重な資料になるかもしれませんが、日本に何人いるのかな? 10人くらいかな?

個人的には、レンデルやジェイムズ以上に圧倒的にバークリーの寵愛を受け、才能を開花させていくシーリア・フレムリンと、静的だ退屈だとぐちゃぐちゃごねながらもその実力をしっかり認めているエリザベス・フェラーズ、どうやら面白い作品はまだ訳されていないらしいジョーン・フレミングとジョセフィン・ベル、そして本邦未紹介ながらも、バークリーがデビュー時から見守り続けるサラ・ウッズあたりに今後スポットライトが当たる事を期待したいのですが、無理でしょうね、地味ですから。

これら充実のレビューの他に、「アントニイ・バークリー作品を日本で最も多く手掛けた編集者」藤原義也氏の巻頭レビューを戴き、「アントニイ・バークリー書評集 第3巻」は96ページで500円、96ページで500円となっております。盛林堂書房様の通販もあるので、会場に来られない方はこちらをご利用いただければと思います。

表紙画像やページの見本ができたら、こちらのブログにアップロードしていきますので、ぜひご覧くださいまし。

 

それでは、文学フリマの会場でお会いしましょう。

 

※なお、第22回文学フリマ東京で出るかもしれない第4巻は「英国男性ミステリ作家特集」の予定で、総勢40名、200本分くらいやることになりそうです。確実に誰かが死にますね。

9月読書記録

看板に偽りしかない週刊読書記録という名の月刊読書記録を更新します。

 

・買った新刊

ジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』(ハヤカワ・ミステリ)

E・C・R・ロラック『曲がり角の死体』(創元推理文庫

ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫

エラリイ・クイーン『チェス・プレイヤーの密室』(原書房

クリスティーナ・オルソン『シンデレラたちの罠』(創元推理文庫

E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

フィル・ホーガン『見張る男』(角川文庫)

アンネ・ホルト『ホテル1222』(創元推理文庫

 

・読んだ新刊(評価は超主観。今回から5段階。*はプラスアルファです)

デニス・ルヘインザ・ドロップ』(ハヤカワ・ミステリ)

トム・ロブ・スミス偽りの楽園』(新潮文庫

⑤*ルース・レンデル『街への鍵』(ハヤカワ・ミステリ)

③ラング・ルイス『友だち殺し』(論創海外ミステリ)

④ジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』(ハヤカワ・ミステリ)

②E・C・R・ロラック『曲がり角の死体』(創元推理文庫

②エラリイ・クイーン『チェス・プレイヤーの密室』(原書房

④E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

③*ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫

③ベイナード・ケンドリック『暗闇の鬼ごっこ』(論創海外ミステリ)

③*イアン・ランキン偽りの果実 警部補マルコム・フォックス』(新潮文庫

④フィル・ホーガン『見張る男』(角川文庫)

 

④以上の作品について、以下コメント。

 

トム・ロブ・スミス偽りの楽園』は、『チャイルド44』のシリーズで高く評価された作者の待望の新作です。偶然も必然も善意も悪意もすべて呑みこんで、憎悪と嫉妬に満ち、どこまでが本当のことなのか判断できない「自分の物語」を語り続ける母親の狂態を、微かな嫌悪や憐れみを持って見守ることしかできない息子。意図的に排除された父親も含めて誰もが欠落を抱えたまま生きているのが常態のこの世界が、最後のシーンで一瞬だけ救済される。『エージェント6』で示した「家族の物語」の続きをこのような形で描いてみせるとは、と新鮮な驚きを感じさせてくれる作品でした。

昨年亡くなって少なからぬ海外ミステリファンを嘆かせたルース・レンデル『街への鍵』は、実に12年ぶりの邦訳。ロンドン北部に位置するリージェンツ・パーク周辺の地域を舞台に、老若男女入り乱れる群像劇が展開される、という作品です。四人の人物の視点を次々に入れ替えながら物語は語られていきますが、この中でもメインの位置を与えられている妖精のような美女メアリの危うい恋が、他の登場人物たちと同様にレンデルの回す運命の輪の中に絡め取られていくところが非常に巧みに演出されています。その語りにいささか演出過剰な部分もありますが、終盤の展開には眼を離せなくなること間違いなし。現代ミステリーの女王の一人、レンデルの新たな傑作の訳出を喜ぶとともに、続刊にも大いに期待したいところです。

ジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』は、イタリアの観光都市ヴェネツィアと、それを模したネットワークサービスカルニヴィアを巡る国際陰謀小説の第三弾にして完結編です。秘密組織の裏切者を意味する方法で殺された死体の謎を追う憲兵隊大尉カテリーナ、カルニヴィア運営からの引退を決意するも、突如発生した異常事態への対処に追われるダニエーレ、軍人だった父を陥れた陰謀へと敢然と立ち向かうイタリア駐留米軍少尉のホリー。三人がそれぞれ関わった事件が一つの大きな陰謀へと結びつく展開は前二作同様ですが、今回はその規模の大きさ、そして彼らのプライベートへの衝撃度は過去最大です。ハイスピードで展開される物語の結末は酷く苦く、そしてシリーズの幕引きに相応しいモノとなっています。オススメ。

E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』は、カナダの犯罪小説家による第一作。17歳の元天才少年(14歳で大学に入学するも1年で中退、今は地元のコーヒーショップでバイトのバリスタをやっている)がアメリカとカナダの国境を越える麻薬ビジネスへとその身を転落させる様を落ち着いた筆致で、時に滑稽に時に悲惨に描いた秀作です。何しろ彼の暮らす街は彼が知らなかっただけで、ほとんど全住人がなんらかの形で麻薬に関わっているのですから、彼一人が悲壮感に浸ってもギャグにしかならん訳です。青春の儘ならなさに七転八倒し、小金を溜めては可愛い彼女とキャンパスライフを夢想する主人公に幸あれ。ああ、これぞ青春小説。カナダ人作家らしい(?)おかしなくすぐりも満載の良作です。

 

と言ったところでしょうか。あと一冊選ぶなら、ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』をオススメします。ニューロティックサスペンスにありがちなテーマを、数年先取りした非常に先進的な作品ですが、そんなネタよりむしろ、序盤から醸成した「嫌な雰囲気」を中盤から終盤にかけて不穏不信からの恐怖へと一気に昇華するそのストーリーテリングの才に舌を巻きました。だから結末がしょぼくても許せます。むしろ結末で躓かなければ④でした。

 

さて、気がつけば今年の新刊期間もあとひと月。あれもこれも読んでいないのに、もう30日を切ってしまいました。ウソでしょこれからまだまだ出るのに……。

 

論創海外ミステリの新刊は例によって一般書店での刊行がずれこみ10月に入ってから出ました。マーガレット・ミラー『雪の墓標』とロジャー・スカーレット『白魔』です。前者は傑作『狙った獣』の前年に刊行された著者の初期と中期の間の作品で、その出来具合に大きな期待がかかります。後者は、個人的には興味がありません。合わない作家っていますよね。

10月の新刊一発目は、『特捜部Q』でいまやおなじみのユッシ・エーズラ・オールスンの初期作『アルファベット・ハウス』です。栄光のポケミス1900番ということで、期待してもいいのではないでしょうか。私は買いませんけど。

ピエール・ルメートル、正直昨年末からの大大大大大プッシュ攻勢に飽き飽きしているんですが、また出るようです。しかも二冊。お互いに食いあって得しないと思うんですが、売り時って大事よねということで。『その女アレックス』のシリーズの第一作『悲しみのイレーヌ』(文春文庫)と、最新作『天国でまた会おう』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、いずれもバサバサ売れそう。本屋大賞でも取りそう。良いと思います。

同じく文藝春秋からジェフリー・ディーヴァーの『スキン・コレクター』が出ます。リンカーン・ライムシリーズ、いい加減飽きましたね。前作で『エンプティ・チェア』以来久々にお外を駆け廻ったし、ボーン・コレクターの再来だかライバルだかを倒して、そろそろ幕引きにしていただきたいものです。

むしろ愉しみなのは、ポーラ・ホーキンズ『ガール・オン・ザ・トレイン』(講談社文庫)とトニ・ヒル『よき自殺』(集英社文庫)でしょう。前者は米ベストセラーリストの上位を独占し続けたというデビュー作で、当然ハイスミスの『見知らぬ乗客』を踏まえているものと思われます。『グッド・ガール』が良かっただけに、新手の「ガール・ミステリ」には注目してしまいます。後者は堅牢で骨太な警察小説であり、同時に謎の提示から解決まで間然とするところのない緊密な謎解きミステリでもあった前作『死せる人形たちの季節』で(個人的には)フィーバーした作家の第二作。今年翻訳ミステリ部門で当たり作品を出し続けた集英社の締めの一発、大いに期待したいところです。

創元から出る歴史ミステリや北欧ミステリは前情報を入れていないので、まったく分かりません。多分読むので、感想を書けるような良作であればいいなとは思います。

そして10月の論創……レックス・スタウト中編集が出るという噂もあるのですが、果たして奥付10月で刊行できるのか。まったく期待せず見守りたいところです。

 

以上、9月の新刊読書まとめでした。シー・ユー・ネクスト・マンス。

 

 

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

 

 

偽りの楽園(下) (新潮文庫)

