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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

第二十六回:ミネット・ウォルターズ『女彫刻家』(創元推理文庫)+メアリー・W・ウォーカー『処刑前夜』(講談社文庫)

○怪物を「理解」するために

咲: 『長いブランクの後、続きを一週間でお届け出来て、正直ほっとしています。』

姫: 『まあまた半年寝かせたら、ほとんどジョークの域ですものね。そんな大御所連載形式では忘れられてしまうもの。』


……ざざ、ざざざ……ちゃかぽこちゃかぽこ……ぶーんぶーん……


咲: さて、今回取り上げるのは二作品ですが、いずれも「女性ジャーナリストが主人公で、凶悪殺人犯(として拘留されている人物)にインタビューをし、手記をまとめようとしている」と設定が非常に似通っています。

姫: それぞれでやってもいいけど、どうせなら二つをぶつけて、より直接的に両者の違いを見ていこうというのが今回の狙いです。

咲: なーんて。一冊でも多く消化したいっていう思惑はバレバレなんですけどねw まあ内輪話はいいです。では早速一冊目『女彫刻家』(1993)に行きましょうか。


女彫刻家 (創元推理文庫)

女彫刻家 (創元推理文庫)

母と妹を惨殺し、その後死体のパーツを並べ替えて人型の血まみれオブジェを作った凶悪殺人犯、オリーヴ・マーティン。「彫刻家」の異名で知られる彼女は、その犯罪の異常さにも関わらず精神的にはまったく正常で、自ら罪を認め一切の弁護を拒んできた。フリーライターのロズはオリーヴのドキュメントを書くことを計画し、ついには彼女との直接インタビューにまでこぎつける。しかしその中で、ロズの心に疑惑が生じる。果たしてオリーヴは、本当に「彫刻家」なのだろうか?

姫: ウォルターズって最近はとても人気がある作家よね。去年刊行された『遮断地区』だったかしら、翻訳ミステリ界隈(という最高に気持ち悪い表現)で話題作になったし、「このミステリーがすごい!」とかの年度末ランキング本でもかなり上位に来てた覚えが。

咲: 去年の春に出た『養鶏場の殺人/火口箱』も結構読んでいる人が多いみたいだね。出版社の売り方が上手いからだと思うけど、一気に人口に膾炙したな。

姫: 咲口君は古参の狂信者として、にわかに湧きあがった評価の流れに思うところがあるのでしょうね……

咲: 別に古参でも狂信者でもないよ! まあ、ようやく正当な評価を得るようになったなとは思うけど。この吹きあがりは、ここ数年で「翻訳ミステリの一般的読者層(←なんという上から目線)」の意見が読書メーターしかりツイッターしかりネット上でキャッチしやすくなったのに起因するのだろうね。お互いに読んでいる本が分かることで、影響されあってブームが生まれて……という仕掛けが打ちやすくなっているのは確実だ。

姫: そんなのはどうでもいいけどね。

咲: (ならなんでそんな話振った……)その前にウォルターズがどういう作家か、というのをまとめよう。現時点で12作の長編を書いていて、(順序は前後したけど)第9作まで翻訳されている。第1作の『氷の家』(1992)でCWAのデビュー・ダガー(処女長編賞)、第2作『女彫刻家』でエドガー賞、第3作『鉄の枷』(1994)と第9作『病める狐』(2002)でCWAのゴールド・ダガー(最優秀長編賞)、ときらびやかな受賞歴を誇っている。

姫: 「シリーズキャラクターを作らない」という商業的にはありえない縛りをかけつつ、これだけ評価されているというのはスゴイと思う。ただ、ここ数年長編の刊行がないのが気になるけれど。

咲: 彼女の作品傾向を分類しようとしても一筋縄ではいかない。『氷の家』は伝統的なイギリスの謎解きミステリを現代風にリファインした物だったけど、『女彫刻家』は上で見たように『羊たちの沈黙』を思わせるサイコサスペンス、『鉄の枷』は一転バーバラ・ヴァイン風に転じている。

姫: 要するにルース・レンデルのジャンル感覚に一番近いのかしら。

咲: 端的にして直截的だなあ。まあレンデルはまだ生きているし、年一作以上書いているから次世代のレンデルという表現はやや不適切だけれどね。そういえば「英国ミステリの新女王」と呼ばれていた時期もあった。

姫: で! 『女彫刻家』は彼女の作品としてはどうなのかしら。

咲: 個人的には評価高くないんだよなあ。ただ、この初期作品の時点で、ウォルターズ作品における重要なテーマに既に踏み込んでいる、という事実はやはり評価されるべき。それは「相手を理解する」ということだ。『鉄の枷』や『蛇の形』では「被害者」の、『昏い部屋』では「記憶を失った自分自身」の「一面的でない本当の意味での理解を求める行動」が物語の真相へと繋がっていく。

姫: この作品においては、「容疑者」オリーヴ・マーティンをどう理解するか、ね。大柄で肥満体で不細工、思わせぶりな態度……彼女に対する一面的な見方は、「彼女が殺人者である」という仮定にぴったりとはまる。でもそれだけじゃない、かもしれない。安易な理解によって零れ落ちたいくつかのピースは、まったく異なる事実に繋がっているかもしれない……

