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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

2017年新刊回顧③

一か月ぶりの2017年新刊回顧第3回です。そろそろランキング本も出ますので、動き出したいと思います。詳細は第1回および第2回をご覧ください。

今回は、10位から6位までを見ていきます。

 

第10位:マイケル・イネスソニア・ウェイワードの帰還』(論創海外ミステリ)

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)

 

マイケル・イネスは、英国ミステリ黄金時代後期に現れた「大学教授」ミステリ作家の一人で、ユーモラスなキャラクター造形とジャンルの枠を越える大胆さを併せ持つ、個人的に非常に好きな作家の一人です。2005年前後のクラシック・ミステリブームの中で代表作が各社から一気に6作翻訳されましたが、「なぜか」その後翻訳が途切れてしまいました。本書は、『霧と雪』(原書房)以来9年ぶりとなる翻訳で、作者のキャリアの中では後期に属する作品です。

著名なロマンス小説家の妻をうっかり殺してしまった男が、その死を隠蔽するために様々な工作を働かせるがなかなか上手くいかず……というのが本書の主な筋です。ただし、「犯罪者の心理を描く小説」とか「隠蔽工作を解き明かす名探偵が登場する小説」とかではまったくなく、むしろドタバタの中に見られるおかしみが中心となります。

妻の代わりにロマンス小説を書こうとしてはその浅薄さに悩み、むしろロマンス小説のお約束を取り込んだ骨太の小説を書き始めてしまったり(編集者には新境地!と称えられます)、妻そっくりの娼婦を替え玉にしようとして上手くいかなかったり(『マイ・フェア・レディ』ですし、その元ネタの『ピュグマリオン』でもある)、とさりげなく繰り出される教養の太さが、もはやイヤミにすらなっていないのが最高。

まだまだ未訳の秀作が残っているので、続けて翻訳されてほしい作家です。

 

9位:M・J・カーター紳士と猟犬』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

東インド会社によって支配された時代のインドを舞台にした歴史ミステリです。19世紀中盤のインドの風景描写がずば抜けていて、同種の作品群では頭一つ抜けています。向こう見ずで上昇志向の強い若者と、元エリートながら夢破れた中年男性のバディものでもあり、完成度は非常に高いです。

イギリスから赴任したばかりの軍人でインドのことをろくに知らない、読者に近い立場の主人公エイヴリーが、「ブラッドハウンド」と呼ばれるブレイクとともに、行方をくらました詩人を探して様々な冒険を繰り広げる中盤までももちろん楽しいのですが、むしろその真骨頂は終盤、作品全体に張り巡らされた伏線が回収され、物語の様相ががらりと変わることにあります。個人的にこの展開には、ジョン・ディクスン・カーの歴史冒険活劇の傑作『喉切り隊長』(1955)を思い出しました。

歴史好きにはもちろん、「面白い小説を読みたい」という向きには躊躇なくオススメできる逸品です。

 

8位:メアリ・スチュアート霧の島のかがり火』(論創海外ミステリ) 

メアリ・スチュアートの名前を聞いて、何らか反応のある読者は非常に少ないと思います。かつて世界ロマン文庫において『この荒々しい魔術』が丸谷才一の訳で紹介され、また児童書が何冊か翻訳されている(そのうちの一つ『メアリと魔法の花』が、今年映画化されて話題になりました)作家ですが、日本での知名度はほぼゼロ。ただ、個人的には『アントニイ・バークリー書評集』の中で、「一際優れた物語作家」と紹介されていたこともあり、以前から注目していました。今回翻訳が出たのは大変喜ばしく感じています。

本書は、イギリス北部にあるスカイ島を舞台に展開されるロマンス小説です。かつてモデルとして持て囃されたものの、虚無感に囚われて仕事を辞めてしまった主人公が、旅先で出会った男と、なぜか島を訪れていた元夫との間で揺れ動く……と書くとあまりにも典型的に見えますが、個々の人物・風景の描写やフレイザーの『金糸篇』を踏まえた物語の展開は無理がなくまた知的で、読者を圧倒します。特に、物語の中心になる山麓の描写は神秘的ですらあります。

