第5回文学フリマ福岡に出展します
Re-ClaM編集部西へ。
Re-ClaM史上初(というよりも三門史上初)、東京以外の文学フリマに参加いたします。10/20に福岡で実施される「第5回文学フリマ福岡」にて僕と握手!
この度新刊として、Re-ClaM eX vol.1 をご用意しております。
Re-ClaM eX は、WEB Re-ClaM(https://note.mu/reclamedit)掲載の試訳短編をまとめた冊子です。ネットで無料で読めるけど、小説を読むならやはり紙の本が欲しいよねという奇特な皆様のご要望に応えました。もちろん、ただまとめるだけでは面白くないということで、2019年7月~9月に掲載した3編を大幅改稿の上、さらに2編を訳し下ろしました。収録作品は以下の5編となります。
・クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ「あるヨットマンの死」
・シリル・ヘアー「鞭を惜しめば」
・ドロシー・L・セイヤーズ「午前の殺人」
・ルーファス・キング「放蕩花婿事件」(訳し下ろし)
・ヘンリー・ウエイド「嫉妬深い射手」(訳し下ろし)
適当に選んだ割にはいずれ劣らぬ秀作揃いで、訳した私自身が驚いているのは秘密にしておきます。ここでは訳し下ろし作品を軽くご紹介。
キング「放蕩花婿事件」は、何編か翻訳されているコリン・スター医師を主人公にしたシリーズの初期短編。特色である医学ネタの面白さに加えて、「いかにして計算高い犯人のミスを誘い出すか」「決定的なヒントはどこに書かれていたのか」の二点で読者を最後まで翻弄する、出来のいいパズラー小説です。
ウエイド「嫉妬深い射手」は、ノンシリーズ短編。管区で貴族が催した狩りに参加した警察本部長が目撃した「他人の獲物を横取りする強欲な男」が目論む犯罪計画が、警察の組織力によって一気に破綻へと追い込まれていく様子を描いた作品。謎解き要素はありませんが、議会で「仕事をしていない」と叩かれる本部長の切れ者ぶりが愉快な佳品です。
この同人誌は、A5サイズ84ページで500円となります。文学フリマ福岡で頒布した後、書肆盛林堂にて通販を実施、残部は文学フリマ東京に持ち込む予定です。文学フリマ福岡には、過去に頒布したバークリー書評集なども持っていく予定ですので、九州地区の方で、「バークリー書評集、欲しいけど買ってない」という方がいらっしゃいましたら、そのついでにぜひRe-ClaM eX もお求めください。
最近読んだ新刊のこと
別冊Re-ClaM第1巻は何とか出たものの、その後もRe-ClaM第3号の編集準備に追われたり、商業の解説原稿の準備が立て込んだり、三倍界王拳で長編翻訳の原稿を終わらせたりした三門です。ごきげんよう。
かくも状況が逼迫している時は、時間のなさに反比例して新刊読書も捗るもので、8月に出た新刊も大分消化できました。ツイッターでも感想を書いていたりしますが(そしてなぜか読書メーターを再開しましたが)、こちらでもざっと短評をまとめておこうかと思います。以下刊行順。
■アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』(ハヤカワ・ミステリ):B-
人生多難なイギリス人警部と、同郷の者からは権力の犬と蔑まれ、イギリス人にはナチュラルに差別されるインド人刑事のバディ物……のエピソード0。ミステリとしては平凡だが、時代風俗を丁寧に書き込んでいるのは好感が持てる。
■クレイトン・ロースン『首のない女』(原書房):D
「幻の凡作」と言われていた作品が本当に凡作とは思わないじゃないですか。白須清美さんの読みやすい翻訳で入手困難作が再発されたことは評価できる。
■雷鈞『黄』(文藝春秋):C
序文の「叙述トリックが一つだけ含まれています」という意味深なフリが売りらしい。「ここが叙述トリックです」と作中人物が教えてくれるメタ的な滑稽さは買うが。とにかく叙述トリックが含まれていれば何だろうが評価する人向け。
■クリス・マクジョージ『名探偵の密室』(ハヤカワ・ミステリ):F
『SAW』などを参考に書いたと思われるデビュー作だが、サスペンスが絶無。探偵役である主人公がまったく同情できないクズであることが作者の中では斬新らしい( ´_ゝ`)フーン。「新本格に挑戦」という帯の惹句はさすがに噴飯ものだろう。
■ジェイン・ハーパー『潤みと翳り』(ハヤカワ・ミステリ文庫):B+
前作『渇きと偽り』と同様に、ぐちゃぐちゃに入り組んだ人間関係と「誰かのための」秘密で糸玉を捏ね上げ、最後にそれを「快刀乱麻」する作者の手腕が際立つ。あえて言えばバーバラ・ヴァイン系列の作家だと改めて納得できた。
■ボストン・テラン『ひとり旅立つ少年よ』(文春文庫):B
19世紀半ばのアメリカを舞台に、無力ではあれ無垢ではいられない少年が「己の信ずるもの」のために旅をするビルドゥングス・ロマン。ただの一人も端役のいない「人間劇場」を作り上げる作者の筆先は鋭く熱くそして時に優しい。
■スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』(文藝春秋):C+
いかにも文春らしいド派手な宣伝で売られている作品で、プロットは確かによく練られているし、終盤の展開は熱い。ただ、結局特殊ルールが具体的に説明されないので、作者にとって都合のいいところだけつまみ食いした感が読後も消えない。
■ピエール・ルメートル『わが母なるロージー』(文春文庫):B-
カミーユシリーズと世界大戦三部作のちょうど間に位置する中編。各作品の副読本としては興味深く、また酷薄さとジョークの隙間を狙った作者らしい黒さはよく出ている。が、単作としては踏み込みが甘く、最大限の評価をするには不足。
