深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

掘削深度1:アントニイ・プライス『隠された栄光』(1974)

前記事がTwitterでなぜかバズってしまったので、仕方なしに連載を開始することにする。バズったおかげでジャンジャン(?)情報が集まってきているのはありがたいことだが。

deep-place.hatenablog.com

さて第一回の課題本として選んだのは、アントニイ・プライス『隠された栄光』だ。原著は1974年刊、翻訳は1977年刊。CWAのゴールドダガー賞を受賞した話題作だけあって、翻訳の対応もなかなか早い。

この本を読むことにしたのは、月曜日に神保町に行ったら均一棚で買えてしまったからだ。とはいえ、以前から興味を持っていた本でもあった。一つ、私が過去数年間と少なからぬ印刷費用を費やして出した「アントニイ・バークリー書評集」で、同作者の処女作『迷宮のチェスゲーム』(扶桑社ミステリー)が絶賛されていたこと。二つ、この本がCWA50周年を記念して選ばれた「ダガー・オブ・ダガーズ」(ベスト・オブ・ゴールドダガー賞)の最終候補に入ったこと(なお受賞はジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』)。バークリーお墨付きの作家の、しかも『偽のデュー警部』『骨と沈黙』『運命の倒置法』と並び立つ作品がつまらない訳がない。つまらなかったら詐欺だ。

そんなハードル上がりまくりの本書は、第一次世界大戦(特に西部戦線、ソンムが中心)の公式戦史他、多数の資料をパッチワークして作り上げた「過去」と、「知るべきでないこと」を知ってしまった若き歴史学者ポール・ミッチェル(ただし本人に自覚なし)が、謎の組織に追われることになる「現在」とが絡み合う物語である。「組織」は知る者を消すことに躊躇がなく、既にポールの恩師であるエマソン教授を含む、三人の人物が殺されている。序盤はイギリスが舞台だが、あることをきっかけにポールは「秘密」が隠された古戦場へと旅立つことになる。真実に辿り着き、教授の仇を討つために。

第一次世界大戦の史実に留まらないずば抜けた記憶力と諜報員顔負けの行動力で「秘密」の核心へと迫って行くポールの冒険は、結末であっと驚く展開を迎え……その後どうなるかは言わぬが花。どうしても重苦しくなってしまう戦争にまつわる歴史的事実を冒険小説をミックスして軽妙に読ませる、それなりに面白い作品である(が、やはり上の傑作群と比べると見劣りがする)。10段階だと6点といったところか。

ところで、やる気はあっても所詮素人でしかなく手段に乏しいポールを手助けしてくれるのが、学者然とした(実際、かつてオックスフォードで歴史を学んだという)上級諜報員デイヴィッド・オードリーとその部下であるバトラー大佐だ。読み終わった後で知ったのだが、実はこの作品はオードリーを主人公とするシリーズの第5作である。読んでいる間中、「オードリーは何考えてるかわからないのに協力的すぎて怪しい。最後には裏切られそうだ」と疑ってしまったが、どうやらこのシリーズの初期作品は毎回オードリー以外の人物を中心に据えていて毎回妙な行動をするらしい。この怪しいおじさんのことがもっと知りたくなったので、私は『迷宮のチェスゲーム』をそのうちに読もうと考えている。

 

ーーー

というわけで、微妙に消化不良に終わってしまった。文庫化されないのもやんぬるかな。代わりに、文庫で読める第一次世界大戦面白エンタメを何冊か紹介するので、こちらはぜひ手にとってみて欲しい。

長い日曜日 (創元推理文庫)

長い日曜日 (創元推理文庫)

 

オドレイ・トトゥが出演したことでも知られる同題映画の原作。映画も素晴らしいが、原作も非常に面白い。塹壕戦で恋人を亡くした車椅子の女性が、彼の生存の噂を聞きつけ調査に乗り出す。彼女は遠出できないので、フランス各地から集まってくる手紙を読みながら推理することになる。つまり安楽椅子探偵ものですね。パズルのピースが一つ一つはまって行く快感を彼女とともに味わえる、ジャプリゾ晩年の傑作。

 

幻の森―ダルジール警視シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

幻の森―ダルジール警視シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

巨漢のダルジール警視とスマートなパスコー主任警部が活躍するシリーズ。上で挙がっていた『骨と沈黙』よりも後の作品である。第一次世界大戦に従軍したパスコーのお祖父さんの謎と、現在ヨークシャーで起こっている事件がなぜか複雑に絡み合って行き、そしてラストで鮮やかに解き明かされる。シリーズ中での人気度では『ほねちん』や『完璧な絵画』に劣るが、個人的には非常に好きな作品。

 

天国でまた会おう(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

天国でまた会おう(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

最近の作品ではこれ。偶奇が結ぶ極上のロマン。ミステリじゃないだろうって? それはそうだが読んでくれ。絶対に損はさせない。

 

ーーー

さて、次の更新は未定だ。読む本は同時に手に入れたデイヴィッド・ボーマン『ぼくがミステリを書くまえ』になるかもしれない。が、ペースは特に定めていないので、気長にお待ちいただければありがたい。

 

隠された栄光 (1977年) (Hayakawa novels)

隠された栄光 (1977年) (Hayakawa novels)