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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

2015年上半期とは何だったのか(その2)

ということで昨日に引き続いて上半期回顧です。

 

  • フランシス・ディドロ『七人目の陪審員』(論創海外ミステリ)

街の薬剤師、グレゴワール・デュバルは順調な人生を送っていた。やや口うるさいが貞淑な妻との間に、二人の子供が生まれ、また自分で開発した薬も売れ行き好調。そう、あの女を勢いで殺してしまうまでは。
慌てて逃げ帰ったものの、街のチンピラが疑われ逮捕されるに至ってグレゴワールの不安は頂点に……無実の人間を死刑にするか、あるいは真犯人を見つけるか、すべては七人目の陪審員に託された。

 本年度間違いなく上位に来る大傑作ですね。これまで翻訳がなかったのがおかしかった。これ以上の作品となると生半なことでは見つけられそうもありません。
 アントニイ・バークリーがその新聞書評で絶賛したことでも知られるこの作品は、グレゴワール・デュバルというどこまでも真っ当でエゴイスティックな平凡人が、自己正当化の果てに「どうでもいい他人への思いやり」という究極の自己愛に至るまでを描いた爆笑必至のグロテスク、ブラックユーモアの極北です。あっけらかんとしたパトリシア・ハイスミス、あるいは小説として完成したフランシス・アイルズ、と呼びたい。
 残酷を求めて街全体が裁判を中心に異様に狭い渦巻きとなっていく中盤の「フランスド田舎ぶり」も素晴らしい。繰り返しますが、必読の傑作です。

 

  • ケン・リュウ『紙の動物園』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 中国系アメリカ人のSF作家による傑作短編集です。意外にも、一部SFでもなんでもない作品もありますが、全体的にクオリティは高い。以下、私の気に入った数編を紹介。

もののあはれ」:中国系アメリカ人の作者が抉る日本人の本質とは? 私自身、この結論に必ずしも頷く訳ではありませんが、これが本作のSF的テーマと漢字と囲碁と混然一体に溶け合って、ある「たった一つの冴えたやり方」へと主人公が到達する結末は、論理的かつ情動的で好きでした。
「月へ」:人気投票でもそれほど票を集めなかったそうですが、この作品はケン・リュウの核心に近い部分であると、今も私は信じています。「あの子がそれを信じたなら、お前の話は真実になる」。騙り/語りの極点に感傷の余地などないことを、この情動的な作家がクールな眼で見据えているのは熱い。
「良い狩りを」:巻末作。狐耳の少女ハスハスからまさかの激熱展開を経て、いつも通りのケン・リュウ作品へ。幻想郷はここにありました。

 ということで、古沢嘉通氏のまたまたいい仕事でした。SFだから読まないとか偏狭な事言ってると損しますよ?

 

  • V・M・ジャンバンコ『闇からの贈り物』(集英社文庫)

シアトル郊外の高級住宅地で発生した一家惨殺事件を、上司のブラウンとともに担当することになった新人刑事アリス・マディスン。捜査の過程で浮かび上がったキャメロンという男は、被害者のシンクレア、そして弁護士のクインとある悲惨な過去を共有する「生き残り」だった。マディスンは懸命にキャメロンを追跡するが、そこには恐るべき「闇」がぽっかりと口を開けていた。

 非常にクオリティの高い警察捜査小説です。謎→捜査→事実、これを積み重ねていく過程が丁寧に描かれていて、場面転換を優先した意義の薄い飛躍がほとんどありません(誉め言葉)。

 マディスンのパート以外にクインやキャメロンのパートも時折挿入されますが、ここも変に謎めかすばかりではなく、逆にマディスンが探り出した事実をさらに補完することで、次の謎を提示する役割を果たさせたりしているのも良い。結末も意外で、なおかつ地に足のついたものでした。ドラマ作りをしっかり心得た、実力派の新人のデビューを応援したいところです。

 

と、まあこんなところでしょうか。

下半期もぜひ良作にめぐり合いたいものです、と言った矢先に上半期の読み残しにがっかりしている私、残念すぎます。

 

 

七人目の陪審員 (論創海外ミステリ)

七人目の陪審員 (論創海外ミステリ)

 

 

 

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 

 

闇からの贈り物 上 (集英社文庫)

闇からの贈り物 上 (集英社文庫)