深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

紺野天龍『錬金術師の密室』について我々が語るべきこと

このブログで国内ミステリの最新刊について書くことはほとんどなかったが、こと本件については、いくらか言葉を費やす価値があると考えた次第である。

本記事において『錬金術師の密室』の細かいネタバレを行うつもりはないが、これを読むことによりトリック/プロットの意外性などを損なう恐れがある。今後本作品を読むつもりのある向きはそのままブラウザバックすることをお勧めする。

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

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錬金術師の密室』はおそらく、この十五年ほどの間に無数に書かれてきただろう(そして出版されることなく消えてきただろう)類型作の一つであるが、その中でも決して特上の作品という訳ではない。出版されたこと(しかも早川書房から)は正直に言って驚きである。そう判断するのには軽い物、普通の物、そして重い物、三つの理由が存在する。以下、順を追って説明していこう。

 

理由1プロット(の一部)について、他作品のそれをほぼそのまま流用している。

具体的には、久住四季※1トリックスターズL』(以下『L』)である。久住の第二作に当たる『L』は2005年11月に電撃文庫より刊行された(後に、改訂版が2016年にメディアワークス文庫より刊行された。現行流通版はこちら)。同時に、森博嗣すべてがFになる(以下『F』)の中心トリックが変形された上で利用されている。ある意味で『錬金術師の密室』は、この二つの作品を継ぎ合わせたうえで、錬金術というオリジナルの要素を組み込んだような構成になっている。

この手の変形・流用はよくあることだ。衝撃のトリックや意外なプロット展開にそこまでのバリエーションがあるわけではない。それをいえば『L』だって『F』の要素を取り込んでいる。こういった積み重ね、切磋琢磨によってジャンルが磨き上げられるというのは重要である。とはいえ、「「早川書房」というジャンル読者を多く抱える老舗出版社が「気鋭の新人」として今後育てていくつもりの作家の「ミステリ第一作」」という多くの看板を背負った作品として、あまりにあからさまなのはいかがなものだろうか。(二作の読者であればすぐに把握できるレベル。「あれ」と同じにはなるなよ、と考えながら読んでいたら何の捻りもなかったので失望は大きかった)

 

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このようにその書きぶりにやや不明快な点が残る本作だが、いかに作りが安直であろうが完成度が高ければ何の問題もないというのもまた現実である。先に書いたように、本作はその物語の中心に組み込まれたプロット/トリックの過半を借り物で構成しており、その点についてほぼ不安はない(という褒め方もいかがなものか……)。しかし著者は、「ツギハギの怪物」である本作を綺麗に仕上げることよりも、「書きたい、読ませたい内容」を書くことを優先してしまった。

先に述べたように、本作は『L』の構造を流用しているが、この作品自体は第一作であるために、主人公たちのバックグラウンドを書き込む必要が出てくる。同時に結末となる『F』の方向に向かって話を進める必要があるため、そちらのトリックの伏線も張っておかなければならない。さらにオリジナル要素である「錬金術」のネタも重要だ。やることが多い。300ページ強で収めるには書くことが多すぎる。その結果……

 

理由2物語を構成する上で極めて重要な点、すなわち「動機」がほとんど書き込まれていない。

本作で最も重要な点は「密室トリック」ではなく(何しろ極まった錬金術師であれば無から有を生み出すことすら可能らしいので)、「殺された錬金術師」に関係する「動機」である。彼が死ななければならなかったのはなぜか、今死ななければならなかったのはなぜか、という「物語構造の根幹」となる「理由」を示す、彼についての描写を書き込む余地は、しかし本書にはほとんどない。なるほど、人間の行動の動機がすべて論理的に導かれる必要はないし、またそんなことを示すために筆を費やすのは有意義とは言えないかもしれない。だが、読者にそれが一切類推できず、理解もできないのならば、物語を構成する意味も消えてしまう。作中の表現を借りれば、完璧な人間であるホムンクルスを作り上げた後、魂を加工して吹き込もうとしたらそれに失敗したようなものである。あらら、第四神秘に到達できていないじゃありませんか。

なお、元ネタの二作品はそこを相当に工夫していた。また、著者が愛好するという西澤保彦作品などはそこに特化した作風であるといえる。それだけに残念である。

 

理由3錬金術」を含めた世界観設計の作りこみが甘すぎる。

そして最も重篤な欠陥がコレ。固有名詞がドイツ語と英語とラテン語と古代ペルシア語のちゃんぽんになっているのはもはや気にしたら負けにしても、車は走る、航空機は飛ぶという20世紀前半くらいと同等の文明発展度合いは描かれる(錬金術で生み出された「エーテライト」なる高純度のエネルギー資源は重要なようだが、それが世界経済や情勢にどのように影響を及ぼしているかはあまり描かれない)のに指紋確認など科学捜査は一切なし(無いなら無いでそのように説明すればいいのに、何故か警部など役職名は現実的なものを使用する)、また、錬金術師が世界に七人しかいない上にほぼ全員が国家の管理下、あるいは誰にも知られない場所にいるという設定により、具体的に錬金術で何ができるのかその上限は一切示されない。これで「特殊設定ミステリ」のシリーズを構成しようというのは大変に厳しいだろう。

 

以上。おそらく今後作者の作品を買うことはないだろうが……今後のご活躍をご祈念申し上げます。

 

※1:ただし本人のtwitterを見る限り、献本を読んだ上で堅実な謎解きものとして評価しているようなので、部外者が目くじらを立てる謂れはないだろう(と思って表現を大分緩和しました)

 

トリックスターズL (メディアワークス文庫)

トリックスターズL (メディアワークス文庫)

 
トリックスターズD (メディアワークス文庫)

トリックスターズD (メディアワークス文庫)

 

年末年始古本日記(0103-0106)

定期的に日記を書くために毎日古本を買うのはさすがに割に合わないのではなかろうか。ボブは訝しんだ。

 