偽りの楽園(下) (新潮文庫)

 

 

街への鍵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

街への鍵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

カルニヴィア 3 密謀

カルニヴィア 3 密謀

 

 

マリワナ・ピープル (ハヤカワ・ミステリ文庫)

マリワナ・ピープル (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

  

8月読書記録

もう9月か、ということで、隔週刊ですらない月刊読書記録を更新します。

 

・買った新刊

アーナルデュル・インドリダソン『』(東京創元社

カーター・ディクスンユダの窓』(創元推理文庫・新訳)

ジャック・カーリイ『髑髏の檻』(文春文庫)

ボリス・アクーニン『トルコ捨駒スパイ事件』(岩波書店

ルース・レンデル『街への鍵』(ハヤカワ・ミステリ)

ハンナ・ケント『凍れる墓』(集英社文庫)

ミシェル・ビュッシ『彼女のいない飛行機』(集英社文庫)

ネレ・ノイハウス『悪女は自殺しない』(創元推理文庫

ラング・ルイス『友だち殺し』(論創海外ミステリ)

マーガレット・ミラーまるで天使のような』(創元推理文庫・新訳)

トム・ロブ・スミス偽りの楽園(上下)』(新潮文庫

デニス・ルヘインザ・ドロップ』(ハヤカワ・ミステリ)

 

・読んだ新刊

⑦ジャック・カーリイ『髑髏の檻』(文春文庫)

⑧アーナルデュル・インドリダソン『』(東京創元社

ジョー・ネスボネメシス 復讐の女神』(集英社文庫)

⑧ミシェル・ビュッシ『彼女のいない飛行機』(集英社文庫)

カーター・ディクスンユダの窓』(創元推理文庫))

 

8月は驚くほど新刊を読んでいないですね。ネスボの既訳作埋め(『スノーマン』『コマドリの賭け』)に驚くほど時間がかかったというのもありますし、コミックマーケットの戦利品鑑賞に時間を思いのほか割いてしまったり(カタリストさんのノベルゲーム『デイグラシアの羅針盤』は大変な良作)、原稿を書いたり、艦これのイベントで死ぬ思いをしたり……これだけ時間を無駄にして、9月10月であと何十冊新刊を読めばいいのか(絶望)。

 

さておき、今月読んだ本はかなりクオリティが高くて、ホッとしました。

大人気カーリイの第七作『髑髏の檻』(翻訳としては六作品目)は、主人公カーソン・ライダーが休暇で訪れた街で起こった連続殺人を、「支配」という十八番のテーマに乗せて描く、まあいつものカーリイです。ただ、今回はカーソンの相棒で口の悪いおっさん刑事ハリー・ノーチラスが欠場していること(代わりに田舎警察のツンデレお姉ちゃんが相方として活躍しますが)、トリックスターとして、今回初めてフル出場を果たす連続殺人鬼の兄ジェレミーが作劇的にあまりにも有用すぎるために、捜査の粗さが隠れていること(地元じゃないし、誰も協力的じゃないし無理もないが)など、やや不満な点もなきにしも。お兄ちゃん教の人と、マッドマックスで喜んでいる人は少し冷静になってください。

インドリダソン『』は、ガラスの鍵賞を連続受賞した『湿地』『緑衣の女』に続く、シリーズ第五作(翻訳としては三作品目)。クリスマスに沸く高級ホテルの地下室で一人、サンタクロースの衣装を纏って死んだドアマンの人生に秘められた栄光、そして転落を周囲の人々の「声」から浮き彫りにする作品で、明らかにこれまでの二作品よりも出来がいいです。同時に児童虐待や刑事エーレンデュルの孤独(クリスマスに殺人現場のホテルの部屋を取って、一人ポツンと座っている)を掘り下げていくのは、北欧ミステリに限らずよくある手ですが、ディテールが上手いのでじっくり移入できます(エーレンデュルがレコードを聴くシーン、非常によいです)。私の周囲では圧倒的に不評な縦書きイタリックだけは絶対に改めるつもりがないようなのが残念です。

ネスボ『ネメシス』は、ハリー・ホーレシリーズの第四作。連続銀行強盗事件の捜査チームに加わったハリーが優秀な若手刑事ベアーテとともに真犯人の意図に迫っていく物語Aと、かつての恋人との再会、そして彼女の死がハリーを思いもよらない泥沼へと引きずりこむ物語Bが、伝説の銀行強盗の元で縄を綯うように一つに縒り合されていきます。その複雑な構成の割に非常に読みやすいのは、物語が頻繁に整理されるからでしょう。細かい捜査の末に分かったことを整理して一つの結末を描き出すや、前提がぶっ飛んで意外な方向に転がっていく、というのはミステリとしてはあるある展開ですが、一つ一つの結論の作り込みの丹念さが読者の心を掴むもので、それをひっくり返されるとアドレナリンがしっかり出ます。興奮します。なお、本作は前作『コマドリの賭け』に続く「トム・ヴォーレル三部作」の第二作にあたります。残念なことに『コマドリの賭け』は現在版元消滅に伴い品切れになり、アマゾンマーケットプレイスなどで高値で取引されていますが、前作の大きなネタバレがありますので、可能な限り本作の前に読むことをお勧めします。

