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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

第二十三回:アーロン・エルキンズ『古い骨』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+スチュアート・M・カミンスキー『ツンドラの殺意』(新潮文庫)

○攻略作戦は死なず

咲: 何しろ5か月ぶりの更新だと言うから恐れ入る。

姫: 最近三門優祐を知った人は、こういう無為なレビューを挙げていることを知らない方もいらっしゃるのではないかしら。怠慢のツケが回ったということで。

咲: 半分やってはいお終いという訳にはいかないので、ここからは少し頑張ろう。

姫: その決意がどれほど続くのか、見ものね。今回は久々の復活編ということで二冊分のレビューを掲載したいと思います。

咲: その一本目がアーロン・エルキンズ『古い骨』(1987)。『死者の舞踏場』(1973)以来、実に14作振りに巡ってきた既読本であります。

古い骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

古い骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

姫: 咲口くんがいかに本格ミステリに片寄せて翻訳ミステリを読んできたかということがよく分かる数字ね。冒険小説とかはごく少ない感じ。

姫: そう言われてしまうと身も蓋もないけれど。さておき話を『古い骨』に戻すよ。


○甘過ぎない恋愛要素と正統派本格ミステリの優雅な結婚

咲: まずはあらすじを。

レジスタンスの英雄だった老富豪ギヨーム・ド・ロシェ。彼は、モン・サン・ミッシェル修道院にほど近い北フランスの館に親族を呼び寄せた矢先、海で事故死してしまう。数日後、館では第二次世界大戦中に埋められたと思しい切断された人骨が発見される。一族の友人で、偶々近くに宿泊していた「スケルトン探偵」ギデオン・オリヴァーは、人骨の謎に惹かれて捜査に乗り出すが……

姫: 現代ではかなり珍しい正統派の本格ミステリです。紛れもなく最も印象的な「登場人物」である『骨』と、一族の人々が語る過去の事件、そして事件の再捜査が始まったことで巻き起こる現代の事件、この二つのパズルが過不足なくピタリと噛み合う。伏線の回収がやや大雑把な部分もあるけれど、全体的に心遣いが行き届いた良作だと思います。

咲: 説明が飛んだけれど、ギデオン・オリヴァー教授は法人類学、特に骨の鑑定の権威で時折変死事件に関わり、思いもよらない結論をひっぱりだしては捜査官たちをあっけにとらせることから「スケルトン探偵」と(半ば揶揄含みで)綽名されるようになった人物。本作には電話だけの登場だけれど、シリーズ序盤の『暗い森』で出会った奥さんのジュリーとは未だに熱々。二人が旅行先で出会った事件が描かれることが多いのが、このシリーズの特徴といえる。

姫: 似たような趣向のシリーズというと、パトリシア・モイーズのティベット主任警部シリーズがそうね。ただ、「スケルトン探偵」はもっとエキゾチックな舞台が多いみたい。ユカタン半島やら氷に閉ざされたアラスカやら……

咲: 机上観光の楽しさに加えて、キャラクター小説としても抜群に面白い。オリヴァー夫妻+友人でFBI捜査官のジョン・ロウ、この三人の掛け合いだけでもお腹いっぱいになる。ただし、そこに留まらずに一作一作様々な工夫を凝らしているので、「ちょっといい本格ミステリ読みたいなー」と思ったときに、手に取ると期待を裏切られないのが嬉しい。

姫: シリーズ中期の『遺骨』(1991)は、骨のスペシャリストだらけの学会で起きる奇妙な白骨死体の話だけど、一応意外なトリック……めいたものが利いていて良かった記憶があります。

咲: もう少し最近の作だと、『水底の骨』(2005)が非常に良いので、『古い骨』が好きな人はこちらもオススメ。入手も容易だしね。小型飛行機の中で見つかった足の骨の正体を探るギデオンの探索行を描いた作品だけど、骨しかないという状況がもたらす情報の歪みが、物語を深く深くへと引き込んで行く。かなりトリッキーな作品だ。

姫: この作品を読んでいて、何かに似ているなー、と思っていたんだけど……森博嗣先生のS&Mシリーズの感じね。ちょうどそんな雰囲気。

咲: 森先生も実際エルキンズはかなり好きらしい(『百人の森博嗣』とかで書いてなかったかな?)。エルキンズの作風に、ピーター・ラヴゼイの『苦い林檎酒』(1986)の、「大学教授と女子学生がいちゃいちゃしながら謎を解く感じ」を合わせると、ぴったりS&Mになるような。あと、理系要素。

姫: 森博嗣が好きな人はかなり楽しめると思います。飛び抜けた大傑作という訳ではないけれど、ほっと一息つける佳品。シリーズ通してクオリティが落ちないという意味でも貴重なので、ぜひご一読を。きっとハマります。