■1/3(金):朝起きた時は、「ワシもそこまでしょっちゅうブックオフに行くわけではないぞ」と思っていたが、いつもの店でカレーを食べるついでに去年の新刊を売りに、上石神井ブックオフに行ってしまう。ボチボチの買取値が付いたので、CD数枚と一緒にそういえば買っていなかった本を、すいませんねと思いつつ購入。なお、カレーは仕込み量が少なかったとかで結局食べられなかった(´;ω;`)

小森収編『短編ミステリの二百年(1)』(創元推理文庫

 

■1/4(土):盛林堂書房とにわとり書房が年始の大売り出しをやると聞いたので西荻窪へ(にわとり書房は諸般の事情でお休みとなった)。「こういう催事は来ないんじゃなかったの~?」とまた煽られるが挫けない。以下すべて均一本。

井上ひさし編『ブラウン神父ブック』(春秋社)

・ブレンダン・ギル/常盤新平訳『「ニューヨーカー」物語』(新潮社)

・アントニイ・トルー『スーパータンカーの死』(ハヤカワ・ノヴェルス)

・『著名犯罪集 二輪馬車の謎』(東京創元社

オースチン・フリーマン『ソーンダイク博士』(東京創元社

松本清張編『完全犯罪を買う』『決定的瞬間』『黒い殺人者』『密輸品』『優しく殺して』『犯罪機械』(集英社

10冊前後しか買わない私を尻目に、均一で数十冊買っていく強者を何人も見ると頭がおかしくなりそう。

帰りがけに中野のまんだらけを見ていくが特に買うものはなし。流れで早稲田通り沿いのブックオフで均一本を何冊か。

ジョン・ヴァーリイバービーはなぜ殺される』(創元推理文庫

・バリー・ヒューガート『霊玉伝』(ハヤカワ文庫FT)

 

■1/5(日):松坂健氏の書庫で新年会に参加。先週も忘年会に行かなかったっけ? 歴戦の古本強者が集う会で、三門は隅っこで怯えていた。なんでみんな「あー、例の『通叢書』」「探偵小説はさておき、あの巻とあの巻がいいよね」「ねー」と意気投合できるのか。恐怖。食べて飲んで古本の話をした(必要な資料は大抵松坂氏の書棚から出てくる)後の夕刻、盛林堂書房の小野氏が合流。古本オークションが始まるが……序盤は盛り上がりに欠けた。何しろ「これはいい本ですよ!」と提示された本は「全員(三門以外)持っている」のである(ええ……)。しかし、後から小野氏が出してきた紙物の類(刊行見本や挟み込みの広告)の競りは異様に盛り上がった。なんなんだこれは。ということで落札したもの。

ジョルジュ・シムノンオランダの犯罪』(創元推理文庫、初版/白帯なし)

石上三登志SF映画の冒険』(新潮文庫

The Armchair Detective Book of List, revized second edition (Otto Penzler Books)

・「芳林文庫古書目録」(第5号~終刊号(第19号)/第11号欠け)

えー、色々言いたいことがある方もいらっしゃるかと思いますが……いずれ行くべきところに行くように手配しますので、許してください。ヘロヘロになって帰宅すると、年末に注文した本が届いていた。

・Christianna Brand Brand X (Michael Joseph)

英版のみで米版がない短編集。収録作品18作のうち『招かれざる客たちのビュッフェ』に再録されたものが4編、他媒体で翻訳されたものが4編、『ビュッフェ』巻末の書誌リストで「非ミステリ」扱いとなっているものが6編あり、純粋に「未訳」の「ミステリ」と呼べる作品は4編である。ただし、1974年に刊行された時に全作内容を改訂しているようなので、これを底本にしての翻訳はしません。悪しからず。

 

■1/6(月):本を買っていない。俺は自由だ。

年末年始古本日記(1229-0101)

購入した古本メモを手書きで作成する(圧倒的面倒)ことで己の古本購入欲を殺すという異様な脱古本術を実践している人の話を聞いた(もちろんそれでも買っているそうですが)ので、2020年は自分も軽く古本関連日記をしてみることにした。今回は年末からの継続情報アリです。

■12/29(日):松坂健氏の書庫で忘年会(翻訳ミステリ関連)。メンツが濃すぎる。その前にアキバのブックオフに寄るものの特に買うものはなし。均一より半額の棚、しかも歴史系や文学系の硬めの本にいいものがある店だが、一体どこから買い付けをしているのか、常に謎。忘年会ではダブり本ということで以下をいただく。

・ドロシー・L・セイヤーズ『アリ・ババの呪文』(日本出版協同)

■12/30(月):コミケ三日目。例年の通り書肆盛林堂ブースで売り子をする。売り子と言ってもメインの仕事は朝一に壁サークルの列に並ぶことなのだが。各種収穫についてはtwitterなどで書いた通り。イベント後、練馬の熟成肉の店で打ち上げ。合流前にしっかりブックオフに行っておくのが嗜みというものだが、収穫はいまひとつ。

笹沢左保『悪魔の湖畔』光文社文庫):均一

川端康成『水晶幻想|禽獣』講談社文芸文庫):均一

家に帰ったら数日前に日本の古本屋で頼んだ本が来ていた。こちらは資料用。

・エリザベス・ホールディング『レディ・キラー』(世界推理小説全集)

■12/31(火):実家に帰る。帰りがけに大宮のブックオフで一冊だけ。

モーリス・ルブラン『813』新潮文庫):均一

twitterでも書いたが、推理小説の文脈で、主人公と「悪女」の恋愛が物語の筋を歪めてしまう例としてよく挙がる『トレント最後の事件』の先行例として、ルブランが上がっていたため。ただ、『トレント最後の事件』はその物語を一人称で書いている点が新しく、後の世の作品にも大きく影響を与えている。そのあたりも含めて、再読を進めたいところ。

