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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

皆川博子未収録短編読書まとめ③

ということで二つ戻って今回は第三回となります。実質第四回ですが。そしていつの間にやら皆川博子の辺境薔薇館』の発売日はもう明日に迫っております。早く読みたいような、この集中連載が終わるまでは待って欲しいような……

 

11.「ガラス玉遊戯」……「別冊婦人公論」1983年7月号

ビー玉を川に一つ、二つ、落とすとポツリポツリと沈んでいく……そんなひどく静かで不気味な風景を通奏低音に描かれるのは、ピンク映画の監督との不倫に、所在なげに溺れていく主婦の姿。人間は恐ろしく簡単に死んでしまう存在だが、死に極限まで近付くと、体の中にあった筈のものがなくなってしまうようだった……夢と現の間と往還する虚無的な物語の中でただ一つ、ビー玉の入った袋を川に叩きつけバシャリと大きな音を立てた「大いなる終わり」の存在が印象深いです。

 

12.「サマー・キャンプ」……「小説宝石」1983年8月号

女子キリスト教協会JCCの主催するサマー・キャンプに指導役として参加した天沢奈津子は、突然燃え上がった身の内の炎に喜びと恐れを同時に抱いていた。同棲相手との間にできた子供が死産し、帝王切開して以来、男との付き合いはひどく索莫としたものでしかなかったのに。子宮の中で、私の身の内に響く鼓動を、脈流を、轟音を聞いた者は後にも先にもあの子供ただ一人、今は小さな耳の骨だけが残って……作品としての出来はさほどではありませんが、小さな小さなモチーフが妙に印象に残ります。

 

13.「アニマル・パーティ」……「小説宝石」1983年11月号

「金になる写真を撮りたければ、あの子を撮るんだね」というバーのママの言葉に導かれるまま、リサの家を訪れた藍野とマキは、彼女とペットのコリー犬との異様なじゃれ合いを目にして衝撃を受ける。時を同じくして彼らが出会った新進のシナリオライター村上圭子の虚無的な眼差しを、マキは自然とリサに結びつけていた……死にも漸近するアモラルな性のあり方を描いても巧い皆川博子ですが、この作品は正直今一つ。さらにもう一歩踏み込んだ作品ということで、「黒と白の遺書」皆川博子コレクション3所収)を強く推奨する次第。

 

14.「夜明け」……「月刊カドカワ1984年12月号

皆川博子がクリスマスストーリー!?という意外性はあるが、冒頭から世阿弥を引用する辺り、今様の作品でも手加減は一切なし。別居している夫が娘を連れ去りクリスマスの街に消えた。それを追いながら気もそぞろな「わたし」の前に現れた初老の男は、私に不思議な言葉を投げかける。「爪嘴が伸びただろう」……どこまでが現実でどこからが虚構なのか、みるみる分からなくなる不思議なショートストーリー。

 

15.「CFの女」……「別冊小説宝石」1985年9月号

新幹線に乗って北へ向かっていた主人公の前に現れたのは、もう十何年も前にバリ島で出会い、ひと夏のアヴァンチュールとしけこんだ女性、のようだった。いまでは旅行評論家として名を知られ、ちょっとしたコマーシャル・フィルムにも出演している彼女だが、どうやら自分のことは忘れてしまったらしい。

ここに来て意外にも(失礼!)ミステリ短編が飛び出してきました。自分の過去を断片的に語る主人公が、あることをきっかけに謎が解いた瞬間浮かび上がる思考のベクトルこそミステリ。まさかこんな作品が読めるとは、未収録短編集めも悪くありませんね。