深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

第十五回:トニイ・ヒラーマン『死者の舞踏場』(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)+ジョン・クリアリー『法王の身代金』(角川文庫)

○想定外から想定外へ

咲: やや遅れましての第15回です。二点ほど想定外の事態が起こり、攻略座談への対応が遅れる形に。

姫: 図書館で借りるつもりだった『法王の身代金』が手元に来るまでに二転三転したのと飛び込みの原稿依頼が入ったせいね。我儘を言って読みやすい本にしてもらったみたいだけど、本を読むのに時間を取られて原稿を書けないなんて、いささか間が抜けているわね。

咲: まあまあ。とりあえず、今回も二本立てで進むよ。一作目はトニイ・ヒラーマン『死者の舞踏場』(1973)です。


死者の舞踏場 (ミステリアス・プレス文庫)

死者の舞踏場 (ミステリアス・プレス文庫)

姫: そこここで呟いたりもしたみたいだけど、『死者の舞踏場』は中の人にとっては再読に当たります。この攻略作戦で取り扱う本の中で既読は『毒薬の小壜』以来だから、実に10数作振り。いかに60年代の名作を読んでなかったか、という傍証ね。

咲: 前回読んだ時、別ブログで割と褒めた覚えがある。まだアカウント消してはいないので、当時の感想も見たりすると面白いかもね。

姫: まあ、いいわ。とりあえずあらすじを……。

ズニ族の少年と、その友人であるナヴァホ族の少年が行方不明になった。ナヴァホ族警察のリープホーン警部補は、ズニ族警察と共同で二人の捜索を始めた。が、ズニ族の少年は遺体で発見され、さらに新たな殺人事件が。やがて、FBI、麻薬取締官も介入し、事態は複雑な様相を呈していく。(文庫裏表紙あらすじより)


○神話と歴史

咲: 本作でもそうだけど、ヒラーマンの作品では基本的にネイティヴ・アメリカンの習俗や神話がその世界観をがっちり支えている。主人公であるリープホーン警部補は、自身ナヴァホ族の一員であるにもかかわらず、それらの習俗とは一線を引いているというのが特徴だ。自分たちの文化を否定したり、白人の文化をことさら礼賛したりすることはしないけれど、例えば人びとを惑わす呪術師には強い憤りを覚えていたりする。

姫: この作品ではまだ出てこないけれど、ヒラーマンのもう一人の探偵役チー刑事が、ナヴァホ族の歌い手となり、伝統的な仕事を引き受けているのとは対照的ね。彼の態度は、ネイティヴ・アメリカンの文化をよく知っているけれど深入りせず、一歩引いた視点から事件を分析できる」という、作者の求める主人公像にピタリと嵌る。

咲: といっても、リープホーンはこの事件で捜査陣のメインとして動く訳ではない。彼の仕事はむしろ傍流。あらすじにもあったように、今回の事件ではFBIほか強い権力を持った連中が多く出張っている。だから、現地捜査官のリープホーンには「目撃者の可能性が高い(そしてあるいは犯人であるかもしれない)少年を捜索する」という、重要度のさほど高くない任務しか割り振られないんだ。

姫: まあ、その傍流を丹念に辿っていくことで、事件の本質に至るというのはみなさん御想像の通りなんですけれど。

咲: 「ナヴァホでありながらズニ族の魔術師を目指した少年はなぜ消えたのか」という大きな謎に周囲のこまごましたエピソードが絡みついて行って、一点の気づきから終盤一挙に解決に持ち込む、という非常に良く出来た謎解き小説。神話と習俗にまつわる物語なんだけど、明かされる真実には、それに加えていやらしい生臭さが付きまとう。

姫: この事件の真相と共通の根を持つ事件が、10年ほど前に起きたわよね……というのは既に過去の感想に書いたのでやめましょ。あ、そう言えば『死者の舞踏場』を読んですぐに読んだ小林泰三の短編集に同じネタが……。

咲: ネタバレやめ! ともあれ、ヒラーマン(2008年没)は相当の実力派なので、全作品切れで埋もれているのは惜しい。リープホーンとチーが登場する作品は全部で18作書かれているんだけど、翻訳は第12作(ただし初期に抜けあり)まで出ている。なんとかどこかの出版社で復刊出来ないのかな。(チラ

姫: 例えばアンソニー賞を受賞した第7作『魔力』(1986)は、野良猫と付き合いを深めるチー刑事がいきなりショットガンをぶっ放されるシーンから始まるショッキングな作品。犯人(正体は不明)の思考が時々差し挟まれて、読者だけはその動機をうかがい知ることが出来るのだけど、その時点ではまったく理解できないのよね。