■1/1(水):特にすることもないので、実家近くの土呂ステラタウンブックオフへ。期待ゼロで行ったが(本2割引きということもあり)思わず買ってしまう。

・リズ・ジェンセン『ルイの九番目の命』(SB文庫):均一

蘭光生『肉刑』フランス書院文庫):均一

篠田節子『砂漠の船』双葉文庫):均一

稲葉義明『ルガルギガム 上』ファミ通文庫):均一

・高田博行ヒトラー演説』(中公文庫)

『ルイの九番目の命』は2018年に公開された同題映画の原作。ソフトバンク文庫と言えば、白と淡いオレンジ色の背というイメージがあるが、この本はわりに古い(2006年刊)のでデザイン変更前で白一色だった。これまで見つからなかったのはそういう理由かもしれない。『肉刑』は、コミケで購入した田中すけきよ氏の『よくわかる!グラフから読むフランス書院文庫』の悪影響w SM系は正直苦手だが、蘭光生式貴士ということもあり抑えてしまった。

[レビュー]Bodies from the Library, edited by Tony Medawar (2018)

未完成のまま完全に忘れていた原稿が発掘されたので、完成させて投稿しておく。どのくらい前に書いていたかというと多分今年の春、Bodies from the Library 2 が出る前のことなので、まあ数か月以上前であろう。

一応総括しておくと、このアンソロジーは作品の質よりも「珍しさ」に特化して作品を集めている。その「珍しい」の定義も色々で、実は日本では比較的容易に読めるパターンも多々ある(バークリー『シシリーは消えた』などは、あちらでもまだ復刊されていない)。唯一光るものがある、と感じたのはやはりクリスチアナ・ブランド(未収録どころか未発表作品にこのレベルのものがあるのはいかがなものか?恐るべし)。

 

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驚くべきことに、英国ではここ数年立て続けに有名作家の「単行本未収録作品」や「未発表作品」が発見されている。雑誌に発表されたままで、書誌にも載らずに埋もれていた作品を再発見する。また作者の書類ケースを調査し、未発表の作品を掘り当てる。研究者たちの熱意ある活動には大いに敬意を表したい。(日本でも同様の事例が続いているのは面白い)

さて本書は、そういった活動の一つの到達点と言えるアンソロジーである。編者のトニー・メダウォー曰く「単行本未収録の入手困難な16編を収録した」とのことだが、正直なところ編集には粗がある(詳細は個別作品の項目で詳述)。しかし、英米におけるクラシックミステリ「再発見」の流れの中で、コリンズという大手出版社からこのような本が出る、そして売れているという事実をまずは素直に喜びたい。以下、個別の作品について簡単にコメントしていく。

 

1. J・J・コニントン "Before Insulin" (1936)

小児糖尿病で先の長くない、療養所で暮らす金持ちの若者が急死。亡くなる直前に20歳の誕生日を迎え法定年齢に達した彼は、付き添いの看護師の女性と結婚。その莫大な財産のすべてを彼女に残すという遺言書を作成し、弁護士宛で郵便ポストに投函していた。この手早すぎる手続きに疑惑を抱いたウェンドーヴァーはサー・クリントンに再調査を依頼する。

1936年8月から9月に掛けて、ドロシー・L・セイヤーズは London Evening Standard 紙に30の短編を掲載し、疑似的なアンソロジー企画 Detective Cavalcade を展開した(収録作は再録・書き下ろしともあり)。そのトリを飾ったのが本編である。二つの「騙し」を組み合わせて不可能を可能にしたトリッキーな作品で、"How"を追求したところがいかにもセイヤーズ好みといった感じ。

【邦訳:「投函された遺言状」(EQ 1996/5、久坂恭訳)】

 

2. レオ・ブルース "The Inverness Cape" (1952)

「これは私が見た中で最も暴力的な犯罪だった」 車椅子で自由に身動きが取れない老婆を殴り殺した犯人は、インヴァネスのケープに鳥打帽という時代錯誤の奇天烈な服装をしていた。犯人と目された彼女の甥は、確かにそういったコスチュームを持っていると認めたが……

The Sketch という雑誌に掲載されたごく短い作品。ビーフ巡査部長が少しだけ登場する。実際に謎を解くのは、事件の目撃者となった「私」である。二つの解釈の可能性のうちどちらが正しいかが最後まで分からない辺りの気配りは作者の腕前が発揮されているが、あまりにも短すぎて話を展開するどころではないのが残念。

 

3. F・W・クロフツ "Dark Waters" (1953)

雇い主に任されていた株式の資金に手を付けてしまった主人公は、すべてが暴露されてしまう前に彼を殺してしまおうと決意。友人とブリッジを楽しむために、テムズ川を手漕ぎボートで行き来する上司の習慣を利用して、溺死に見せかけようとするが……

London Evening Standard 初出の未収録作品でフレンチ警部が登場する。犯人の見落とした証拠を指摘して逮捕に持ち込む「クロフツの短編」のスタイルだが、あまりにも直球すぎて読者を驚かせる余地がない。さすがにもう少しページ数が必要か。

 

4. ジョージェット・ヘイヤー "Linckes' Great Case" (1923)

ヒストリカル・ロマンスの巨匠ヘイヤーがミステリを書いていたことは、日本の読者にも既に知られている(『紳士と月夜の晒し台』、『マシューズ家の毒』他)。本編は The Detective Magazine 初出の忘れられた中編で、まさかのスパイスリラー。重要書類を盗み出した「国家の裏切り者」を、犯人に疑われることなく探し出そうとする……と書くとちょっとル・カレを思わせるが、話の展開は緩慢で犯人の指摘も唐突。ヘイヤーは、2016年に Snowdrift という短編集が出ている(1960年刊の短編集 Pistols for Two に新発見作品3編を増補したもの)ので、いまさらミステリ系と言われても正直出し殻感が否めない。

 

5. ニコラス・ブレイク "'Calling James Braithwaite'" (1940/7放送)