この中で絶対に読むべき作品は『潤みと翳り』くらいですかね。ボストン・テランは前作『その犬の歩むところ』(文春文庫)が好きな人は楽しめると思います。なお、この本が好きな人は同作者の『暴力の教義』(新潮文庫)が超おすすめなのでぜひ読んでください。出たのが7年前とか信じられないよ……
なお、評価点を具体化すると以下の通り。Wなんて出したくはないんやで。
W: Incremation F: Worthless E: Irrisitible D: Bad C: Not Good
C+: So So B-: Not Bad B: Feel Good B+: Excellent A: Year's Best
- 作者: ボストンテラン,Boston Teran,田口俊樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/08/27
- メディア: 文庫
- 購入: 2人 クリック: 22回
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別冊Re-ClaMとWEB Re-ClaMについて
明日7/27(土)、別冊Re-ClaM 第1巻『J・T・ロジャーズ作品集 死の隠れ鬼』が発売になります。盛林堂書房開店のタイミング(11時)から店頭販売を開始、また書肆盛林堂での通販の受付を始める見込みとのことです。
内容については既にお知らせしてきた通りで、Ramble House 刊の Killing Time and Other Stories 収録作品のうち、3編をセレクト・翻訳した内容となります。訳者の宇佐見崇之氏は、ROM叢書(デレック・スミス『パディントン・フェアにようこそ』)他で翻訳を担当されてきた方です。表題作はROMに掲載されたものの再録ですが、翻訳を相当にブラッシュアップしたものとなっており、既にお読みの方も楽しめるはずです。
本書はA5版204ページで、価格は2000円となります。(通販利用の場合は+送料)
お買い求めの場合はぜひよろしくお願いいたします。(なお、コミックマーケット96にて8/11(日)に「書肆盛林堂」(西こ17a)で委託販売を行います。当日のみのおまけも用意してお待ちしております)
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最近の三門の活動として、毎週金曜日、noteにて「WEB Re-ClaM」を刊行しております。「こういう情報を発信してくれる媒体が、自分が20代前半の時にあればよかったのに……」という「徹底的自己充足」をモットーに、海外クラシックミステリに関する情報を発信しています。テーマは週替わりで、「クラシックミステリ原書刊行状況報告」「海外ミステリマニアブログ紹介」「未訳クラシックミステリ短編翻訳」他を検討しています。「深海通信」も更新が滞りがちなところアレなのですが、ぜひこちらもご覧ください。最新の更新(7/19)は以下のURLからどうぞ。なお、本日も更新予定です。
別冊Re-ClaM 第1巻がいよいよ出ます
既に過去のエントリでお知らせしている通り、別冊Re-ClaM の第1巻を刊行します。
第1巻は『死の隠れ鬼 J・T・ロジャーズ作品集』と題し、『赤い右手』でつとに知られるJ・T・ロジャーズの中短編を紹介します。なお、原書房の「奇想天外の本棚」で刊行予定という『恐怖の夜、その他の夜』との重複はありません。
『死の隠れ鬼』の収録作品は以下の通りです。
・「死者を二度殺せ」 "Murder of the Dead Man" (1934)
・「真紅のヴァンパイア」 "The Crimson Vampire" (1938)
・「死の隠れ鬼」 "The Hiding Horror" (1935)
これらの三作品はロジャーズの数多い中短編の中でも初期に属するもので、もう一冊の作品集 Night of Horror(『恐怖の夜、その他の夜』)が主に40年代以降の作品を集成しているのとは好対照です。シーズンオフのフロリダのホテルを舞台に毒蛇を用いた恐るべき陰謀を描く「死者を二度殺せ」、お得意の飛行機小説を怪奇趣味とドッキングした「真紅のヴァンパイア」、そして嵐の夜に大邸宅から影のように消えた殺人狂を追う「死の隠れ鬼」……完成度では後年の作品にやや譲るものの、いずれもパルプマガジン初出作品らしい、異様な熱気の籠ったスピード感溢れる作品ばかり。いつ出るかは分かりませんが『恐怖の夜、その他の夜』と併せて読んでいただければ幸いです。
さて、本書は以下の通り頒布いたします。
①8月上旬から書肆盛林堂にて通販を開始します。詳細な頒布開始日程は追ってtwitterにてお伝えします(なお、古書いろどりにも委託いたします)。
②コミックマーケット96@8/11(日)で、書肆盛林堂様(西こ17a)にて委託頒布を行います。会場限定のペーパーを用意する予定です。
なお、①②とも頒布価格は2,000円となります。
ところで、別冊Re-ClaM は第2巻のことももちろん検討中です。
別件で三門がバタバタする上に、Re-ClaM 第3号・第4号の作業もあるためいつ出るかはお約束できませんが、出す本は決めましたし何なら第1巻巻末に予告も入れました(もう後には引けない)。お待たせしてしまうのは申し訳ありませんが、長くのご贔屓のほど、よろしくお願いいたします。
Killing Time and Other Stories
- 作者: Joel Townsley Rogers
- 出版社/メーカー: Ramble House
