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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

皆川博子全短編を読む 第2回

 2回目にして、早くも二週間ほどスパンが空いてしまいましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 前回は、『トマト・ゲーム』単行本に収録された作品についての解説で終了しました。今回はそれに引き続き、皆川博子の初期短編集収録作品を中心に読んでいきたいと思います。

 なお、『水底の祭り』はなぜかkindle版が発売されているため、入手は非常に容易です。『トマト・ゲーム』に続く皆川博子を味わいたい人にとっては格好の作品集といえるでしょう。

 

  1. 鎖と罠」 初出:別冊文藝春秋1974年3月号 『水底の祭り』収録

 皆川博子講談社以外の出版社の媒体に初めて発表した作品です。これ以前の作品のほとんどでは、中高生(ないしそれを見つめるかつて若者だった「私」)が主人公でしたが、この作品では、旅行ガイドとしてロンドンにやってきた「弟」と、駐在員としてロンドンに住んでいる「兄」、二人のもう若くはない男性同士の確執と駆け引きとが物語の中心に据えられています。エリートの兄と落ちこぼれの弟、ロンドンで出会った二人の対立の根は小学生の頃に遡り……タイトル通りに物語に仕掛けられた「罠」は、兄弟のいずれを殺すのか。最後まで予断を許さぬ作品。

 

  1. 魔術師の指」 初出:別冊小説現代1974年7月号 『皆川博子コレクション3』収録

 魔術師トミー中浦こと中浦富夫と梢恵の関係は、学生時代に入り浸ったジャズ喫茶にまで遡る。喫茶店のマスターに導かれるままに急速に奇術の世界にのめり込んでいった富夫と、シナリオ作家を志望しながらその才能と情熱を燻らせる佐原、対極的な二人の間で梢恵は……そして十数年後の今、再会した彼らは何を思うのか。

 二人の男と一人の女を中心に、女は男の一人と関係を持つ、という設定を作者は繰り返して用いていくことになりますが、その嚆矢と言える作品。田舎の安キャバレーでトミーが奇跡的な一場を演ずるシーンが図抜けて優れています。奇跡を奇跡のままに、魔法を魔法のままに魅せることの難しさは当然ですが、作者はその難行を巧みにこなしています。

 

  1. 試罪の冠」 初出:小説現代1974年8月号 『ペガサスの挽歌』収録

 集合住宅に隣接する公園でその儀式は始まった。少年たちは、教祖的な青年ジャッコを中心に神託を交わし合う。その一方、専業主婦で同時に超現実的な絵画を描く早穂子は、初めての個展を訪れた「少女」律子との観念的、また同性愛的な触れ合いに溺れていく。そしてある日、律子の「夫」を名乗る人物からの電話は律子の死を告げた。

 理解者賛同者を持たぬ「芸術家」早穂子の嘆きに作者本人の懊悩を読みとることも出来そうな作品ですが、むしろ本作の恐怖の核は、律子という登場人物を特徴づける「少女趣味」という言葉にありました。律子はなぜ死ななければならなかったのか、試されるべき罪とは何だったのか。律子の告発が示す狂気は戦慄の一言。『ペガサスの挽歌』に収録されるまで未収録のまま残されていたことに意外を感じざるを得ない傑作です。

 

  1. 巫子」 初出:別冊文藝春秋1974年9月号 『巫子』収録

 後年『巫女の棲む家』(1983)として長編化された作品です。新興宗教のお筆先となって、神託を告げる役割を引き受けさせられた少女の引き裂かれてゆく運命を描いたこの長編と短編は実はかなり大きく違っています。長編版ではいかさま霊媒師の男「倉田」が「私」として語り手を務め、彼の「戦争への復讐」を中心に物語を展開しています。それに対して短編版では霊媒のお筆先「チマ」や医師の娘で新たにお筆先として「覚醒」する「黎子」の関係性や、大人の欲望に歪められていく少女性が物語を駆動しています。物語の密度や完成度、生々しさという点においては、実際には短編版に軍配が上がるのではないかというのが個人的感想です。

 