1940年から41年にかけて、BBCではディテクション・クラブの作家に依頼してラジオドラマを8本放映した。バークリー、ロード、ミッチェルなど錚々たるメンツに並んでニコラス・ブレイクが書いたのは、大洋に浮かぶ客船という大きいようで小さな密室の中で起きたサスペンスドラマであった。

一際年長だが精力的な富豪、妊娠したその美しい妻、富豪の秘書で妻の浮気相手、その妹の四人が「見張り役」のナイジェル・ストレンジウェイズと乗り込んだ「ジェイムズ・ブレイスウェイト号」に、脱獄した殺人犯が忍び込んだ、という通報が入る。用心しつつ全員で男を探すうちにいつの間にか富豪が行方知れずになり……

トリックはラジオドラマゆえに成立するもので、そこはしっかりと考えられている。場面転換が多いため、文字で読むならまだしもラジオの聴取者にとっては一苦労だったと思われる。分量は本書では二番目に多いが、非常に読みやすく苦にならなかった。なお、スクリプト収録は本書が初である。

 

6. ジョン・ロード "The Elusive Bullet" (1931)

翻訳で読めるので多くは語らない。論理的に可能性を潰していくと、物理的にはあり得ない角度から撃ち込まれたとしか思えない弾丸がどこからやってきたかをプリーストリー博士が追跡していく話だが、いわゆる「物理的にはあり得る、しかし現実的にはあり得ない」(実際、起こってしまったんだから仕方がない)話でしかなくがっかりしてしまった。

【邦訳:「逃げる弾丸」(『名探偵登場4』(ハヤカワ・ミステリ)、村崎敏郎訳)】

 

7. シリル・ヘアー "The Euthanasia of Hilary's Aunt" (1950)

いずれ手に入るだろう遺産を目当てに世話してきた叔母さんから、「自分の財産はすべてチャリティーに寄付するという遺言を何十年も前に書いた」と言われてしまった甥が主人公。法の網の目をくぐりぬけて、何とか遺産をいただこうと企む彼だったが……法律の専門家である作者らしさがよく出ている。皮肉なオチまでみっちり詰まった充実のショートストーリー。

「Aga-Search」には、短編集収録済の連作「子供たち」の第六編の改題作品と記されているが、実際にはその内容はまったく異なるため注意が必要。

【邦訳:「メアリー叔母さんの安楽死」(HMM 1969/7、柿村敦訳)

 

8. ヴィンセント・コーニア "The Girdle of Dreams" (1933)

宝飾店を営むライオネル・ブレイン氏は、奇妙なお客さんを迎えていた。時代遅れのドレス、両目にはめた片眼鏡、異様な出っ歯。その女性は、16世紀イタリアで作られたと思しき美しい腰飾りをバッグから取り出し、値段を鑑定してもらいたいと言い出した。正体不明のお客が持ち込んだ来歴不詳のお宝。ブレイン氏は鑑定を開始するが……

日本では『これが密室だ!』収録の「メッキの百合」一編しか翻訳されていないが、実は極めて多作な作家の新発見作品。序盤の「お宝鑑定」までのシーンはずば抜けて素晴らしいが、お客の正体と目的が明かされて以降は大幅に落ちる。EQMMに掲載された作品もいくつかあるようなので、他にいい作品がないか調べてみたくなる作家ではある。

 

9. アーサー・アップフィールド "The Fool and the Perfect Murder" (1948執筆)

「1948執筆」と意味深な書き方をしたが、実はこの作品、EQMMのコンテスト用に書かれ編集部に送られた後、封筒ごと行方不明になってしまったという曰く付きの代物。著者の没後に原稿が発見され、改めて掲載の運びとなったそう(その際、”Wisp of Wool and Disk of Silver”と改題されている)。

「たとえ人を殺してもこのメソッドに従えば証拠隠滅して完全犯罪にできる」と流れ者の男から聞いた農場管理者が、実際にその方法を試すことで探偵役のボニーに挑戦するという話。この男が、機転が利かないというか要領が悪く言われたことをそのままやってしまうので、名探偵にはたちまち追い詰められてしまうのであった(笑)

【邦訳:「名探偵ボナパルト」(EQ 1980/7、高見浩訳)】

 

10. A・A・ミルン "Bread Upon the Waters" (1950)

ある男が「人を殺すのは割に合わない」という話をし始め、聞いている何人かの男女がその話に突っ込みを入れては切り返される。それ以上でも以下でもない話で、残念ながら特に語ることはない。London Evening Standard 初出。

 

11. アントニイ・バークリー "The Man with the Twisted Thumb" (1933)

本書に収録された中では最長となる作品。Home and Country という雑誌に12か月間連載したもので、全12章からなっている。各章ごとに引きがあり次回を期待させる作りはこなれているが、完成度という点ではかなり劣る。以下、詳しく説明したい。

家庭教師のヴェロニカ・スタイニングは、雇い主の頬を引っぱたいてクビになり、今はモンテ・カルロでの休暇を楽しんでいる。そこに現れたのは、同じく義憤から秘書業務を放り捨てたというグラント氏だった。急速に仲を深めていく二人。ところが、グラント氏が彼女と別の女性のバッグを取り違え、二人はスパイ謀略のただ中に放り込まれてしまう。

タイトルの「ねじれた指の男」(スパイの親玉)は最終章まで姿を見せず、二人とグラント氏の友人のアーチーがワイワイしているうちに話が終わってしまう。確かに読みやすいけど何も残らない作品だ。どうしてこうなった?と解説を読んでみると、どうやらこの作品、長編デビュー前の習作を書き直したものらしい。納得。

 

12. クリスチアナ・ブランド "Rum Punch" (未発表)

クリスチアナ・ブランドの未発表作品。不可能犯罪アンソロジー The Realm of the Impossible に収録された "Cyanide in the Sun" や、EQMM掲載の "Bank Holiday Murder"と舞台(スキャンプトン・オン・シー)を同じくする作品で、これらとともに2020年刊行予定の単行本未収録作品集に再録されることが決定している。