- 発売日: 2007
- メディア: ペーパーバック
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クリスティー原作映画 The Passing of Mr. Quinn とそのノベライズについて
本日、山口雅也プロデュースになる海外ミステリ叢書《奇想天外の本棚》の第一弾、アガサ・クリスティー原作、マイケル・モートン著『アリバイ』が発売されます(都内の早い書店では既に置かれているようです)。この作品は、クリスティーの初期の名作『アクロイド殺し』(1926)の戯曲版(1928)であり、ハヤカワ・ミステリにもごく早い時期に収録された(長沼弘毅訳)のですが、これまで文庫化/クリスティー文庫への編入の機会がなく忘れられていました。
『アクロイド殺し』と言えば、ある仕掛けを作品に巧みに生かしたごく早い例の一つとして良く知られています。メディアミックスに当たってはこれを如何に活用するか(あるいは使わない形で如何に観せるか)が重要になってきますが、モートンが原作をどのように処理したか(私も未読なので)楽しみにしています。
さて、この刊行に合わせて私もクリスティーの未訳のメディアミックス作品を一つ読んでみました。今回紹介する The Passing of Mr. Quinn は、クリスティーの名探偵の一人、ハーリ・クィン氏が初登板した "The Coming of Mr. Quin" (邦訳:「クィン氏登場」、『謎のクィン氏』(1930)所収、初出:1924年)の映画版(1928)をG・ロイ・マクラエなる謎の人物が同年にノベライズした……という、謂わば二重の「語り直し」が行われた作品で、2017年にコリンズ社から約90年ぶりに復刊されました。残念ながら The Passing of Mr. Quinn のフィルムは現存しておらず、その内容はノベライズ版から推し量るほかありません。
The Passing of Mr. Quinn はクリスティーの「初映画化作品」であり、メディアミックスの女王である彼女について考える上で重要な作品と言えますが、鑑賞したクリスティーが「自分とは関係のない作品として扱うように」という衝撃な指示をしたというエピソードでも知られています。彼女の映像作品の研究で有名なマーク・アルドリッジが序文で記していますが、雑誌掲載時の題(映画と同名)を単行本収録に際して改め、またクィン氏の綴りを以降 Quinn から Quin に変更するなど、映画と自作の関係を徹底的に排除しようとした形跡が残っています。では、クリスティーはこの映画のどこがそこまで気に入らなかったのか。ノベライズ版を実際に読んで確認してみました。
まず目につくのは分量の差です。原作の「クィン氏登場」は原書では20ページ強ですが、このノベライズ版は180ページ弱あります。このことから、映画の尺の都合(100分)で相当の引き延ばしが行われたことが分かります。原作の大まかなプロットを説明しつつ、何がどう加筆されているかを指摘してみます。
原作「クィン氏登場」で扱われるのは、「①10年前に起こった理由の分からないデレック・キャペルの自殺」と「②その自殺と同時期に裁判が行われたアプルトン博士毒殺事件」、この二つの謎です。クィン氏という謎の人物が、医師のアレックス・ポータル夫妻が主催した仲間内のパーティに突然登場し、この二つの事件の関連性を示唆することによって最終的には人間関係の縺れが緩やかに解決する……というのがこの作品のあらすじです。①②はいずれも過去の出来事ですが、短い対話の中で事件の様相を浮かび上がらせ、また鮮やかに逆転させるところにクリスティーの上手さが現れています。
これに対して映画版は、②を大きくクローズアップしています(①は物語の都合で相当変形されました)。現在進行形で進む「アプルビイ博士毒殺事件および被害者の妻エレノアが掛けられる裁判」の描写にかなりの分量が割かれ(全体の半分以上)、また彼女と医師アレック・ポータルのロマンスにフォーカスが当てられます。そして物語は2年後、アフリカ帰りを自称する不気味な人物クィニー氏が突然現れるパーティを経て、氏が事件の真実と自らの意外な素顔を明らかにしたところで幕となります(年代や人名の差異は意図的なものです。なお、映画版にはサタースウェイト氏に相当するキャラクターは登場しません)。
原作と映画版、二つの物語のディテール(例えば、毒殺事件で被害者の妻がワインのデキャンターを割ってしまうシーンなど)は良く似ているのですが、ディテール以前のもっと根本的な部分が改変されたことにより、まったく印象の違う作品になっているのは興味深いところです。クリスティーが映画版を気に入らなかったのは、物語のテーマと考えていただろう「歪んだ愛の救済」が映画版では見事にオミットされているからでしょう。しかし、映画版はメロドラマに寄りすぎな部分はあるとはいえ、迫力のある裁判パートや「意外な犯人・探偵役」などオリジナルな部分でかなり頑張っていることもあり、一定の評価は可能だと思います。まあよりによって幻想的な「ハーリ・クィン氏シリーズ」の一作をなんでこんな内容にしてしまったのよとツッコミたくはありますが。
邦訳の機会はないでしょうが、一個の珍品として記憶の片隅に留めてもいい作品だと思いました。
The Passing of Mr Quinn (Detective Club Crime Classics) (English Edition)
- 作者: G. Roy McRae
- 出版社/メーカー: Collins Crime Club
- 発売日: 2017/09/14
- メディア: Kindle版
