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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

リサ・バランタイン『その罪のゆくえ』

単巻新刊レビュー復帰第一回はリサ・バランタイン『その罪のゆくえ』です。

2013年のエドガー賞(オリジナルペーパーバック部門)の候補作ではありますが、前情報が少ないこともあって、あまり読まれていないようなのは残念です。

その罪のゆくえ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

その罪のゆくえ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

さて、あらすじは以下の通り。

事務弁護士のダニエル・ハンターは、ロンドンの公園で起こった少年殺しの容疑者、セバスチャン・クロール(11)の弁護を依頼された。彼は、少年の年に似合わぬ落ち着き払った態度と高い知性に戸惑いを感じつつも調査を勧めて行く。そして時を同じくして起った義母ミニーの死が、ダニエルの精神を大きく揺り動かす。ヤク中の母の元から引き離されて辿りついた、ミニーとの生活。そこに渦巻く愛情、悲嘆、恐怖、憤怒、後悔。ダニエルと彼女の人生を引き裂いた「裏切り」は、今も消えない。

ダニエルの物語はセバスチャンの物語と絡み合い、そして、裁判が始まる。

 

11歳の少年が8歳の少年を殺した容疑で逮捕される、という極めてショッキングなシーンから、物語の幕は開きます。あらすじにも書いたとおり、セバスチャンの「適切にすぎる」受け答えや周囲をじっと観察し、自分に都合のいい展開に持ち込もうとする態度は極めて疑わしいもので、警察サイドばかりでなくダニエルも(当然読者も)、この少年はどこまで信頼できるのか、と混乱させられることになります。

それでも弁護側にあるダニエルは少年を信じて戦わねばなりません。法廷ものではよく指摘される点ではありますが、「容疑者を」信じるか、「容疑者の無罪を」信じるかという問いは同じようで実際には異なるもの。作者はこの違いを際立たせ、ダニエルを悩ませていきます。

また、この作品で扱われる事件が実際に起こった事件の再演であるというのは興味深いところですね。訳者解説に詳しいですが、作者は相当に資料を読みこみ、重たいものを読者にも載せてきています。

 

裁判と同時進行で進むのが、ダニエル自身の過去の回想です。このパートでは、先日亡くなった、もう20年ばかり没交渉の義母ミニーとの出会いから、関係断絶のきっかけとなった「裏切り」までが描かれます。過去に何があったのか、というのはもちろん興味深い点ではありますが、むしろこのパートではダニエルというキャラクターの本質の部分が掘り下げられ、それが現在の彼の立ち居振る舞いに反映されている、その点に注目すべきかと思います。

その中でも、特に着目したいのが過去パート冒頭のこのフレーズ。

「この子は”ランナー”なんですよ」ソーシャルワーカーがミニーに言った。(本書 p.29)

”ランナー”=「走る者/逃げる者」のあだ名通り、ダニエルはミニーの家を何度も立ち去り、生みの母親の元に帰ろうとします。そして、現在のパートでも、まるでその言葉を刻印されたかのように、ダニエルは執拗に「朝のランニング」を繰り返しています。

また、現在のダニエルが実年齢よりも若く見えるというのも注目すべきポイントでしょう。彼は大学を出て15年以上刑事裁判の仕事に携わっているプロフェッショナルですが、セバスチャンの両親それぞれから別個に「若すぎるように見える」「キャリアがあるように見えない」と侮りの言葉をかけられています。これはダニエルの容姿を表すと同時に、彼の「(肉体的/精神的)成長の無さ」を端的に表示している部分ではないでしょうか。「三つ子の魂百まで」の言葉通り、ダニエルは現在でも色々な意味で”ランナー”であり続けているのです。

 

ダニエルが、セバスチャンの裁判と、そして自らの在り様といかに向かい合うか、というのが本書の最大のテーマです。結末はほとんど必然的なものですが、それゆえに試されるものは大きい。

個人的には、年間ベスト級の作品だと思います。内容分量ともにずっしりと重たい作品ですが、強くオススメする次第です。