なお本編については別項で記事を掲載しているので、そちらもご覧ください。

 

13. アーネスト・ブラマ "Blind Man's Bluff" (1918初演)

盲目の探偵マックス・カラドスものの一編で、戯曲。1918年に演じられたものの、その台本は今回が書籍初収録とのこと。日本人のKATO KUROMI(加藤某かと思ったが、作中Mr. Kuromiと呼ばれている)が、アメリカ人のハリス君にJuu-Jitsu(柔術?)の技を掛けて「うわー、動けない!東洋の神秘だ!」となるシーンが異様に書き込まれている(体の動かし方までかなり細かく指定がある)のが可笑しい。終盤、ようやく犯罪計画が明らかになるが、全てを読み切ったカラドスが、無駄なく無理なくそれを瓦解させる。ヨッ、名探偵と称賛を送りたくなる。

 

14. H・C・ベイリー "Victoria Pumphrey" (1939)

没落貴族の令嬢で、法律事務所のお荷物であるヴィクトリア・パンフリイは、事務所を訪れた依頼人とふとしたことで親しくなり、彼の悩みを解決すべく行動を開始する。貧しい一家に入るはずだった大金持ちの遺産を横取りする「突然オーストラリアから帰ってきた親類」は一体何者なのか。

フォーチュン氏、クランク弁護士も続くベイリー第三の探偵役……になりそこなったらしいミス・パンフリイ第一の事件を描く作品。一見ぼんやりした人物に見える彼女が要所で機転を利かせるのが気持ちいい。クイーンのアンソロジーに取られたこともあり、おそらく邦訳はそこからだろう。

【邦訳:「ミス・パンフリイの推理」(HMM 1986/2、坂口玲子訳)】

 

15. ロイ・ヴィカーズ "The Starting-Handle Murder" (1934)

この事件の真相が明らかになったのは、犯人が「紳士」であったからだ。行動も信念も、決して己の階級に求められる規範から外れぬ、堅い男……ただ一点、殺人を犯したという点を除いて。

迷宮課シリーズの一編だが、単行本未収録のままの作品。なぜ一点の曇りもなく紳士である男が殺人を選ばなければならなかったか、そしてその姿勢ゆえに逮捕されるに至ったかを描いていく。ラストの衝撃的展開(なぜこんなことをしなければならないのか?)に向けて男の性格をきっちりと組み上げていく心理小説として悪くない出来の作品です。

【邦訳:「智の限界」(別冊宝石 1959/3/15(世界探偵小説全集34)、阿部主計訳)】

 

16. アガサ・クリスティー "The Wife of the Kenite" (1922)

アガサ・クリスティーの新発掘作品……といっても、この作品については「イタリア語訳版を英語に再度翻訳した」バージョンは既に単行本に収録されている。今回はその元になった英語版が発掘されたとのことだ。南アフリカを舞台に、暴力的な夫に抑圧される妻を描いたこの作品はむしろ普通小説に近い感触だが、読後感はむしろ怪奇小説のそれに近い。苦々しい現実とそこからの解放、そして……日本でさらに短編集が出る機会はないかもしれないが、『死の猟犬』などと同じラインで読まれてもいい作品だ。 

Bodies from the Library: Lost Tales of Mystery and Suspense by Agatha Christie and Other Masters of the Golden Age

Bodies from the Library: Lost Tales of Mystery and Suspense by Agatha Christie and Other Masters of the Golden Age

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: Collins
  • 発売日: 2019/01/15
  • メディア: ハードカバー
 

第29回文学フリマ東京に出展します

最近イベントの出展情報しか書いていないのはさすがにまずいかな……

閑話休題、今週末の11/24(日)、東京流通センターで行われる第29回文学フリマ東京に参加します。ブース番号はヌ-19です。また、今回の新刊はRe-ClaM 第3号「クラシックミステリ(再)入門」となります。

この「(再)入門」というタイトルは、「クラシックミステリ初心者の人のための「入門」の本」であると同時に「クラシックミステリマニアが初心に帰る本」でもある、ということを示しています。多くの方の手に取っていただけることを期待しております。なお、頒布価格は1000円となります。お隣の書肆盛林堂ともども、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、以下目次です。

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◆【特集】クラシックミステリ(再)入門

■独断と偏見で語る黄金時代作家紹介
紹介作家:アガサ・クリスティー/F・W・クロフツ/ドロシー・L・セイヤーズ/フィリップ・マクドナルド/アントニイ・バークリーダシール・ハメットエラリー・クイーン/ジョン・ディクスン・カージョルジュ・シムノン/E・S・ガードナー
執筆:井戸本也玄、小野家由佳、織戸久貴、紙月真魚、クラチ・スミテル、千葉集、野田有、三門優祐(五十音順、敬称略)

■文庫で読むクラシックミステリ(三門優祐)

■中華圏における英米ミステリ受容史(ellry・張舟 / 稲村文吾訳)

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◆連載&寄稿

Queen's Quorum Quest(第38 回)(林克郎)

A Letter from M.K.(第2回)(M.K.)

海外ミステリ最新事情(第4回)(小林晋)

こんな翻訳があったのか(第1回)(黒田明)

ピーター・ゴドフリー「第五の次元」(宇佐見崇之訳)

原書レビューコーナー(小林晋)
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「独断と偏見で語る黄金時代作家紹介」は、20代から30代までの生きのいい書き手が、10人の作家について各3冊のオススメ本を紹介するコーナーです。初心者の方には、ぜひ紹介本を手に取っていただきたいところですし、マニアの方にはその選書、あるいは編者による作家セレクトに「ちょい待ち」と茶々を入れていただきたいですね。twitterではぜひ「 #独断と偏見で語る黄金時代作家紹介」のタグをつけて議論してくださいw

「文庫で読むクラシックミステリ」は、編者の10年越しの気持ちだけはたっぷり籠った空回り企画。ハードカバーのクラシックミステリは語られる場が多いが、文庫は流されがちでかつ即品切れになることが多い、というところに端を発する一人語り(二人語りか?)です。