ビュッシ『彼女のいない飛行機』は、ツイッターでこんな感じに書きました。

ミシェル・ビュッシ『彼女のいない飛行機』読んだ。語られるまま与えられるままに探偵グラン=デュックの手記を読み、マルクやリリーとともに心を震わせ頭をひねり、真っ正直に謎に取り組むことで最大限の衝撃をぶち込まれるという類の本であり、変に歪んだ読み方をしない人にも売れてほしい。

1980年、スイスの山中で航空機の墜落事故があり、200人以上の乗客が犠牲になった。そんな絶望的な状況でたった一人の幼児が無傷で生き残った。しかし、実はその飛行機には二人の幼児が搭乗していた。果たして、「奇跡の子」はそのどちらなのか。

18年間事件を追い続けた探偵の手記に導かれるまま、読者は、そして主人公マルクは物語の迷宮へと迷い込んでいく。まさに解決を宣言した矢先の探偵の死、「奇跡の子」の失踪と続発する謎謎謎……果たして迷宮に出口はあるのか、そして迷宮の深奥で待ちうける怪物の正体とは。

ミステリ的意外なオチを……と考えながら読むと、割と分かってしまうんだよなあ。分かったから愉しめないということはないんだが、そういう裏を裏をと覗き見ようとする読み方とはいささか相容れない、ドストレートなエンタメ小説なんよ。

三門優祐@ラバウル基地 (@m_youyou) 2015, 9月 1

 

 作者に鼻面掴まれて思う様ぐりぐりひっぱりまわされるのが好きな人、つまり本が好きな人にはたまらない傑作ですよ。オススメです。

 

今年はもう集英社が絶対勝利なんじゃないかなあという感じがしますね。

 

さて、9月の新刊について。

ハヤカワ・ミステリのジョナサン・ホルト『カルニヴィア3』は待望の完結編です。『2』であそこまでやってしまった作者が、主人公をどうやって救うのか、はたまたまったく救いはないのか、気になって仕方がない。

藤原編集室からの二冊、マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫)とロラック『曲がり角の死体』(創元推理文庫)は、古典ファンはマストですね。ロラックはそろそろ大きめのヒットを出してもらわないと(ホームランを打てる作風ではなさそう)。

エラリー・クイーン外典コレクション『チェスプレイヤーの密室』は、ジャック・ヴァンスによる贋作クイーン。こんなモノまで翻訳が出るとは、いよいよ出す本が無くなってきたのかなあ。評価の高い作品ですが、まったく予断を許さない感じですね。

アンネ・ホルト『ホテル1222』は、『そして誰もいなくなった』をオマージュしたという作品。『凍れる街』で高い実力を見せてくれた作者だけに期待したいところです。

新規参入のハーパーBOOKSは、ハーパー・コリンズ社の本を積極的に出して行く雰囲気か?ロマンスメインかと思いきや、結構ミステリエンタ寄りなのが嬉しいですね。ジャック・ソレン『ジョニー&ルー 掟破りの男たち』は泥棒アクション、ケアリー・ボールドウィン『ある男ダンテの告白』はサイコサスペンス。いずれも未紹介の作家で、愉しみです。

 

一月溜めると案外長くなるなあ、と。9月は積極的に読み更新していきましょう、と宣言しても守られなさそうですが……頑張ります。

  

声

 

  

ネメシス (上) 復讐の女神 (集英社文庫)

ネメシス (上) 復讐の女神 (集英社文庫)

 

  

ネメシス (下) 復讐の女神 (集英社文庫)

ネメシス (下) 復讐の女神 (集英社文庫)

 

  

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

 

 

7月(下旬)読書記録

あっと言う間に7月が終わってしまいましたね。週刊読書記録とはなんだったのか。隔週刊に改めましょうか。

さて、7月後半の読書記録です。

 

・買った新刊

サラ・グラン『探偵は壊れた街で』(創元推理文庫

クレイグ・ライス『ジョージ・サンダース殺人事件』(原書房

ジョー・ネスボネメシス 復讐の女神』(集英社文庫)

アン・クリーヴス『水の葬送』(創元推理文庫

 

・読んだ新刊(例によって超主観的判定による採点つき、10点満点)

