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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

<幻のポケミス>から考える「クラシックミステリ叢書」企画

「クラシックミステリの叢書のラインナップを作ってみたい」
「オールタイムベストを作ってみたい」に並んで、マニアであれば一度は思い浮かべるこの夢。かく言う私も過去、本ブログを含めて幾度か作成を試みてきたが、誰も知らない作家の誰も知らない作品を混ぜ込みたい、というかできればそういうものばかりにしてみたいという歪んだ自意識のせいで、反応に困る代物をおったてては、読者の皆様にどう反応すればいいんだよと思わせてきた。

 今回、ここに提示するものは、いわゆる<幻のポケミス>をネタ元とするラインナップである。なお、<幻のポケミス>とは、「本棚の中の骸骨」の「読み物と資料のページ」に掲載されたもので、「No.194パット・マガー『被害者を探せ』(1955年7月刊)の巻末に、今後の刊行予定として掲載されたもの(中略)(のうち)ハヤカワ・ミステリでは実現しなかった〈幻の作品〉を抜き出してリストにしてみた」と説明されている。この約160冊のリストのうち、2023年現在をもって未訳の作品が40冊。この40冊を叩き台に、比較的現実的と思える10冊をラインナップしてみた。並びは原著刊行順。作品は基本的に<幻のポケミス>ママとするが、※については作品を変更している。

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①ブライアン・フリン『孔雀の眼の秘密』The Mystery of the Peacock’s Eye(1928)
②J・J・コニントン『二枚の切符の謎』The Two Tickets Puzzle(1930)
③デイヴィッド・フロムスコットランドヤードから来た男』The Man from Scotland Yard(1932)
④ヴァン・ウィック・メイスン『七つの海の殺人』The Seven Seas Murders(1936)※
⑤スチュアート・パーマー『青い小旗の謎』The Puzzle of the Blue Banderilla(1937)
レスリー・チャータリス『輝かしき悪漢たち』The Bright Buccaneers(1938)※
⑦フランシス・ボナミイ『牧場主の死』Death of a Dude Ranch(1939)※
アニタ・ブーテル『死神は過去から来る』Death Has a Past(1939)
⑨レイモンド・ポストゲイト『扉の前に誰かいる』Somebody at the Door(1943)
⑩ローレンス・トリート『警察(ポリス)のP』P as in Police(1970)※

 

①は英国のスリラー作家の初期作。風変わりな冒険小説のような書き出しで始まるが、スコットランドヤードの警部と私立探偵がそれぞれに出会った事件を捜査するうちに、巨大な陰謀が浮かび上がってくるというプロット。どんでん返しの連発で最後まで飽きさせない。『ミステリリーグ傑作選』所収の長編「角のあるライオン」以外、これまで無視されてきた作家の面目躍如たる傑作である。

②は英国の本格もので「ハンドラム」派の驍将の中期作。『或る豪邸主の死』(長崎出版)、『レイナムパーヴァの災厄』『九つの解決』『キャッスルフォード』(論創海外ミステリ)と、一見渋めながら読者に予想外の衝撃を与え続けてきた作家のシリーズ第七作で、飛び道具多めのラインナップの中ではホッと一息な休憩ポイント。

③はアメリカの女流作家の初期作。複数名義で多くの作品を発表した多作家だが、日本では短編が一本紹介されたきりである。本作はエヴァン・ピンカートンシリーズの第三作で、イギリスを舞台に手堅い警察小説が展開されている。レスリー・フォード名義の作品は現在のコージー派の先駆けとされるが、本作は、80年代以降にアメリカの女流作家が競うように、イギリスを舞台に「理想的な田舎警察小説」を書いたことを思い出させる。

④は日本ではほぼ未紹介(戦前にいくつか翻訳がある)だが、1930年代~40年代のアメリカで絶大な人気を誇った海洋冒険小説作家。その作品のうち、冒険小説と探偵小説をミックスしたのがヒュー・ノース大尉を主人公とするシリーズである。特に初期作は謎解きミステリとしての要素が色濃いとされる。<幻のポケミス>では「作品未定」とされていたため、四つの中編を詰め込んだ本書をセレクトした。

⑤は『ペンギンは知っていた』やクレイグ・ライスとの合作『被告人、ウィザーズ&マローン』で知られる作家の中期作だが、正直この作品にこだわりはない。ガードナー、ライス、スタウト(あるいはラティマー、グルーバー)といった、陽性のアメリカ作家たちが紹介された時に乗り遅れてしまったのがこの作家の不幸だが、今後積極的な紹介者の手で、年に一、二作でも翻訳が進められて欲しいものだ。

⑥は青年義賊「セイント」シリーズの第一短編集で、「クイーンの定員」にも選ばれている傑作集。15作のうち8作が紹介済みではあるが古い媒体のものが多く、続く作品集Boodle(こちらは全作未訳)と併せて新訳刊行する価値は十分にある。本書が好評を博するようであれば、更に「セイント」ものの長編、また中編集がまとめて翻訳されるよう期待する。

⑦はアメリカの女流作家で、犯罪学者のピーター・シェーンが、作者と同名のワトスン役フランシス・ボナミイとともに難事件に挑むシリーズを展開した。<幻のポケミス>では中期以降の、探偵役抜きでワトスン役が事件に関わるというスピンオフ作品が挙げられているが、こういう作品の前にまず作者の普通の筋運びの作品を読みたい、ということで今回は初期作を選定した。

⑧は英国から米国に移住した寡作な女流作家の第三作。同時代には高く評価されていたが次第に忘れられたという作家で、本作などはパット・マガー『七人のおば』や『四人の女』の趣向を先取りしている点などミステリ史的にも見逃しがたいものがある。マーティン・エドワーズLife of the Crimeで高く評価されたこともあり、現在英米でも見直しが進んでいる。

⑨は現在では『十二人の評決』のみで知られる作家の第二作。夕方にユーストン駅で電車から降りた後で奇妙な死を遂げた議員の人生の謎を、同じ列車に乗り合わせた人々をホリー警部が追う中で浮き彫りにしていくという、新聞記者である著者の面目躍如的作品。渋め・重めな内容ではあるが、一読の価値はあると思う。

⑩は『被害者のV』(1945)という作品で警察小説の始祖とされる作者の短編集で、エラリー・クイーン選というところが面白い。16編のうち10編が翻訳あり(ただしほとんどが60年代に翻訳されたきり)ということで検討のハードルは低め。未収録の作品(のうち70年以前のもの)も七作ほどあり、傑作選ということで再編集するのでも良い。

 ということで10作をピックアップしてみた。商業でも無理のない、とはいえ文庫では厳しいかという線で作ってみたがどうだろうか。これを参考にどこかの出版社が本を出し始めたりしたら面白いですね。利用料は取りませんので、どうぞご自由にご使用ください。

【過去の実績】

deep-place.hatenablog.com