「中華圏における英米ミステリ受容史」は、本号の目玉。中国本土におけるクラシックミステリ・ハードコアマニアであるellry氏と福岡の地方出版・行舟文化でポール・アルテや中国現代ミステリを紹介している張舟氏にお願いし、清末のホームズ受容から現代の状況まで、約130年分の中国・英米ミステリ受容史を語り尽くしていただきました。各時代の政治・思想的背景を押さえた、一編の論文と言っても過言ではない特濃原稿。現代中国文化史に多少なりと興味をお持ちの方は必読です。

連載・寄稿も充実しています。J・T・ロジャーズ『死の隠れ鬼』の翻訳を担当した宇佐見崇之氏によるピーター・ゴドフリー「第五の次元」は、南アフリカを訪れた稀代の爆弾魔の悪意の所在を犯人の心理から暴き出す、チェスタトンの逆説を思わせる佳品。論創社編集部の黒田明氏からは、戦後間もない時期のカストリ雑誌に翻訳された英米仏のミステリに関する貴重な情報をご提供いただきました。

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なお、当日はこの新刊のほかに、先日文学フリマ福岡で頒布し、またその後書肆盛林堂通販で即日完売してしまった「Re-ClaM eX vol.1」を既刊として頒布します。こちらは頒布価格500円となります。まだ入手していないという方はこの機会にぜひどうぞ。詳細はこちらのnoteをご覧ください。

https://note.mu/reclamedit/n/nf853fb81e5b5

11月24日は、ヌ-19のブースにてお待ちしております。

(追伸)通販については、三門優祐のtwitterにて詳細情報をお流しいたしますので、当日会場に来ることができないという方はそちらをご覧ください。

第5回文学フリマ福岡に出展します

Re-ClaM編集部西へ。
Re-ClaM史上初(というよりも三門史上初)、東京以外の文学フリマに参加いたします。10/20に福岡で実施される「第5回文学フリマ福岡」にて僕と握手!
この度新刊として、Re-ClaM eX vol.1 をご用意しております。

Re-ClaM eX は、WEB Re-ClaM(https://note.mu/reclamedit)掲載の試訳短編をまとめた冊子です。ネットで無料で読めるけど、小説を読むならやはり紙の本が欲しいよねという奇特な皆様のご要望に応えました。もちろん、ただまとめるだけでは面白くないということで、2019年7月~9月に掲載した3編を大幅改稿の上、さらに2編を訳し下ろしました。収録作品は以下の5編となります。

・クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ「あるヨットマンの死
・シリル・ヘアー「鞭を惜しめば
・ドロシー・L・セイヤーズ午前の殺人
・ルーファス・キング「放蕩花婿事件」(訳し下ろし)
・ヘンリー・ウエイド「嫉妬深い射手」(訳し下ろし)

適当に選んだ割にはいずれ劣らぬ秀作揃いで、訳した私自身が驚いているのは秘密にしておきます。ここでは訳し下ろし作品を軽くご紹介。

キング「放蕩花婿事件」は、何編か翻訳されているコリン・スター医師を主人公にしたシリーズの初期短編。特色である医学ネタの面白さに加えて、「いかにして計算高い犯人のミスを誘い出すか」「決定的なヒントはどこに書かれていたのか」の二点で読者を最後まで翻弄する、出来のいいパズラー小説です。
ウエイド「嫉妬深い射手」は、ノンシリーズ短編。管区で貴族が催した狩りに参加した警察本部長が目撃した「他人の獲物を横取りする強欲な男」が目論む犯罪計画が、警察の組織力によって一気に破綻へと追い込まれていく様子を描いた作品。謎解き要素はありませんが、議会で「仕事をしていない」と叩かれる本部長の切れ者ぶりが愉快な佳品です。

この同人誌は、A5サイズ84ページで500円となります。文学フリマ福岡で頒布した後、書肆盛林堂にて通販を実施、残部は文学フリマ東京に持ち込む予定です。文学フリマ福岡には、過去に頒布したバークリー書評集なども持っていく予定ですので、九州地区の方で、「バークリー書評集、欲しいけど買ってない」という方がいらっしゃいましたら、そのついでにぜひRe-ClaM eX もお求めください。

最近読んだ新刊のこと

別冊Re-ClaM第1巻は何とか出たものの、その後もRe-ClaM第3号の編集準備に追われたり、商業の解説原稿の準備が立て込んだり、三倍界王拳で長編翻訳の原稿を終わらせたりした三門です。ごきげんよう

かくも状況が逼迫している時は、時間のなさに反比例して新刊読書も捗るもので、8月に出た新刊も大分消化できました。ツイッターでも感想を書いていたりしますが(そしてなぜか読書メーターを再開しましたが)、こちらでもざっと短評をまとめておこうかと思います。以下刊行順。

 

アビール・ムカジーカルカッタの殺人』(ハヤカワ・ミステリ):B-

人生多難なイギリス人警部と、同郷の者からは権力の犬と蔑まれ、イギリス人にはナチュラルに差別されるインド人刑事のバディ物……のエピソード0。ミステリとしては平凡だが、時代風俗を丁寧に書き込んでいるのは好感が持てる。

クレイトン・ロースン『首のない女』原書房):D

「幻の凡作」と言われていた作品が本当に凡作とは思わないじゃないですか。白須清美さんの読みやすい翻訳で入手困難作が再発されたことは評価できる。

雷鈞『黄』文藝春秋):C

序文の「叙述トリックが一つだけ含まれています」という意味深なフリが売りらしい。「ここが叙述トリックです」と作中人物が教えてくれるメタ的な滑稽さは買うが。とにかく叙述トリックが含まれていれば何だろうが評価する人向け。