謎解きに関してはやや安直な部分もありますが、総合的な完成度は非常に高く、広くオススメできる作品です。ミステリの読者にもロマンス小説の読者にも読まれてほしい。

 

7位:ケイト・モートン湖畔荘』(東京創元社) 

湖畔荘〈上〉

湖畔荘〈上〉

 
湖畔荘〈下〉

湖畔荘〈下〉

 

圧倒的なストーリーテリングの才で読書人の高い評価を欲しいままにする才媛の最新作です。1930年代にイギリスの片田舎の貴族の屋敷で起こり、結局解決することのないままになってしまった「赤ん坊失踪事件」の謎に現代の刑事(ある事件で失敗し、強制休職中)が挑むという作品で、物語は現代パートと過去パート(主に作家志望の10代の少女の目線で描かれる)を交差させる形で進行していきます。

本作では、良くも悪くも「思考のバイアス」が物語を牽引する重要な要素になっています。「絶対に○○に決まっている」という登場人物の決めつけが物語の筋を捻じ曲げ、一言確認すれば解決したかもしれない問題を大いなる謎にしてしまうことがしばしば(もちろん性格的に難しいと伝わるように書かれているのですが)ですし、逆に客観的に見られる人物により視点人物の性格的な偏りが緩和され、謎も一緒に解決するというのが作劇上重要な要素になっています。そこを「作家の腕力」と見るか「強引な展開」と見るかで、本書の評価は割れると思います。

とまれ、本書に高い評価が付く理由の一つが、過去パートにおいて「湖畔荘」が湛える瑞々しい美しさであるというのは間違いありません。そこだけでも十分に読む価値のある作品と言えるでしょう。

 

6位:ビル・ビバリー東の果て、夜へ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

東の果て、夜へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

東の果て、夜へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

ここからこのミスランキングの個人投票内容のネタバレになります。

既に多くの識者によって評価されている傑作ですが、正直、本編を一度通読したのみで全てを理解するのは難しいと思います。私もそうですが、巻末の諏訪部浩一氏の解説を読んで、改めて本書を見直すことで評価が変わる部分がかなりありました。kindle版は見ていないので分かりませんが、出来れば解説もしっかり読んでほしいです。

本書は、マフィアの親分に、ある人物を殺してくるように命じられた少年が、ティーンにして既に殺し屋である弟やちょっとオタクっぽい仲間、兄貴分の男とともに旅に出るという話なのですが、その実、あらすじから想像できる内容とはかけ離れた内容となっています。何しろ、ビルドゥングスロマン的な要素はほとんどなく、また命じられた暗殺自体も、物語の核心からずれた部分にあるのですから。「与えられた物語に自分の知る定型をあてはめて読み始めることに慣れた」手練れの読者ほど、まず首を傾げるのは必然だと思います。

この物語の核にあるものを短い文章に換言することは難しいのですが、一つ重要なのは物語の冒頭で少年が「何か」を失ったことです。「自分の仕事」である麻薬吸引所の見張りの統括、普段なら問題のないそれになぜか失敗したことで、見も知らぬ少女が一人死んだ。詳細が語られることのないこの小さな死をきっかけに、何となく生きてきた少年の「何か」が決定的に変わります。その「何か」を「人生」と呼んでいいのか、安直ではないかと不安になりますが、作者の書きたかったことはこれなのではないかという手触りが、自分の中にはあります。ただ、ストーリー上「少女の死」が大きくフィーチャーされることがないので、常に違和感があるのですが。

個人的には非常に好きな小説なのですが、「これ」という決定的な言葉を提示できない力不足が悔しい、そんな作品です。

 

本企画については、明日、5位から1位を上げて完結の予定です。お楽しみに。