  1. 紅い弔旗」 初出:小説現代1974年10月号 『水底の祭り』収録

 ロック・ミュージカルをバックグラウンドに、ミュージシャンでまた劇団「海賊船」の中心的なパフォーマーでもある滝田、シナリオライター寒河江、マネージャーの奈々、三人の最早歪み軋みを上げ始めた10年越しの人間関係を物語の中心に据えた作品です。そこに突如登場する中性的な影のある美しさを備えた青年弓雄が、悪意ある人間の歪んだ欲望の捌け口として破壊され、また道具として利用される様は凄絶の一言でした。『悦楽園』や『皆川博子作品精華 迷宮』にも収録された、世評の高い一作です。

 

  1. 鳩の塔」 初出:別冊小説現代1974年10月号 『薔薇の血を流して』収録

 『薔薇の血を流して』という短編集が、ヨーロッパという「非日常」の世界、しかし登場人物たちの過去に不思議と結びついていく世界を舞台にした作品三編を収録していることを、今回初めて読んで知りました。たとえばこの作品では、イエイツの生まれ死んだ国アイルランドの幻想的な風景の中にあっても、主人公の文月がかつて関わった学生闘争と、作中の現在まさに起こっているIRAによる爆弾テロ事件が、「失われた恋人」という結節点で絡まり合っています。狂気の中心に踏み込むまでにやや枚数が多すぎるためか、だぶついている印象が残るのが残念。

 

  1. 地獄の猟犬」 初出:別冊小説宝石1974年12月号 『皆川博子コレクション1』収録

 ロック・バンド「ヘル・ハウンド」を率いるテツとバード、そして「わたし」を中心にバンドが生まれ成長し、そして死の危機に瀕するまでを熱っぽい文体で描いたパートと、死の気配を濃厚に漂わせる沈鬱な文体のパート、この二つをまるでマリファナによる躁鬱のように巧みに描き分けた作品です。いわば「紅い弔旗」をネガポジ逆にしたようなこの短編は、(発表順に作品を並べた)『皆川博子作品精華 迷宮』にはまるで双生児のように寄り添って収録されています。

 

  1. 黒と白の遺書」 初出:野生時代1974年12月号 『皆川博子コレクション3』収録

 かつて学生闘争の一幕を切りだした鮮やかな写真で世間の注目を集めた報道写真家十河明里。彼女に憧れ、アシスタントとしてスタジオにもぐりこんだ宏は、ハーフの美少女エダと出会う。9歳のエダの本質に潜む淫蕩さ、血と傷への傾斜を見出した十河は、エダを被写体に、美しくもおぞましい写真を次々と撮影していく。そんなエダの肉体に、宏は罪の意識を抱えながらも惹かれていき……

 よくもこんな作品を商業誌に発表できたものだ、と驚かざるを得ないアモラルな美意識に貫かれた作品です(それゆえに単行本化を避けられてきたのかもしれません)。欲望の究極を追求するために、人を壊すことを厭わない十河明里の壊れ方、また彼女に壊された(あるいは壊されかけた)人々の苦悩と快楽を、むしろ恬淡とした筆致で見事に捉えた秀作。

 

  1. 牡鹿の首」 初出:別冊小説新潮1975年1月号 『水底の祭り』収録

 動物ないし鳥の剥製を作るという、一瞬の生と死の交錯を永続させようとする冒涜行為に皆川博子はひどく惹かれているように見えます(「天使」「」など)。あるいは、この作品においては「生を永続させる」行為かもしれません。女性剥製師の麻緒と男娼の少年廉の密やかな交歓を描いた本作のハイライトは、大鹿が散弾銃に斃れる死の瞬間よりもむしろ、完成した剥製に義眼を入れる瞬間、鹿の首がまるで再び生を得たかのように、いや死骸に再び生を与えてしまったかのように、剥製の眼に光を見てしまう廉の狂気にあるからです。

 

  1. 遠い炎」 初出:別冊小説現代1975年4月号 『トマト・ゲーム』収録

 戦後三十年近くを経て、良江は「私」の近くに帰ってきた。無気力でろくに家事も出来ない私とテキパキとした家政婦の彼女。ひどく遠い、それゆえに妙に生々しい戦時中の記憶が今の私の、どこか虚ろな夢とシンクロして、ここに炎を呼び起こす。