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パトリック・クェンティン中短編クエスト(その1)
国会図書館でコピーしてきた作品を早速読んでみようかと思ったのですが、何と!(何と?)2010年に「翻訳道楽」(by米丸氏)で購入したクェンティンの短編集が出てきてしまったので、そちらを先に読んでみました。『ティモシー・トラントの殺人捜査』は、その名の通りトラント警部補シリーズの作品を10作集めた短編集です。ほとんどが5,000字程度の小品ですが、10,000字以上の短編も何編か含まれています。
短編作品におけるトラント警部補は、「美女大好きな伊達物、でも殺人事件の捜査はもっと好きなワーカホリック」というキャラクター付け。それもあって、毎回美女と一緒に難事件に巻き込まれてしまいます。小さな証拠から論理的に犯人を看破する頭脳と良く回る舌、そして直接証拠が足りない場合にはハッタリで犯人をひっかけるのも辞さない勝負度胸を兼ね備えた優秀な名探偵です。
以下各編を見て行きますが、良かった作品は特にタイトルに○を附します。
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・「都会のブロンド、田舎のブロンド」"Town Blonde, Country Blonde"(1949)
大富豪の愛人である二人のブロンド美女のいずれが彼を殺したかという謎を扱う最少人数フーダニット。二人とトラントの会話の中で散りばめられたヒントから犯人の特徴に当てはまる方を指摘するというオーソドックスな犯人当てです。トラントが容疑者にいきなりキスをして頬っぺたを殴り飛ばされるシーンが印象的(もちろん謎解きに関係あり)。なお、後にハヤカワミステリマガジン2013年12月号に転載されたため、比較的簡単に読むことができます。
・「これは殺しだ」"This Looks Like Murder"(1950)
警察署の大部屋でトラントは「彼に撃たれた!」という緊急電話を受けた。大急ぎで現場のアパートに急行した警官隊は、電話のそばで倒れ伏す女性を発見する。彼女に掛けられた多額の保険金を受け取る予定の若い恋人が疑われるが……トラントが電話越しに聞きとったシュトラウス・ワルツの音色が真実を明かすトリッキーな作品です。
○「リビエラの死」"Death on Riviera"(1950)
リビエラのカジノで美女に声を掛けられたトラント。嫉妬に怒り狂う老いた夫から逃れるために手を貸してほしいと言われた彼は、ほいほいとクルーザーまで付いて行ってしまうが……まさかの展開で窮地に追い込まれかけたトラントが鋭い機知でそれを察知、嵌めてきた相手を嵌め返します。一瞬の静止からのどんでん返しという演出が見事な佳品。
・「氷の女」“Woman of Ice”(1949)
休暇でベニスにやってきたトラントは、滞在最終日に友人の邸宅で出会った介添役の美女の姿に既視感を覚えながらも彼女のことを思い出せない。近日美術品を処分しようと考えているという話の途中、友人の専制的な妻がストリキニーネの過剰摂取で急死する……犯人の正体は分かりやすいですが、その策謀の恐るべき深さに震えてしまいます。
○「素晴らしい初日」"The Glamarous Opening"(1951)
まばゆいブロンド美女ドードーと一緒に新鋭劇作家によるブロードウェイ作品の初日を見にやって来たトラントは、その作家に妻を寝取られた有名劇評家と同席する。風邪気味の評論家がジュースで薬を流し込んだ瞬間、彼は毒で急死した。果たして犯人は誰か……微妙な言葉の綾から犯人の正体をつかんだトラントが、相手をいかに自白させるかという知略を尽くした闘争が見どころ。
○「死とカナスタ」“Death and Canasta”(1950)
別荘地にやってきたトラントは隣宅の美女からトランプゲームに誘われる。ところが、ゲーム中突然停電が発生。さらに、トラントと代わってゲームを抜け風呂に入った女性が、ラジオを湯船に落として感電死しているのが発見され……全員にアリバイがある中でトラントが導き出す解答は一見平凡ですが、それゆえに細かい伏線の妙とプレゼンテーションの上手さが光る。
・「ローズ・ショーの日」"On the Day of the Rose Show”(1952)
休暇でトラントが姉の家に遊びに行った時のこと。彼女が電話越しに口述筆記をしている途中、銃声が轟く。電話の向こうで起こった殺人事件解決のため、トラントはすぐさま現場に駆け付ける……強い動機を持ちながら唯一犯行が不可能だった人物のアリバイを如何に崩すかがポイントの作品。アイディア自体は単純ですが、小ネタを詰め込んで飽きさせません。
・「ゴーイング、ゴーイング、ゴーン!」"Going...Going...Gone!"(1953)
魅力的な美女と一緒にお屋敷オークションに参加したトラント。有名な美術評論家が欲しがるフランス製の文鎮に皆の注目が集まる中、その美術評論家が毒殺されてしまう……タイトルはオークションのお決まりの掛け声から。一見誰にも恨まれていない被害者を殺した犯人の目的は何か、という謎を扱っています。登場人物の隠された意図の連鎖を示す解決編は鮮やかです。
・「アルプスの殺人」"Murder in the Alps"(1949)
休暇でアルプスにやってきたトラントは、しかし暇に飽き飽きして早く人殺しが起きないものかと妄想していた。果たしてスキー場のお騒がせ美女、レディ・メイヴィスの窒息死体が発見されるに至り、トラントは生き生きと捜査を開始する……さすがに九作続けて読むと隠し方のパターンが読めてきてしまうのですが、犯人の意外な、しかし切実な動機は面白い。
