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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

「私訳:クリスチアナ・ブランド短編集」について③

 昨日に続いて本日は、第二編「バンクホリデーの殺人」をご紹介。

 スキャンプトン・オン・シーに高名な映画プロデューサー、マーカス・ロームがやってきた。病後の療養のための滞在ということで派手な活動を抑えていたのは事実だが、さすがに誰にも構われないと寂しい。特に女たらしとしても有名な彼のこと、いつでも抱ける美女を侍らせておきたいところなのだ。

 いやいや、元妻に手紙で「浮気は止めるから戻ってきてくれ」と懇願したばかりではないか。自粛せねばと考えた彼のところに、ファンを自称する少女トゥッツィーが現れる。元妻が到着するまでの暇つぶしにはちょうどいいという彼の甘すぎる考えが殺人の引き金を引くことになるとは、神ならぬ彼には知る由もない。

 同日は八月のバンクホリデーだったが、スキャンプトン・オン・シーの警察署にこめかみから血を流し、真っ青になった女性サンドラが飛び込んでくる。「助けて、殺される!」 当直の警部が事情を聞くと、恋人のロナルドが銃を持ち出して彼女に暴力を振るったというのだ。その原因は映画プロデューサーのマーカス。マーカスのフラットに向かったというロナルドを追ってポート警部と部下のトルート巡査は現場に急行するが、フラットにはライフルを握ったまま立ち尽くすロナルドの姿が。サンドラは問う。「ロナルド、あなたが殺したのね?」と。

 もちろんそんな単純に事が進む訳もなく、捜査の過程で様々な矛盾が出てくる。それどころか、当日スキャンプトン・オン・シーにはマーカスの妻やその友人もやってきていた上に、彼らがマーカスのフラットに侵入していたことまで判明。果たして犯人は誰なのか。

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 クリスチアナ・ブランド流の「犯人当てミステリ」です。もちろんいつものブランド節は健在。五人の容疑者たちは良く喋りますが、息をするように嘘を吐くのですから始末に負えません。しかも、その嘘は必ずしも保身のためだけのものではないのが面倒なところ。警察署に関係者全員を集めたポート警部は、マーカスが前週末に書き送った手紙の中に犯人を絞り込むための手がかりがあると言い出すのですが……

 読者をあっと言わせるための抜け抜けとした手がかりの配置、混沌とした状況を快刀乱麻で解決する明晰なロジック、そしてシニカルな結末まで読みどころたっぷりの良作で、これまた未紹介だったことに驚かされます。ぜひご一読あれ。