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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

皆川博子未収録短編読書まとめ⑤

はい。⑤です。③と④でやるはずだったコピー用紙の束を職場のロッカーに突っ込んだまま忘れてきたので、⑤でやるはずだった短編を先に紹介します。都合により六篇。一篇ごとの分量もやや少なめに。

 

21.「赤い砂漠」……「毎日新聞 夕刊」1987年8月20日

もしあの時ナイフを持っていなかったら……そんな感情に突然襲われたメイク係の「私」が見守るのは映画撮影。「夏休み映画大会」を訪れる人々の様子を収録する傍ら、私は子供の頃好きだった祖母のことを、そして祖母をいじめ殺した実の母のことを急激に思い出す。そう、あの時も野外映画場のスクリーンの裏側に隠れて、左右が逆になった世界を見つめていたっけ。確かめてはいけない、でも確かめずにはいられない。裏返しの世界に待つ者は……

②で紹介した「赤姫」に続く、新聞掲載作品です。これをいきなり読まされた読者はあっけにとられた事でしょうね。皆川博子お得意のアレがまたしても炸裂し、幻妖な世界に引っ張り込まれてしまいます。

 

22.「亀裂」……「小説WOO」1987年9月号

劇団「海賊船」を四人で結成したのはもう何年前のことか。男女二人ずつだったメンバーは現在はそれぞれ結婚して二組の夫婦となり、もはや演劇とは無関係な人生を送っていた。主人公の夏子の夫、喬は今能面を彫るのを趣味にしている。入念に彫り進め、何度も何度も漆や胡粉を塗り重ね、そして完成の暁には無慈悲に叩き割る。その度、夏子の胸元に小さな鱗が一枚生えてくるのだ……夢と現の境界線に入り始めた、いや最初からあったのかもしれない「亀裂」を描く力作です。

 

23.「紡ぎ歌」……「小説現代」1987年9月号

本編は、近所で暮らしている親戚同士の家を繋ぐ電話の会話によってそのほとんどが構成された物語です。視点人物の麻子は血の繋がらない叔母知子の家に電話をかけ、毒を一滴ずつ滴らせるように、悪意を持って思い出話を綴っていきます。果たして電話の相手は従姉妹の牧子か、あるいは電話を代わったふりをした知子なのか……胴体はゴマ粒ほどの大きさの蜘蛛が麻子の繰るページを駆け抜け、文字を紡いでいく描写が戦慄を誘う不気味な作品。

 

24.「雪笛」……「ミセス」1988年1月号

25.「月光」……「ミセス」1988年2月号

26.「花影」……「ミセス」1988年3月号

「ミセス」は言わずと知れた伝統ある女性誌ですが、当時は現在よりも対象年齢層が若く、30代の既婚女性だったようです(現在は40代~50代、らしいよ)。この三連作は(言わずと知れた)「雪月花」をテーマに、大きくイラストを刷り込んで展開された作品で、正直再録は難しいと思います(かなりイメージが変わる)。

謎の洋館を訪れた女性が「殺された」と自称する少女と出会い、夢幻の世界に誘われる「雪笛」、西條八十トミノの地獄」の最後の二行(作中引用される本では塗りつぶされて読めない)に秘められた深い感情を三姉妹の生霊が召喚する「月光」、そして、主人公が少年時代に疎開のため訪れた田舎町で出会った美しい少女と今を盛りと花開く桃の林の幻想的な描写が図抜けた「花影」。いずれもごく短い作品ですが、ムードがあって大変面白いです。