◎「雌ライオンと女豹」"Lioness vs Panther"(1955)
姉に連れられ流行りのブロードウェイ作品を見に来たトラントは、その作中でグラスを飲み干した男が毒死した現場に居合わせる。本来の台本では別の人物がその酒を飲むはずだったのに……収録作中最も後に書かれた作品ということもあってか、各要素に既視感のあるものが多いですが、作者たちが知悉していただろう演劇界の表と裏を活写しながらそれらを巧みに繋いでいるところは素晴らしい。ブラックなオチまで間然とするところのない秀作です。
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これだけ読ませてくれて450円というのは大変お得。9年間なぜ一度もデータを開かなかったのかというのがむしろ最大の謎と言えましょう。
ただし、現在は米丸氏は活動休止中であり、今から買って読みたいという人がいても入手出来ない状況にあります。「翻訳道楽」のいずれの復活に期待したいところです。
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次回は、今度こそ国会図書館コピーからいくつか、あるいは同じく「翻訳道楽」所収の中編「ミス・ヴァン・ホーテンの秘密の仕事」を読みたいと考えています。
パトリック・クェンティン中短編クエスト(準備体操編)
Crippen & Landru が The Cases of Lt. Timothy Trant を出すというので※1、最近クェンティンの書誌情報を調査しています。英米の雑誌の情報は The FictionMags でおおまかに調べられるし、邦訳情報はaga-search(とその元になっている森事典)やameqlistを見ればいいから楽勝~と思ったのですが、国会図書館での実物調査の結果、aga-searchの記載に間違いが見つかりました※2。自分用のメモとしてとりあえずまとめておきます。
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①ピーターとアイリスのダルース夫妻が登場する(Crippen & Landru の The Puzzles of Peter Duluth に収録されている)中短編は4つです。
"Death Ride the Ski-Tow"(1941、邦訳「死はスキーにのって」、田中潤司訳、別冊宝石63年11月特別号臨時増刊)
"Murder with Flowers"(1941、未訳)
"Puzzle for Poppy"(1946、邦訳「ポピイの謎」、岩下吾郎訳、日本版EQMM64年9月号)
"Death and the Rising Star"(1957、邦訳「ニュー・フェイス殺人事件」、大門一男訳、日本版EQMM61年4月号)
aga-searchでは、"Death on Saturday Night"(1950、邦訳「土曜の夜の殺人」、豊原実訳、日本版EQMM59年12月号)もダルース夫妻物とされていますが、正しくはトラント警部補物です。この作品は『ミニ・ミステリ傑作選』(創元推理文庫)にも収録されています。
なお、”Puzzle for Poppy”は、『犬はミステリー』(新潮文庫)でも読むことができます(「ポピイにまつわる謎」)。また、aga-searchでは詳細不明とされている「ビフテキとハンバーガー」(『四つ辻にて』(芸術社)収録)もこの作品の翻訳です。
(6/7補足:「翻訳道楽」の米丸氏によると、1942年発表の ”Hunt in the Dark” という中編もダルース夫妻物に当たるとのこと。この作品はC&Lの作品集には含まれていません)
②トラント警部補が登場する中短編はCrippen & Landruの予告によると22編あるそうですが、aga-searchには14編が記載されています。新発見作品がいくつかあるそうですし、またaga-searchの表にはトラント警部補物でありながら別シリーズとされている作品もある(このうち1編は先ほど上げた「土曜の夜の殺人」)ので、更新に期待しましょう。
問題は「白いカーネーション」(1945、”White Carnations”)という作品です。山田摩耶訳、別冊宝石75収録のこの作品は、aga-searchの記載によればポプラ社ジュニア世界ミステリーの一冊『病院の怪事件』(68)にも収録されていることになっていますが、この本の実物を雑誌と突き合わせてみると二者は厳密には別の作品でした。
『病院の怪事件』は、日本版EQMM61年8月号に「他人の毒薬」として翻訳された中編(1940、"Another Man's Poison")を二部構成にし(「Ⅰ クナグスン博士」「Ⅱ カロライン」)、その後日譚(「Ⅲ アンジェラ」)を補ったジュヴナイル作品です。そしてこの「アンジェラ」こそ「白いカーネーション」に当たるはず(aga-searchにはそう記載されている)ですが……「白いカーネーション」は、トラント警部補のところに「白いカーネーションに呪われた一族」の女性がやってくるところから始まりますが、「アンジェラ」ではそこがまるっと「他人の毒薬」に登場したキャラクターに差し替えられており、トラント警部補は登場しません。ミステリとしての構造はほぼ同じですが、「白いカーネーション」にあった「トラントが主人公ゆえ」の部分はオミットされています。
