深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

紺野天龍『錬金術師の密室』について我々が語るべきこと

このブログで国内ミステリの最新刊について書くことはほとんどなかったが、こと本件については、いくらか言葉を費やす価値があると考えた次第である。

本記事において『錬金術師の密室』の細かいネタバレを行うつもりはないが、これを読むことによりトリック/プロットの意外性などを損なう恐れがある。今後本作品を読むつもりのある向きはそのままブラウザバックすることをお勧めする。

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

---

錬金術師の密室』はおそらく、この十五年ほどの間に無数に書かれてきただろう(そして出版されることなく消えてきただろう)類型作の一つであるが、その中でも決して特上の作品という訳ではない。出版されたこと(しかも早川書房から)は正直に言って驚きである。そう判断するのには軽い物、普通の物、そして重い物、三つの理由が存在する。以下、順を追って説明していこう。

 

理由1プロット(の一部)について、他作品のそれをほぼそのまま流用している。

具体的には、久住四季※1トリックスターズL』(以下『L』)である。久住の第二作に当たる『L』は2005年11月に電撃文庫より刊行された(後に、改訂版が2016年にメディアワークス文庫より刊行された。現行流通版はこちら)。同時に、森博嗣すべてがFになる(以下『F』)の中心トリックが変形された上で利用されている。ある意味で『錬金術師の密室』は、この二つの作品を継ぎ合わせたうえで、錬金術というオリジナルの要素を組み込んだような構成になっている。

この手の変形・流用はよくあることだ。衝撃のトリックや意外なプロット展開にそこまでのバリエーションがあるわけではない。それをいえば『L』だって『F』の要素を取り込んでいる。こういった積み重ね、切磋琢磨によってジャンルが磨き上げられるというのは重要である。とはいえ、「「早川書房」というジャンル読者を多く抱える老舗出版社が「気鋭の新人」として今後育てていくつもりの作家の「ミステリ第一作」」という多くの看板を背負った作品として、あまりにあからさまなのはいかがなものだろうか。(二作の読者であればすぐに把握できるレベル。「あれ」と同じにはなるなよ、と考えながら読んでいたら何の捻りもなかったので失望は大きかった)

 

---

このようにその書きぶりにやや不明快な点が残る本作だが、いかに作りが安直であろうが完成度が高ければ何の問題もないというのもまた現実である。先に書いたように、本作はその物語の中心に組み込まれたプロット/トリックの過半を借り物で構成しており、その点についてほぼ不安はない(という褒め方もいかがなものか……)。しかし著者は、「ツギハギの怪物」である本作を綺麗に仕上げることよりも、「書きたい、読ませたい内容」を書くことを優先してしまった。

先に述べたように、本作は『L』の構造を流用しているが、この作品自体は第一作であるために、主人公たちのバックグラウンドを書き込む必要が出てくる。同時に結末となる『F』の方向に向かって話を進める必要があるため、そちらのトリックの伏線も張っておかなければならない。さらにオリジナル要素である「錬金術」のネタも重要だ。やることが多い。300ページ強で収めるには書くことが多すぎる。その結果……

 

理由2物語を構成する上で極めて重要な点、すなわち「動機」がほとんど書き込まれていない。

本作で最も重要な点は「密室トリック」ではなく(何しろ極まった錬金術師であれば無から有を生み出すことすら可能らしいので)、「殺された錬金術師」に関係する「動機」である。彼が死ななければならなかったのはなぜか、今死ななければならなかったのはなぜか、という「物語構造の根幹」となる「理由」を示す、彼についての描写を書き込む余地は、しかし本書にはほとんどない。なるほど、人間の行動の動機がすべて論理的に導かれる必要はないし、またそんなことを示すために筆を費やすのは有意義とは言えないかもしれない。だが、読者にそれが一切類推できず、理解もできないのならば、物語を構成する意味も消えてしまう。作中の表現を借りれば、完璧な人間であるホムンクルスを作り上げた後、魂を加工して吹き込もうとしたらそれに失敗したようなものである。あらら、第四神秘に到達できていないじゃありませんか。

なお、元ネタの二作品はそこを相当に工夫していた。また、著者が愛好するという西澤保彦作品などはそこに特化した作風であるといえる。それだけに残念である。

 

理由3錬金術」を含めた世界観設計の作りこみが甘すぎる。

そして最も重篤な欠陥がコレ。固有名詞がドイツ語と英語とラテン語と古代ペルシア語のちゃんぽんになっているのはもはや気にしたら負けにしても、車は走る、航空機は飛ぶという20世紀前半くらいと同等の文明発展度合いは描かれる(錬金術で生み出された「エーテライト」なる高純度のエネルギー資源は重要なようだが、それが世界経済や情勢にどのように影響を及ぼしているかはあまり描かれない)のに指紋確認など科学捜査は一切なし(無いなら無いでそのように説明すればいいのに、何故か警部など役職名は現実的なものを使用する)、また、錬金術師が世界に七人しかいない上にほぼ全員が国家の管理下、あるいは誰にも知られない場所にいるという設定により、具体的に錬金術で何ができるのかその上限は一切示されない。これで「特殊設定ミステリ」のシリーズを構成しようというのは大変に厳しいだろう。

 

以上。おそらく今後作者の作品を買うことはないだろうが……今後のご活躍をご祈念申し上げます。

 

※1:ただし本人のtwitterを見る限り、献本を読んだ上で堅実な謎解きものとして評価しているようなので、部外者が目くじらを立てる謂れはないだろう(と思って表現を大分緩和しました)

 

トリックスターズL (メディアワークス文庫)

トリックスターズL (メディアワークス文庫)

 
トリックスターズD (メディアワークス文庫)

トリックスターズD (メディアワークス文庫)