咲: そういうこと。ウォルターズの作品が謎解きミステリとしても評価され得るのは、この点による。実際『蛇の形』は、「2000年以降の10年間の作品の中から選ぶ「海外優秀本格ミステリ顕彰」」にノミネートされてもいるくらいだ。ただ、この「取り零されたピース」は「必要な分だけ撒かれる」伏線というにはあまりにも多すぎる。不要なものも多いのだよ。それは伏線隠しのレッドヘリング、というよりも単なる天然のようにも思える。それくらい無造作なんだ。どこまで計算しているのかよく分からない。

姫: この作品はほぼ全編に渡ってロズの三人称単一視点で描かれるから、彼女の気づきを追って行くのは分かりやすかったけど。むしろ彼女がオリーヴの事件にのめり込んでいく理由の方がよく分からなかったな。ジャーナリストとしての正義感? オリーヴの話に違和を覚えたから? でもそれは彼女が泥沼に足を踏み込む理由には足りない。この歪みは理解し難い……歪みのその一部が、ロズ自身の過去に由来するものであるのはほぼ確実なのだろうけれど、あんまり直接的には書かないようにしているみたい。

咲: 自分が美人だから、不細工な相手に対する優越感/逆に卑下する感じ……みたいのを切り口に、オリーヴに誘導されてという風に読んでいたよ。

姫: 大雑把ね。

咲: そんなこと言ってもなあ。三人称小説だから、脳内ダダ漏れという風にはいかないし限界はあるだろう。その分からなさが読者を物語世界に引っ張っていくという要素もあるから、完全理解は難しい。

姫: そもそも結末はどうなの? どっちが真実なの? この小説割り切れない部分があまりにも多すぎて気持ちが悪い。

咲: おっと、ネタバレの臨界点を超えるからその話題は中止だぞ。最後に一つだけ。この作品を読み返して、俺のなかで、ひとつ思いもよらない作品とリンクが繋がった。飛浩隆「ラギッド・ガール」だ。オリーヴとロズ、阿形渓とアンナ・カスキ。美女と怪物的女性というカップルは文学作品においては決して珍しくないけれど、この対の間にある不気味な歪みは、個人的には近しいものを感じる。

姫: 確かに、どちらも「理解する」話ね。

咲: 根拠はないけどね。それこそよくある組み合わせ、よくあるネタだから。


○ここもと変則が多かったので、直球のエンタメに対応できない二人

姫: 『女彫刻家』に全力投球しすぎた。もう『処刑前夜』(1994)にコメントする気力がない。

咲: うーん、その点否定はしないけど、やるって言った以上はやりぬくショゾンだ。


処刑前夜 (講談社文庫)

処刑前夜 (講談社文庫)

多くの女性をその毒牙に掛けた連続殺人鬼ルイ・ブロンクに死刑執行の日が迫っていた。かつてブロンクの事件を一冊の本にまとめ、高い評価を得ていた犯罪ライターのモリー・ケイツは、新聞社の要請で彼の処刑について記事を書くことになった。ところが当時の資料を読み返し、ブロンク自身とも話をする中で、彼が起こしたとされる事件の一つが実は冤罪だったのではないかという疑惑が浮かび上がる。その疑惑を裏付けるように、被害者の親族たちの間で、謎の死亡事件が相次いで……

姫: すっごく手堅い捜査小説だな、っていう感じでした。小学生並の感想だけど。

咲: 作品の骨組みがしっかりしているので、ストーリーの流れに乗っていけば、深いことを考えなくてもごく自然に楽しめる、というエンターテインメントのお手本のような小説ですね。死刑と冤罪についても考えさせられる社会は要素も面白いし。犯人もきっちり意外だし。自分がかつて書いた本のせいで……というモリーの悔恨も分かりやすいし。

姫: ある意味『女彫刻家』が書かなかったことをド直球でやっているよね。互いに互いを補完し合う、ナイスコンビネーションと言えなくもないか。そういえば、これの続編でモリー・ケイツが再登場する『神の名のもとで』も傑作らしいのだけど、取り紛れて結局読めてない。

咲: モリーのプロ根性と正義感が気持ちいいんだよな。『女彫刻家』読んだ直後に読むと。何にせよブロンクは、冤罪かもしれない一件以外は有罪なので、とにもかくにも凶悪犯罪者なのは変わらないんだけど、それでも真実を追求せずにいられない彼女のことは、これほどまでに感情移入できるのに。

姫: これをアメリカとイギリスの違い、って言ってしまうと嘘八百になっちゃうわねw 死刑制度のありなしも関係あるかしらん。


……ざざ、ざざざ……ちゃかぽこちゃかぽこ……ぶーんぶーん……


○まとめ

咲: ということで、ジャーナリズム系小説二冊を片付けた訳だが……なんだこの違和感は。

姫: (ペロッ)この原稿、半年くらいフォルダの中で眠っていた味がする。どうやら書き上げた後に投稿するのを忘れていたようね。

咲: 全く役に立たないうp主だな。まあこの先の作品をまとめて買い込んだようだし、今度こそ完結に向かって走り始められるのかな? あと20冊あるけど。

姫: 次回は1995年の受賞作、ディック・フランシス『敵手』です。おお、三度目のフランシス。咲口君は、今度こそフランシス愛に目覚めることができるのか。乞うご期待ください。

咲: なんだよフランシス愛って……短めにまとめよっと。

(第二十六回:了)

蛇の形 (創元推理文庫)

蛇の形 (創元推理文庫)

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)