『病院の怪事件』の訳者あとがきには「二つの作品を『編集』して繋げた」と書かれているのですが、この『編集』が二つの作品の章立てを弄っただけか、あるいは「白いカーネーション」をガッツリ改変の上合体してしまったかは不明(おそらく後者ですが、初出誌を確認していない以上は完全否定は不可能)。いずれにしても「白いカーネーション」と「アンジェラ」を同一作品と見做すのは無理があるでしょう。(なお、メイベル・シーリーとワンセットになっている鶴書房の『深夜の外科病室』は「他人の毒薬」と同じ作品でした、為念)
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大きなところでは以上です。短編をまたどっさりコピーしましたので、具体的な感想もそのうちまとめたいと思います。
※1:販売ページはこちら。「今日から注文できる」という公式告知日からもう二週間ほど経つがOut of Stock のまま変化がありません。また何か内部的な問題が発生しているのではないか、と疑っています。 http://www.crippenlandru.com/shop/oscommerce-2.3.4/catalog/product_info.php?cPath=22&products_id=157
※2:森事典の段階で間違っている箇所も多々。まああれだけ浩瀚な事典に誤記がない訳がない。aga-searchは邦訳情報が他より充実しているのがありがたいのですが、雑誌書籍の現物に当たっていない箇所が多く、あまり信じ過ぎるのも考えもの。正直wikipediaくらいの信頼度で使うべきでしょう。
The Puzzles of Peter Duluth: The Lost Classics Series (English Edition)
- 作者: Patrick Quentin
- 出版社/メーカー: Crippen & Landru Publishers
- 発売日: 2016/04/27
- メディア: Kindle版
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CWA各ダガー賞のロングリストが発表されました
昨日、CWA(英国推理作家協会)の各種ダガーの第一次候補作が発表されました(ゴールドダガー15作、他10作)。第二次候補作(各ダガー5作)に絞り込まれるのは夏、受賞作の発表は10月ですが、現時点での注目作をいくつかご紹介します。
■CWA Gold Dagger 2019(最優秀長編賞)
レイ・セレスティン The Mobster's Lament (Pan Macmillan, Mantle)
The Mobster's Lament (City Blues Quartet Book 3) (English Edition)
- 作者: Ray Celestin
- 出版社/メーカー: Mantle
- 発売日: 2019/03/21
- メディア: Kindle版
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『アックスマンのジャズ』の作者の人です。第二作はとっくの昔に出ていて、第三作が候補に。ちなみにヒストリカルダガーの候補にも挙がっています。早川書房さん、よろしくお願いしますね?(ニッコリ)
デレク・B・ミラー American by Day (Transworld, Doubleday)
American By Day (English Edition)
- 作者: Derek B. Miller
- 出版社/メーカー: Transworld Digital
- 発売日: 2018/04/19
- メディア: Kindle版
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『砂漠の空から冷凍チキン』があまりに変則的な戦争/友情小説だったせいで評価されなかったデレク・B・ミラーですが、新作は警察小説らしいです。あと表紙がエドワード・ホッパーなのが嬉しい。
アビール・ムカジー Smoke and Ashes (Harvill Secker)
Smoke and Ashes (Sam Wyndham Book 3) (English Edition)
- 作者: Abir Mukherjee
- 出版社/メーカー: Vintage Digital
- 発売日: 2018/06/07
- メディア: Kindle版
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1920年頃のカルカッタを舞台にした、インド歴史ミステリシリーズの第三作だそうです。「なかなか興味深い内容だが翻訳は厳しいかな~」と思っていたのですが、早川書房から同作者の本が7月に刊行されるようです(『カルカッタの殺人』)。
■CWA Ian Fleming Steel Dagger 2019
スティーヴ・キャヴァナー Thirteen (Orion, Orion Fiction)
Thirteen: The serial killer isn’t on trial. He’s on the jury (English Edition)
- 作者: Steve Cavanagh
- 出版社/メーカー: Orion
- 発売日: 2018/01/25
- メディア: Kindle版
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『弁護士の血』の作者の人です。キャヴァナーは昨年 The Liar という作品でCWAのゴールドダガーを受賞していますが、別に二年連続で受賞してもいいんだぞ!(別の賞だしね) というかなんで前作は翻訳されないんですかね?