咲: さて、ではこんな感じで『古い骨』はお終い。次はツンドラの殺意』(1988)に移ろうか。


○怖ロシアだって怖くない

姫: 『ツンドラの殺意』は、モスクワ民警のロストニコフ主任捜査官とその部下たちが活躍する警察小説シリーズの第五作。「モスクワの87分署シリーズ」とも呼ばれているそうよ……と前置きはさておき、あらすじはこんな感じです。

シベリアの寒村ツムスクで、反体制医学博士サムソノフの娘は何者かに殺された。その殺人事件を調査していた統制委員イリヤ・ラトキンもまた、何者かによって殺害されてしまう。事態を憂慮した党上層部は、確かに有能だが使いにくいロストニコフにこの体裁の悪い事件の解決を押しつけてしまう。ロストニコフは、部下のカルポとともに人口わずか15人の寒村に向かうが、そこに待っていたのは彼らの予想を越える難事件だった。

咲: ロシア人の書いたミステリという奴はほとんど読んだことがない。せいぜいボリス・アクーニンのファンドーリン シリーズくらいか。『リヴァイアサン号殺人事件』と『アキレス将軍暗殺事件』の二作は良かった。『堕ちた天使―アザゼル』という作品もあるようだけど、こちらは読んでないので分からない。ただ、アクーニンは、ロシアのミステリ作家の中ではかなり異色なのかもしれない。

姫: 北欧・ドイツミステリブームで、あの辺の国のミステリは(出来はさておき)何でも出るみたいだし、どこかの心ある出版社はB・アクーニンを救ってあげて下さいな。黒澤が好きで、ペンネームに「悪人」を入れている日本大好き作家なんだし、頼んだらサイン会で来日してくれるかもしれないわよ。

咲: 閑話休題、話を『ツンドラの殺意』に戻そう。正直この作品は、ストーリーはあんまり面白くないような……ロストニコフといいカルポといい、あとモスクワ待機組の刑事たちも合わせて、キャラクターは一人一人しっかり描かれているのに、いまひとつ乗れなかった、まさかまさかの展開となる終盤も含めてね。

姫: シリーズを全然読めていないので、これはあくまでも仮説なんだけど、この『ツンドラの殺意』は、あくまでも番外編なんじゃないかしら。本来ロストニコフとその部下たちは、モスクワ近郊の都市部でこそ、協力し合って真の実力を発揮できるのではないか、という気がするわ。87分署シリーズも、アイソラを離れる番外編の作品は微妙だったりしたし。

咲: かもね。筋トレマニアで、ツムスクにベンチプレスの器械があることを素直に喜ぶロストニコフと、その冷静沈着な無表情ぶりから忠実な党員と上層部からは考えられている「死神」のカルポ(本当は上司思いのいい奴)のコンビプレーは確かに良かったね。脇筋でちょろちょろ動いていた他の部下たちが、この二人と一緒に動いたら、なるほど面白くなるかもしれない。シリーズの前の方の作品はいくつか訳されているから、今度手に取ってみようかな。

姫: ロシアを舞台に英米の作家が描いた警察小説はそれほど多くないけれど割に粒ぞろいね。近年の収穫はもちろんトム・ロブ・スミスチャイルド44』(新潮文庫)。すでに全三作でシリーズは完結しているので、安心して読み始められるわね。あと、フィリップ・カー『屍肉』(新潮文庫)は、今回初めて読んだけれどなかなかの拾いもの。チェルノブイリ原発事故とペレストロイカを結び付けて、こんな変な警察小説を書いてしまうなんてさすがは我らがフィリップ・カーだわ。

咲: 結論としては……単体だとミステリとしてやや弱いけれど、キャラクターの濃さや動かし方は達意のものだし、ホームグラウンドだったらもっと実力を発揮できたのではないか、ということで。MWAの審査員たちも、冷戦構造解体の余波を受けて書かれたロシアものを、なんとか賞に割り込ませたかったのではないか、その流れでたまたまこの作品が選ばれてしまったのではないか。そんな感じがします。

姫: 結論を出すには、カミンスキーの全容を掴まないと難しいかしらね。邦訳はそれなりにあるけれど、とにかくどれも品切れなので古本屋を回るしかない。読んで損はないと思うので、ぜひチャレンジしてみてくださいな。


○次回は一体?

咲: さーて、来週の座談会は?

姫: 来週かどうかは分からないけれど、ジェイムズ・リー・バーク『ブラック・チェリー・ブルース』の予定。せっかくシリーズ第一作から読んでみたので、かなり語ってみたいような風を見せています。あと、ジュリー・スミスニューオーリンズの葬送』も南部繋がりで一気にやってしまいたいところね。

咲: そいつはまたのお楽しみということで。まったく、出来れば安定更新したい!

(第二十三回:了)

ギデオン・オリヴァー博士に続く骨探偵と言えばコレ。

ロシア・ミステリの紹介、始まって欲しい!

アキレス将軍暗殺事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)

アキレス将軍暗殺事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)