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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

第二十一回:ロス・トーマス『女刑事の死』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+L・R・ライト『容疑者』(二見文庫)

○よく売れた作品は代表作?


咲: 放置したまま時が流れてしまいました喃。

姫: 原稿が入ったりしたのだけど、掲載待ちのままになっているわね。可及的速やかな対応が要求されているはずだわ。

咲: 最近は感想を書くよりも本を買う方にご執心らしいのでどうしようもない。まあ、今回はリハビリ回ということで軽く流して行きましょー。

姫: 今回は二作同時に。一作目はロス・トーマス『女刑事の死』(1984)ね。

女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))

女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))

あらすじはこんな感じです。

上院の調査監視分科委員会で顧問、もとい便利屋のようなことをやっている主人公ベンジャミンは、刑事だった妹が車に仕掛けられた爆発物によって命を落としたことを知らされる。熱心で優秀な刑事だったはずの彼女がなぜ死ななければならなかったのか。彼は、委員会から与えられた使命を果たしつつ、妹の死の真実に迫っていく。

咲: ロス・トーマスの小説では、登場人物全員が互いに騙しあっている。単純に嘘をつくというだけに留まらず、真実を言わずに隠したり、あるいは無意識のうちにミスリードを掛けたりしている。誰もがプロフェッショナルで、すこぶるつきに悪賢い。そしてそれは主人公ですらも例外ではない。

姫: 自分が欲している物を手に入れるために何でもする悪党たちの振る舞いを、「陰謀」というファクタの中で、冒険小説ともエスピオナージュともつかない(スパイが出たりすることはあるけれど)物語に落とし込む達人、と呼べば分かりやすいかしら。安易な分類を許さない、とらえどころの難しい作家ね。あ、乱打されるワイズクラック(意味はないけどカッコ良い台詞のこと!)も素敵。

咲: と、かくも通好みの渋作家、ロス・トーマス作品の中で、唯一と言っていいほど滅茶売れしたのがこの『女刑事の死』、なんだけど個人的には……賞を取れば何でもいいのか、と思う。これならエドガー賞の処女長編賞を受賞した『冷戦交換ゲーム』(1966)の方がなんぼも面白いですよ。

姫: 咲口君の意見は正しいように思うけれど、言葉足らずであまり参考にならないので簡単に補足を。さっきも述べたけれど、ロス・トーマスの作品はその性質上、物語の中盤で悪党どもが互いに互いの利益のために騙し合い、物語の筋をわやくちゃにしていく、その過程が一番面白いの。その中で、読者のサスペンスを釣り上げていく訳。おいおい、どうやって落とすんだよ、とね。

咲: で、その『女刑事の死』は普通のミステリー仕立てになっているだけに風呂敷をきちんと畳むことを作者が端から志向しているのが、割と分かりやすく見えてしまうんだな。それゆえにある程度は綺麗にまとまっているんだけど、読者が元々求めていたような、ロス・トーマスらしい面白さのようなものはあまり見えてこない。

姫: もちろんつまらない作品という訳ではない。でも、はっきり言ってこの作品はロス・トーマスの代表作なのかな、と疑問に思う部分がある、ということを言いたかったんでしょうね、多分。

咲: ですね。まあ、俺にせよ姫川さんにせよ、ロス・トーマスはこれと『冷戦』と『暗殺のジャムセッション』(1967)の三作しか読んでいないので、とうとうと語っちゃうのは、やや問題アリのような気がしないでもないけれど。入手困難な作品が多すぎてどうしようもないんで、誰か詳しい人、後のことお願いします。

姫: ということで次行きましょ、次。


○変態の名産地、カナダの生んだ……?


咲: 二冊目はL・R・ライト『容疑者』(1985)だ。この人カナダ人の女性作家だそうだね。その割にはごく真っ当な作品だったので驚いたよ。

姫: カナダ人が読んだら起こりそうな発言ね。まあ、カナダと言えば我らがマイケル・スレイド御大(最近kindleで未訳作買いました)を生んだ変態ミステリ作家の名産地と言ってもいい場所だし、無理もないけれど。

咲: ジスラン・タシュローとかな。悪魔と契約した警察官が……

姫: その話やめで。まあ、カナダ人にも真っ当なミステリ作家はいたわよ、ピーター・ロビンスンとか、ルイーズ・ペニー(翻訳どうなっちゃうの?)とか、ハワード・エンゲルとか。

咲: いい感じに狂った作家を探そうとウィキペディアを眺めていたが、正直ロバート・J・ソウヤー(こっちも翻訳どうなっちゃってるの?)くらいしか思いつかなかった。あれを変態と呼んだらSF畑の人が怒るかもしらんけど。

姫: カナダ人の狂気の話はさておいて。

容疑者 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

容疑者 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

あらすじに入るわよ。

旧知の男を撲り殺した老人ジョージは、しみじみと感じていた。これは報いだ、と。やつは死ななければならなかった、と……。殺人事件を手がける中年刑事アルバーグは、当初からジョージに疑いの目を向けていた。一歩一歩と謎の犯行動機に迫る中で、しかし彼はジョージと、自分が心を寄せる女性カッサンドラが結んだ心の絆に気づかずにいた。

咲: この物語には、事実上謎はない。読者の目にははじめからジョージが犯人であることは分かっているし、彼自身そのことをそれほど強く隠し通そうとはしていないからだ。この作品の中でフィーチャされるのは、まさにあらすじで書いた、三人の間の微妙な三角関係なんですな。

姫: ジョージは80歳のお爺さんで、図書館で司書として勤めているカッサンドラ(35歳くらい)のことが……好きというかなんというか、枯れてしみじみとした愛情を抱いているのよね。アルバーグ(40歳くらい)も彼を犯人と目しつつも決定的な証拠がある訳でなし、問い詰め切れずにいて、互いに微妙に居心地が悪い状態。カッサンドラは、アルバーグといちゃいちゃしつつ、やはり歳を気にして困惑している……というもやもや感。

咲: いやー、複雑だなあ。さておきミステリとしてみた場合、ジョージが、憎み続けてきた被害者をなぜいま衝動的に殺さなければならなかったのか、という動機面がまったく弱いのが残念でならない。そこをがっつり掘り下げてくれれば面白くなったかもしれないのに。その辺りは、それほど強くミステリを志向しては書いていない雰囲気もある。

姫: そうなのよね。そこへの補完が曖昧だから、読者としてもジョージへの感情を決めかねてしまう。中盤たっぷりとサスペンドされたわりに、終盤ではあっさりと処理されてしまったのでがっかりした面は大きいわ。

咲: 描かれている部分については、細かい内面描写を丁寧にやっていて好感が持てたので、今後の作品に期待、という感じではないかな。あ、今気がついたけど、この作品処女作だったみたい。シリーズは翻訳も何冊か出ているみたいだ。

姫: ふーん、そういうことなら今度読んでみようかしらね。


○終わりのご挨拶

咲: という感じで、今回はこれでお終いです。

姫: それほどビリっとくる作品はなかったわね。次回はレンデルの別名義、バーバラ・ヴァインの第一作『死との抱擁』(1986)の予定。私たちの誕生年の発表作なので、色々な意味で頑張っていきましょう。

咲: なにをどうだよw まあレンデルだし、大分期待で!

(第二十一回:了)


冷戦交換ゲーム (Hayakawa pocket mystery books (1044))

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スリー・パインズ村と警部の苦い夏 (RHブックス・プラス)

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