 「なぜ私は火をつけたのか」という謎を核に、30年前の記憶を揺り動かす現代の悪夢を描いた作品です。「文体と主題の幸せな(しかし不幸せな)結婚」を「地獄の猟犬」や「黒と白の遺書」の中で実践してきた皆川にとって、睡眠薬に溺れ、朦朧とした「私」の意識をゆるやかな筆致で描くことで、読者の妄想的世界への導入を自然と済ませてしまう技法は、もはや自家薬籠中のものと言えます。『祝婚歌』から唯一『トマト・ゲーム』講談社文庫版に再録されたのも納得の良作です。

 

  1. 薔薇の血を流して」 初出:小説現代1975年7月号 『薔薇の血を流して』収録

 「マン島のバイクレース」と「父と娘の確執と歪んだ愛」という二つの主題をひとつにまとめ上げた、皆川博子の「異国もの」第二弾です。かつて日本に暮らしていた時に現地妻に産ませた女の子を、実の妻が生んだ息子が乗るサイドカーの備品としてしか見ていない父親の異常性(娘を霊媒の道具としてしか顧みなくなった「巫子」の父親のそれと瓜二つ)はもちろんおぞましい代物ですが、作者はここにもうひとひねりを加えています。終盤の説明がややくどいですが、父と娘の血の紐帯が導く結末の意外性は抜群です。

 

  1. 鏡の国への招待」 初出:別冊小説現代1975年10月号 『水底の祭り』収録

 今度はクラシック・バレエを主題に取った作品です。とはいえその中心にあるのは「鏡に写った」私の姿であり、師匠の影になりきるために、全てを犠牲にしてきた中年女の悪夢なのですが……殺人者と恐喝者の、擬似的な愛情にも似た感情を掬い取っているところが面白いですが、短い枚数に詰め込み過ぎた感もあります。テーマを絞ってシンプルに仕上げた方が良かった作品かもしれません。

 

  1. モンマルトルの浮彫」 初出:別冊問題小説1975年10月号 『薔薇の血を流して』収録

 「異国もの」第三弾。なぜかこの後、皆川博子はしばらく外国を舞台にした作品を書いていません。フランスで自殺未遂を起こして日本に強制送還され、療養所に閉じ込められた身元不明の女性が、なぜ再び自殺を試み、ついには死に遂げてしまったのかという人の心の闇に閉ざされた謎に「愛渓院」の医師伊倉が挑む、ニューロティック・サスペンスめいた作品です。

 この伊倉医師は、前回紹介した「暗い扉」(『皆川博子コレクション5』収録)の探偵役であり、皆川作品には極めて珍しいシリーズ探偵といえるキャラクターであるようです。とはいえ、本作でむしろフィーチャされているのは、女性の弟で狂える天才画家田浦と、前衛映画監督のブリュアンでしょう。彼らの狂気に当てられたように、死が物語に蔓延していく様はおぞましくもそれゆえに魅せられてしまいます。

 

  1. 水底の祭り」 初出:小説現代1975年12月 『水底の祭り』収録

 東北のM**湖では、水底に沈んで浮かび上がって来ない屍蝋がゆらゆらと揺れるのだという……というおぞましくも凄絶で美しいイメージを読者に完璧に植え付ける、初期皆川博子を代表する傑作短編です。この物語の背後に、戦後日本に確実に存在しながら、しかし語られることもないまま秘された事実があることを、今回再読するまで完全に失念しておりました。

 

 ということで、第2回は終了です。今回は『水底の祭り』と『薔薇の血を流して』の二短編集の収録作品を中心に読みましたが、いかがだったでしょうか。先に説明したとおり、前者は簡単に入手できますし、後者も二度文庫化されている(徳間文庫→講談社文庫)だけあって、比較的入手容易な部類に入る短編集ですので、興味の向きは手に取ってみることをオススメします。なお、今回の個人的ベストは「試罪の冠」「黒と白の遺書」でした。こちらも是非!

 

 さて次回ですが、3月中の更新を目標に進めていきたいと思います。「アイデースの館」(1976年2月)から「湖畔」(1977年5月)までの14編を対象にする予定です。いよいよ未収録短編も登場する次回を、よろしければお楽しみに。