クリス・マクジョージ『名探偵の密室』(ハヤカワ・ミステリ):F

『SAW』などを参考に書いたと思われるデビュー作だが、サスペンスが絶無。探偵役である主人公がまったく同情できないクズであることが作者の中では斬新らしい( ´_ゝ`)フーン。「新本格に挑戦」という帯の惹句はさすがに噴飯ものだろう。

ジェイン・ハーパー『潤みと翳り』(ハヤカワ・ミステリ文庫):B+

前作『渇きと偽り』と同様に、ぐちゃぐちゃに入り組んだ人間関係と「誰かのための」秘密で糸玉を捏ね上げ、最後にそれを「快刀乱麻」する作者の手腕が際立つ。あえて言えばバーバラ・ヴァイン系列の作家だと改めて納得できた。

ボストン・テラン『ひとり旅立つ少年よ』(文春文庫):B

19世紀半ばのアメリカを舞台に、無力ではあれ無垢ではいられない少年が「己の信ずるもの」のために旅をするビルドゥングス・ロマン。ただの一人も端役のいない「人間劇場」を作り上げる作者の筆先は鋭く熱くそして時に優しい。

スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』文藝春秋):C+

いかにも文春らしいド派手な宣伝で売られている作品で、プロットは確かによく練られているし、終盤の展開は熱い。ただ、結局特殊ルールが具体的に説明されないので、作者にとって都合のいいところだけつまみ食いした感が読後も消えない。

ピエール・ルメートル『わが母なるロージー(文春文庫):B-

カミーユシリーズと世界大戦三部作のちょうど間に位置する中編。各作品の副読本としては興味深く、また酷薄さとジョークの隙間を狙った作者らしい黒さはよく出ている。が、単作としては踏み込みが甘く、最大限の評価をするには不足。

 

この中で絶対に読むべき作品は『潤みと翳り』くらいですかね。ボストン・テランは前作『その犬の歩むところ』(文春文庫)が好きな人は楽しめると思います。なお、この本が好きな人は同作者の『暴力の教義』新潮文庫)が超おすすめなのでぜひ読んでください。出たのが7年前とか信じられないよ……

なお、評価点を具体化すると以下の通り。Wなんて出したくはないんやで。

W: Incremation F: Worthless E: Irrisitible D: Bad C: Not Good
C+: So So B-: Not Bad B: Feel Good B+: Excellent A: Year's Best

 

潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
暴力の教義 (新潮文庫)

暴力の教義 (新潮文庫)

 

別冊Re-ClaMとWEB Re-ClaMについて

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別冊Re-ClaM 第1巻 『死の隠れ鬼』書影

明日7/27(土)、別冊Re-ClaM 第1巻『J・T・ロジャーズ作品集 死の隠れ鬼』が発売になります。盛林堂書房開店のタイミング(11時)から店頭販売を開始、また書肆盛林堂での通販の受付を始める見込みとのことです。

内容については既にお知らせしてきた通りで、Ramble House 刊の Killing Time and Other Stories 収録作品のうち、3編をセレクト・翻訳した内容となります。訳者の宇佐見崇之氏は、ROM叢書(デレック・スミス『パディントン・フェアにようこそ』)他で翻訳を担当されてきた方です。表題作はROMに掲載されたものの再録ですが、翻訳を相当にブラッシュアップしたものとなっており、既にお読みの方も楽しめるはずです。

deep-place.hatenablog.com

本書はA5版204ページで、価格は2000円となります。(通販利用の場合は+送料)

お買い求めの場合はぜひよろしくお願いいたします。(なお、コミックマーケット96にて8/11(日)に「書肆盛林堂」(西こ17a)で委託販売を行います。当日のみのおまけも用意してお待ちしております)

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最近の三門の活動として、毎週金曜日、noteにて「WEB Re-ClaM」を刊行しております。「こういう情報を発信してくれる媒体が、自分が20代前半の時にあればよかったのに……」という「徹底的自己充足」をモットーに、海外クラシックミステリに関する情報を発信しています。テーマは週替わりで、「クラシックミステリ原書刊行状況報告」「海外ミステリマニアブログ紹介」「未訳クラシックミステリ短編翻訳」他を検討しています。「深海通信」も更新が滞りがちなところアレなのですが、ぜひこちらもご覧ください。最新の更新(7/19)は以下のURLからどうぞ。なお、本日も更新予定です。

https://note.mu/reclamedit/n/ne6d9631e13d8

別冊Re-ClaM 第1巻がいよいよ出ます

既に過去のエントリでお知らせしている通り、別冊Re-ClaM の第1巻を刊行します。

第1巻は『死の隠れ鬼 J・T・ロジャーズ作品集』と題し、『赤い右手』でつとに知られるJ・T・ロジャーズの中短編を紹介します。なお、原書房の「奇想天外の本棚」で刊行予定という『恐怖の夜、その他の夜』との重複はありません。

『死の隠れ鬼』の収録作品は以下の通りです。

・「死者を二度殺せ」 "Murder of the Dead Man" (1934)

・「真紅のヴァンパイア」 "The Crimson Vampire" (1938)

・「死の隠れ鬼」 "The Hiding Horror" (1935)

これらの三作品はロジャーズの数多い中短編の中でも初期に属するもので、もう一冊の作品集 Night of Horror(『恐怖の夜、その他の夜』)が主に40年代以降の作品を集成しているのとは好対照です。シーズンオフのフロリダのホテルを舞台に毒蛇を用いた恐るべき陰謀を描く「死者を二度殺せ」、お得意の飛行機小説を怪奇趣味とドッキングした「真紅のヴァンパイア」、そして嵐の夜に大邸宅から影のように消えた殺人狂を追う「死の隠れ鬼」……完成度では後年の作品にやや譲るものの、いずれもパルプマガジン初出作品らしい、異様な熱気の籠ったスピード感溢れる作品ばかり。いつ出るかは分かりませんが『恐怖の夜、その他の夜』と併せて読んでいただければ幸いです。

 

