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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

本を読んだら書く日記20190107|ピエール・ルメートル『炎の色』

 コミケ疲れからか冬眠した三門がソリャっと目覚めるとそこは2019年であった。

 皆さま、あけましておめでとうございます。新刊をさっさと読んで同人誌もズンズン読んで、おまけに既刊も読むつもりの冬休みでしたが、実際にはあんまり読んでなかったです。もちろん書いてもいない。いよいよ崖っぷちか。

 ということで(どういうことで?)前置きなしに去年読んだ新刊の感想からとりあえず片付けていきたいと思います。

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 ピエール・ルメートル『炎の色』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。

私は何も知らなかった――銀行家の娘として生まれ育ち、勧められるまま結婚した夫との間に一子を設けたマドレーヌ・ペリクール。しかし夫が死に、父が死に、そしてその葬儀の席で、息子ポールは三階の窓から転落する……財産も地位も何もかも失い、ただそこに残るのは「自分をこんな状況に貶めた三人の男への復讐心」のみ。ドイツではナチス党が台頭し、軍靴の音が遠くから聞こえ始めた1930年代のフランスを舞台に展開される、これこそ20世紀の「人間喜劇」!

 

 バルザックないしユゴーを思わせる重苦しいテーマを軽快な調子で描く、大河小説シリーズの第二作。前作『天国でまた会おう』で主人公二人の復讐の対象であった青年実業家プラデルこそ、マドレーヌの夫であり、ポールの父親なのですが覚えてますか? あ、覚えてなくても何ら問題ないです。僕も忘れてました。

 前作は第一次世界大戦(戦後処理含め)コンテンツ大好きマンの自分も大満足の傑作だったのですが(セバスチャン・ジャプリゾ『長い日曜日』(創元推理文庫という大傑作もオススメ!)、残念ながら今作は復讐譚としてはかなり落ちます。というのも個人的に、「マドレーヌという女にまるで魅力が感じられなかった」から。空っぽで魅力のない人物が復讐を訴えても、心に響いてこないんだよなあ。何しろ「貶められた」といっても、その原因の大半は彼女自身が思考を放棄していたことにある訳で……なんや自業自得やないかい! ギャアギャア騒ぐなや!

 むしろ素晴らしいのは「間抜けなマドレーヌ」の息子ポール君。さる事情により窓から身を投げるに至った七歳児の彼は、頸椎の損傷により下半身不随になってしまいますが、彼の人生は型破りなオペラ歌手ソランジュ・ガリナートによって救われます。レコード屋で彼女のレコードを買い求め、うっとりと聞きほれるポール。ファンレターの返事に感動するポール。パリへと公演にやってきたソランジュに初めて対面したポール。おお、ポール! マドレーヌから奪い去られた作者の暖かさ優しさは何もかもポールに捧げられているといっていいでしょう。学校には通えないものの貪欲に知識を吸収し、窮乏した我が家を救うべく起業を考え始めるポール君に対して、マドレーヌは下半身不随になった息子が童貞なのを気にしているのでは?などと常に見当違いな思い込みで接しているのが切ない。この女、本当にどうしようもなく自分の立場でしか物を考えられないのですなあ。

 自分勝手な復讐のために大義も国家も何もかも踏みつけにしていくマドレーヌの歩みと並行して、避けられない戦争に向かって落ち込んでいくフランス共和国の未来は如何に?というのはおそらく三部作の完結編で描かれるかと思います。今春日本でも公開予定という第一作の映画も含めて、シリーズの展開に大いに期待したいところです。

 

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

長い日曜日 (創元推理文庫)

長い日曜日 (創元推理文庫)