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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

第十四回:フレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』(角川文庫)+ウォーレン・キーファー『リンガラ・コード』(角川文庫)

○お久しぶりの更新

咲: 六週間ぶりの第十四回です。ほんとうにこのまま連載終了では、と思った人も少なくないのでは。

姫: 「読まなければならない新刊が溜まりすぎて、攻略用の本を読めない状態だったので、許してほしい」というコメントを頂いております。実際、十月に読んだ本のうち何冊がランキングに絡んでくるのやら。

咲: それは言わないお約束でしょう。

姫: さておき、今回以降数回は二本立てで進めていきます。巻きをかけていかないと、目標に追い付けないものね。

咲: 目標?

姫: 2013年のエドガー賞が発表されるくらいまでには、なんとか攻略終了したいじゃない。

咲: なるほど。ではキリキリ始めよう。一冊目のフレデリック・フォーサイスジャッカルの日』(1971)のあらすじは以下の通り。


ジャッカルの日 (角川文庫)

ジャッカルの日 (角川文庫)

フランスの秘密軍事組織OASは、6回にわたってドゴール暗殺を企てた。だが、失敗に次ぐ失敗で窮地に追い込まれ、最後の切り札、凄腕のイギリス人殺し屋を起用した。
暗号名ジャッカル―ブロンド、長身。射撃の腕は超一流。
だが、OASの計画はフランス官憲に知られるところとなった。ジャッカルとは誰か? 暗殺決行日は? ジャッカルのフランス潜入地点は?
正体不明の暗殺者を追うルベル警視の捜査が始まる―全世界を沸かせた傑作ドキュメント・スリラー。(角川文庫裏表紙あらすじ)

姫: あら、手抜き?

咲: 簡にして要を得たあらすじだったので流用したまでさ。さて、本作はフォーサイスの処女作だけど、実際「処女作」でエドガー長編賞を取っている例はそう多くない。なにしろエドガー賞には「処女長編賞」があるんだからね。ちなみに、同年の処女長編賞は短篇の名手として知られるA・H・Z・カーの『妖術師の島』です。

姫: 「処女作で長編賞」というケースを数えあげてみると、『ジャッカルの日』を含めて7作、1970年以前はシーリア・フレムリン『夜明け前の時』1作のみとのこと。確かに納得ね。とてつもないパワーのある作品でないと、こういうことは出来ないんだわ。


○『ジャッカルの日』の超時代性

咲: 『ジャッカルの日』が、当時ここまで高い評価を得るようになった一つの要因は、この作品が抱えた強烈な「同時代性」にあると思う。実際、この作品は、ドゴールが動脈瘤で亡くなった1970年11月から、わずか数カ月しか経過していない時期に発表された作品だ。当時の読者にしてみれば、(仮想のものとは言え)当代きっての世界的有名人の暗殺計画を扱った、極めてスキャンダラスな一書と感じられただろうことは疑いない。

姫: それも、恐ろしくリアルな……ね。フォーサイスは、ドゴールの傲岸な性格(暗殺者の手から逃れるためにあらゆる防護手段を講じることを禁ずる!)、警察・国防軍の組織の在り方、実際の捜査方法などありとあらゆる点を入念に取材していて、その通りに実行できるなら、本当にドゴールを暗殺しかねない方法をジャッカルに与えたわ。彼の暗殺計画はパズルのように緻密に組み立てられていて、荒唐無稽な部分はほとんどない。

咲: 実際、フォーサイスは某国のクーデター計画を立案していて(失敗したけれど)、後にそのネタを小説化したこともあったとか。

姫: そういう、同時代にあってこそ楽しめる「あるある」ネタで40年後に読む私たちには分からない部分がある、ならばいまさら読む必要はないのでは……と考えた貴方、それは大きな間違いよ。むしろ、そういう「あるある」ネタが伝わらなくなった現代だからこそ余計な部分が捨象されて、抽象度の高い「凄腕暗殺者vs凄腕警察官」の頭脳対決になったとさえ言える。これぞ「超時代性」の傑作。

咲: 読者はとにかく「ジャッカルは失敗して、ドゴールは死なない」ということだけ前提として教えられ、それ以外はまったく不明のまま読み始めることになる。つまりこの作品は、ジャッカルの完璧な暗殺計画が「いかなる些細な躓きから失敗に至るか」という謎を読み解く、一種倒叙ミステリのような構成を持っているんだ。

