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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

Re-ClaM Vol.1 サンプル① [Review] Martin Edwards Gallows Court (2018)

11/25の第27回文学フリマ東京で頒布予定の「Re-ClaM Vol.1」について、今日から毎週金曜日にサンプルを掲出していきたいと思います。

第一回の今回は、エドワーズの作家としての実力についてまずみなさんに知ってもらいたいということで、最新作 Gallows Court (2018) の魅力を語ったレビューを掲載いたします。ここから興味を持って、この作家の読者が増えるといいのですが。

 

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1930年、ロンドン。

それは煤で薄汚れた、地獄の街。こんな夜に外に出かける女はいない。口にするのも躊躇われる凄惨な殺人事件が人々を、霧に包まれた大都会の街路から追い払ってしまったのだ。しかし麗しきレイチェル・セイヴァーネイク―悪名高き「首つり判事」の謎めいた令嬢―は尋常の女性ではない。スコットランドヤードを出し抜き「コーラスガール殺人事件」の犯人を告発した彼女は、新たな殺人者の痕跡を追って闇夜を駆ける。

スクープを求めるクラリオン紙の若き犯罪記者ジェイコブ・フリントは、素人探偵のセイヴァーネイク嬢を追っていた。彼の前にレイチェルを取材しようとした上司のベッツは交通事故に遭い、今も意識が戻らない。故意の殺人未遂かもしれないこの事件があっても、しかしがむしゃらなジェイコブは敢えて危地に飛び込もうとする。

レイチェルの目的や過去を探り出そうとする彼は、いつしか深い混沌の迷宮へと巻きこまれてしまう。殺人に次ぐ殺人の中で物語は、全ての始まりにして全ての終わりである古の処刑場、ギャロウズ・コートへと辿り着く。

 

戦間期のロンドンを舞台にした、ジェフリー・ディーヴァー張りのハイスピードスリラー小説で、マーティン・エドワーズの2015年以来3年ぶりの長編です。「黄金時代風の謎解き長編」を得意としてきた作者にとって新たなジャンルへの挑戦となった本作ですが、読者の予測を常に裏切る意外な展開を連発しつつも伝統的なミステリの味付けもしっかり利かせた、いわばハイブリッド型の作品として極めて高い完成度に到達していました。

読者の視点に近いジェイコブは、盤面の向こう側の見えざる敵とレイチェルとが戦うチェスの駒の一つであるかのように振り回され、度々奇禍に見舞われます。残酷な殺人犯たちを次々に破滅させていく(それも密室での不可解な自殺や公衆の面前での火刑といったド派手な形で)レイチェル自身もまた、ジェイコブの視点からすると冷酷なプレイヤー。一つ一つ拾い集めたパズルのピースを元に、最後にジェイコブが目にする「真実」は……とこれ以上は語るに及ばず、でしょうか。

さて、1930年の物語が進行するのと同時に、1919年の冬に、スコットランドのゴーント島という離れ小島に建てられたセイヴァーネイク判事の邸宅で起こった事件をジュリエット・ブレンターノという少女の視点から綴る日誌が少しずつ差し挿まれていくのも本書の構成の工夫の一つ。そこで描かれる恐るべき事実は終盤に現在の物語と合流するのですが、そこまで読み進めた時、この作品の懐かしさの理由が腑に落ちたような気がしました。2018年に出版され読まれる1930年の物語は、さらにその何十年も前、19世紀フランスのある大ベストセラーに根を持つものだったのです。これはね、カーですよ。カー。

著者が自信作として紹介するのも納得の娯楽作にして大傑作。英語は平易で非常に読みやすく、原書読みが不得手の私も400ページを一週間ほどで読めました。強くお勧めする次第です。

 

使用テキスト:Head of Zeus, 2018. (Kindle版)

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次回はエドワーズの書評家としての実力を紹介するレビューを掲載予定です。お楽しみに。

 

Gallows Court

Gallows Court