⑥パトリック・デウィット『みんなバーに帰る』(東京創元社

イーデン・フィルポッツだれがコマドリを殺したのか?』(創元推理文庫

⑨ベリンダ・バウアー『生と死にまつわるいくつかの現実』(小学館文庫)

⑥クレイグ・ライス『ジョージ・サンダース殺人事件』(原書房

⑦サラ・グラン『探偵は壊れた街で』(創元推理文庫

⑧アン・クリーヴス『水の葬送』(創元推理文庫

 

それほど買ってないし、それほど読めてもいないですね。読書会に合わせてアルヴテーゲンを拾い読みしたりしたのが原因か。

フィルポッツの『だれがコマドリを殺したのか?』は、論創海外ミステリからイギリス初版を底本にしたバージョン(『だれがダイアナ殺したの?』)が出るそうで、いや~、一体どういうことなんですかね、これは。意外なトリックの演出の上手さもさることながら、底意地の悪い人間関係を書かせると、イギリスの作家は実に生き生きしてくる。

「10歳くらいの少女の視点から父親の、家族の、街の、世界の歪みを描く」というエグイにもほどがある小説『生と死にまつわるいくつかの現実』は、7月の新刊でも上位に来る傑作だと思います。娘がお父さんのことまだまだ大好きで尊敬してて、っていうのがね~悲しすぎます。お母さんのことがライバルだったりね……少女だったことも少女が身近で育つのを見たこともない俺(兄弟三人なんで)としても、キュンとしたというか切なくなりました。(小並感)

「『探偵が壊れた街で』、壊れてるのは探偵やろ!w」という名言をどこぞで聞き込んで読み始めてしまったのですが、意外と面白かったですね。まったく普通でない私立探偵もので、JDCシリーズ(清涼院流水御大のデビュー作から連なる作品群)を連想してしまいました。別に似てはいないんですけど、思想的には近縁の作品だと思います。

そしてアン・クリーヴス『水の葬送』。まず出てよかったというのが正直なところ。前作のあの結末から直接つなげる形でどう作品を作るのか、とおっかなびっくりでしたが、逃げず媚びず、正面からペレスを困難にぶつけているあたりは好感持てます。サブテーマが「人間は変われるのか?」なところも渋いですね。人間の感情のこんがらがりを鮮やかに捌いて読者の眼前に提出して見せる解決編は、ロスマク的、とは言わないまでもなかなか良かった。

 

8月も色々出るみたいですが、書店のポイント付与の関連で来月回しになっているインドリダソン『声』から、ジャック・カーリイ『髑髏の檻』、邦訳一体何年ぶり?のレンデル『街への鍵』へ。ヴィクトリア朝タイムスリップスリラー『ザ・リッパー』は、カーの孫娘の作品と言うことですが、あらすじの時点で既にして妖しいw こんなん欧米でマーケットあるんかい?と疑問はつきません。ブレイク・クラウチ『ラスト・タウン』は完結編ということですが……完結って全滅? 月後半も楽しみな作品が多いですが、それはまた次回ということで。

 

生と死にまつわるいくつかの現実 (小学館文庫)

生と死にまつわるいくつかの現実 (小学館文庫)

 

 

水の葬送 (創元推理文庫)

水の葬送 (創元推理文庫)

 

 

リサ・バランタイン『その罪のゆくえ』

単巻新刊レビュー復帰第一回はリサ・バランタイン『その罪のゆくえ』です。

2013年のエドガー賞(オリジナルペーパーバック部門)の候補作ではありますが、前情報が少ないこともあって、あまり読まれていないようなのは残念です。

その罪のゆくえ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

その罪のゆくえ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

さて、あらすじは以下の通り。

事務弁護士のダニエル・ハンターは、ロンドンの公園で起こった少年殺しの容疑者、セバスチャン・クロール(11)の弁護を依頼された。彼は、少年の年に似合わぬ落ち着き払った態度と高い知性に戸惑いを感じつつも調査を勧めて行く。そして時を同じくして起った義母ミニーの死が、ダニエルの精神を大きく揺り動かす。ヤク中の母の元から引き離されて辿りついた、ミニーとの生活。そこに渦巻く愛情、悲嘆、恐怖、憤怒、後悔。ダニエルと彼女の人生を引き裂いた「裏切り」は、今も消えない。

ダニエルの物語はセバスチャンの物語と絡み合い、そして、裁判が始まる。

 

11歳の少年が8歳の少年を殺した容疑で逮捕される、という極めてショッキングなシーンから、物語の幕は開きます。あらすじにも書いたとおり、セバスチャンの「適切にすぎる」受け答えや周囲をじっと観察し、自分に都合のいい展開に持ち込もうとする態度は極めて疑わしいもので、警察サイドばかりでなくダニエルも(当然読者も)、この少年はどこまで信頼できるのか、と混乱させられることになります。

