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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

パトリック・クェンティン中短編クエスト(その1)

国会図書館でコピーしてきた作品を早速読んでみようかと思ったのですが、何と!(何と?)2010年に「翻訳道楽」(by米丸氏)で購入したクェンティンの短編集が出てきてしまったので、そちらを先に読んでみました。『ティモシー・トラントの殺人捜査』は、その名の通りトラント警部補シリーズの作品を10作集めた短編集です。ほとんどが5,000字程度の小品ですが、10,000字以上の短編も何編か含まれています。

短編作品におけるトラント警部補は、「美女大好きな伊達物、でも殺人事件の捜査はもっと好きなワーカホリック」というキャラクター付け。それもあって、毎回美女と一緒に難事件に巻き込まれてしまいます。小さな証拠から論理的に犯人を看破する頭脳と良く回る舌、そして直接証拠が足りない場合にはハッタリで犯人をひっかけるのも辞さない勝負度胸を兼ね備えた優秀な名探偵です。

以下各編を見て行きますが、良かった作品は特にタイトルに○を附します。

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・「都会のブロンド、田舎のブロンド」"Town Blonde, Country Blonde"(1949)

大富豪の愛人である二人のブロンド美女のいずれが彼を殺したかという謎を扱う最少人数フーダニット。二人とトラントの会話の中で散りばめられたヒントから犯人の特徴に当てはまる方を指摘するというオーソドックスな犯人当てです。トラントが容疑者にいきなりキスをして頬っぺたを殴り飛ばされるシーンが印象的(もちろん謎解きに関係あり)。なお、後にハヤカワミステリマガジン2013年12月号に転載されたため、比較的簡単に読むことができます。

・「これは殺しだ」"This Looks Like Murder"(1950)

警察署の大部屋でトラントは「彼に撃たれた!」という緊急電話を受けた。大急ぎで現場のアパートに急行した警官隊は、電話のそばで倒れ伏す女性を発見する。彼女に掛けられた多額の保険金を受け取る予定の若い恋人が疑われるが……トラントが電話越しに聞きとったシュトラウス・ワルツの音色が真実を明かすトリッキーな作品です。

○「リビエラの死」"Death on Riviera"(1950)

リビエラのカジノで美女に声を掛けられたトラント。嫉妬に怒り狂う老いた夫から逃れるために手を貸してほしいと言われた彼は、ほいほいとクルーザーまで付いて行ってしまうが……まさかの展開で窮地に追い込まれかけたトラントが鋭い機知でそれを察知、嵌めてきた相手を嵌め返します。一瞬の静止からのどんでん返しという演出が見事な佳品。

・「氷の女」“Woman of Ice”(1949)

休暇でベニスにやってきたトラントは、滞在最終日に友人の邸宅で出会った介添役の美女の姿に既視感を覚えながらも彼女のことを思い出せない。近日美術品を処分しようと考えているという話の途中、友人の専制的な妻がストリキニーネの過剰摂取で急死する……犯人の正体は分かりやすいですが、その策謀の恐るべき深さに震えてしまいます。

○「素晴らしい初日」"The Glamarous Opening"(1951)

まばゆいブロンド美女ドードーと一緒に新鋭劇作家によるブロードウェイ作品の初日を見にやって来たトラントは、その作家に妻を寝取られた有名劇評家と同席する。風邪気味の評論家がジュースで薬を流し込んだ瞬間、彼は毒で急死した。果たして犯人は誰か……微妙な言葉の綾から犯人の正体をつかんだトラントが、相手をいかに自白させるかという知略を尽くした闘争が見どころ。

○「死とカナスタ」“Death and Canasta”(1950)

別荘地にやってきたトラントは隣宅の美女からトランプゲームに誘われる。ところが、ゲーム中突然停電が発生。さらに、トラントと代わってゲームを抜け風呂に入った女性が、ラジオを湯船に落として感電死しているのが発見され……全員にアリバイがある中でトラントが導き出す解答は一見平凡ですが、それゆえに細かい伏線の妙とプレゼンテーションの上手さが光る。

・「ローズ・ショーの日」"On the Day of the Rose Show”(1952)

休暇でトラントが姉の家に遊びに行った時のこと。彼女が電話越しに口述筆記をしている途中、銃声が轟く。電話の向こうで起こった殺人事件解決のため、トラントはすぐさま現場に駆け付ける……強い動機を持ちながら唯一犯行が不可能だった人物のアリバイを如何に崩すかがポイントの作品。アイディア自体は単純ですが、小ネタを詰め込んで飽きさせません。

・「ゴーイングゴーイング、ゴーン!」"Going...Going...Gone!"(1953)

魅力的な美女と一緒にお屋敷オークションに参加したトラント。有名な美術評論家が欲しがるフランス製の文鎮に皆の注目が集まる中、その美術評論家が毒殺されてしまう……タイトルはオークションのお決まりの掛け声から。一見誰にも恨まれていない被害者を殺した犯人の目的は何か、という謎を扱っています。登場人物の隠された意図の連鎖を示す解決編は鮮やかです。

・「アルプスの殺人」"Murder in the Alps"(1949)

休暇でアルプスにやってきたトラントは、しかし暇に飽き飽きして早く人殺しが起きないものかと妄想していた。果たしてスキー場のお騒がせ美女、レディ・メイヴィスの窒息死体が発見されるに至り、トラントは生き生きと捜査を開始する……さすがに九作続けて読むと隠し方のパターンが読めてきてしまうのですが、犯人の意外な、しかし切実な動機は面白い。

◎「雌ライオンと女豹」"Lioness vs Panther"(1955)

姉に連れられ流行りのブロードウェイ作品を見に来たトラントは、その作中でグラスを飲み干した男が毒死した現場に居合わせる。本来の台本では別の人物がその酒を飲むはずだったのに……収録作中最も後に書かれた作品ということもあってか、各要素に既視感のあるものが多いですが、作者たちが知悉していただろう演劇界の表と裏を活写しながらそれらを巧みに繋いでいるところは素晴らしい。ブラックなオチまで間然とするところのない秀作です。

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これだけ読ませてくれて450円というのは大変お得。9年間なぜ一度もデータを開かなかったのかというのがむしろ最大の謎と言えましょう。

ただし、現在は米丸氏は活動休止中であり、今から買って読みたいという人がいても入手出来ない状況にあります。「翻訳道楽」のいずれの復活に期待したいところです。

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次回は、今度こそ国会図書館コピーからいくつか、あるいは同じく「翻訳道楽」所収の中編「ミス・ヴァン・ホーテンの秘密の仕事」を読みたいと考えています。

わが子は殺人者 (創元推理文庫)

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