さて、本書は以下の通り頒布いたします。

8月上旬から書肆盛林堂にて通販を開始します。詳細な頒布開始日程は追ってtwitterにてお伝えします(なお、古書いろどりにも委託いたします)。

コミックマーケット96@8/11(日)で、書肆盛林堂様(西こ17a)にて委託頒布を行います。会場限定のペーパーを用意する予定です。

なお、①②とも頒布価格は2,000円となります。

 

ところで、別冊Re-ClaM は第2巻のことももちろん検討中です。

別件で三門がバタバタする上に、Re-ClaM 第3号・第4号の作業もあるためいつ出るかはお約束できませんが、出す本は決めましたし何なら第1巻巻末に予告も入れました(もう後には引けない)。お待たせしてしまうのは申し訳ありませんが、長くのご贔屓のほど、よろしくお願いいたします。

 

Killing Time and Other Stories

Killing Time and Other Stories

 

クリスティー原作映画 The Passing of Mr. Quinn とそのノベライズについて

本日、山口雅也プロデュースになる海外ミステリ叢書《奇想天外の本棚》の第一弾、アガサ・クリスティー原作、マイケル・モートン『アリバイ』が発売されます(都内の早い書店では既に置かれているようです)。この作品は、クリスティーの初期の名作アクロイド殺し(1926)の戯曲版(1928)であり、ハヤカワ・ミステリにもごく早い時期に収録された(長沼弘毅訳)のですが、これまで文庫化/クリスティー文庫への編入の機会がなく忘れられていました。

アクロイド殺し』と言えば、ある仕掛けを作品に巧みに生かしたごく早い例の一つとして良く知られています。メディアミックスに当たってはこれを如何に活用するか(あるいは使わない形で如何に観せるか)が重要になってきますが、モートンが原作をどのように処理したか(私も未読なので)楽しみにしています。

 

さて、この刊行に合わせて私もクリスティーの未訳のメディアミックス作品を一つ読んでみました。今回紹介する The Passing of Mr. Quinn は、クリスティーの名探偵の一人、ハーリ・クィン氏が初登板した "The Coming of Mr. Quin" (邦訳:「クィン氏登場」、『謎のクィン氏』(1930)所収、初出:1924年)の映画版(1928)をG・ロイ・マクラエなる謎の人物が同年にノベライズした……という、謂わば二重の「語り直し」が行われた作品で、2017年にコリンズ社から約90年ぶりに復刊されました。残念ながら The Passing of Mr. Quinn のフィルムは現存しておらず、その内容はノベライズ版から推し量るほかありません。

The Passing of Mr. Quinn はクリスティーの「初映画化作品」であり、メディアミックスの女王である彼女について考える上で重要な作品と言えますが、鑑賞したクリスティーが「自分とは関係のない作品として扱うように」という衝撃な指示をしたというエピソードでも知られています。彼女の映像作品の研究で有名なマーク・アルドリッジが序文で記していますが、雑誌掲載時の題(映画と同名)を単行本収録に際して改め、またクィン氏の綴りを以降 Quinn から Quin に変更するなど、映画と自作の関係を徹底的に排除しようとした形跡が残っています。では、クリスティーはこの映画のどこがそこまで気に入らなかったのか。ノベライズ版を実際に読んで確認してみました。

まず目につくのは分量の差です。原作の「クィン氏登場」は原書では20ページ強ですが、このノベライズ版は180ページ弱あります。このことから、映画の尺の都合(100分)で相当の引き延ばしが行われたことが分かります。原作の大まかなプロットを説明しつつ、何がどう加筆されているかを指摘してみます。

原作「クィン氏登場」で扱われるのは、「①10年前に起こった理由の分からないデレック・キャペルの自殺」と「②その自殺と同時期に裁判が行われたアプルトン博士毒殺事件」、この二つの謎です。クィン氏という謎の人物が、医師のアレックス・ポータル夫妻が主催した仲間内のパーティに突然登場し、この二つの事件の関連性を示唆することによって最終的には人間関係の縺れが緩やかに解決する……というのがこの作品のあらすじです。①②はいずれも過去の出来事ですが、短い対話の中で事件の様相を浮かび上がらせ、また鮮やかに逆転させるところにクリスティーの上手さが現れています。

これに対して映画版は、②を大きくクローズアップしています(①は物語の都合で相当変形されました)。現在進行形で進む「アプルビイ博士毒殺事件および被害者の妻エレノアが掛けられる裁判」の描写にかなりの分量が割かれ(全体の半分以上)、また彼女と医師アレック・ポータルのロマンスにフォーカスが当てられます。そして物語は2年後、アフリカ帰りを自称する不気味な人物クィニー氏が突然現れるパーティを経て、氏が事件の真実と自らの意外な素顔を明らかにしたところで幕となります(年代や人名の差異は意図的なものです。なお、映画版にはサタースウェイト氏に相当するキャラクターは登場しません)。

原作と映画版、二つの物語のディテール(例えば、毒殺事件で被害者の妻がワインのデキャンターを割ってしまうシーンなど)は良く似ているのですが、ディテール以前のもっと根本的な部分が改変されたことにより、まったく印象の違う作品になっているのは興味深いところです。クリスティーが映画版を気に入らなかったのは、物語のテーマと考えていただろう「歪んだ愛の救済」が映画版では見事にオミットされているからでしょう。しかし、映画版はメロドラマに寄りすぎな部分はあるとはいえ、迫力のある裁判パートや「意外な犯人・探偵役」などオリジナルな部分でかなり頑張っていることもあり、一定の評価は可能だと思います。まあよりによって幻想的な「ハーリ・クィン氏シリーズ」の一作をなんでこんな内容にしてしまったのよとツッコミたくはありますが。

邦訳の機会はないでしょうが、一個の珍品として記憶の片隅に留めてもいい作品だと思いました。

 

The Passing of Mr Quinn (Detective Club Crime Classics) (English Edition)

The Passing of Mr Quinn (Detective Club Crime Classics) (English Edition)

 
謎のクィン氏 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

謎のクィン氏 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)