それでも弁護側にあるダニエルは少年を信じて戦わねばなりません。法廷ものではよく指摘される点ではありますが、「容疑者を」信じるか、「容疑者の無罪を」信じるかという問いは同じようで実際には異なるもの。作者はこの違いを際立たせ、ダニエルを悩ませていきます。

また、この作品で扱われる事件が実際に起こった事件の再演であるというのは興味深いところですね。訳者解説に詳しいですが、作者は相当に資料を読みこみ、重たいものを読者にも載せてきています。

 

裁判と同時進行で進むのが、ダニエル自身の過去の回想です。このパートでは、先日亡くなった、もう20年ばかり没交渉の義母ミニーとの出会いから、関係断絶のきっかけとなった「裏切り」までが描かれます。過去に何があったのか、というのはもちろん興味深い点ではありますが、むしろこのパートではダニエルというキャラクターの本質の部分が掘り下げられ、それが現在の彼の立ち居振る舞いに反映されている、その点に注目すべきかと思います。

その中でも、特に着目したいのが過去パート冒頭のこのフレーズ。

「この子は”ランナー”なんですよ」ソーシャルワーカーがミニーに言った。(本書 p.29)

”ランナー”=「走る者/逃げる者」のあだ名通り、ダニエルはミニーの家を何度も立ち去り、生みの母親の元に帰ろうとします。そして、現在のパートでも、まるでその言葉を刻印されたかのように、ダニエルは執拗に「朝のランニング」を繰り返しています。

また、現在のダニエルが実年齢よりも若く見えるというのも注目すべきポイントでしょう。彼は大学を出て15年以上刑事裁判の仕事に携わっているプロフェッショナルですが、セバスチャンの両親それぞれから別個に「若すぎるように見える」「キャリアがあるように見えない」と侮りの言葉をかけられています。これはダニエルの容姿を表すと同時に、彼の「(肉体的/精神的)成長の無さ」を端的に表示している部分ではないでしょうか。「三つ子の魂百まで」の言葉通り、ダニエルは現在でも色々な意味で”ランナー”であり続けているのです。

 

ダニエルが、セバスチャンの裁判と、そして自らの在り様といかに向かい合うか、というのが本書の最大のテーマです。結末はほとんど必然的なものですが、それゆえに試されるものは大きい。

個人的には、年間ベスト級の作品だと思います。内容分量ともにずっしりと重たい作品ですが、強くオススメする次第です。

7月(上旬)読書記録

週単位くらいで読書記録のまとめをつけて行きたいと思います。(更新促進策)

とりあえず期間は7月1日~14日です。

 

・買った新刊

グスタボ・マラホビッチ『ブエノスアイレスに消えた』(ハヤカワ・ミステリ)

サイモン・ベケット出口のない農場』(ハヤカワ・ミステリ)

リサ・バランタインその罪のゆくえ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ベリンダ・バウアー『生と死にまつわるいくつかの現実』(小学館文庫)

ボリス・アクーニン『トルコ捨駒スパイ事件』(岩波書店

エミリー・セントジョン・マンデル『ステーション・イレヴン』(小学館文庫) 

 

そういえばまだ『ユダの窓』を買っていません。復刊なので、別に読まなくてもいいような気はしますが、自分が翻訳ミステリにハマったきっかけの一つと言える作品なので、やはり外せません。

他、今月出る作品で要注目の物としては、ジョー・ネスボ『ネメシス』(16)、アン・クリーヴス『水の葬送』(21)、アーナルデュル・インドリダソン『声』(29)あたりでしょうか。リンジー・フェイは買わないと思います。

 

・読んだ新刊(超主観的判定による採点、10点満点)

⑧ クリスチアナ・ブランド『薔薇の輪』(創元推理文庫

⑦ ハラルト・ギルバース『ゲルマニア』(集英社文庫)

⑦ ベン・H・ウィンタース『カウントダウン・シティ』(ハヤカワ・ミステリ)

⑥ ブレイク・クラウチウェイワード-背反者たち-』(ハヤカワNV文庫)

⑦ サイモン・ベケット出口のない農場』(ハヤカワ・ミステリ)

⑥ エミリー・ブライトウェル『家政婦は名探偵』(創元推理文庫

⑨ リサ・バランタインその罪のゆくえ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

平均点高めでありがたいことです。

『薔薇の輪』は、ブランド作品の水準としてはそこそこ(『緑は危険』『ジェゼベルの死』『疑惑の霧』あたりと比較するとさすがに可哀そう)ですが、嘘と欺瞞と虚栄と傲慢がぐちゃぐちゃに入り混じった中で生まれた異形の「謎」とまともに組み合って苦労するチャッキー警部にひとつ「いいね!」を進呈したいところ。(ふと、コックリルだったらこの異形をどう捌くか、見てみたくなりました)