咲: 丹念な捜査によって、周辺で起こった複数の事件に実はつながりがあることが明らかになっていき、その中で犯人の呟きの意味が理解できるという仕掛け。そしてそこからさらなるどんでん返しが……やっぱり良作だなあ。

姫: 「ショッキングな出だしから、確かな捜査描写と目新しい習俗の話を展開させ、予想外の真相へと持ち込む」という、安定感のある確かな実力の持ち主なので、みなさんぜひ読んでください……といっても版元品切れなのよねー。アーロン・エルキンズの次にブームが来るかと思ったのに、来なかったのは残念。

咲: よーし次々。


○がっつりてんこ盛り

姫: 二作目はジョン・クリアリー『法王の身代金』(1974)ね。この作家、今となってはまったく無名だけれど、作家としてのキャリアも長いし映画化した作品もいくつかあるしで、当時は割と人気があったみたい。


法王の身代金 (1979年) (角川文庫)

法王の身代金 (1979年) (角川文庫)

咲: 角川文庫には割とそういう本多いよね。言ってしまえば、その瞬間のブームを的確に切り取っていたといえるのだろうけれど。今売ってもまずダメだろうから、絶対に復刊されないし、今後は忘れ去られていくのみなのだろうな。

姫: まあそう言わずに。とりあえず以下あらすじよ。

IRAの活動グループが、ヴァチカン大聖堂の下に延びる秘密の地下道に潜入した。財宝を盗みだし、法王庁から巨額の活動資金をゆすりとるのが目的だった。だが、“宝物庫”にあと一歩の地点で落盤事故が起きた。命からがら地上に飛び出した一味は、無人のはずの通廊で思いもかけぬ人物と遭遇した。法王マルチン六世である。法王はその場からただちに拉致され、やがて1500万マルクの身代金要求が法王庁に突きつけられた。囚われの法王の運命は? 巨額の身代金の支払いは? だが、法王の命を狙う謎の暗殺者が出現するに至って、事態は風雲急を告げる!

咲: 主人公はIRAの協力者で、法王庁に勤める広報官であるジョン・マクブライトだ。彼はテロリストとしては素人同然。父親は生粋のテロリストなんだけど、彼がその活動の最中に死んだことをジョンは気にしていて、しばしば暴力的な手段を使うなと仲間たちに働きかけていく。

姫: ジョンと父親の関係は、同時に謎の暗殺者とその父親の関係に敷衍されるのね。さらにそこに法王マルチン六世の過去の「悔い」がオーバーラップされて、重層的な物語世界を構築している……うーん、文学の香気漂う……

咲: そういう嫌味はさておき、この作品、誘拐小説/冒険小説としては致命的に面白くないんだな。その理由は、そもそも物語の展開が遅いことにあるのではないかと思う。

姫: ネタって何よ。まあ、次々に新しい展開が出てきて飽きることはないんだけれど、でもひとつひとつのパーツの動きがもっさりしていて洗練されていない。もう少し具体的に言えば、一つ一つのイベントやキャラクターに「個別の物語」を載せすぎなのよね。過積載の「物語」を制御しきる腕力は不足しているのに、欲張り過ぎだわ。

咲: それこそ、ディーヴァー御大やらキング様ならどうとでもしてしまうところだろうけれど。そもそも設定からしてIRA、ナチ、法王庁と、普通の作品なら一つで十分成り立つところを三つも盛っているんだから、無理があるに決まっている。

姫: 一つ一つのエピソードには面白いところはあるけれど、やはり全体の統一感がない。しゃっきりした骨格も見えてこないし、年間最優秀長編に選ばれる作品とは思えない。これもまた「なんでこんなの選んだ」賞のひとつと言わざるをえないわ。

咲: ジャック・ヒギンズとかを色々と先行した作品ではあるんだけど、比べられるようなレベルではないね。


○今回のオチ

姫: 今回は、良作一つ、凡作一つということでトントンだったわね。次回はどんな感じかしら。

咲: ブライアン・ガーフィールド『ホップスコッチ』ロバート・B・パーカー『約束の地』の二本立ての予定。お仕事がさっくり終わればまた日曜日に挙げたいところだけど、そう上手くいくとは思えんなあ。

姫: やれやれ、ま、こちらは適当に頑張りましょう。

(第15回:了)

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