Elly Griffiths The Stranger Diaries (Quercus Fiction)
本邦未紹介ですが、イギリスの識者の間では「黄金時代風のクラシカルな謎解き物」の継承者としてエドワーズらと並んで語られる作家です。「ケイト・モートン『湖畔荘』の読者にオススメ」とamazonのレビューでも書かれているので、日本人読者にも受けそうな気はします。
ニクラス・ナット・オ・ダーグ The Wolf and the Watchman (John Murray)
The Wolf and the Watchman: The latest Scandi sensation
- 作者: Niklas Natt Och Dag
- 出版社/メーカー: John Murray Publishers Ltd
- 発売日: 2019/10/03
- メディア: ペーパーバック
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1793年のスウェーデン宮廷で起こった事件を描く歴史ミステリ。『薔薇の名前』とも比較される衒学性とノワール要素を兼ね備えた作品とのことですが、これが37歳(当時)の第一作とは驚きです。
(追記:見落としていましたが、来月『1793』というタイトルで小学館から刊行されるようです。 https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784093567190 )
■CWA International Dagger 2019
東野圭吾『新参者』(Little Brown)
今年は頑張ってほしいですねえ。
Cay Rademacher Forger (Arcadia Books)
The Forger (Inspector Stave Book 3) (English Edition)
- 作者: Cay Rademacher
- 出版社/メーカー: Arcadia Books
- 発売日: 2018/08/16
- メディア: Kindle版
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1940年代末、イギリス占領下のハンブルグを舞台にしたノワール気味な警察小説とのこと。三部作の第三作とのことなので、できれば第一作から読みたいところです。
■CWA Sapere Historical Dagger 2019
マーティン・エドワーズ Gallows Court (Head of Zeus)
Gallows Court (English Edition)
- 作者: Martin Edwards
- 出版社/メーカー: Head of Zeus
- 発売日: 2018/09/06
- メディア: Kindle版
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以前紹介しましたのでこちらをご覧ください。頼む!翻訳してくれ!
ジム・ケリー The Mathematical Bridge (Allison & Busby)
The Mathematical Bridge (Nighthawk Book 2) (English Edition)
- 作者: Jim Kelly
- 出版社/メーカー: Allison & Busby
- 発売日: 2019/02/21
- メディア: Kindle版
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ジム・ケリーの第三シリーズの第二作です。第二次世界大戦開戦直後のオックスフォードを舞台にした警察小説のようですが、法権力には従わない、しかし「正義の徒」が活躍する話でもあるらしく……翻訳されそうもないし、自分で読むか!
短編はそのうち全作読んで紹介します。
第28回文学フリマ東京で君と握手!
文学フリマ告知の前に、最優先でお伝えすべきことがあるので、まずこちらから。今を去ること一週間ほど前に、「Re-ClaM」第1号の電子版をひっそりと刊行しました。以下のページから購入可能です。pixiv経由でboothから購入しなくてはいけないので少し手間が掛かりますが、第1号を買えなかったという方、また電子化を待っていたと言う方はぜひよろしくお願いいたします。
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ということでお待たせしました。再告知です。Re-ClaM編集部は、5/6(月・祝)第28回文学フリマ東京の会場で皆様をお待ちしております。スペース番号はオ-29。書肆盛林堂さんのお隣、会場奥側のお誕生日席です。
当日頒布物は以下の通り。お値段は第1号から据え置きですが、ページ数はなぜか60ページも増えています。なお、会場限定でおまけ冊子をお一人一冊進呈します。(申し訳ありませんが、複数冊購入の場合もお渡しは一冊までとさせていただきます)
・「Re-ClaM」第2号 \1000(会場限定価格、イベント後の通販では\1200予定)
次に「Re-ClaM」第2号の内容について。以下の通り目次を再掲いたします。
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◆【特集】論創海外ミステリ
論創社編集部 インタビュー(Re-ClaM 編集部)
「論創社編集部インタビュー」補遺(黒田明)
Re-ClaM 編集部が推薦する論創海外ミステリ20 選(1-100)(三門優祐)
[編者コメント]『ネロ・ウルフの事件簿』について(鬼頭玲子)
[編者コメント]シャーロック・ホームズの論創(北原尚彦)
[論創海外ミステリ架空解説]密室愛好家のバイブル、ついに刊行なる!
~ロバート・エイディー『密室大全』~(森英俊)
論創海外ミステリ全リスト(その1)(三門優祐)
[訳者のため息]マージェリー・アリンガム『葬儀屋の次の仕事』
~盛林堂書房購入者特典より(赤星美樹)
◆連載&寄稿
Queen’s Quorum Quest (第37 回)(林克郎)
A Letter From M.K.(M.K.)