ゲルマニア』は、刊行前に某所のビブリオバトルを勝ち抜いたので、話題になっています。ベルリン空襲下でゲシュタポの大尉とユダヤ人の元殺人課刑事が協力して(裏に色々な思惑が働いている、一筋縄ではいかない関係ですが)猟奇殺人に挑む歴史小説ですね。戦後生まれの作家だそうですが、歴史考証に力を入れているのが良く分かります。とはいえ、謎解き部分はやや腰砕けで残念。

『出口のない農場』は、法医学探偵が活躍するシリーズの作者による初の単独作品。ツイッターでも書きました通り、大変こうエロゲ的お約束に則って書かれており、こういうのって全世界共通のボンクラ妄想なのかな、と。ほっこりしつつも「これ何か絶対おかしいだろ」という思いを消しきれない読者にきっちり最後の一撃を決めてから終える辺りは実に分かっていると思いますが、出来は普通。

 

なお、『その罪のゆくえ』については、久々に⑨判定が出ましたので、別個に項を立てて書きたいと思います。

 

 

薔薇の輪 (創元推理文庫)

薔薇の輪 (創元推理文庫)

 

 

 

ゲルマニア (集英社文庫)

ゲルマニア (集英社文庫)

 

 

 

出口のない農場 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

出口のない農場 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

2015年上半期とは何だったのか(その2)

ということで昨日に引き続いて上半期回顧です。

 

街の薬剤師、グレゴワール・デュバルは順調な人生を送っていた。やや口うるさいが貞淑な妻との間に、二人の子供が生まれ、また自分で開発した薬も売れ行き好調。そう、あの女を勢いで殺してしまうまでは。
慌てて逃げ帰ったものの、街のチンピラが疑われ逮捕されるに至ってグレゴワールの不安は頂点に……無実の人間を死刑にするか、あるいは真犯人を見つけるか、すべては七人目の陪審員に託された。

 本年度間違いなく上位に来る大傑作ですね。これまで翻訳がなかったのがおかしかった。これ以上の作品となると生半なことでは見つけられそうもありません。
 アントニイ・バークリーがその新聞書評で絶賛したことでも知られるこの作品は、グレゴワール・デュバルというどこまでも真っ当でエゴイスティックな平凡人が、自己正当化の果てに「どうでもいい他人への思いやり」という究極の自己愛に至るまでを描いた爆笑必至のグロテスク、ブラックユーモアの極北です。あっけらかんとしたパトリシア・ハイスミス、あるいは小説として完成したフランシス・アイルズ、と呼びたい。
 残酷を求めて街全体が裁判を中心に異様に狭い渦巻きとなっていく中盤の「フランスド田舎ぶり」も素晴らしい。繰り返しますが、必読の傑作です。

 

  • ケン・リュウ『紙の動物園』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 中国系アメリカ人のSF作家による傑作短編集です。意外にも、一部SFでもなんでもない作品もありますが、全体的にクオリティは高い。以下、私の気に入った数編を紹介。

もののあはれ」:中国系アメリカ人の作者が抉る日本人の本質とは? 私自身、この結論に必ずしも頷く訳ではありませんが、これが本作のSF的テーマと漢字と囲碁と混然一体に溶け合って、ある「たった一つの冴えたやり方」へと主人公が到達する結末は、論理的かつ情動的で好きでした。
「月へ」:人気投票でもそれほど票を集めなかったそうですが、この作品はケン・リュウの核心に近い部分であると、今も私は信じています。「あの子がそれを信じたなら、お前の話は真実になる」。騙り/語りの極点に感傷の余地などないことを、この情動的な作家がクールな眼で見据えているのは熱い。
「良い狩りを」:巻末作。狐耳の少女ハスハスからまさかの激熱展開を経て、いつも通りのケン・リュウ作品へ。幻想郷はここにありました。

 ということで、古沢嘉通氏のまたまたいい仕事でした。SFだから読まないとか偏狭な事言ってると損しますよ?

