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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

「東西ミステリーベスト100」投票10作品紹介・前編

プロの評論家もすなる「東西ミステリーベスト100」投票10作品紹介というものをやってみたいと思ふ。とはいえ、実際投票した訳ではないので、「もし投票権があったらこれを入れた」程度の参考資料として見て頂きたい。

今日の更新では10位から逆順に6位まで。それぞれ簡単なコメントも付けていきます。


10. ミネット・ウォルターズ『昏い部屋』(創元推理文庫

昏(くら)い部屋 (創元推理文庫)

昏(くら)い部屋 (創元推理文庫)

今回のベスト100では一作も入らなかったが、ウォルターズが現代のイギリスミステリを牽引する作家の一人であることに疑いはない。話題作には事欠かない作家だが、個人的には第四作『昏い部屋』を偏愛する。自殺未遂で記憶喪失に陥った女が、「なぜ自分は自殺を図らなければならなかったのか」という疑問の答えを求めて、断片的な記憶と事実のピースを継ぎ合わせていく。なぜか噛み合わないパズルの果てに垣間見える妄執が形をとって姿を見せる時、全ての謎が解き明かされる。ニューロティックサスペンスとパズラーが、ウォルターズ印の物語の中で結婚を果たす、稀有な秀作。


9. ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫)

グルーム (文春文庫)

グルーム (文春文庫)

一般的にはまったく評価されなくても、俺が好きだから入れた作品。現実世界に直面できず自宅に閉じこもり妄想の世界に没入する青年アイム。思いがけず人を殺してしまったことで、安全な(しかし薄っぺらな)妄想世界が現実世界と繋がってしまい、彼の人生と妄想は破滅への道を歩み始めてしまう。『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』『鏡の中のブラッディ・マリー』と「団地ノワール」で続けて傑作をものしたヴォートランの、奇妙に歪んだ、痛切で残酷で醜悪な寓話。「アイム」はどこか「僕」なんだ。


8. S・J・ローザン『どこよりも冷たいところ』(創元推理文庫

どこよりも冷たいところ (創元推理文庫)

どこよりも冷たいところ (創元推理文庫)

リディア・チン&ビル・スミスシリーズの第四作。シリーズ最高傑作は、エドガー賞受賞作『冬そして夜』でほぼ異論がない出ないと思われるが、忘れ難い印象を残すこちらを推す。大柄で荒事担当とも見えるが、根は繊細なビルが日々の練習の中で少しずつ完成させていくスクリャービンのピアノ練習曲の進捗と事件とが呼応し、二つのストーリーラインが鮮やかに溶け合うラストまで繋がっていく。「レンガ積み職人」という潜入捜査用の職業から得られる教訓も含めて、「謎を解く」ということがどういうことなのかを考えさせられる。


7. マイクル・コナリー『わが心臓の痛み 上下』(扶桑社ミステリー)

わが心臓の痛み〈上〉 (扶桑社ミステリー)

わが心臓の痛み〈上〉 (扶桑社ミステリー)

ハリー・ボッシュシリーズで有名な作者のノンシリーズ長編。強盗殺人事件の被害者の心臓を移植することで生きながらえた元FBI捜査官のテリー・マッケイレブは、自分と事件の関係に悩みながらも懸命の捜査を続けて行く。職業的私立探偵小説の主人公が、報酬以外の意味で「なぜ事件と関わらなければならないのか」という問題の極北を行く傑作だ。マッケイレブはのちにボッシュシリーズの『夜より暗き闇』や『天使と罪の街』(以上二作は講談社文庫)で非常に重要な役割を果たすので、シリーズファンも必読の一作。


6. ジェイムズ・エルロイLAコンフィデンシャル 上下』(文春文庫)

LAコンフィデンシャル〈上〉 (文春文庫)

LAコンフィデンシャル〈上〉 (文春文庫)

ジェイムズ・エルロイの出世作『ブラック・ダリア』に始まる「暗黒のLA四部作」の第三作にして、エンターテインメント性では群を抜く傑作。世の中では超絶文体冴える『ホワイト・ジャズ』や、計算しつくされたショッキング展開が極まった『ビッグ・ノーウェア』が評価されているのは知っているけれど、次々に起こる出来事を縦糸に、輻輳する登場人物たちの想いを横糸に、50年代アメリカという大陰謀を繊細かつ強引な筆力で紡ぎあげて行くLACこそ、俺の中では至極。チョイ悪になりきれないエリートくずれのエド・エクスリーに強く感情移入しているってのは、捨てきれないけれど。

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明日は5位から1位まで公開の予定です。


週刊文春臨時増刊 東西ミステリー ベスト100 2013年 1/4号 [雑誌]

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