海外ミステリ最新事情(小林晋)
ロジャー・シェリンガムとbulb の謎(真田啓介)
スウェーデンのカー(古書山たかし)
明治の翻案探偵小説・知られざる原作の謎
―徳冨蘆花『探偵異聞』と菊池幽芳『秘中の秘』をめぐって(藤元直樹)
「ラロンド神父、幽霊を追う」(シルヴァン・ローシュ 作/中川潤 訳)
原書レビュー五連発(小林晋)
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今回の特集は「論創海外ミステリ」となります。40ページに渡るロングインタビュー(+補遺)、論創海外ミステリのオリジナルアンソロジーを編纂された編者お二人によるエッセイ、世界最大の密室マニア、故ロバート・エイディーとの思い出を語られた森氏のエッセイ、アリンガム翻訳にまつわるエピソードを語られた赤星氏のエッセイと読み応え十分の内容です。
「連載・寄稿」についても大いに充実しています。ROM誌からの継続寄稿となる林氏、M.K.氏、小林氏による寄稿は圧巻×3です。『最上階の殺人』翻訳の裏話からバークリー/セイヤーズの繋がりを推理する真田氏のエッセイ、カーマニアもここまで行きつくかという衝撃が我々を襲う古書山氏のエッセイ、本邦初翻訳のフランス作家ローシュのミステリ・コント(中川氏訳)と盛り沢山。中でも幼い日の乱歩が大いに熱中したという翻案小説の謎を解く藤元氏のエッセイは、斯界の大物評論家を唸らせた必読の稿。徳冨蘆花ファンも要注目です。
なお、会場限定おまけ冊子は、クリスチアナ・ブランドの未発表中編「不吉なラム・パンチ」の試訳を掲載したものです。こちらの中編の詳細については、本ブログの以下の記事をご覧ください。
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ところで、会場ではアントニイ・バークリー書評集の残り(第3巻~第7巻)についてもディスカウント価格で販売いたしますので、こちらもお持ちでなければ是非どうぞ。
第1号電子版、第2号ともどうぞよろしくお願いいたします。
『図書室から死体が!(仮)』収録 クリスチアナ・ブランド「不吉なラム・パンチ」
文学フリマも近づく中、皆様いかがお過ごしであろうか。
三門は読むべきであったのに読まなかった原書と今更ながら格闘中。ようやく一冊読み終わったので、そのご報告ということでこの記事を書き始めた次第。
つい昨日まで読んでいたのが、こちら。
去年の夏に出た、「黄金時代作家たちの新発見・未収録短編を集めたアンソロジー」の第一弾である。第二弾は今夏に出るのが既に確定しており、早出し情報によるとエドマンド・クリスピンのジャーヴァス・フェンものの未発表作品が収録される予定とか。まだそんなのが残っていたのか、と驚くばかり。
さて、第一弾に当たるこちらのアンソロジーには、クリスティー、バークリー、ブレイク他16人の作家の作品が収録されている。それらすべてを紹介しようと思うと何千文字あっても足りない(会場限定ペーパー用にレビュー原稿を書き始めたが、既に5000文字を超えた)ので、ここではクリスチアナ・ブランドの "Rum Punch" という作品を紹介する。本編は彼女の未発表原稿の中から発見されたものだそうだが、そのクオリティは本書中でも指折りである。
本作で主役を務めるトルート巡査部長は、実はブランドの他の短編にも出演している。単行本未収録作品の "Bank Holiday Murder" (地方新聞に掲載されていたのが発見され、EQMMに昨年再録された)で、彼と上司のポート警部はスキャンプトン・オン・シーという海の近くの町で起こった殺人事件を解決した。この町は、別の未収録短編 "Cyanide in the Sun" の舞台でもある。ブランドには未収録・未発表作品がまだいくつもあるそうで、それらを集めた短編集が来年出るとのこと(ジョン・パグマイア氏のブログより)だが、他にもこの町を舞台にした作品があるかもしれない。大いに楽しみだ。
さて、本筋に入ろう。月曜日、休日を取ったトルート巡査部長は今週末に妻や娘二人と海に遊びに行くべく、車の整備に余念がない。そんな時、郊外のお屋敷に住むミセス・ウェイトから今夜のパーティの駐車場係をやってほしいという電話が入る。お屋敷に出向き、職務を全うしたトルートに次に与えられた仕事は給仕係だった。彼は特製のラム・パンチをゲストのグラスに次々注いでいくが、自分の注いだグラスを飲み干した直後に屋敷の主人が中毒死するとは思ってもみなかった……毒の出元はそのグラスかあるいは直前に被害者が喫った巻煙草と考えられたが、巻煙草は既に暖炉の中で燃え尽き、また彼が手にしていたグラスも直後の混乱の中で割れてしまった。果たして毒殺の手段はいかなるもので、犯人は誰か……そして管区内での殺人事件につき当然業務が発生したトルートは、週末に家族サービスができるのか?
お客のほとんどは無名の人物で、実質的に容疑者は家族とその親しい友人二名に絞られる。ブランドはそれぞれの容疑者を検討しながら、最終的に意外な犯人とその意外な目的を提示する。逃げ出した容疑者を追ってロンドンへ向かいそいつと大立ち回りを演じ、ある時には容疑者の細かな「言い間違い」に気が付くことで推理を組み立て、最終的に真犯人との心理戦に挑むトルートはまさに「名探偵」の風格を見せている。そういえば前作でも、ポート警部が間違いそうになるたび「その通りかもしれませんがね?」と挑戦的な決まり文句を言って軌道修正していたっけ。
ブランドほどの人気作家の、しかも(かなり出来のいい)未発表短編が次々発掘されているというのに、商業の版元がどこも飛びついていないのは残念(もう三作も出てきているのに)だが、来年の短編集が出た暁には、きっとこの状況にも変化があると信じたいものだ。
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↑今夏出るアンソロジー第二弾。
The Realm of the Impossible (English Edition)
- 作者: Brian Skupin,John Pugmire
- 出版社/メーカー: Locked Room International
- 発売日: 2018/01/17
- メディア: Kindle版
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↑ブランドの新発見短編”Cyanide in the Sun"はこのアンソロジーに収録されている。
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(補足)
ブランドの未収録短編については、本ブログの以下のページでも紹介している。参考にどうぞ。