 

  • V・M・ジャンバンコ『闇からの贈り物』(集英社文庫

シアトル郊外の高級住宅地で発生した一家惨殺事件を、上司のブラウンとともに担当することになった新人刑事アリス・マディスン。捜査の過程で浮かび上がったキャメロンという男は、被害者のシンクレア、そして弁護士のクインとある悲惨な過去を共有する「生き残り」だった。マディスンは懸命にキャメロンを追跡するが、そこには恐るべき「闇」がぽっかりと口を開けていた。

 非常にクオリティの高い警察捜査小説です。謎→捜査→事実、これを積み重ねていく過程が丁寧に描かれていて、場面転換を優先した意義の薄い飛躍がほとんどありません(誉め言葉)。

 マディスンのパート以外にクインやキャメロンのパートも時折挿入されますが、ここも変に謎めかすばかりではなく、逆にマディスンが探り出した事実をさらに補完することで、次の謎を提示する役割を果たさせたりしているのも良い。結末も意外で、なおかつ地に足のついたものでした。ドラマ作りをしっかり心得た、実力派の新人のデビューを応援したいところです。

 

と、まあこんなところでしょうか。

下半期もぜひ良作にめぐり合いたいものです、と言った矢先に上半期の読み残しにがっかりしている私、残念すぎます。

 

七人目の陪審員 (論創海外ミステリ)

七人目の陪審員 (論創海外ミステリ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

闇からの贈り物 上 (集英社文庫)

闇からの贈り物 上 (集英社文庫)

2015年上半期とは何だったのか(その1)

数か月ぶりに浮上いたしました。ううむ、新刊レビューを順次書いていくという目標はいったいどこへやら。

復帰第一回ということで、昨年11月からの8カ月で読んだ新刊からこれは、というのを紹介しましょう。多分この辺から年度末ランキング投票で使う弾を選んでいくことに、ならざるを得ないのでは?という悲観的な読者。なお、順序は出版順です。

 

  • ウィリアム・ケント・クルーガー『ありふれた祈り』(ハヤカワ・ミステリ)

「あの夏は、ひとりの子供の死で始まった。」

40年前の夏、少年の人生は確かに変わった。嘘、裏切りを知った、成長の苦さと痛みを知った、そして一筋の奇跡と「ありふれた、一心の祈り」を知った。

2014年アメリカ探偵作家クラブ賞受賞。 

 数十年前に自分がかかわった事件の記憶を呼び戻しつつ、それを悔いたり嘆いたりするミステリはトマス・H・クック『緋色の記憶』以降爆発的に増えました(クック自身同趣向をそれ以前の『死の記憶』『夏草の記憶』で用いていますが。なお、『緋色の記憶』もアメリカ探偵作家クラブ賞(以降エドガー賞)受賞作です)。同じくエドガー賞を取ったジョー・R・ランズデール『ボトムス』もまたそうです。これらの作品は「少年と父」「少年と女性」他、多くのテーマを共有しています。

 『ありふれた祈り』がこれらの作品に対して卓越している点の一つは、「少年の成長」がしっかりと描かれている事だと思います。その契機としての奇跡、祈りまで含めて。とはいえ、本書は神の物語ではありません。あくまでも「神(あるいは現実)と向き合う人間」の物語として、これまでの作品で書いてきたテーマを延長した先に作者が辿りついた、圧倒的傑作です。

 

前作の事件を経て、再び捜査チームから放り出されてしまった迷惑傲慢男セバスチャン。だが、彼が以前逮捕した連続殺人犯ヒンデの犯行手口と酷似した殺人事件が発生する。自分は絶対役に立つと売り込みをかけるセバスチャンだったが、そこにはある理由があった。そして真犯人のおぞましい意図とは一体?

 ということで「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズ第二作でした。第一作もなかなか面白かったのですが、この第二作ではセバスチャンの過去(と言っても彼の場合、対人関係に興味がなさ過ぎて、どんな人間といつどの程度交際をもったか、という点すら限りなく曖昧という体たらくなのですが)をしっかり掘り返しつつ、彼の問題行動をさらに深化させています。セバスチャンのある人物への執着は第一作の衝撃の結末によるものなので、必ずシリーズ順に読むことをオススメします。

 キャラクター的に面白いのはセバスチャンばかりではありません。捜査チームの面々は、前作同様セバスチャンを憎んだり鬱陶しがったり、あるいは重宝したり、尊敬したりとその対応はてんでバラバラですが、そのあり方もさらに掘り下げられています。そして、恐るべき連続殺人者ヒンデ、彼の特殊なパーソナリティは、ここ数年で登場した「ありがちサイコ殺人鬼」の中でも、かなり際立ったもの。

 上下合わせて800ページ超と分厚い作品ですが、愉快なキャラクター小説として読み進むうちに、作者チームの仕掛けたトラップにまんまとはめられてしまうことは間違いなし。オススメの良作です。

 

今日は疲れたのでこの辺で。

 

 

ありふれた祈り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ありふれた祈り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

 

犯罪心理捜査官セバスチャン 模倣犯 上 (創元推理文庫)

犯罪心理捜査官セバスチャン 模倣犯 上 (創元推理文庫)

 

 

 

模倣犯〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

模倣犯〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)