姫: 一番分かりやすい類例は、ジェフリー・ディーヴァーの「リンカーン・ライム」シリーズでしょうね。完璧な計画を手に登場した殺人者を、細かな証拠の連なりから徐々に先回りし、最終的には隙をついて失敗に追い込む。そういう意味で『ジャッカルの日』は、ディーヴァー作品と比べても遜色のない、極めて緊密なスリルとサスペンスを楽しめる作品になっています

咲: 「ドキュメント・スリラー」という断りが、作品に強く影響を及ぼしているのも興味深いところだね。事実に即しているからこそ、「暗殺者には屈しない」ドゴールの無茶苦茶な要求も、ドゴールが(この時点では)死なないという設定も、無理なく読者に飲み込ませることが出来る。綿密な取材によって組み立てられた「架空の現実性」が、にわかには信じがたい「現実の架空性」をねじ伏せている。凄い作家だよ。


○激動の60年代編

姫: 二冊目のウォーレン・キーファー『リンガラ・コード』(1972)はこんな話よ。


リンガラ・コード (角川文庫)

リンガラ・コード (角川文庫)

1962年、独立後間もないコンゴは、国内の紛争に大国の思惑が絡み、一触即発の不穏な空気に包まれていた。
マイク・ヴァーノンは、表向きは合衆国大使館員だが実はCIAの職員で、現地における情報収集がその任務だった。彼は部下とともに、部族語を応用した難解な暗号、リンガラ・コードを完成した。だがそれが、親友テッド殺害犯人の追跡調査に役立とうとは知る由もなかった。(角川文庫裏表紙あらすじ)

咲: 例によって裏表紙から引用してみた。大筋を整理してみると、親友のCIA職員テッドが強盗に射殺された事件と、コンゴで近々起こると目されている大きな動乱が実は結び付いていて、そこに「リンガラ・コード」という暗号が絡んでくる、となる。

姫: その辺りの事情を説明せずに、本筋とはほとんど関係ない朝鮮戦争の思い出を語ったり、暗号作成時の秘話を延々語ったりした結果、序盤のリーダビリティーが著しく落ちているのよね。というのも、この物語は「ある程度事情を知っていて、なおかつ現地のものしか知りえない詳しい情報を知りたい」友人に宛てて書かれた(という設定)ものだから。大筋の説明よりも、周辺情報を埋める方にやや力が入るのも必然かしら。

咲: その辺の不思議な設定は、作者のこだわりとしては必要不可欠なんだろうけれど、作劇上の要素としては、バランスを欠くものでしかないというのが厳しい。

姫: さておき、舞台がコンゴというのがまず珍しいでしょ。飛行機で移動するシーンが多い作品ということもあって、作者はサバンナの雄大な景色を上空から描写する機会を有効に活用しているわ。あと、コンゴの現地住民との接触についても積極的に書いていて、1960年代初頭の、混沌としたアフリカを捉えようとする視点は確かだと思うわ

咲: そういう同時代的/文学的な部分が、エドガー賞としては評価したいところなのだろうけれど。ちなみにミステリとして見たときには、序盤の乱脈ぶりを除けば、決して悪い出来ではない。ただ一つね……

姫: 咲口君が気にしているのは、ラストのアレでしょうね。

咲: まー、そうです。瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』でこの作品は、「フィニッシング・ストローク」の一点に関してだけ言及されています。そこでは「二番煎じ」の一言で切って捨てられているんだけど。実際、同様の事例を前と後で一つずつは思いつくけれど、ネタバレなのでタイトルはカット。ただ、やはり後の方ほどの物語的必然性は薄いかな。

姫: さきほどもアフリカの混沌という点で触れたけれど、やはり60年代(を終えての70年代初頭)という時代を書きたいという欲求から生まれてきたトリックだと思うわ。丁寧に読み返せば、伏線らしきものも見えてくるかもしれない。でも、やはりやり口があまり洗練されていないのは弱い。

咲: 結局「同時代性」の枠を超えられていないという点でも、エンターテインメントとしては苦しいかな。フォーサイスの翌年に受賞させる作品には力不足かと。


○今回の結論

姫: ということで、今回は「同時代性と超時代性」がたまたま共通テーマになったわね。

咲: 書き始めた瞬間はなにも考えていない中の人にしては上出来ではないだろうか。

姫: 自分褒めはその辺にしておきましょう。えーと、次回はトニイ・ヒラーマン『死者の舞踏場』ジョン・クリアリー『法王の身代金』の予定ね。

咲: 二作読み切れるか一作で力尽きるかはなんとも言えないところですが、頑張りましょう。

(第十四回:了)