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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

ジョー・ネスボ『悪魔の星』

読書会の課題書を読みつつ、カーター・ディクスン『かくして殺人へ』(再読)や、ダフネ・デュ・モーリア『人形』を読んだのですが、いまいちピンとこなかったので、レビューを書くのは後回しになっています。

さて、たまには数日前に出たばかりの本をほやほやのうちにレビューしたいと思います。ジョー・ネスボ『悪魔の星』は、ハリー・ホーレ警部シリーズの第5作にして、作中シリーズ「オスロ三部作」(コマドリの賭け』『ネメシス 復讐の女神』、本作)の完結編に当たる作品です。

悪魔の星 上 (集英社文庫 ネ 1-8)

悪魔の星 上 (集英社文庫 ネ 1-8)

 
悪魔の星 下 (集英社文庫 ネ 1-9)

悪魔の星 下 (集英社文庫 ネ 1-9)

 

 

本シリーズの主人公であるハリー・ホーレは、他の刑事たちを遥かに凌駕する現場捜査の経験値、優れた記憶力、そしてそれらを有機的に結び付ける論理的思考力と、様々な資質を備えたスーパー刑事です。しかし、酒のトラブルを起こしては懲戒免職寸前まで追い詰められたこともしばしば……という負の経歴も持っています。

今回彼を酒へと追いやるのは、3年前の事件で起こった同僚の刑事の死の真相をどうしても証明することができない、というジレンマです(詳細は『コマドリの賭け』(ランダムハウス講談社文庫)を参照のこと)。ネスボは何とも大胆なことに、「被害者の視点」から「何がなぜ起こったか」を既に読者に見せてくれているのですが、これにより「真実を知りたい、無念を晴らしたい」というハリーの苦しみが、さらに深い立場から理解できるようになっている、と言うのは構成の妙ですね。

前作『ネメシス 復讐の女神』で、「物語の裏側に潜む真の悪」の正体と事件の真相を知るも上司に跳ね付けられたハリーが酒に迷い、ついに警察からの退職を覚悟し、それでもなお立ち上がって繰り広げる駆け引きと同時に描かれるのが、一人暮らしの女性を狙った、と思われる猟奇殺人事件の犯人を追う捜査です。オスロ市史上でも珍しいこの種の殺人事件の真相を追う猟犬となったハリーは、同僚や部下とともに犯人のメッセージを読み解いていきます。果たして犯人の目的とは、そして意味深なタイトル「悪魔の星」とは一体何を意味するのか。

短く章を区切り、速いテンポで物語を進めつつも、随所に意外な展開をどんどん盛り込んでいく本作は、北欧ミステリ界の現役作家でも随一とされるネスボのストリーテリングの才が存分に発揮された、凝りに凝ったプロットが楽しむことが出来ます。ハリー・ホーレの「あまりにも察しが良すぎる」天分ゆえに、やや展開を急いだかに見える箇所もありますが、正直気にするほどではありません。エンターテインメントとしては十分に及第点を取れる、「巻措くあたわざる」秀作です。

唯一残念なのは、「オスロ三部作」の出発点である『コマドリの賭け』が、版元廃業により入手困難(amazonマーケットプレイスなどで高額で取引されています)であるという点に尽きます。基本的な点は『ネメシス』『悪魔の星』を読めば十分に理解できますが、「真の悪」の堂に入った悪党ぶりを存分に楽しみたい向きにはぜひ読んでいただきたいところです。同版元の刊行物としては、ルースルンド&ヘルストレム『制裁』が早川書房より復刊される運びになっていますが、ぜひこの流れで『コマドリの賭け』も復刊されてほしい(できれば集英社文庫で)ですがいかがなものか(三門優祐)。

 

評価:★★★★☆ 

 

コマドリの賭け 上 (ランダムハウス講談社文庫)

コマドリの賭け 上 (ランダムハウス講談社文庫)

 
ネメシス (上) 復讐の女神 (集英社文庫)

ネメシス (上) 復讐の女神 (集英社文庫)

 
コマドリの賭け 下 (ランダムハウス講談社文庫)

コマドリの賭け 下 (ランダムハウス講談社文庫)

 
ネメシス (下) 復讐の女神 (集英社文庫)

ネメシス (下) 復讐の女神 (集英社文庫)